■繋がる未来―賢者の石―
17:帰郷
十二月に入ると、本格的にホグワーツに冬が訪れた。さすがに積もるほどには雪は降らなかったが、それでも降らない日の方が珍しくなってきたこの頃、マクゴナガルがクリスマスに寮に残る人のリストを作成し、掲示板に貼り出した。自分には関係ないこととハリエットは気にしなかったが、ロンと一緒にそれに名前を書くハリーを見て心底驚いた。
「家に帰らないの? どうして?」
「ロンも帰らないって言うし、だったら僕も残ろうと思って」
「でも、お父さんたちも帰ってくるのを楽しみにしてるって……」
先週、まさにそういう手紙を受け取ったのだ。まさかハリーが残るとは思わず、ハリーと一緒に帰る体で返事してしまった。
「まだたった数ヶ月じゃないか。それに、ホグワーツのクリスマスってすごいらしいんだ。ご馳走も出るし、飾り付けも最高だって」
「ふうん……」
「ハリエットもホグワーツに残ればいいのに」
「ハリエットは駄目だよ。甘えんぼだからね」
何気なく呟かれた言葉に、ハリエットはすぐに反応することができなかった。まじまじとハリーを見、ものすごく人聞きの悪いことを言われていることに気づくと、大きな声で言い返した。
「甘えんぼじゃないわ!」
「えー、そうかな」
「そうよ! 違うから!」
ハリエットは慌ててロンやハーマイオニーを見る。何となく困った風の笑みを見、ハリエットは誤解されかけていることに焦りを抱いた。
「ハリー! 違うって言って!」
「うーん……」
でも事実だしなあ、という言葉にならないメッセージをありありと出してくるハリー。そもそも、ロンとのチェスに夢中で話半分だ。
「私が甘えんぼなら、ハリーだってそうよ。お母さんに叱られた時、いつもシリウスに慰められてるじゃない!」
「ちがっ――!」
ハリーは勢いよく顔を上げた。駒がいくつかひっくり返り、慌ててロンが元に戻す。
「あれは、ちょうどタイミングよくシリウスが現れるだけだよ!」
「ハリーは昔からシリウス大好きでしょう?」
「なっ――」
ハリーは顔を真っ赤にして立ち上がった。その拍子に、確実に勝利に進んでいたはずのチェスボードがひっくり返り、ロンは呻いた。
ハリーは確かにシリウスに懐いているが、それをハリエットの語彙力で「大好き」に変換されるなんて、友達の前で堪ったものじゃない。
「僕のはそういうんじゃない! 大好きって言うのはハリエットがリーマスに対してのだ!」
「〜〜っ!」
ハリエットは声にならない悲鳴を上げた。慌てて辺りを見渡す。幸いなことに、談話室にこちらに興味を示している知り合いはいな――いた! フレッドかジョージのどちらかだ。ニヤッと笑って、ハリーに「リーマスって誰?」と聞いている。
「父さんの友達。昔家庭教師をしてもらってたんだ」
「へえ。格好いいの?」
「うん。ユーモアもあって優しいし」
ロンまで興味津々だ。面白がってハリーは更に付け足す。
「それに、リーマスはハリエットの初恋で――」
「それは言わない約束でしょ!」
泣きそうになってハリエットは叫んだ。いくらハリーでも、これはない!
わああっとハリーを突き飛ばし、彼をソファの上に転がすと、ハリエットは階段を駆け上って自室に飛び込んだ。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。確かにちょっと自分も変なことを言いすぎたかもしれないが、元はといえばハリーが悪いのに!
