■繋がる未来―賢者の石―
19:クリスマスの朝
昨夜はたくさん雪が降っていたので、家の前はすっかり雪景色になっていた。毎年クリスマスにはハリーと雪だるまを作っていたので、今年はそれがないのだと思うと、少し寂しくなってくる。
ただ、着替えを終える頃には、ハリエットはすっかり持ち直していた。なんと言ったって、今日はクリスマスなのだ! つまり、クリスマスプレゼントが待ち構えている!
ハリエットは急いでリビングに駆け込んだ。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス。本当、特別な日は早起きなんだから」
クスクス笑ってリリーは暖炉を指差した。
「お待ちかねのプレゼントはそこよ」
暖炉の脇には、色とりどりのプレゼントでこんもりとした山ができあがっていた。ハリエットはそわそわリリーを窺う。
「見てもいい?」
「朝食食べちゃってからにしたら?」
「ちょっとだけ……ちょっとだけ!」
「そんなこと言っていつも最後の一つを開けるまで食べないのよね」
そう言いつつも、リリーは肩をすくめて許可を出した。ハリエットはいそいそと絨毯の上に腰を下ろした。
まずはハリーや友達からのプレゼントを開封していく。全体的にお菓子が多めで、休暇が明ける頃にはコロコロ太っていた、なんてことにならないようしっかり自重しようとハリエットは心に決めた。
驚いたことに、フレッドとジョージからも連名で蛙チョコが届いていた。もしかしたら、タランチュラをけしかけたことを気にしているのかもしれない。今度悪戯返しをすることでおあいこにしようと思っているので、蛙チョコくらいではハリエットの機嫌は直らないが。
次に手を取ったのは、包装紙に包まれた平べったい何かだ。丁寧に開封すると、小さな四角い鏡が出てきた。
「それはわたしのプレゼントだ」
「なあに? この鏡」
「便利なものさ。ちょうど今が良い時間帯だろう。その鏡に向かってハリーの名を呼んでごらん」
「……ハリー!」
戸惑いながらも、ハリエットは鏡を覗き込んで呼んだ。だが、相変わらず鏡は自分の顔を映し出したままだ。
「ハリーはお寝坊かな。もう一度!」
「ハリー!」
「ハリエット?」
ハリエットの顔が消えると、やがて向こうにハリーの驚いた顔が現れた。まだパジャマ姿で、寝癖もピョコピョコ跳ねたままだ。
ハリーの声が聞こえてきたものだから、ジェームズもリリーも嬉しそうに近寄ってきて鏡を覗き込んだ。
「どういうこと? 僕、プレゼントの開封をしてたんだ。そうしたらシリウスのプレゼントから声が聞こえたから……」
「両面鏡と言ってね、二人のは対になってるんだ。名前を呼べば向こうにも聞こえる。学生時代、別々に罰則を受けさせられた時、よくこれを使って話しながらやったものさ」
「そんな大切なもの、いいの?」
「君たちの方が有効活用できるさ。それに、わたしたちは他にも特別な連絡手段を持っている」
「ありがとう!」
「透明マントもありがとう! まさかクリスマスプレゼントでもらえるなんて思ってもみなかったよ!」
ハリーは鏡の前で透明マントを被って見せた。ジェームズから話だけは聞いていて、いつか譲ってあげる、と言われたままずっと待ち望んでいたのだ。
「私はまだ早いと思ったんだけど」
「そんなことないよ。私なんて入学前から譲り受けていたし、実際、学校生活がとてもとても有意義になった!」
「悪戯生活が、の間違いじゃないの?」
リリーに冷やかされるが、ジェームズはコホンと咳払いをして聞かなかった振りをした。
「とにかく、マントは二人で活用するんだよ。両面鏡と合わせれば向かうところ敵なしさ」
「うん! あ、ロンが呼んでるからもう行かなきゃ。メリークリスマス!」
手を振ってハリーは一瞬消えたが、またすぐに顔を出した。毛糸のマフラーや手袋を持って振っている。
「忘れてた! 母さん、マフラーありがと」
リリーは嬉しそうに微笑んだ。
「温かくして過ごすのよ」
「うん! じゃあまた」
今度こそハリーは姿を消した。鏡をしまうと、ハリエットはいそいそとプレゼントの山を漁り、目的のものを手に取った。リリーからのプレゼントだ。
「可愛い〜!」
クリスマス柄の包みの中には、ハシバミ色のミトンが入っていた。ポンポンのついた帽子とマフラーもセットになっている。
「お母さんの手作り?」
「ええ。今年はちょっと頑張ってみたのよ。本当はセーターも編みたかったんだけど、さすがに時間が足りなくて」
