■繋がる未来―賢者の石―

18:賑やかな休暇


 家の扉を開けた瞬間、甘いチョコレートの匂いがぷーんと漂ってきて、ハリエットの胸はウキウキと高鳴った。そのまま我慢できずに駆け出してリビングに飛び込む。

「ただいま!」
「おかえりなさい、ハリエット」

 リリーとぎゅっと抱き合った後、のんびり近況を報告するでもなく、ハリエットは早速懐かしの母の手料理に興味をそそられた。

「ね、ちょっとだけ食べてもいい?」
「……今日だけよ?」

 母のお許しが出たので、ハリエットはチキンを一つ、二つとつまんで食べた。ホグワーツのクリスマスも確かにすごいのだろうが、母のご馳走を食べられないハリーもなかなか可哀想だと思った。

 ちょっとだけ、と言いつつも、テーブルに座った対面のジェームズと、時折キッチンのリリーに相づちを打たれ、ハリエットは今までにないくらい流暢にホグワーツでの出来事を語った。

 ジェームズには思い出し玉事件が好評だったし、リリーはトロール事件を怖々と聞きながらも、ロンやハーマイオニーと仲良くなれたことを祝ってくれた。

「それでね、その時『ハリー・ポッター!』ってマクゴナガル先生が! 『こんなことはホグワーツで一度も……』なんて言うから、皆ハリーの退学を覚悟したわ。でもね、その日の夕食、ケロッとした顔でハリーが『百年に一度のシーカーに選ばれた』なんて言うのよ! びっくりしてお皿をひっくり返しちゃったわ!」

 その時、暖炉の炎が緑色に燃え上がった。腰を屈めて現れたのはシリウスだ。ハリエットと目が合うとすぐにニヤッと笑う。

「ハリエットの興奮した声がわたしの家にまで響いてくるようだったよ」
「そんなに騒がしくしてないわ……」

 ハリエットは頬を赤らめた。そこまで大きい声で話していただろうか?

「いらっしゃい。時間ピッタリよ。ハリエット、運ぶの手伝ってくれる?」
「はあい」

 出来たてホヤホヤの料理をハリエットは両手一杯に運んだ。からかってきたシリウスは一番最後にしたが、それでもまだ彼はご機嫌だ。

「それで? びっくりしてお皿をひっくり返して?」
「それで終わりよ」

 拗ねたようにハリエットが言うと、シリウスはハと笑い声を上げた。

「それにしても、クィディッチのこととなるとマクゴナガルが熱くなるのは変わらずか。まさか一年生シーカーを誕生させるなんて」
「ハリーはそれだけの逸材だってことさ。今年のクィディッチ杯はグリフィンドールが獲るだろうね」

 そして今年の大会も我がアップルビー・アローズが優勝するさ、とジェームズが付け足す。

 ふと疑問に思ってハリエットは父を見上げた。

「お父さんはどうしてチェイサーなの? シーカーをやろうとは思わなかったの?」
「シーカーかあ……。七年生が卒業して、一時シーカー不在だった時、誘われてやってみたことはあるんだけど、性に合わなくてね」
「ジェームズは目立つのが好きだろう?」

 クスクス笑ってシリウスが引き継いだ。

「ジェームズほど向いてない人はいなかったよ。シーカーは、基本は身体が小さい人がやるポジションだし、スニッチを追うために、気配を殺して競技場を観察しなきゃいけない。そんなジェームズなんて想像できないだろう?」

 ハリエットは深く頷いた。録画を見返さなくても、ハリエットの脳裏に観客席に向かってアピールしているジェームズの姿が浮かんだからだ。自分のみならず、味方が点を入れれば観客と共に盛り上がるジェームズ……。確かにシーカーには向いていない。