ハリエットはその後、一週間はハリーと口を利かなかったが、ロンもハーマイオニーも生暖かい目で見守るばかりだ。
休暇が近づく頃には、いつの間にか二人も仲直りしていたのだが、今度はまた別の問題が発生していた。
「いい? 冬休みがチャンスよ。時間が山ほどあるんだから。私たちが家に帰っても、ちゃんとニコラス・フラメルについて調べるのよ」
ハグリッドが漏らしたニコラス・フラメルという人物。
当初は図書室を少し調べればすぐ出てくると思ったのも束の間、本の虫のハーマイオニーですら分からないというのだから驚きだ。
「ああ、分かった、分かったって。君は僕たちのママ?」
「あなたたちが宿題を後回しにするタイプだから、嫌でも小言が多くなるのよ!」
顰めっ面をしてロンはわざとらしく耳を塞いだ。これ以上ハーマイオニーがぷんぷんしないようにハリエットが慌てて口を挟んだ。
「私も家に帰ったらお母さんに聞いてみるわ。もしかしたら何か知ってるかも」
「父さんの前では駄目だよ。妙に勘の良い時があるし……」
ハリーの言葉に、ハリエットとロンは驚いた。
「知られちゃ駄目なの?」
「そうだよ。スネイプと犬猿の仲なら、きっと協力してくれるよ」
「駄目だよ。父さんは頼らない」
ハリーは断固として言った。ハリエットは少しハリーの気持ちが分かるような気がして、それ以上何も言わなかった。
ジェームズ・ポッターの息子として、ただでさえハリーは周りから期待されている。その重圧もさることながら、ホグワーツに来てみれば、スネイプにネチネチ父親と比較されて一層精神に来ているのだ。若干ジェームズにコンプレックスを抱いているハリーとしては、この上更に父親に泣きつくようなことは――少なくともハリーはそんな風に感じているだろう――したくないはずだ。
結局ハリーを説得することもできず、ハリエットとハーマイオニーはホグズミード駅へ向かった。ホグワーツに残る生徒は少ないらしく、まるで新学期のような人ごみっぷりだ。ハーマイオニーとはぐれないようにして歩きながら、人の少なそうな場所を目指して奥へ奥へと進んでいく。
汽車の最後尾には、フレッドとジョージ、リー・ジョーダンがいるだけだった。
「こいつとも離れ離れか。寂しくなるな」
「いや、待て。俺たちのペットじゃなかったか?」
「そういえばそうだ。昨年森で捕まえたんだった」
「馬鹿言え。こいつはペットショップ生まれの温室育ちさ」
三人でワイワイ囲んでいるのは、箱の中に入った大きなタランチュラだ。悪戯っ子らに蜘蛛をけしかけられないよう皆遠巻きにしているらしい。
ホグワーツ特急でのことがあるので、ハリエットも蜘蛛はすっかり苦手だったが、ハーマイオニーがいるので少々強気だった。さすがのあの三人も、学年一優等生のハーマイオニー相手に非常識なことはしないだろう。
そう思ってコンパートメントにトランクを詰めていたら、グリフィンドールの問題児三人組ではなく、スリザリンの三人組が意気揚々と声をかけてきた。ドラコとクラッブ、ゴイルだ。
「他の二人はどうしたんだ? クリスマスなのに家に帰ってくるなとでも言われたのかい?」
「二人は残りたくて残ったのよ。ホグワーツで過ごすクリスマスも素敵だって」
「ウィーズリーならホグワーツ程度のクリスマスでも満足できるんだろうね。僕は我慢ならないけど。お前たちもそうだろう?」
ガハハ、とクラッブとゴイルが笑い声を上げた。ドラコも機嫌良く笑っている。
ハリエットはハーマイオニーと顔を見合わせ、肩をすくめた。
何となくだが、妙にドラコの機嫌が良いような気がした。何か良いことでもあったのだろうか?
