■繋がる未来―秘密の部屋―

03:遺された声


 ロックハートのサイン会に遭遇した日からあっという間に時が過ぎ、新学期前日がやって来た。ハリエットはちゃんと前もって準備していたので、リビングでゆっくりお茶を飲むことができたが、その反面、ハリーは大いに慌てていた。部屋中のタンスをひっくり返し、あちこちに服や本や靴下を撒き散らしてはトランクに押し込むというのを朝からやっている。

 ハリーがドタバタ音を立てているのをジェームズは微笑ましく聞いていたが、リリーは呆れ顔だ。

「だから早く準備しなさいって言ったのに」
「そうは言っても後回しにしてしまうのが男の子さ」

 優雅にティーカップを上げ、一口。どうやらジェームズにも身に覚えのある出来事らしい。

「ハリエット、悪いけどハリーにこれ持っていってくれる?」

 ハリエットが食べ終わったのを見て、リリーが申し訳なさそうに言う。ハリエットもそのつもりだったのでもちろん快諾だ。

 ハリーの部屋へ向かうと、ハリーは大量の荷物を前にどう詰めようか試行錯誤しているようだった。

「ハリー、お母さんがクッキー焼いてくれたんだけど」
「ありがと。そこ置いといて」
「手伝う?」
「いや、もうちょっとで終わるから」

 そう言いつつも、まだ室内は相当汚い。ハリーの騒々しさにヘドウィグも迷惑そうだ。

「私の部屋に来る?」

 檻から指を入れ、羽を撫でながら尋ねてみる。返事はもちろんないが、ヘドウィグが来たらウィルビーも喜びそうなので檻ごと持っていくことにした。

「ハリー、ヘドウィグ連れて行くわね」
「うん」

 ヘドウィグの主はこちらをちらとも見ずに返事をした。ヘドウィグは「ホッホッ」と不機嫌そうに鳴いた。

 ハリエットの部屋に着き、ウィルビーの隣に檻を並べるとヘドウィグも多少は機嫌を直したようだ。最近ずっと檻の中なので、少し放し飼いにしようかと檻に手をかけたところで、すぐそばのテーブル、隅の方にコロンと丸いものが転がっているのが見えた。かくれん防止器だ。

 昨年のクリスマスに差出人不明でもらったプレゼントは、ハリエットはしばらく持ち歩いていなかった。そういえばと思い返してみると、防衛術の時に一度けたたましく誤作動を起こしてからというもの、魔法薬学の授業中に鳴ったら大変だとハリエットはトランクの奥に押し込んでしまっていたのだ。

 あの時はクィレルの後頭部に取り憑いているヴォルデモートに反応していたのか。

 そう考えるとうすら寒くなってくる思いだ。同時に感嘆の念もこみ上げてくる。あれは誤作動ではなかった。かくれん防止器はちゃんとハリエットに危険を知らせてくれていたのだ。

 こうなってくると、もう持っていかないわけにはいかない。ちゃんと一緒に持って行こう、とハリエットがトランクを開け、隙間に防止器を詰め込んだ時。

 またあの甲高くヒュンヒュンという音が響き渡った。ちょっと教科書の横に置いただけなのにとんだ暴れっぷりだ。光りながらカタカタ回っている。かくれん防止器を手に取り、観察してみたが、止め方が分からない。ウトウトしていたらしいふくろうたちが驚いてバサバサ羽を動かしている。そのうちハリーからも苦情が来そうだ。迷って靴下の中に押し込んんでみれば、ようやく室内に静寂が訪れた。

「何が胡散臭いって言うの?」

 ハリエットは綺麗に詰めた荷物を少しずつ出していった。教科書に大鍋、秤、服……。

 一つ一つ確認していくと、見慣れないものが一つトランクの中に紛れ込んでいるのが分かった。古ぼけた本。表紙の文字すら消えかけている。

「なに、これ……?」

 ロックハートの本とまとめられていたせいで全く気づかなかった。これも彼の本……とは到底思えない。彼の本は、全て一様にロックハートの顔写真が載っていたからだ。

 試しにとロックハートの本にかくれん防止器を近づけると、反応しない。もしかしてとは思ったが、彼の本は胡散臭い部類には入らなかったらしい。思わず確認してしまったことはハーマイオニーには話せないわ、とは思いつつ、今度はその見慣れない本に防止器を近づけたところで。

