■繋がる未来―賢者の石―

16:暴れる箒


 クィディッチシーズンが到来し、いよいよハリーの初試合がやって来た。数日前から届いていたジェームズたちからの手紙にも熱が入っており、ハリーは緊張とプレッシャーで押しつぶされそうになっている。朝食すらろくに胃袋に入らない有様だ。

「少しでもお腹に入れた方がいいわ」
「でも、食欲がなくて……。――って、なんで万眼鏡なんか持ってきたの?」

 ハリーは妹が首から提げているものに目を留めた。ハリエットは自慢げにそれを持ち上げる。

「もちろんバッチリ録画するためよ」

 これは、双眼鏡のような役割を果たし、同時に録画もできる代物だ。スローモーションでアクション再生もできるため、なかなかの高性能なのだ。これを買ってもらったきっかけは、幼い頃、ジェームズの試合を見に行った時のことだ。観客席でウキウキと跳ねながら父親の登場を待っていたのも束の間、いざ登場してみれば、豆粒のように小さい父親の姿にハリエットが拗ね、しまいにはグスグス泣き出してしまったのだ。そしてその翌日、当時何十ガリオンもする万眼鏡を二つ、シリウスがハリーとハリエットにとプレゼントしたというわけだ。

 万眼鏡を買ってもらって喜んだハリエットは、幼いなりに一生懸命父親の勇姿を録画し、そして喜んでもらおうとシリウスらに見せて回ったものだ。シリウスたちとしては、華麗に得点を決めるジェームズも、試合終了後に観衆に向かってアピールしているジェームズも学生時代何度も見ていたので、試合全体の流れならまだしも、ジェームズに焦点を当てた録画はお腹一杯――という心境なのだが、嬉しそうに見せてくるハリエットにそんなことを言えるわけもなく……。

 結局、苦笑いで全て見ていてあげていたのは、ハリエットすらも知らない事実だ。

 とにかく、そんなこんなで、ホグワーツに来たからには、今度はジェームズではなくハリーの勇姿を録画しようとハリエットは意気込んでいた。ただ、今回のその熱意は今のハリーにとってはプレッシャーにしかならなかったらしく、ハリーは愛想笑いの失敗作を顔に貼り付けながら更衣室に入って行った。

 ハリエットたちは、ネビルやディーン、シェーマスと共に最上段に陣取った。そこからの眺めは素晴らしいが、すばしっこく動くシーカーを見るためには、やはり万眼鏡が必要不可欠だ。

 首から万眼鏡を提げ、左手にグリフィンドールカラーの手作りフラッグを構えると、いよいよ試合が始まった。グリフィンドールが点を入れるたび、ハリエットはフラッグをパタパタ振った。

 始めの方こそグリフィンドール優勢だったが、途中から状況が変わった。

 ジェームズの時もそうだが、ハリエットはつい知り合いの姿をずーっと追いかけて見てしまうので、いまいち試合の流れが分からないのだが――今回はそれが功を奏した。一番にハリーの異変に気がついたのだ。

「おかしいわ……」
「何が?」
「ハリーよ。動きが変だわ」

 ジェームズやシリウスの熱烈な訓練のおかげか、ハリーの飛行技術は同学年と比べても群を抜いている。それなのに、まるで今にも箒に振り落とされそうになっているのだ。いつも、まるで意思が通じているかのように箒と一心同体になれるハリーが。

「フリントとぶつかった時に何かされたんじゃない?」
「そんなこたあない。闇の魔術以外、箒に悪さをすることはできん」

 シェーマスの言葉に、ハグリッドは唸った。

 闇の魔術――その言葉にハッとしてハーマイオニーが動いた。

「貸して!」

 言うや否や、ハリエットの返事も待たずに万眼鏡をひったくった。ハリエットは「ああっ!」と悲しそうな声を上げる。

「どうしたの?」
「スネイプよ! 何かしてる……箒に呪いをかけてるんだわ!」

 今度はロンが万眼鏡をもぎ取った。ハリエットもハリーの様子やスネイプのことを見てみたかったが、鬼気迫った様子の二人に向かって言い出せず、そわそわすることしかできない。

