■繋がる未来―賢者の石―

06:親心


 ピーターのハリーへの誕生日プレゼントは、箒磨きセットだった。「箒はジェームズかシリウスが買うと思ってたから」と照れたように言うピーターに対し、またしてもシリウスは先を越されたような顔をした。

 専門的なセットにハリーは興奮し、まだ一度も乗っていないのに、新品のニンバス2000を磨こうと奮闘していた。ハリエットもその隣に腰掛け、ウィルビーと名付けた豆ふくろうと戯れていた。

 大人たちは、ピーターがやってきたことで、パーティーの二次会が始まっていた。新たなワインも開け、カチンと乾杯する。

 プレゼントに大興奮の子供たちからほんの少し目を離していただけだったが、ふとリリーが気づいたときには、二人はソファの上で必死に眠気と戦っている所だった。

 一日中はしゃぎ倒していたので、早々に限界が来てしまったのだろう。名残惜しい気持ちとは裏腹に、いつの間にか双子の瞼はゆっくりゆっくり閉じられる。うとうと、やがて眠りに落ちる双子の姿に、大人たちは微笑ましく目を細める。

「あんなに小さかった二人も、もうホグワーツに入学するんだね」
「ジェームズ、寂しいかい?」
「当たり前のことを聞かないでくれるかい」

 ジェームズは珍しくしっとりと返した。

「せめて双子じゃなかったらまだ心の準備ができたんだけどね。一気に二人もいなくなるのかと思うと、寂しくて仕方ないよ」
「二人は、どういう学校生活を送るんだろうな」

 真面目な顔つきでシリウスが呟いた。

「ヴォルデモートは死んだ。ジェームズとリリーも生き残った。もう怖いものは何もないはずなのに、妙に胸騒ぎがする」
「ダンブルドアは、まだヴォルデモートの『痕跡』が残っていると危惧しているみたいだ。ハグリッドが頼まれたっていうお使いも気になるね」
「大丈夫よ」

 不穏な雰囲気になる場に、リリーは明るい声を上げた。

「二人には、ロンとハーマイオニーがいるのよ。四人はあれだけ仲が良かったんだもの。きっと、ハリーとハリエットに何があっても、二人は助けてくれるわ。その逆ももちろん」
「ロンとハーマイオニー……そうだね。本当は、アーサーの家族とハリーたちを引き合わせようかとも思ったけど、余計なことをして未来を歪めたくなくて、今日まで来てしまった……」
「ジェームズ、あの日にも言ったじゃないか」

 リーマスは元気づけるように微笑んだ。

「あの夜、君たちの未来は変わったんだ。これから先は、誰も知らない未来になる。私たちが選んだ道が未来になるんだ」
「……その通りだ」

 ジェームスはクスリと笑った。そして急に元気になったようで、勢いよく顔を上げる。

「だったら、私は早速とある一つの未来を変えたい」
「ろくでもないことじゃないだろうね?」

 リーマスは疑い深い顔で親友を見つめる。ジェームズは機嫌良さそうに微笑みを返した。

「ドラコ・マルフォイ……奴がハリエットと仲良くなるのを阻止するんだ」
「マルフォイ? なぜ?」
「なぜ?」

 ジェームズは目を見開いて聞き返した。

「スリザリンがうちの娘と仲良くなるなんて、想像しただけでも虫唾が走るよ!」
「別に、ちょっと知り合うくらいなら良いじゃないか」
「良くない! あの時のハリエットは、マルフォイのことを友達だと言い切ったんだ。心配だよ!」
「ハリーやロンにいつも嫌味を言っていたしな」

 シリウスまで援護に入り、リーマスは苦笑する。子供たちのことに関することになると、この二人はいつもこうして結託するのだ。

「ハリエットが仲良くするくらいなら、実は良い子なのかもしれないよ」
「ハリエットの心眼を信じちゃ駄目だ! ハリエットは誰に対しても優しいし、偏見がないだろう? 曇りのないその眼では、グールお化けですらやんちゃなペットに思えてくるだろう」
「ハリエットはそこまで見境なくないわ」

 リリーは堪らず口を挟んだが、ジェームズには聞こえていないようだった。

「箱入りに育てすぎたかもしれない……もう少し世の中は危険だということを教えた方が良かったかもしれない……ホグワーツの飢えた野郎どもの巣にハリエットを送り出すなんて……」
「その『巣』で私たちは何事もなく七年を過ごしたのよ」
「ジェームズは確かに親馬鹿だが、しかし、リーマス、マルフォイに関してはわたしも賛成だ。今日ダイアゴン横丁であいつと会ったが、あいつ――穢れた血なんて言葉まで使ったんだぞ」
「シリウス」