「これで充分よ! 暖かい冬を過ごせそう」
「いいなあ、うん、似合ってる。とても暖かそうな手袋だ……」
娘の手袋を手に取り、ジェームズは何度も頷いて見せた。「そういえば、私の誕生日はいつだったかな」とわざとらしく一言添えて。
リリーは照れくさそうに肩をすくめた。
「あなたのも今度編むわ。誕生日に渡すには季節外れだから、もう少し早くね」
ジェームズはパッと笑みを浮かべた。そしてハリエットに向かってニヤッと笑いかける。
「聞いたかい? これが夫の特権だ。子供たちにはクリスマスプレゼント、私には何の変哲もない普通の日にくれるそうだ……」
「ハリエットと張り合ってどうするんだ」
呆れてシリウスが言った。リリーも苦笑をこぼして立ち上がり、テーブルまで移動した。まだ朝食の最中だったのだ。
「二人がホグワーツに行ってしまって、リリーも寂しかったみたいなんだ」
不意にジェームズがハリエットの耳元に口を寄せ、囁いた。
「ご飯も二人分だけだし、おやつを作ることも少なくなっただろう? 空いた時間でちょこちょこ編み物を始めてね。二人に渡すんだーって」
胸が温かくなり、ハリエットは帽子を撫でた。
「絶対大切にするわ!」
そう宣言すると、ジェームズは嬉しそうに頷いて朝食へと戻った。リリーがまた声をかける。
「ハリエット、プレゼントの方はまだなの? 私たち、もう食べ終わっちゃうわよ」
「もう少しで終わるわ!」
ハグリッド、リーマス、ピーターのプレゼントも開けて、もう取りこぼしはないかなと確認していた時、プレゼントの山の一番下、ちょこんと小さな箱があるのに気づいた。
開けると、中からガラスの球体が出てきた。胡散臭い人やものに反応するというかくれん防止器だ。授業の一環でリーマスが見せてくれたものとよく似ている。
中にはシンプルなカードも一枚入っていたが、「メリークリスマス」と書かれているだけで、名前も何もない。
「ハリエット? パパたち、ちょっと外に出てくるよ。帰ってきたら約束通り雪合戦をしよう」
「あ、ええ!」
返事をしながら、ハリエットは深く考えもせずかくれん防止器をポケットに入れた。呪いはかかってないようだし、むしろこれは危険を察知する類いのものだ。送り主に悪意はないのではないかと思った。
プレゼントを片付け、ハリエットがようやく朝食の席につくと、リリーがトーストを焼いて出してくれた。
「ホグワーツの食事はどう? ちゃんと食べてる?」
「ええ! とってもおいしいわ。でも、糖蜜パイはお母さんが作った方がおいしいの。ハリーもそう言ってたわ」
「ありがとう」
糖蜜パイはハリーの大好物だ。そのハリーにこう言われて嬉しくないわけがないだろう。
「そうだ、ジェームズと話してたんだけど、ハリエット、箒はどうする? 前聞いた時はいらないって言ってたけど、二年生になると箒の授業もなくなるし、ハリエットにも買った方がいいんじゃないかと思って」
「うーん……」
ハリエットも空を飛ぶこと自体は嫌いではない。父親がクィディッチ選手ということもあって、それなりに上手になりたいという気持ちもある。
「もう少し考えてもいい?」
「ええ、もちろん。気になるようだったらいつでも言って。ジェームズ、ハリエットにも箒を買ってあげたいみたいだったから」
「うん」
確かに、もし箒があれば、ジェームズたちが時々やるクィディッチもどきにも参加できるようになる。一応ジェームズのお古の箒も何本か家にあるが、やはり自分専用の箒となるとやる気も違ってくるだろう。
スクランブルエッグを突きながら、箒、箒と考え込んでいたハリエットは、ついこの間のクィディッチの試合を思い出し、立ち上がった。
「そうだ!」
そして食事もそのままに駆けだし、階段を駆け上った。トランクから目的のものを取り出すと、また勢いよく駆け戻ってくる。
「これ! 万眼鏡! お母さんたちに見せたくて、録画してたのをすっかり忘れてたわ」
「まあ、ハリーの試合を撮ってくれたの?」
「ええ! 待ってね、最初から再生するから……」
「後でジェームズにも見せてあげないとね」
万眼鏡を受け取り、早速見始めたリリーだが、次第にその表情が強ばっていく……。何か変な場面でもあっただろうか、と不安に思ったハリエットだが、すぐに「あっ!」と声を上げた。言葉通り、ハリエットは試合を全て撮っていたのだ。もちろん、ハリーの箒が暴れ、スネイプが犯人ではないかと推察したところまで――。