「私が行ってくるわ!」

 頼もしく杖を構え、ハーマイオニーは駆け出した。ハリエットも後を追おうかとも思ったが、無事手元に万眼鏡が戻ってきたので、大人しくハリーの姿を見守る。

 ハリーは、今や片手だけで箒に捕まっていた。双子のウィーズリーがハリーを助けようとするも、そのたびに箒は上へ上へと浮上する始末。

 万が一ハリーが落ちてきたら下で受け止めようと双子が下を旋回するが、できることはそれだけだ。ハリエットとて、ただハラハラと見守ることしかできない。

「ハーマイオニー……お願い……!」

 ギュッと万眼鏡を握りしめた時、ハリーの箒の異常はピタリと止まった。ハリーもそのことにはすぐ気づき、箒に跨がって急降下を始めた。

 いつの間にか、ハリーの隣にはスリザリンのシーカーもいた。二人ともほぼ同時にスニッチを見つけたようだ。激しく体当たりされると、ハリーの小さな身体はいとも容易く吹っ飛ばされるが、それでもハリーは負けじとスリザリンのシーカーに食らいつく。それどころか、地面に激突するのではないかと臆して浮上したスリザリンシーカーに対し、ハリーは果敢にギリギリまで降下を止めなかった。寸前で地面と平行に箒を走らせると、なんと箒の柄の上に立ち上がった!

「っハリー!」

 あまりに無謀な挑戦だ。こんなプレイはプロの試合でしか見たことがないし、いくら地面からそう離れていないとはいえ、あのスピードだ。落ちたらひとたまりもない――と思った矢先、バランスを崩してハリーは箒から転がり落ちてしまった。

 ひとたび箒から落ちてしまえば、もう競技場に戻ることは許されない。残念そうな声がグリフィンドールから上がる中、ハリーは地面に蹲り、えずいた。何かを吐き出そうとしている。

 やがて、ハリーが手の平に吐き出したのは、金色に輝く何かだ。

「ハリーがスニッチを取ったぞ!」

 グリフィンドールの勝利だった。わあっと歓声が上がる。

「やっぱりスネイプだったわ!」

 ハーマイオニーは息を切らして戻ってきた。

「私がスネイプのマントに火をつけたら、途端に意識を逸らして呪文を唱えるのを止めたもの」
「ああ、ハーマイオニー……! あなたって最高ね! ありがとう!」

 戻ってきたハーマイオニーを見て、ハリエットは一目散に駆け寄ると、強く抱き締めた。

「私、本当にどうなるかと思った! お父さんの試合でさえ、ブラッジャーに当たらないかヒヤヒヤするのに、今度はハリーまであんな危険な目に遭うなんて!」
「何事もなくて良かったわ。それにハリーがスニッチを掴んだんでしょう!?」
「そうよ! ハーマイオニーのおかげ!」

 女の子二人はきゃあきゃあ言って抱き締め合う。グリフィンドールの勝利に大興奮だった。

 そしてそれは選手たちも同様で、特にハリーは、チームメイトに囲まれつつも、観客に向かって嬉しそうにガッツポーズをしている。試合後、いつも観客に向かってアピールするジェームズを恥ずかしがり、「僕は選手になってもあんなことはしない」と固く誓っていたのに、いざ初試合、初勝利を収めると、そんな誓いは頭からすっかり吹き飛んでしまったようだ。

 とはいえ、ハリーの勇姿を讃えたいのはハリエットたちも一緒で、いつまでも観客席でじっとしていることなんてできず、すぐに控え室へ向かった。だが、間の悪いことに、敗北を味わい、一刻も早く寮に戻りたいスリザリンの一団とタイミングがかち合ってしまった。

 一瞬にして冷ややかな空気が流れる。両者とも何も言わず、そのまま互いに通り過ぎるかと思いきや――。

 「ハリーを大統領に」という大きな旗を掲げ、浮かれきったグリフィンドール一行の様子が鼻についたらしく、ドラコは歩みを止める。

「グリフィンドールはルールを破るのが大好きみたいだね。一年生をシーカーにしたり、スニッチを口で掴んだり。あんなのズルだ」
「それなら」

 腕を組み、ハーマイオニーは果敢に前に出た。言い返そうとしたロンは先を越されてポカンとしている。

「ハリーがスニッチを吐き出した時に奪いにいけば良かったのよ」
「馬鹿言え! そんな汚いもの掴めると思うか?」
「だったらスリザリンが勝つことはないわね」

 ハーマイオニーの切り返しに、ドラコはうんともすんとも言えない。

 その代わり、ハリエットが首から提げている万眼鏡を見て、思い出したように笑った。

「お兄さんの惨めな姿はちゃんと録画したかい? 箒一つ操れない様をお父上に見てもらうといいよ。きっと指導してもらえるだろうさ」
「あれはハリーのせいじゃないわ」
「勝手に箒が暴れたとでも言うのかい?」

 ムッとして言い返そうとしたハリエットだが、ドラコの後ろから教師の一団が現れたのを見てすぐに口を噤む。その中にスネイプの姿を見つけたからだ。かなり不機嫌そうな様子だ。ハーマイオニーの健闘の証、ローブの裾が焼け焦げている。