「さあ、いただきましょうか。お腹ペコペコだわ」
「今日もまた一段と素晴らしいご馳走だ、リリー」
「一人分増えてすまなかった」
「いつものことよ」

 リリーは微笑み、グラスを上げた。ハリエットもジュースのコップを持ち上げると、皆がハリエットの高さに合わせてくれた。

「ハリエット、おかえり!」
「ただいま!」

 笑顔で返事をすると、ハリエットは早速目についた料理からお皿に盛っていった。

「デザートに糖蜜パイも焼いたわ」
「本当?」
「休暇の前日にも何か焼こうと思うから、ハリーたちと一緒に食べなさい」
「うん!」

 リリーのお菓子は絶品だ。ハリエットは嬉しくなって大きな声で返事をした。

「それで、ハリーはどうしてホグワーツに残ったんだ?」
「ロンが残るから一緒にって」
「息子はこういう時つれないよなあ。初めてのクリスマスくらい帰ってくればいいのに」
「初めてのクリスマスだからだろう」

 シリウスの返答にジェームズは渋い顔をした。

「ハーマイオニーは帰ってきたのよね? ジェームズはハーマイオニーと会えた?」
「うん、お父さんも一緒だったから、手紙一式を渡しておいたよ」
「まあ、そうなの? 私も会いたかったわ」
「見送りはご両親ともでするらしい。早めに行ったら会えるかも」
「改めてモリーやアーサーとも挨拶したいわ。ロンとも全然話せなかったし……」
「いっそのこと、ロンとハーマイオニーを我が家に招待したらどうかな? 夏休みにお泊まりで!」
「それは良いアイデアね!」

 当の本人を差し置き、ジェームズとリリーは非常に乗り気だ。自分の友達に両親が友好的なのは嬉しいが、ハリエットはすっかり置いてけぼりな気持ちだ。それどころか、更に拍車がかかって――。

「待て待て。どこの部屋を使うつもりだ? わたしも挨拶がしたい」
「君まで泊まりこむつもり? シリウスは翌朝ご挨拶でいいじゃないか」
「二人だけ抜け駆けするなんて、リーマスとピーターも黙ってないぞ」
「大の大人が四人も五人も挨拶して驚かせたらどうするのよ」

 ――確かに、どういう挨拶の仕方をするのだろう、とハリエットは不思議でならなかった。

 ジェームズやリリーは分かる。だが、シリウスは後見人、リーマスは元家庭教師、ピーターは……父親の親友? なんて愉快な面子なのだろう。そんな風に紹介されたらロンとハーマイオニーは確実にびっくりしてしまうだろう。

 ハリエットが困惑している間に、一旦話は先送りになったらしい。ジェームズがハリエットに向き直った。

「ほら、せっかくハリエットが帰ってきたんだから、たくさんお土産話を聞かないと。ロンやハーマイオニー以外に仲良くなった子はいるかい?」
「同じ部屋のパーバティやラベンダーとも仲良しよ。ネビルやディーンともよく話すわ。上級生も皆優しいの」
「それは良いことだ。……他の寮はどうだい?」
「合同授業でハッフルパフのハンナがすごく話しやすかったの。お友達になりたいんだけど、あんまり会う機会がなくて……。他の寮にはまだ仲良しの子はいないの」
「三年生になると選択授業が取れるわ。寮関係なく取る授業だから、いろんな子と仲良くなれるはずよ」

 ハリエットは嬉しそうに頷いた。今はまだ慣れない授業に四苦八苦しているが、三年生になる頃には余裕も出てきてたくさん友達が作れるようになるかもしれない。

「アー……じゃあ、意地悪してくるような子はいないかい?」
「意地悪?」

 すぐには思い浮かばなかったが、しかし、じわじわと思い浮かんでくる顔はあった。

「……マルフォイ」

 ちょっと後ろめたい気分で小さくその名を呼ぶと、皆に緊張が走ったのが分かった。ジェームズやシリウスは落ち着かない様子で続きを促し、リリーは……なぜか、ちょっと楽しそう?