 我に返り、ジェームズが割って入った。しかしリリーの耳にはちゃんと届いていた。

「私のこと?」
「ああ……」

 途端にシリウスは決まり悪くなって目を逸らす。リリーは、じっとテーブルを見つめていた。

「私は、ハリエットのしたいようにさせたいと思うわ」

 そしてポツリと呟いた言葉に、ジェームズは声を大にする。

「リリー! 何を言うんだ! ハリエットは君に似て、とっても優しいんだ! マルフォイに流されて素行不良になったらどうするんだ!」
「同感だ」

 シリウスも真面目な顔で頷く。親馬鹿が二人いた。

「ハリエットは素直だし、何でも鵜呑みにする子だ。しまいには純血が口癖になったらどうする!」
「飛躍しすぎよ」

 リリーは冷静に突っ込んだ。

「ハリエットだってちゃんとした自分の考えを持ってるわ。間違ってることは間違ってると言えるもの」
「でも、絆されたらどうする! あの子は影響されやすいんだ」

 ジェームズは必死に冷静であろうとした。だが、常人より頭の回転が速い彼は、今やとんでもないことまで想像していた。

「それに――それにだ。もし万が一、あいつがハリエットにいかがわしい思いを抱いたら……それで、ハリエットも絆されてそういう関係になったら、パパは、パパは――!」

 突然ジェームズは自らテーブルに頭を打ち付け、静かになった。ついに気が狂ったか、と一瞬皆は呆気にとられたが、しかしすぐにいつものことだと思い直す。

 特にリリーは、何事もなかったかのように続ける。

「とにかく、ハリエットの行動を制限するのは、私は反対よ。ハリエットはもう十一歳なの。自分のことは自分でちゃんと考えられるわ」
「リリー!」
「いつまでも娘のやることなすこと口を出していたら、そのうち嫌われるわよ?」
「〜〜っ!」

 この一言は効いた。ジェームズは目を剥き、またしてもテーブルに頭を打ち付ける。あまりにも激しい音に、ハリエットはついに目を覚ました。

「パパ?」

 テーブルに頭を乗せたまま動かない父に、ハリエットは心配そうに声をかけた。

「ママ、パパはどうしたの? 具合悪いの?」
「パパはちょーっと頭の調子が悪いみたい。いつものことだけど」
「パパ――」

 ハリエットは父親の側に近寄ろうとしたが、はたと動きを止める。リリーは不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」
「う、ううん、何でもないわ。お母さん」

 もごもごとハリエットは呟く。リリーはからかうように笑みを深くした。

「ハリエットの好きな呼び方で良いのよ」

 ハリエットは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「ママは卒業したの……」
「パパは寂しいよ」

 急にジェームズが復活した。気がつけば、顔を上げ、切なそうに娘を見つめている。

「いつまでもパパって呼んでくれたらいいのに。私が知らないうちに、ハリエットも成長していくんだね……」
「ハリエット、この人の言うことは聞かなくて良いのよ。ちょっと酔ってるみたい」
「ハリエット、その目にしかとジェームズの姿を焼き付けておくんだ。これが世の父親のなれの果てさ」
「シリウス、君も似たようなものだからね。むしろ自覚がない分余計にひどいから」
「何だと?」

 リリーがジェームズを解放し、シリウスがリーマスと口論する中、ピーターはハリエットに手招きして、そばに来させた。

「ハリエット、約束してくれるかい?」

 ハリエットは小首を傾げた。ピーターが真面目な顔をするのは珍しい。

「闇の時代は確かに去った」

 いつにない真剣な声に、ハリエットは不安な面持ちで頷いた。

「でもね、世の中には、悪い考えを持つ人がたくさんいるんだ。私だって、一時期嫌な考えが頭を過ぎったこともある」
「ピーターが?」
「ああ。でもその時、私の大切な人の言葉が、私を思いとどまらせてくれた」
「お父さんたち?」
「いや、違う。もちろん、お父さんたちの存在もとてもとても大切だけど」

 ピーターはポンポンとハリエットの肩を叩いた。

「もし何か困ったことがあったり、嫌なことを言ってくる人がいたら、迷わず私たちを頼ってほしい。私たちは、君たちの強い味方だ。何があっても君たちを守るから」
「ええ。ありがとう、ピーター」

