■繋がる未来―賢者の石―
14:ハロウィーンの友
真夜中の決闘以降、ハリエットは決定的にハーマイオニーと距離を取られてしまった。朝起きたらハーマイオニーはとっくの昔に着替えて大広間に行っていたし、授業で二人組になることがあっても、いつもネビルと組んでいた。
避けられている身で、ハリエットは結局ハーマイオニーに誕生日のお祝いの言葉も、プレゼントも贈ることができずにいた。せっかくお揃いの羽根ペンを買ったのに、包装紙に包まれたまま、今も渡すタイミングを逃したままバッグの底に眠っている。
ただ、その日は最近の憂鬱を全て吹き飛ばすほど朝からハリエットをワクワクさせた。――ハロウィーンだ。
おいしそうなパンプキンパイの匂いで目覚めたハリエットは、その日もハーマイオニーがいないことにがっかりしつつも、ラベンダーたちと一緒に足取り軽く大広間へ向かった。
「知ってる? 今日の妖精の呪文、いよいよ浮遊術に挑戦ですって」
「物を飛ばせられるの? うわあ、早くやってみたい!」
「基礎ばっかりで飽きてきた頃よ。ようやくまともに杖を使えるのね」
大広間に着くと、ハリーたちの近くに座った。少し離れた席で、ハーマイオニーがネビルと食事をしているのが見える。
「ハーイ、ハリー。クィディッチの調子はどう?」
「アー、うん、まあまあかな」
パーバティの挨拶に、もごもごハリーが答えた。ハリーがグリフィンドールのシーカーというのは、もはや公然の秘密だった。ジェームズ曰く、ホグワーツでの「秘密」というのは学校中が知っていると同義だという。ちょっと意味が分からないが、とにかく、ハリーがシーカーだというのは今や学校中に知れ渡っていた。
「もうすぐクィディッチシーズンだ。楽しみだなあ。ハリー、スリザリンなんか蹴散らしてやれよ!」
「でも僕、今まで家でブラッジャーを交えてクィディッチをしたことがないんだ。逃げ惑うだけで精一杯かもしれない――」
そんな弱気なことを言いながらハリーは食事を進める。やがて、その穏やかな時を切り裂く郵便物がやって来た。
「はっ、ハリー!」
茶色のふくろうがハリーの目の前に落とした物を見て、ロンが目を剥いた。
「吠えメールだ!」
「ロンに? 誰から?」
「君宛だよ!」
ハリーも目を剥いた。恐る恐る赤い封筒を手に取る。確かに自分宛だった。だが、こんな封筒を受け取る心当たりがなかった。授業だってちゃんと受けてるし、変な悪戯だってしてない。そりゃ、夜に寮を抜け出したことはあるけど、誰にもバレなかったはずだし――。
そんなことをつらつら考えていると、封筒の四隅が煙を上げ始めた。ロンは焦る。
「現実逃避しても駄目だよ。早く終わらせた方がいいよ……」
ごくりと生唾を呑み込み、ハリーは恐る恐る開封した。その瞬間、辺りに反響するほどの大声が鼓膜を打った。
「ハッピーハロウィーン!」
すると、封筒から飛び出した幾筋もの閃光が大広間の天井に向かい、弾けた。花火のようにパチパチ瞬きながら、大広間全体に舞い降りていく。
とても綺麗な光景だった。あっという間の出来事だったが、まるで大規模な催し物を見ていた気分だ。他の生徒たちもしばらく呆気にとられていたようだが、やがて興奮したようにざわつき出す。ジェームズらしい悪戯に、ハリエットは満面の笑みになった。
花火は終わったが、吠えメールはまだ終わっていなかったらしい。ヒラヒラと舞い降りてきて、ハリーに話しかけた。
「そろそろパパの悪戯が恋しくなる頃じゃないかと思ってね。ハリー、楽しんでもらえたかい?」
「とっても」
ため息交じりにハリーが答える。目立ちたくないハリーはあまり嬉しそうではない。ハリエットも少し恥ずかしかったが、それでも嬉しかった。まだ二ヶ月しか経ってないが、両親と離れて暮らすというのは、思っていた以上に寂しいのだ。