「ほうら、そこ、何やってるんだ? 女の子二人によってたかって」
二人で三人分の体格はあるクラッブ、ゴイルと、生徒間で良い噂は聞かないドラコが取り囲んでいる光景は目についたらしい。フレッドたち三人が汽車の中に入ってきた。だが、ハリエットにはあまり嬉しくないものも携えて。
「ほら、退いた退いた。リーのペット様が通れないぞ」
「ペット? そんな箱に入った奴が?」
リーが抱える箱をドラコは鼻で笑った。確かに、その何の変哲もないケージからは想像もつかないだろう……。
「ネズミ? それとも時代遅れのヒキガエルかな」
「見てみるか?」
悪戯っぽくフレッドが尋ねる。ドラコは一瞬警戒したが、ここで引くのは男らしくないと思ったのだろう――だが、内心ちょっと腰が引けたらしく――一番近くにいたクラッブに「開けろ」と合図した。
ドラコのように警戒するまで頭が回らなかったクラッブは、なんの躊躇いもなく箱を開け――そして悲鳴を上げた。
「うわあっ!」
「タランチュラ!?」
「こっちに近づけるな!」
阿鼻叫喚の地獄絵図だった。クラッブやゴイルならば、タランチュラなど容易にその手で一捻りできそうだが、さすがの二人も毒蜘蛛は怖いらしい。逃げようとどんどん後ずさってくる。
ハリエットは、急いでハーマイオニーを避難させようとしたが、一足遅かった。混乱したゴイルが近くのコンパートメントを開け、急いで中に逃げ込もうとしたのだが、その際ハーマイオニーを巻き込んで転んでしまったのだ。
「ちょ、ちょっと!」
ハーマイオニーが非難の声を上げるが、ゴイルは気にもせずにピシャリと戸を閉めた。よほどタランチュラが怖かったらしい。
ひとまずハーマイオニーは安全な所に避難できたのでホッと安心したハリエットだが……ふと、タランチュラと自分とを阻むものが何もないことに気づいた。ついさっきまでドラコもクラッブもいたのに……?
そう思って、更にハリエットは察知した。後ろに気配がある。いつの間にか、ハリエットの後ろに二人は逃げ込んでいたのだ!
「信じられないわ、女の子を盾にするなんて!」
期せずして矢面に立たされたハリエットは思わず叫ぶ。だが、ドラコも負けじと言い返した。
「盾になんてしてない! 君が逃げるのが遅かっただけだ!」
「でも――だからって!」
やんややんや言い合う中、男の子に盾にされたハリエットがあんまり哀れだったのだろう。リーはそっと箱を閉めた。
「ちょっと驚かすだけのつもりだったんだよ。こいつ、大人しいからあんまり噛まないし」
「怖いものは怖いの!」
珍しくハリエットはピシャリと言い切った。リーとフレッド、ジョージを一人一人じっとり睨んでいく。
「いい? 金輪際その子はホグワーツ特急で見せびらかさないこと。蜘蛛が苦手な子だっているんだから!」
「ロンとか?」
「茶化さないの! ハーマイオニー、行きましょう!」
怯えるゴイルからようやく脱出できたハーマイオニーを引っ張り、ハリエットは男の子たちの横を通り過ぎていく。すれ違い様、ドラコに向かってベッと舌を出すのも忘れなかった。
「女の子って怒らすと怖いんだな」
「アンジェリーナで経験済みだろ」
「間違いない」
クスクス笑って、やっぱりハリエットのことを茶化す三人の会話は、幸か不幸か、当の本人には聞こえていなかった。
*****
キングズ・クロス駅に到着すると、我先にと汽車を飛び出していくのは、まだ親元が恋しい新一年生たちだ。実は到着十五分前からハリエットもそわそわしていたのだが、いつも通り落ち着いているハーマイオニーの目を気にして、いざ到着しても、ハリエットはわざとのろのろ身支度した。
「お父さん、今日はお客さんの予約が多くてちょっと遅れるらしいの。だから私のことは気にしないで早く行って」
「そんなわけにいかないわ! じゃあ、お父さんにハーマイオニーを紹介してもいい?」
「いいの? ぜひ!」
仲良く汽車を降りると、ジェームズはどこだろうと二人は見回すが、すぐに居場所は割れた。この人ごみの中、特に多くの人でごった返している所があったからだ。