ハリーの素晴らしい口キャッチですっかり忘れていた。ハリエットはおろおろしながらリリーが見終わるのを待つ。
「これ――どういうこと? ハリーの箒が暴れて……スネイプ?」
録画が終わったのか、リリーは万眼鏡を膝に置き、呆然とした。ハリエットは恐る恐る説明する。
「私、まさかとは思ったんだけど、でも、皆が見たの。スネイプ先生がハリーに向かって呪いをかけてるのを」
「反対呪文かもしれないわ」
リリーは鋭く言った。
「反対呪文って?」
「逆の効果の呪文よ。それを唱えることによって、元の効果を打ち消すの」
「むしろ先生が助けたって言うの?」
「そういう可能性もあると言うことよ」
「でも、先生はハリーにだけ意地悪なのよ。理由は充分に考えられるわ。それに、だったら誰がハリーを殺そうとしたって言うの?」
「ハリエット」
リリーはハリエットの手を握り、興奮を静めた。
「スネイプは――ハリーのことを殺そうとはしないわ」
「どうして分かるの?」
ハリエットは俯き、目を逸らした。
「あのね……今まで心配かけると思って言わなかったけど、ハリー、スネイプ先生にひどく嫌われてるの。本当にひどいの。ハリーに意地悪を言ったり、すぐに減点したり。今回のことだって、先生が四階の禁じられた廊下に行ったんだってハリーが気づいたから、目撃者のハリーを殺そうとしたんじゃないかって……」
「禁じられた廊下? あなたたち、まさか危険なことに首を突っ込んでるんじゃないでしょうね?」
「そ――そんなこと……」
ハリエットは必死に誤魔化そうとしたが、リリーも伊達に何年も母親をやっていない。ハリエットと真っ直ぐ目を合わせた。
「このことは全部私に任せてくれない? ジェームズやシリウスにも何も言わないで。あの二人は、スネイプが絡むと頭に血が上ることがあるから」
「どうするの? お母さん、危険なことはしない?」
「しないわ。ね、お願い。私に任せてくれない?」
「……分かった」
「ハリーにも言っておいて。くれぐれも詮索はしないって。間違ってもスネイプに事の真相を聞きに行こうとしちゃ駄目よ」
やっぱりお母さんも疑ってるんじゃないかとハリエットは思ったが、ついぞ口には出さなかった。リリーがそれ以上このことについては話したくなさそうな雰囲気だったからだ。
その後すぐジェームズとシリウスも戻って来、雪合戦をするうちに、このことはハリエットの頭の中から薄れていった。
*****
クリスマス休暇も終わりが近づき、いよいよホグワーツへ戻る日がやってきた。わざとらしく泣き真似をしていたジェームズは、ハーマイオニーとその両親を見つけるとパッと笑顔を浮かべた。
「グレンジャーさん!」
「ポッターさん!」
ジェームズとハーマイオニーの父親は、駆け寄るとガシッと固い握手をした。まるで旧知の友のような空気だ。
「すっかりペンフレンドになってしまって。いやはや、ポッターさんもお忙しいのに申し訳ない」
「とんでもない! 私の方こそマグルについて質問ばかりしてしまって」
互いに妻を紹介し、再び二人は話し込む。その合間に、今度はハーマイオニーの母親が恐る恐るといった様子でリリーに話しかけていた。
「お母さん、私の将来が心配なのよ」
ハーマイオニーがハリエットに囁いた。確かに、二人から「マグル生まれ」とか「就職」とか「結婚」とか途切れ途切れに聞こえてくる。
「私の強い希望もあってホグワーツに通うことになったけど、マグル界の勉強は何一つしてないから、大学にも行けないわけだし」
「大学って?」
「ホグワーツ卒業後に通う学校のようなものよ。――とにかく、魔法界で生きていくのか、マグル界に戻って大学を目指すのか……。魔法界で就職するにしても、どんな将来があるのかって気になるみたい」
「……ハーマイオニーはマグルの世界に戻ることも考えてるの?」
ハリエットが心配そうに言うと、ハーマイオニーは少し考え、ニコッと笑った。
「考えてないわ! 今のところはね。マグルの勉強も楽しいとは思うけど、魔法とは比べものにならない。でも、将来的にはここでやりたいことを作りたいわ。お父さんたちを説得させられるような」
友人のしっかりとした言葉に、ハリエットは感嘆の息を漏らした。両親が通っているから、両親の出身だからとホグワーツのグリフィンドール寮に行きたいと考えていたハリエットとは大違いだ。そして同時に少し落ち込む。ホグワーツにいる間に自分もやりたいことを見つけられるだろうか?