手紙はハリエットの方にも飛んできた。そろそろ力尽きそうなのか、煙の勢いや声量が弱くなってきた。ハリーとは違って猫なで声でハリエットに呼びかける。
「ハリエット、寂しい思いはしてないかい? 誰かに――陰険な教授や性格の悪いスリザリン生なんかにいじめられたらすぐに言うんだぞ」
ジェームズが誰のことを指しているのかは明白だ。この声が聞こえたわけではないだろうが、スネイプがジロリとこちらを睨んでいるのか分かった。
「それから、ハリーのクィディッチの試合では――」
「あっ、ジェームズ! だから吠えメールは止めなさいってあれほど言ったじゃない!」
「いやっ、これは違うんだ! 悪戯仕掛人からの、ちょっとしたサプライズで――」
そこで封筒は炎となって燃え上がり、灰になった。何となく情景は目に浮かんだ。吠えメールを作成している時にリリーが乱入してきたのだろう。リリーが取り上げようとしてもジェームズが上手い具合に掻い潜り、ふくろうの足に括り付けるところまでありありと浮かんでくる。だが、あんまり悠長にもしていられなかった。
「あっ! スネイプが立ち上がった! きっと因縁つけて減点するつもりだ。逃げるよ!」
慌てたハリーはパンプキンパイを口に押し込み、ハリエットの手を引っ張って逃げた。咄嗟の出来事だったので、ハリエットにはどうすることもできない。たとえ食事の真っ最中だったとしても――。
結局、初めてのハロウィーンでは、おいしそうなパンプキンパイを食べ損ねてしまい、ハリエットはひどくショックを受けた。
*****
妖精の呪文の授業では、パーバティが言うように、浮遊術の練習だった。呪文で羽根を浮かせるのだ。ハリエットはネビルと、ハリーはシェーマスと――ここまでは良かったのだが――なんと、ロンはハーマイオニーと組むことになったのだ。
一番嫌な組み合わせにハリエットは終始ハラハラさせられていた。遠目からは、どうやら何事もなく練習しているように見えるが――。
「ウワーッ!」
注意力散漫になっていたハリエットは、隣からの突然の叫び声にびっくりして杖を取り落としてしまった。杖がネビルのトレバーに当たり、トレバーは驚いてゲコゲコと鳴きながら机の下に潜り込む。
叫び声の主――シェーマスは、なぜか爆発してしまった羽根に動揺し、杖をぶんぶん振り回していた。発火してしまった羽根を風力で鎮火させようとしているのか――しかしあまりにも無謀なため、ハリーは冷静にローブで叩いた。
一方のトレバーは、また脱走癖を発揮したのか、なかなか大人しくネビルの手に収まってくれない。それどころか、フリットウィックが座っている、本が山ほど積まれたそこへ駆けていく。
「トレバー!」
ネビルはトレバーに突進した。だが、狙いを見誤り、ネビルはそのまま本の山に激突した。
「オォー!」
叫び声を上げながらフリットウィックが落ちていく。ドスンと痛そうな音が響いたとき、ネビルはサーッと青くなった。もちろんハリエットもだ。立ち上がってネビルの下まで行き、減点を言い渡されるのを大人しく待つ。しかし――。
「グリフィンドールに十点! よくできました!」
本の山からひょっこり顔を出し、フリットウィックは叫んだ。
「ブラボー! ミス・グレンジャーがやりました! 皆さん見てください!」
見れば、ハーマイオニーの羽根が、頭上一、二メートルくらいの所で浮いている。フリットウィックは、自分が落ちたことにすら気づいてないのではというくらい嬉しそうに拍手していた。
「ハーマイオニー様々だわ」
ハリエットが呟くと、ネビルは未だ青い顔で何度も頷いた。
授業が終わると、ハリエットはのんびり教室を出た。前方にハリーとロンの後ろ姿が見える。走るのは面倒だったので、ちょっと早歩きするだけに留めたら、ロンがブツブツ言う声が聞こえてきた。