「ハリエット、夕食作るの手伝ってくれる?」
「はあい」

 母親からの呼び出しだ。一旦見慣れない本のことは後で確認することにして、ハリエットは階段を降りていった。

「何をすればいいの?」
「その前にパパからちょっと話があるんだ」

 ジェームズも階段を降りてきた。後ろ手に少しソワソワしている。

「新学期のこと?」
「それもだけど……ちょっとしたプレゼントというか」

 ジェームズは両手を前に出した。覆い隠しきれていない隙間から覗くのは長い――尻尾?

「じゃーん!」

 ジェームズがそっと開けた手の中から出てきたのは大きなネズミだった。つぶらな瞳でこちらを見上げている。

「どうしたの、この子?」
「ペットショップで買ってきたんだ。明日からホグワーツだろう? ハリエットが寂しいんじゃないかって。この子もホグワーツに連れて行ったらどうかなと思ったんだ」

 ほらほら、とジェームズがネズミを掲げてくるが、彼の期待に反してハリエットの手は伸びない。

「ミモザが死んじゃって一ヶ月も経ってないのに、もう新しいペット……?」
「えっ?」
「ペットが死んだらすぐ新しい子を欲しがるって、本当にそう思ったの? ミモザの代わりなんていないわ! な――なのに、まるで替えが効くみたいに言われて、ミモザが可哀想だわ!」
「誤解だ!」
 咄嗟に飛び出たジェームズの声は思いの外響いた。ハリーが何事かと階段を降りてくる。

「本当に誤解だ。そんな風には思ってないよ。ただ、この子でハリエットの元気が出ればと思って……」
「そんなネズミなんていらないわ……」

 ピーター、ミモザと立て続けに失ってハリエットは憔悴していた。だからこそ過敏になっていたとも言える。よく考えれば、ジェームズにそんなつもりがないことは分かりきっていたのに。

 ハリーの横をすり抜けて自室に戻ったハリエットは、すぐさまベッドに飛び込んだ。頭からタオルケットを被り、ジェームズやリリーの声、激しい喪失感、かくれん防止器の警告、その全てを遮断し、ハリエットは眠りについた。


*****


 ホグワーツへ向かう日がやって来たが、ハリエットはまだジェームズと仲直りできていなかった。ジェームズは何度か話しかけようとしていたのだが、ハリエットが意地になってその場から逃げ出してしまい、話し合うことすらできずにいたのだ。

 中途半端に距離を空け、ハリエットが一番後ろからついてくる。それを気にしながらハリーが父に話しかけた。

「父さん、やっぱりちょっと性急過ぎたよ。まだ一ヶ月も経ってないんだから」
「リリーにも言われたよ」

 当のリリーは九と四分の三番線前にてウィーズリー夫妻と話している。九と四分の三番線が混み合っているので順番待ちをしているのだ。どうやら、一見壁にしか見えない場所を駆け抜けることが怖い新入生が、なかなか勇気を出せずにいるようだ。

 フレッドとジョージが話しかけているが、まだ時間がかかりそうなのでハリーは一旦その場にトランクを置く。

「それに今日もその子を連れてきたの?」

 懲りずに、という言葉は何とか押し込んだ。ジェームズのポケットからちょこんと顔を出しているネズミが哀れに見えたからだ。

「いや……もしかしたら気が変わるかもって」
「その子を見たら余計ハリエットが意地を張るよ。父さんたちが育てた方が良いよ」
「それはできないんだ……。私たちはしばらく……ええっと、そう、所用で家を空けるから」
「じゃあシリウスは? リーマスだっている。その子をホグワーツに連れて行かないといけない理由でもあるの?」

 直球な言葉にジェームズは口籠る。変にハリーは鋭い。どう言い訳したものかジェームズは視線を巡らせ、しかし、やがて観念して白状した。

「ほら……ドビーが言っていただろう? 今年ホグワーツには罠が張られていると。……嫌な予感がするんだ。ホグワーツも万全ではない。ピーターが狙われたように、次は君たちが狙われるかもしれないんだ」
「つまり……その子に偵察させようって? ネズミにそんなことできるの?」
「この子は知能が非常に高いんだ。そこらのニーズルよりもね。世話だっていらない。自分で食事もできるし」
「ちょっと信じられないけど……」
「君たちの身に危険が迫っていたらこの子が教えてくれるだろう。私を信じてほしい」