「やあやあ、握手はこの辺りで。そろそろ娘を迎えに行かないといけないのでね」
人の波を縫って現れたジェームズは、はたとハリエットと視線が合ったのに気づくと、パッと破顔した。
「ハリエット、お帰り! 会いたかったよ!」
ジェームズは大きく両腕広げた。その顔には、娘が飛び込んできてくれるものと微塵も疑っていない晴れやかな笑みが広がっている。ただ、問題は、その娘が飛び込んできてくれないこと。
ジェームズは困惑の表情を浮かべた。
「ただいま。お父さん、紹介するわ。友達のハーマイオニーよ。頭が良くて、いつも勉強を教えてもらってるの」
ジェームズの困惑などいざ知らず、ハリエットは澄ました表情でハーマイオニーを紹介した。ハーマイオニーがぺこりと頭を下げたので、ジェームズも慌てて笑顔を取り繕う。
「ハリーもハリエットも、いつも君たちのことを手紙に書いてきてくれるんだ。すぐに分かったよ」
「私も、すごくお会いしたかったんです。魔法界の英雄としてではなく、二人のご両親として」
今もジェームズの周りには、遠巻きにではあるが、魔法界の英雄と話をしたがっている風の魔法使いが多く見られる。ジェームズは嬉しそうにハーマイオニーと握手した。
「ありがとう」
ジェームズがくしゃっと笑う様は、ハリーそっくりだ。いや、むしろハリーよりも無邪気さが見て取れる気すらある。
ハーマイオニーがよく知る大人とは似ても似つかない不思議な人だと思った。普通、大人は威厳や、落ち着きや、冷静さがあって然るべきで、もし身についていなかったとしても、そう振る舞うように見せることができるようになっている。魔法界の英雄ジェームズ・ポッターなら、弱みを見せまいと尚更だろう。それなのに、まるで旧知の友のような気軽さで握手に応じる彼に、ハーマイオニーは戸惑いを持った。もしかしたら、昔どこかで会ったかとすら思うほどの気安さだ。
「それでね、ハーマイオニー」
今だって、ジェームズは膝を折り曲げ、ごく自然にハーマイオニーに耳打ちした。
「ハリエットがちょーっとつれないような気がするんだけど、何かあった? 何か怒らせるようなことしちゃったのかな?」
「アー……」
ハーマイオニーは分かりやすく目を泳がせた。親友の矜恃か、もしくはその父親の不安を取り払うか――迷ったのは少しの間だけだった。会ったばかりなのに、なぜかこの男性には仲良くなりたいと思わせる妙な魅力があったのだ。
「前にハリーが、ハリエットは甘えんぼだってからかったんです。それで、ハリエットはちょっと気にしてるみたいで」
「ああ」
ジェームズはムズムズと微笑を堪えられない顔をした。帰ってきてもくれない息子は何という余計なことをしてくれたんだと思う一方、甘えたいだろうにわざとツンとする娘はそれはそれで可愛く思えたのだ。
ジェームズは澄ました顔をしてハリエットに近づいた。警戒するように見上げる娘にジェームズは囁く。
「うーん、せっかく久しぶりに会えたのにあっさりした再会なのは寂しいなあ」
「…………」
「あっちもこっちもハグしたりキスしたり、再会を楽しんでるのに」
ジェームズの言葉につられてハリエットも周りを見渡す。そしてまたジェームズを見た。今度は満面の笑みだ。
「ただいま!」
「お帰り、私のハリエット!」
ジェームズはぎゅうっと娘を抱き締めた。勢い余ってそのまま抱き上げた。プラプラ空中でハリエットの足が揺れる。
「ホグワーツは楽しいかい?」
「ええ、とっても!」
途端に甘い空気になった二人に、ハーマイオニーは「やっぱりハリエットは甘えんぼかも」と思ったが、親友がまた拗ねるのもあれなので、胸の中に仕舞っておくことにした。暇つぶしにと周りを見回せば、人混みの中で待ち人の姿を見つけた。
「じゃあハリエット、お父さん来たみたいだから、私行くわね」
「え、待って! ハーマイオニーのお父さんに私も挨拶したいわ」
「ぜひ私も!」
急に二人は意気投合して離れた。ハーマイオニーは呆れて笑いながらも、プラットフォームで心配そうに立ち尽くす男性の下へ連れて行った。
「お父さん!」