ボーッと出発五分の前の汽笛が鳴り、ハリエットとハーマイオニーは乗り込んだ。あらかじめ取っていたコンパートメントの窓から手を振る。
「手紙、待ってるわ」
「ハリーによろしくね!」
やがて汽車が動き出し、あっという間に両親の姿は見えなくなった。窓を閉じ、二人は座り直す。
それから、休暇中にあった出来事を喜々として話した。年頃の女子二人、話すことに事欠かず、気がついた時には、車内販売がやって来る時間になっていた。
「ハーマイオニーは何か買うの?」
「ううん。サンドイッチを持ってきたから」
「私もパンがあるんだけど……お菓子見てくるわ!」
気恥ずかしそうに宣言し、ハリエットは外に出た。他にもリリーが持たせてくれた糖蜜パイもあるのだが、最近ハリエットは食欲旺盛だった。ちょっとだけ、ちょっとだけと言いつつ、ついついいろんなお菓子を手に取っていく。
はたと気づいた時には、ハリエットは両手一杯にお菓子を抱えて、しかももう支払いを済ませた後で……。
「買い過ぎちゃった……」
『車内販売の誘惑には誰だって負けるよ』
その上、ハリエットの呟きに反応したのはテディベアもといリーマスで――どうしてよりによってリーマスなのだろう! ハリエットはカーッと頬を染めた。今までいくらでもくだらない時にジェームズが応えてきたのに、どうして今、よりにもよって!
別にこの会話が実際にリーマスに届いているわけではない。それは理解しているが、まるで本人に聞かれたように錯覚してしまうのだから仕方がない。
「お、お父さん出して。お父さんがいい……」
『ほーら、ハリエットは父親がご所望だ! リーマス、退いた退いた!』
「別に、いつもお父さんと話したいわけじゃないわ。今はお父さんがいいだけ!」
ブツブツ言いながら、ハリエットはふっと顔を上げた。目の前に誰かが立っているのに気づいたからだ。そしてすぐさま立ち止まったことを後悔する。――ニヤニヤと、非常に意地の悪い表情を浮かべたドラコが立っていたからだ。
「おや? 僕の見間違いかな? 君、もしかして今そのぬいぐるみに話しかけてた?」
ドラゴンの首を取ったとでも言いたげに、ドラコは喜々としている。
「入学する年を間違えたんじゃないか? ぬいぐるみに話しかけるようじゃあ、先が思いやられるね。早速パパとママが恋しいんじゃないのか? 大丈夫? 何なら、今すぐに汽車を降りて――」
『ハリエットに近づくなっ!』
まるで呪詛を吐くかのように低い声がテディベアから飛び出した。ドラコは度肝を抜かしたし、もちろんハリエットもだ。
「な――な、今のは――」
ドラコは頬を引きつらせた。
『ハリエットに近づこうなんざ、百万年早い! マルフォイ、私はお前のことをいつも見ているぞ! 少しでもハリエットに触れてみろ、コウモリ鼻糞の呪いをかけてやる!』
ドラコはバッと辺りを見回した。声は確かにテディベアの方から聞こえている。だが、まるでどこからか見ているようなこの臨場感は正直気味が悪い――。
「父親とベタベタ、やっぱりホグワーツは去ることをおすすめするね!」
そう言いながらも、この場から去って行ったのはドラコの方だった。よほどジェームズの声が不気味だったのだろう。その身のこなしはまるでピクシー妖精のようだ。
『ハリエット』
急にジェームズは猫なで声になった。
『もう心配いらないよ。マルフォイは追っ払った。もう君の怖いものは何もないんだ』
「お、お父さん、どこかで見てるの?」
『まさか! さすがにそんな魔法はないよ。もしあるのなら、ぜひとも使いたいところだけどね』
もはや普通に会話が成立している。絶対にあるでしょう、とハリエットは長々しいため息をついた。