 縋るようなジェームズの目にハリーも嫌とは言えない。何せ、彼はハリエットと喧嘩をして落ち込んでいる真っ最中なのだ。せめて自分だけでも彼の意に添えるようにした方が良いのでは、と渋々手を伸ばしてネズミを受け取る。

「ペットは一人一匹なんだけどね」
「この子は小さいから大丈夫。ケージだっていらないし、放っておいてくれたら自分で身の回りのことはできるから。ペットってよりも友達って思ってくれ」

 ネズミに友達なんて、ハリエットみたいな思考は止めてほしいとハリーは思ったが、口には出さない。

「名前は?」
「名前? 名前……アー、まだ考えてないんだ。ハリーがつけてくれるかい?」
「じゃあ考えとくよ」

 ヘドウィグの檻とは反対の手でネズミを抱える。かなり大きいネズミだが、大人しい。さすがジェームズのお墨付きだ。

 ようやく目的の一つを終え、ホッと息ついたジェームズだが、彼にとって運の悪いことに、この場面はハリエットに見られていた。

 ハリエットに拒否されたネズミがハリーへ譲渡された――行き場を失ったネズミをとりあえずハリーに押し付けたように、ハリエットにはそう見えてしまった。ネズミが悪くないことは分かっていたからこその憤りだ。

 ムスッと唇を引き結び、ハリエットは二人の間をすり抜けて九と四分の三番線へ飛び込んでしまった。

「ハリエット!? 待ってくれ!」

 娘を追いかけ、ジェームズも壁に向かって駆け――しかしなぜかすり抜けることができず、そのまま思い切り壁に衝突した。あまりに勢いが良かったので眼鏡が遠くへ吹っ飛んでいく。

「アイタッ! いたた……」
「ジェームズ!」

 慌ててリリーが助け起こした。ハリーは吹っ飛んでいった眼鏡を拾いに行く。

「一体どうしたの?」
「分からない。壁が……本当にただの壁になってて」

 言いながら、ジェームズは壁に手を触れた。しかしその手はするりと壁をすり抜けた。驚きのあまりジェームズはポカンとする。

「いや、違う! 本当に壁になってたんだよ。通れなかったんだ!」

 大の大人にもなって九と四分の三番線を上手に通れなかった、などと思われたくなくてジェームズは必死に言い訳をする。

 その場面をまさに目撃したフレッドとジョージは、半笑いで新入生の女の子に向き直った。

「あのジェームズ・ポッターでも壁に飛び込むのに失敗するんだ。ちょっとした失敗くらい怖くない!」
「もし君が失敗してもペットは守ってやるから心配するな」
「ほら、一緒に行こう」

 ジョージに手を引かれ、女の子は壁をすり抜けていった。そのすぐ後をフレッドが檻とトランクを持って追随する。壁はちゃんと三人をホームへ通過させた。

「お、おかしいな……」
「疲れてるんだよ、ジェームズ」

 アーサーの気遣いが余計に傷つく。

 ジェームズは落ち込みながらも、しかしハリエットのことを思い出して自分も壁へ向かって駆けた。今度はちゃんと壁を通り抜けられたようでホッと安堵した。

 ――一方で、その少し前。

 一足先に九と四分の三番線に到着したハリエットは、ジェームズと顔を合わせたくなくてすぐにでも汽車に乗るつもりだった。どこから乗ろうかと汽車と平行に歩いていると、ポンと誰かに肩を叩かれる。振り返ったハリエットは僅かに笑みを見せた。

「シリウス!」
「やあ、久しぶりだな」
「お見送りに来てくれたの? お仕事は?」
「抜けてきたんだ。出発の日くらいは顔を見たくてね。でも一人か? ジェームズたちは?」
「…………」