 ハリエットは目を細めて笑った。その柔らかい笑みに、ピーターは懐かしさで胸が締め付けられるのを感じた。

「ううん……」

 その時、ハリーが寝返りを打った。ハリエットがいなくなったことで空いた空間に、いつの間にか彼はのびのびと寝転がっていたのだ。

「まあ、ハリー、風邪を引くわ。寝るならベッドで寝ないと」

 リリーはハリーを優しく起こした。ハリーは眠そうに目を擦りながら起き上がる。

「ハリエットももう寝る時間よ。ほら、皆に挨拶をして」
「おやすみなさい」
「おやすみ。次に会うのは冬休みかな?」
「ホグワーツの冬休みは楽しいぞ。ジェームズ、ハリーたちがホグワーツに居残ったらどうする?」
「冗談でもそんなこと言わないでくれ」

 賑やかな会話に背を押されるようにして、ハリーとハリエットは、リリーに連れられて二階へ上がった。後に残された悪戯仕掛人の四人は、しばし静かになったが、すぐにジェームズがピーターを見た。

「……狙ってないよね?」
「まだ言うか!?」

 ピーターは思わず声を大にして叫んだ。ハリエットが節目節目を迎えるたびに繰り返されるこの茶番はもはや毎年恒例だ。しかし、ピーターとしては大切な思い出を茶化されているようであまりいい気持ちはしない。ジェームズも心配してるだけ……なのだろうが。

「だってもう十一歳だし……ハリエットが編入してきた年が近いし……」
「だからって、私にとってあのハリエットと今のハリエットは全くの別人なんだ。君たちだってそうだろう!?」

 怒ったようなピーターの口調に、思わずジェームズは押し黙る。

 ――確かにそうだ。あの・・ハリーも、ハリエットも、今の子供たちとは似ても似つかない。もちろん、まだ幼いせいもあるが、しかし、きっと今の子供たちがあの二人と同い年に成長したとしても、まったくの別人になるはずだ。

 性根は一緒だろう。優しく、相手のことを思いやり、正義を貫くところは。

 だが、細かく比較してみると、ハリーは少し小生意気でやんちゃに育ったし、ハリエットに関しても、過去のハリエットの方が大人しく自信がなさそうに見えた。

 それに何より。両親やその友人から無償の愛をたっぷり受けた子供たちと、真実を秘めたまま尊敬と親愛を込めてまるでひな鳥のようにくっついて回っていたあの子たちとでは、込み上げる思いが違う。

「……そうだね、確かに別人だ」

 ジェームズはポツリと言う。

 今でもあの子たちを思うと胸が締め付けられる。今頃どうしているだろう。きっと未来に戻ってしばらくは辛かったはずだ。あの時言っていた、魔法嫌いの親戚はもしかしてダーズリー家のことではないか。だったら事実本当に辛い思いをしているのではないか――。

 子供たちを力一杯可愛がることが、せめてあの子たちへ示すことのできる愛情表現ではないかと思うものの、実質、ジェームズたちがこうして元気に暮らしていることをあの子たちは知りもしないのだ。どうすればせめて「愛している」と伝えることができるだろう?

 もちろんあの子たちは友達でもあり、同時に子供でもあるので、愛情だけでなく心配だって尽きない。ちゃんとご飯を食べているか、危険なことはないか、誰かに言い寄られたりしていないか――。

「でも、やっぱりマルフォイは要注意だ!」

 巡り巡ってまた話題が元に戻った。ジェームズは拳を握って力説する。

「過去のハリエットも、マルフォイとは仲が良さそうだっただろう? もし成長するにつれてそんな関係になったら……。向こうの世界のシリウスがなんとかしてくれることを願うしかないよ」

 だが、ジェームズには分かっている。伊達にシリウスと魂の双子と呼ばれていない。きっと――きっと! 向こうのシリウスとて、スリザリンで意地悪で高慢なドラコ・マルフォイのことをよく思ってないはずだし、可愛がってる名付け子がその人物に絆されかけていると知ったが最後、絶対に邪魔するはずだ。

「頼んだぞ、シリウス……!」

 ジェームズは虚空を見つめて声を張り上げる。魂の双子から時空を越えた祈りを受け取り、向こうの・・・・シリウスはおそらくくしゃみをしていたことだろう。




*おまけ:もしピーターの恋心を皆が知らなかったら*



 賑やかな会話に背を押されるようにして、ハリーとハリエットは、リリーに連れられて二階へ上がった。後に残された悪戯仕掛人の四人は、しばし静かになったが、すぐにジェームズがピーターを見た。