「いい? レヴィオーサよ。あなたのはレヴィオサー。――嫌味な奴、全く。だから友達がいないんだよ。ネビルだって気を遣って一緒にいてあげてるんだ。本当はディーンやシェーマスと一緒にいたいのに――」
鼻をすする音が聞こえた――と思ったら、ハリエットの後ろから誰かが小走りで通り過ぎた。そのままハリーたちの横を通り過ぎていく。
「……今の、聞こえたみたい」
「それがどうした?」
少し動揺しながら、しかしそれを見せないようにロンは強気で言った。ハリエットは走ってロンに追い付いた。
「ロン、ひどいわ! 最低よ! どうやって仲直りしようかずっと考えてたのに!」
勢いもあるのだろうが、それでも言い過ぎだ。ハリエットはハリーとロンの間をわざとぶつかりながら通り過ぎた。ハリーなんかはよろめいて目を白黒くさせている。
「僕が言いたいのは、あいつがお節介焼きだってことだよ!」
「ロン」
ネビルもハリエットに追随した。
「僕はハーマイオニーといたくて一緒にいるんだ。ハーマイオニーは、頭も良いし、優しい子だよ。君たちのことを心配して言ってるんだ」
「……勉強を教えてくれるから一緒にいてやるってことだろ?」
「そうじゃなくて……」
一度意地を張ったロンは、もはや己の言動を撤回するつもりはないようだ。ハリエットは構わずハーマイオニーの後を追ったが、階段の所で見失ってしまった。次の授業の教室や談話室、寝室、ふくろう小屋まで見に行ったが、なかなかハーマイオニーは見つからなかった。ようやく女子トイレにいるという情報を聞きつけた時には、もう夕食の時間になっていた。
「ハーマイオニー……?」
恐る恐る声をかけながら進むと、奧のトイレだけが扉が閉まっていた。ハーマイオニーだ。
「放っておいて!」
「そんなわけにいかないわ。私、ずっとあなたと仲直りがしたくて……」
ハリエットは、勇気を振り絞って一歩前に出た。扉越しに話しかける。
「あの夜、ハーマイオニーの制止も聞かずに勝手に寮を抜け出しちゃってごめんなさい。でも、もともとは私のせいで始まっちゃったことだから、皆のことが心配で、行かないわけにはいかなかったの」
「だったら余計止めるべきだったのよ。それで怪我したら元も子もないわ!」
「ええ、そうよね。それは私も反省してる。ハリーは私の言うこと聞かないからって諦めちゃって……。でも、誰かのためにって動こうとする気持ちは分かるわ。ネビルの思い出し玉が取られた時、私、全然動けなかったけど、ハリーはすぐに行動に移したわ。決闘のことだって、元はといえば私が馬鹿にされたからで……」
「その無謀なところが賞賛されるべきって?」
「ううん」
口下手な自分が歯痒い。ハリエットは懸命に思いを紡いだ。
「友達のために……誰かのために動ける人はすごいと思うの。ハーマイオニーもよ。ハリーが退学になりそうになった時、一緒にマクゴナガル先生に直談判に行こうって言ってくれたし、決闘を止めようとしてくれたのも、私たちを思ってのことでしょう? 私は、ハーマイオニーの人を思いやれるところが好きなの……」
そこまで言って、ハリエットはふと思い出して鞄を漁った。そこから取り出したのは、綺麗にラッピングされた細長い箱だ。
「それでね、もっとあなたと仲良くなりたくて、誕生日プレゼントを用意してたの。ずっと渡しそびれてて、一ヶ月も遅れちゃったけど、受け取ってくれると嬉しいわ。私とお揃いなの」
不安に襲われながら待っていると、小さく扉が開いた。そこから赤い目をしたハーマイオニーが顔を出す。ハリエットは嬉しくなって慌ててプレゼントを渡す。恐る恐る、といった様子で包装を解くハーマイオニーにハリエットは尋ねた。
「砂糖羽根ペンって分かる?」
「知らないわ」
「じゃあ今度あげる! 私の好きなお菓子なんだけど、それが羽根ペンになって新発売されたの。可愛いでしょう?」
「可愛いことは可愛いけど……」