 思わずすうっと視線をそらしてしまったハリエット。シリウスは仕方なさそうに笑った。

「せっかくの旅立ちにムスッと顔はもったいないぞ」

 少し屈み、シリウスはいたずらにハリエットの頬を摘んだ。くすぐったくてハリエットは笑いかけたが、すぐにまたムスッと顔に戻る。

「だって……」
「ジェームズと喧嘩したんだって?」

 ハリエットは小さく頷く。ジェームズとシリウスの情報共有の密度の濃さは幼い頃から慣れきっていたので、もう今更驚くこともない。

「ジェームズはハリエットを励ましたかったんだ。それはハリエットだって分かってるだろう? 」

 優しく言い聞かせるようなシリウスの言葉にハリエットはすんすんと鼻を鳴らしながら頷く。

「でも……でも、私まだミモザのこと忘れられないの。新しい子を迎えることなんてできないわ」
「それはそうだろうな。心の準備が必要だろうし。ジェームズが焦ったんだな。あいつは昔からせっかちだから」

 ハリエットの気を紛らわせるためか、独り言のようにシリウスはジェームズの悪口を言っていく。うるさいしすぐ目立ちたがるし寂しがり屋。しまいには箒がハッカ臭いとまで言われてついにハリエットは吹き出してしまった。父の箒の匂いは嗅いだことないが、本当にハッカ臭なんてするのだろうか?

 ハリエットの顔に笑顔が戻ったのを見て、シリウスはわしゃわしゃとハリエットの頭を撫でた。

「あいつにはわたしから話しておくよ。ハリエットにはウィルビーがいれば充分だって」
「あ、謝っておいて……」

 おずおずハリエットが言うと、シリウスはちょっと迷って頷いた。ハリエットも、本当は自分から言った方が良いのは分かっていたが、まだ心の準備ができていなかった。

 ――と、そんな時にジェームズがホームに現れたのだ。ジェームズ・ポッターだ、という声がさざ波のようにハリエットたちの元にまで届き、ハリエットはつい汽車の中へ逃げ出してしまった。

「あ、ハリエット!」

 魂の双子の声だったからか、はたまた挙げられた名が娘のものだったからか、とにかくジェームズは耳ざとくそれを聞きつけ、ピュッとシリウスの前に現れ、辺りを見渡す。

「シリウス? ハリエットは?」
「あー、いや、汽車の中に行ってしまった」
「お別れもなしに?」

 あんまりジェームズが悲しそうに言うので、シリウスも気まずい。つい親友を甘やかしてしまった。

「うーん、わたしが思うに、あの子はあっちの方のコンパートメントに入ったんじゃないかな」
「ありがとう!」

 すくっと姿勢を正し、ジェームズは汽車に近づいた。シリウスが心配そうに見守る中、ジェームズは一つ一つ窓からコンパートメントを覗いていく。ジェームズに気付いた子どもたちが嬉しそうに彼に手を振っているが、いつもの彼らしくなく、愛想笑いに力が入っていない。

 最後の一つは、ブラインドが中途半端に下がっていた。「ハリエット?」と声をかけると、ブラインドがピシャリと下げられた。

「不愉快です。ここはスリザリンのコンパートメントだ。他を当たってくれませんか」
 ドラコの声だ。ジェームズは落胆した。

「悪かったね」
 短く言い、去っていくジェームズ。

 ブラインドは下げたままドラコは振り返った。

「君にも言ったつもりだったけど」

 彼が声をかけたのは、入り口で居心地悪そうに佇んでいるハリエット・ポッターその人だ。しばらく待ったが、なおも出ていこうとしない彼女にドラコは苛立つ。

「聞こえなかったのか? 出てけよ。ここは僕のコンパートメントだ」
 ドラコが再度そう発したのは、ちょうどクラッブとゴイルがコンパートメントの戸を開けた瞬間でもあった。二人は顔を見合わせると、両手に抱えたお菓子をボロボロ落としながら再び戸を閉めた。
「待て! お前たちに言ったわけじゃ――」
 しかしもう後の祭り。クラッブとゴイルは人の話を聞かないところがある。ゆっくりお菓子を食べられる場所を求め、二人はさっさと歩いていってしまった。