「ああ、ハーマイオニー、遅れてすまなかった」
「いいの。ねえ、友達を紹介してもいい?」
「もちろんだとも」
ハーマイオニーは父親似のようで、彼もふわふわした栗毛のくせ毛だ。しかし笑った顔は朗らかで、人好きする笑みだ。
「友達のハリエットよ。そしてお父様のジェームズ・ポッターさん」
「こんにちは。ハリエット・ポッターです」
「はじめまして、ミスター・グレンジャー。お会いできて光栄です」
「はじめまして」
三人は互いに握手を交わした。ハーマイオニーの父親は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「魔法使いの方とお会いするのは慣れてないものですから、何か失礼がないかと不安で……」
「とんでもない! 私の方こそマグルの文化にはてんで疎くて、妻によく怒られたものです」
ジェームズは微笑んで懐から分厚い羊皮紙を取り出した。
「娘さんを一人魔法界へ、というのもご不安でしょう? 何かあれば、こちらで手紙を……ポー……ポ……なんだったかな?」
「ポストです」
「そう、ポスト! ポストに出していただければ、私の下へ届くよう魔法がかかっているので」
父とハーマイオニーの流れるような掛け合いにハリエットは目をぱちくりさせた。何だか、今会ったばかりの二人には思えない。ちょっとヤキモチを焼いてしまったくらいだ。
「ありがとうございます、ポッターさん。マクゴナガル教授も、いつでも手紙を出してくださいと仰っていただいたんですが、あまりお手を煩わせるのも申し訳ないと思っていたところだったんです」
「子を持つ親として、お気持ちはとてもよく分かりますよ。お気軽に書いてください。妻もマグル生まれなので、相談ごとは任せてください」
ハリエットとハーマイオニーは、どちらからともなく顔を見合わせてはにかんだ。親同士が仲良くなるのは嬉しいが、なんとなく気恥ずかしい思いだった。
そろそろ仕事に戻らなければ、と慌ただしいグレンジャー親子を見送り、ハリエットとジェームズはのんびりプラットフォームを歩いた。ようやく皆それぞれ家に向かい始め、ジェームズに注意を払う者が少なくなってきたからだ。
「お母さんは?」
「家でとびきりのご馳走を作ってるよ。今朝急にシリウスがこっちに来たいって言い始めて、一人分の夕食が増えることになったからね」
「わあ、シリウスも来てくれるの?」
「来ない日の方が珍しい気もするけど、いつまで経ってもそんな新鮮な反応をしてもらえてあいつが羨ましいよ」
サラッとジェームズが毒を吐いたような気もするが、ハリエットは気にせず歩みを止めない。ただ、前方に知り合いの姿を見つけた時、ふとその足は止まった。
ドラコと、彼とよく似た男性が抱き合っていた。周りの雑踏など気にもしない様子で、ただ黙って固く抱き合っている。
「そうか、先週が釈放の日だったのか……」
ジェームズも二人に気づいたようだ。彼の言葉で、自ずとあの男性の正体に合点がいく。
――ルシウス・マルフォイ。ドラコの父親で、アズカバンに収監されていた死喰い人……。
ルシウスは、ドラコによく似ていた。だが、落ち窪んだ目に、痩けた頬、輝きを失ったプラチナブロンド――ジェームズと同年代のはずなのに、ルシウスの方が何十歳も老けて見えた。
ハリエットは知らず知らず父のローブを握った。
「アズカバンって、そんなにひどい所なの?」
「ああ……」
ルシウスから目を離さず、ジェームズは頷いた。
「恐ろしい所だ。闇祓いとして働いていたときに訪れたことがあるが――一片の幸福をも吸い取られるような場所だ。守護霊がいなければ、私も平気でいられなかったに違いない」
視線を感じたのだろう。スッと視線を上げ、ルシウスがこちらを見た。
――睨まれているわけではないのに、冷たい瞳に射貫かれ、ハリエットは微動だにできなかった。
「行こう」
ジェームズもその視線を感じ取ったのか、ハリエットの背中を押した。頷き、ハリエットはぎこちなく歩き始めた。未だ背中にチクチク視線が突き刺さっているような気がして、ハリエットは身震いした。