「意地悪っていうか……よくハリーに突っかかってくるの。ハリーはあんまり気にしてないけど」
「ハリーになんて言うんだ?」
「いろいろよ。シーカーになったのはズルだとか、お父さんとのことを比較したり」

 むむむ、と難しい顔でジェームズは腕を組んだ。リリーは心配そうな顔をしているが、何も言わない。

「もともとの性格もあるだろうけど、父親の件で尚更私たちに敵意を抱いてるんだろう……。面倒なことにならないためにも、間違っても近づいちゃいけないよ」

 向こうが近づいてくるの、とハリエットは思ったが、口には出さなかった。代わりに「あっ!」と声を上げる。

「もう二人! フレッドとジョージ! ロンのお兄さんなんだけど、悪戯がひどいの! 普段は楽しい悪戯ばっかりなんだけど、汽車に乗ってる時にタランチュラをけしかけられたのよ、二回も!」
「女の子に蜘蛛はひどいなあ」
「でしょう? だからね、この休暇中にお父さんに鍛えてもらおうと思って!」
「き、鍛える……?」

 ジェームズはポカンとした。前のめり状態の娘に気圧されかけていた。

「悪戯グッズ! 二人をあっと驚かせるものはないの!? フレッドとジョージの鼻を明かしたいの!」
「そういうことならわたしに任せろ。秘蔵の奴を持ってきてあげよう」
「本当!?」

 嬉しそうにシリウスにお礼を言う娘を見ながら、ジェームズはこっそり妻に囁いた。

「……リリー……私たちの娘が、逞しくなって帰ってきた……」
「いいことじゃないの」

 ハリエットは小さい頃から大人しい方だったが、ジェームズ譲りの悪戯性分も持ち合わせてはいるのだ。特にそういう時はシリウスと結託し、たいていジェームズがターゲットになる。

「あ、そういえば、ジョージから伝言を預かってたの」

 少しばかり興奮してしまった熱をジュースで冷まし、ハリエットは何気なく言った。

「『われ、ここに誓う!』」
「……え?」
「そう伝えてほしいって」

 ジェームズとシリウスは顔を見合わせ、そして同時に笑った。

「そうか! 私たちは少ーし後輩たちを見くびっていたようだ」
「このままいけば、まだ三十年はフィルチの没収棚に眠ったままだと思ってたのに……。怪しい気配を嗅ぎ取るだけじゃなく、秘密まで解き明かすなんて!」
「将来有望だな」

 ニヤニヤと嬉しそうにグラスを傾ける二人。リリーは疑り深い顔になった。

「あなたたち、また変な置き土産をしてきたわけじゃないでしょうね?」
「不可抗力で没収されたんだ。私たちの卒業間近に、何としてでも一泡吹かせたいフィルチにしてやられたんだ。唯一の心残りかな?」
「何を没収されたの?」
「忍びの地図。ホグワーツの地図が書いてあって、誰がどこを歩いてるとか、抜け道がどこにあるとか、一目で分かるんだ」
「そんなものを悪戯に活用してたのね? 本当にあなたたちは……」

 リリーが遠い目になった。子供たちが入学してからというもの、更に彼らの破天荒っぷりを再確認させられたような気分だった。

「まあ、他の人の手に渡ったのなら仕方ない。透明マントはハリーに、忍びの地図はハリエットに伝言を託して二人で活用してもらおうと思ってたんだけど……。もしくは、作り方を教えるから自分たちで自作するというのも一つの手だね」
「ジェームズ、ハリーもハリエットも、クィディッチやお友達作りで忙しいのよ。あなたたちと違って悪戯に精を出してる時間はないの」
「……興味が出たら聞きにおいで」

 こそっと囁き、ジェームズはウインクした。抜け道なんて面白そうなので、ぜひ後で聞きに行こうとハリエットは大きく頷いた。

 その後も、ハリエットを主役としたお土産話は大いに盛り上がった。ハリエットも今までで一番と言っても過言ではないくらい興奮し、またシリウスに「居眠りしてる生徒もびっくりして飛び起きそうだ」とからかわれてしまった。