「…………」
「…………」

 そのうち汽車が動き始めた。隣のコンパートメントからは、口々に別れを惜しむ生徒とその両親の声が聞こえてくる。ハリエットは荷物を座席において腰を下ろした。

「なんて図々しいやつだ。居座るつもりか?」
「もうお友達は行っちゃったじゃない。一人でコンパートメントを占領するの?」

 汽車が動き出した今、今更コンパートメントを一つ一つ確認して知り合いを探すのも億劫だ。ハリエットは疲れていたし、ちょっと仲がよろしくない同級生と同席することなんて、ジェームズとの喧嘩に比べればなんてことないように思えていた。

 ブラインドを上げ、ハリエットが窓の外を眺めていると、やがてドラコも諦めてまた読書に戻った。

 時折ページをめくる音のする静かなコンパートメント内。かといって居心地が悪いわけではない。ゴドリックや寮ではいつも誰かの話し声がしていて騒がしいのだが、静かな時間もまた良いものだ。その時間がドラコとの共有というのが少し奇妙ではあるが。

 やがて車内販売がやって来た。

「車内販売よ。何かいりませんか?」
「私は大丈夫です。マルフォイは?」
「僕はそんなお菓子なんて興味ないね」
「大丈夫みたいです。ありがとうございます」

 ドラコの言葉を最大限和らげて伝え、ハリエットは戸を閉めた。カートから漂うチョコレートの香りを嗅ぐと、途端にハリエットもお腹の空き具合を自覚してしまったので、トランクからアップルパイを取り出した。食べやすいように小さくカットされている。

「食べる? お母さんが作ってくれたの」
「いらない。僕だって母上が持たせてくれた」

 ドラコもお菓子を食べないというわけではないらしく、トランクからおいしそうなフィナンシェを取り出した。マルフォイもお菓子食べるのね、とハリエットはまじまじと見つめてしまった。先の発言で勘違いしてしまっていたが、車内販売には、既製品のお菓子なんて興味ないね、と言いたかったらしい。ややこしいことだ。

 アップルパイを食べ終え、手持ち無沙汰になってしまったハリエットは、ドラコと同じく何か教科書を読んでみようと思った。あまり勉強する気にはなれなくて、ハリエットは満足に予習もしていないのだ。

 トランクを開け、中をゴソゴソしていると、その手が服の合間に押し込められたテディベアに触れた。テディベアは喜々として声を発する。

『何か用かい?』

 脳天気なジェームズの声にドラコはイラッとしたが、まだ我慢する。

『この音はホグワーツ特急の中だね? また一年ハリエットと会えないなんて、落ち込んでパパ、間違えて自分のゴールにクアッフルを入れてしまいそうだ』
「…………」
『クリスマス休暇には帰ってくるよね? たった数カ月、されど数カ月。休暇が待ち遠しいよ』
「…………」
『そうだ、今度手紙で――』
「うるさいな! そいつを黙らせろよ!」
「ごめんなさい。でも、静かにしてって言って聞いてくれるものでもないのよ」
「なんて不便なやつなんだ!」

 ハリエットもちょっとそう思っていたが口には出さない。

 そもそも、以前聞いたときよりもジェームズの台詞の種類が多いような気がする。もしかして、また新たにこっそり声を吹き込んだりしたのか。ハリエットを元気付けたかったのかもしれない。

『ほら、ハリエットも困ってるよ。少しは静かにしないと』
『うるさい奴は嫌われるぞ』

 リーマスとシリウスの言葉に、ようやくジェームズの声が聞こえなくなった。また話し出さないうちにとトランクを閉じようとした時、不意に流れてきた彼の声。

『ジェームズは寂しいだけなんだ。ハリエットも分かってあげて』

 ハリエットの動きが止まった。

『寂しくなったらいつでも手紙書いてきてね。待ってるよ』
「…………」

 それきり、テディベアは静かになった。それでもハリエットはテディベアを離せなくなった。

 久しく彼の声は聞いていない。これからももう聞くことはない。このテディベアが唯一彼の声を聞かせてくれるものになるだろう。

 もうピーターはこの世にはいない。それは分かっている。分かっていたからこそ、こんな風に不意打ちで耳にしてしまったら、感情が抑えられなくなってしまう。

 膝を立てて顔を埋め、ハリエットは涙を流した。ピーターの無残な最期が脳裏から離れずにいたが、この声を聞いていたら、彼の優しい笑みを思い出して余計に泣いてしまった。