「どうかされたんですか?」

 そのことにはすぐにドラコが気づいた。スネイプは忌々しげにローブを後ろへ払う。

「教員席にネズミが入り込んだようだ……。突然何もない場所から失火するなど、それ以外考えられん」

 スネイプの言いたいことをいち早く察し、ドラコは意地悪くハリエットたちを横目で見た。

「大方、とにかく勝ちたいどこぞのチームが放ったネズミじゃありませんか?」
「馬鹿言うなよ、マルフォイ。教員席に火を放ってどうして勝てるんだよ? 敵の箒に呪いをかけた方がまだ勝つ見込みがある」
「ウィーズリー、君たちの英雄ハリー・ポッターが箒を制御できなかったのは、我がスリザリン寮のせいだとでも言うのかね?」

 ハーマイオニーが注意する前にスネイプが食いついてきた。これでは、まるで自分たちがスネイプのしたことを知っていると白状しているようなものだ。

 事実、スネイプはじっとり三人を順に見つめた。まるで、こちらの考えなど見透かしているようなその目はひどく居心地が悪かった。

「言葉に気をつけたまえ。時には現実を見ることも重要だ」

 ようやくスネイプの視線が外れた頃には、三人はすっかり脱力していた。

「ロン! どうしてあんなことを言うのよ。まだどうするかも決めてないのに早すぎるわ!」
「だってあの飄々とした態度見たら腹が立って! あいつがハリーを殺そうとしたのに!」

 ロンとハーマイオニーが言い合う中、カチャリと控え室の扉が開いた。そこから出てきたのはラフな格好に着替えたハリーだ。

「こんな所で何してるのさ? 談話室でパーティーやるんだって。早く行かなくちゃ」
「そんなことよりも、ハグリッドの小屋に行くわよ! さっきの試合で話さないといけないことがあるんだから」
「でも、初勝利のパーティーだよ。バタービールも出るんだって――」
「あなたの命とどっちが大切なの!?」

 ヒートアップしてきたハーマイオニーに気圧され、三人は追い立てられるようにしてハグリッドの小屋に押し掛けた。パーティーのご馳走よりもかなりグレードの下がった――とは決して本人を前にして言えないが――固すぎるロックケーキをご馳走になりながら、三人はハリーに事のあらましを説明した。

「だから、君の箒に呪いをかけてたのはスネイプだったんだよ。パパに告げ口しちゃえよ。君のパパならホグワーツにだって顔が利くだろ?」
「そんな子供みたいなことできないよ。それに証拠がない」
「でも、ハリー、あなたの命がかかってるのよ」

 あなたも何か言って、とハーマイオニーはハリエットの袖を引いた。ジェームズの影響か、口上手なハリーに勝てた試しはないが、意を決してハリエットが口を開くも、ハリーに先を越される。

「それに、ただ嫌がらせしてくるだけならまだしも、こんなことまでしてくるなんて。本当に父さんの言った通り、スネイプは嫌な奴だ」
「ジェームズとスネイプは昔から仲が悪かった。息子であるお前さんを……まあ偏見の目で見てしまうのも分からないではないだろ?」
「それにしたって度を超してるわ。私確かに見たの。瞬き一つせずに、スネイプはハリーの箒に呪いをかけてたんだから!」

 ハーマイオニーはキッとハグリッドに詰め寄り、ハリーも追随した。

「それに、他にも怪しい点はある。スネイプは、ハロウィーンの日、禁じられた廊下に行ったんだ」
「どうしてそう思うんだ?」
「足を怪我したスネイプがフィルチに言ってたんだ。三つの頭を同時に相手することなんてできないって。スネイプは、ハロウィーンの日に足を怪我してた。あの廊下に何があるのかは知らないけど、三頭犬が守ってるものを盗ろうとしたんだ」
「なんでフラッフィーを知っとるんだ?」
「フラッフィー?」

 四人が揃って声を上げた。

「あいつの名前だ。パブで会ったギリシャ人から買って、ダンブルドアに貸した。守るために――」
「何を?」

 ハリーは勢い込んで尋ねた。ハグリッドは分かりやすく動揺する。

「もうこれ以上聞かんでくれ。機密事項なんだ」
「だけど、それをスネイプが」
「いいか?」

 言い聞かせるように、ハグリッドはゆっくり四人を見渡した。

「お前たちは危険なことに首をつっこんどる。ダンブルドアはスネイプを信頼しとるし、フラッフィーのことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」
あっ!

 四人は聞き逃さなかった。

「ニコラス・フラメルって人が関係してるんだね?」

 ハグリットはその場に縮こまった。今すぐテーブルの下にでも隠れたそうな顔をしていた。