「ピーター、まさか君がそんな風に思ってるとは思わなかった。『大切な人の言葉』って」

 まるで図星を指されたかのように、ピーターはギクリと肩を揺らした。シリウスが目を細める。

「まさか……?」
「いや……その」

 ピーターは歯切れ悪く濁したが、あまりにも気まずいこの雰囲気に耐えきれず、やがて観念したように口を開いた。

「僕の初恋は――ジェームズ、君の娘だよ」
「――っ!」

 一気に場が騒然となった。ジェームズは椅子を倒しながら立ち上がり、シリウスは思い切りむせ、リーマスはクッキーを床に落とした。

「なっ、なっ、な――何を、ピーター!?」
「気でも違ったか!?」
「まさか、ピーター、君がずっと独身でいるのって、ハリエットが成長するのを待って――?」
「勘違いしないでくれ!」

 頬を赤らめ、ピーターは慌てて叫んだ。

「私の好きだった人は、未来から来たハリエットだ! 決して今のハリエットじゃない! いや、今のハリエットのことも好きだけど、そういう好きじゃなくて――」

 自分たちの頭に浮かんだ光景が勘違いだと分かり、親友達はようやく大人しくなった。誰だって、親友が赤ん坊に一目惚れする姿なんて想像したくない。

「ピーター、本当にハリエットのことが好きだったのか?」

 シリウスが確認するように尋ねた。それほど意外だったのだ。

 ピーターは、しばし逡巡していたが、やがてこっくり頷いた。

「好き、だったよ。ハリエットは、本当に真っ直ぐで、相手が誰であっても、真剣に向き直ろうとするんだ。気づけば惹かれてた」

 十年越しの告白に、皆は静かになった。

「でも、今のハリエットのことは、もちろんそういう対象じゃない。私にとっては、大切な親友の子供だ。大人として、ハリエットのことは守っていきたいと思う」

 生真面目にそう宣言した後、ピーターは気恥ずかしそうに笑った。まるで言い訳をするかのようにつらつらと言葉が出てくる。

「君の娘に恋してたなんて、私だって決まりが悪いよ。でも仕方ないだろう? 何せ、あの頃の私は、ハリエットが親友の子供だなんて知らなかった。惹かれるのも当然だったと思う。誰に対しても優しかったし、それに……とても可愛かった」
「リリーの娘なんだから、当然だね」

 ジェームズは胸を張った。しかしすぐに心配そうな顔になる。

「君がハリエットのことを大切に思っているのは分かったよ。でも、あの、最後にもう一回だけ確認するけど、ピーター、本当に私の娘を狙っては――」
「狙ってないよ! 何歳離れてると思ってるんだ!」

 ピーターはやけになって叫んだ。いくらなんでも、二十も年下の――しかも親友の娘だ――少女に恋患いなどあり得ない。ピーターは、自分が今のハリエットに抱く思いが純粋な親心だとちゃんと理解していた。

「本当に、大人として、ハリエットのことは守っていきたい。その話が出たついでに、私もマルフォイに関して意見を言わせてもらうと」

 マルフォイ、という名に、ピクリとジェームズとシリウスの眉が動く。

「ハリエットの好きにさせたらいいと思う。あの子は優しい。私たちがどうこう言った所で、自分が思う所があれば、何でもやってのけるだろう」
「ピーター!」
「でも、もし万が一、彼がハリエットに牙を剥くようなことがあれば――そうだね、私にも考えがある」

 ピーターは薄ら笑みを浮かべた。見慣れたはずの親友の笑顔が、その時ばかりはジェームズとシリウスの背筋を凍らせた。

 頬を引きつらせながら、ジェームズはシリウスに囁く。

「パッドフット、私たちは何か勘違いしていたのかもしれない」
「ああ、そうだなプロングズ」
「ハリエットに関して、敵に回したら一番怖いのは、実はワームテールかもしれない……」
「同感だ」

 リーマスは呆れた表情で、親友三人を眺めた。もはや取り返しのつかない親馬鹿が一人に、親友の子供を我が子と勘違いしている節のある後見人馬鹿が一人、そして、初恋を拗らせた上その想いが七面倒な親心へと昇華した者が一人――。

 ……もしかしたらハリエットは、おちおち恋人の一人も作れないかもしれない。

 リーマスは、幸せそうに笑う頭の中のハリエットに対し、唯一残った普通の大人が力不足ですまない、と手を合わせた。