空色の羽根ペンを見ながらハーマイオニーはそう前置きした。
「私、魔法界のことはまだよく分からないけど、砂糖羽根ペンって、名前から想像するに、羽根ペンを模して作られたものなんでしょう? それを更に真似て羽根ペンを作るってどういうセンス?」
「マルフォイみたいなこと言わないで……」
思わずハリエットが閉口すると、ハリエット以上にハーマイオニーが顔を顰めた。
「私がマルフォイと同じことを言ったって言うの? 最悪!」
「そ、そんな風に言ったら可哀想だわ……」
たまたま思考が似通っただけなのに、ドラコもとんだとばっちりだ。思わずと彼の肩を持てば、ハーマイオニーがクスッと笑った。
「ありがとう。大切にするわ」
ハリエットも微笑みを返した。久しぶりにハーマイオニーの笑顔が見れたと思った。しかし、すぐにその表情が曇る。
「なんか変な臭いしない?」
「えっ! バッグに入れてる間に何かの匂いがついちゃったのかも」
「そうじゃないわ。トイレの外から漂ってくる……」
クンクン鼻を動かすと、確かに微かに悪臭が漂ってくるのが分かった。ついで、ズシンズシンと大きな足音もする。
「な、なに……?」
何か得体の知れないものが刻々と近づいてきていることだけは分かった。ハリエットとハーマイオニーは誰からともなく抱きつきながら、個室の中に入って様子を窺う。
そして、それは現れた。四メートルもある巨体に、墓石のような灰色の肌、異常に長い腕の先には棍棒が握られている。
「トロールだわ!」
二人はすぐに首を引っ込め、鍵をかけて奧で縮こまった。どうか向こうへ行ってくれますようにと祈るが、次の瞬間には、トロールと直に向き合うことになった――トロールが、その巨大な棍棒で個室を扉ごと全てなぎ払ったのだ。
「きゃあああっ!」
「ハーマイオニー!」
「ハリエット!?」
悲鳴を聞きつけて駆けつけたのはロンとハリーだった。だが、残念なことに二人だけだ。入学して二月かそこらの新入生に、トロールに勝てる術などあるだろうか?
「こっちへ引きつけるんだ!」
それでも、ハリーとロンは果敢に戦った。ロンは金属パイプを投げつけて気を引き、ハリーはトロールに飛びついてその太い首にしがみついた。
リーマスにたくさん教えてもらった実践的な呪文は、今のハリーの頭には一つも浮かんできていないようだった。そしてそれはハリエットも同じで、戦う術である杖はポケットの底に眠り、ただただ怯えてトロールを見上げることしかできない。ハリーもハリーで、呪文を使うどころか、あろうことか、その杖はトロールに飛びついた拍子に彼の鼻の穴の中に突き刺さってしまっていた。
唯一立派に魔法使いをしていたのはロンだった。杖を構え、「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」と叫べば、トロールの手から棍棒が飛び出し、空中を高く伸び上がった後、大きな音を立てて持ち主の頭の上に落ちた。トロールはふらふら後ずさりしながら、その場にドサッとうつ伏せに倒れてしまった。
――それからはあっという間の出来事だった。マクゴナガルやスネイプ、クィレルらが駆けつけ、避難誘導を無視したことを怒られて五点減点され、しかし友達を助けようとしたこと、一年生ながらトロールを倒したことを評価され、一人五点ずつ加点され……。
その後、すっかりくたくたになった四人は重たい足取りで談話室に戻った。気まずいわけではないが、何となくソワソワした気分で四人は顔を見合わせる。
「ありがとう」
ハーマイオニーがお礼を言うと、つられるようにハリーもロンも、ハリエットもありがとうと口にした。照れくさい気持ちで一杯で、今日はそれで解散になったが、その日の出来事は四人に特別な絆をもたらした。まさしくハーマイオニーがハリーたち三人の友達になったのだ。