■繋がる未来―賢者の石―

08:組み分けの儀式


 組み分けの儀式は、どうやらただ帽子を被るだけらしい。

 ハリエットは、妖精が寮の部屋まで案内してくれると、そしてハリーは、ドラゴンの前で勇気を見せなければならないとジェームズから吹き込まれていたため、それぞれがっかりしたりホッとしたりと忙しかった。ハリーなんか、始めこそ父親の言うことなんて冗談ばっかりだと相手にしていなかったのに、ロンが「組み分けはトロールと対決することだ」と言い始めたため、どれが真実なのかちょっとした論争になっていた。

 ハリーの組み分けは皆から注目を浴びていた。闇の魔法使いヴォルデモートを倒した魔法界の英雄、ジェームズ・ポッターの息子だからだ。皆が伸び上がって彼に注目している。

 ハリーの組み分けには時間がかかった。組み分け困難者になるほどではなかったが、それに相当するほどの長時間に感じられた。

「グリフィンドール!!」

 高らかに帽子がそう叫んだ時、グリフィンドールからは爆発的な拍手が上がった。「ポッターを取った!」と赤毛の双子が喜ぶ声も聞こえる。

 ハリエットももちろん嬉しかった。ハリーもハリエットも、グリフィンドールに入ることが夢だったからだ。だが、ハリーは一向にこちらを向かない。てっきり「ハリエットも頑張れ」とエールを送ってくれると思っていたのに。

 パーシーが右手を差しだし、ようやくハリーは笑顔を見せてその手を握った。だが、その顔が少し強ばっていたように見えたのが気にかかった。

 ただ、ハリエットもうかうかしてはいられない。ハリーのすぐ後が自分なのだから。

 緊張の面持ちで椅子に座ると、マクゴナガルがそっと頭に組み分け帽子を乗せた。その瞬間、頭の中に言葉が響いてくる。

「ポッター家の子か」

 ハリエットはドキドキしながら小さく頷いた。

「父親も母親もグリフィンドールだ。君にもグリフィンドールの素質は十二分にある。ハッフルパフという選択肢もあるが……ふむ」

 組み分けは唸りだした。

「君は父親から勇気を、母親からは正義感を見事に受け継いでおる。人を思いやり、誰かのために勇気を出すことができる子だ。ハッフルパフでは真っ直ぐで穏やかな道を進めるし、グリフィンドールでは、自分の信念に則った道に進めるだろう。君はどうしたい?」
「グリフィンドールに行きたいの。お父さんとお母さんの寮だから……」
「グリフィンドールは、君にはやや厳しい道が待っているだろう。それでもいいのか?」

 思いも寄らない言葉に、ハリエットはしばし黙った。

 グリフィンドールが、厳しい道……。だが、戸惑っていたのはほんの一瞬で、ハリエットはすぐに答えた。行きたい寮は、最初から決まっていた。

「ええ。絶対にグリフィンドールに行きたいの」
「良かろう。では――グリフィンドール!!」

 わあっと歓声が上がる。ハリエットはパッと花が咲くような満面の笑みを浮かべ、立ち上がった。マクゴナガルが帽子を取り上げるのとほぼ同時に走り出し、ハリーの隣の席を陣取る。

「やったわ! ハリー! 私たち、二人ともグリフィンドールよ!」
「うん、良かった。これで父さんたちにも気兼ねなく報告できる」

 ハリーに話しかけた時、彼はもういつも通りに見えた。つい先ほどの陰りのある表情は気のせいだったのかとハリエットは思った。

「ポッター家の双子を取ったな」

 ニヤリとフレッドがハリーとハリエットの背中を叩いた。ハリエットは反射的にタランチュラのことを思い出し、額に皺が寄る。

「そんな顔すんなって。同僚生は家族みたいなもんなんだぞ。お兄ちゃんって呼んでみな」
「私の兄はハリーだけよ」

 ツンとしてハリエットが答えれば、フレッドとジョージは面食らい、そして何か悪巧みでもしそうな顔になった。彼らが口を開く前に、ガシッと二人の首根っこを掴む者が現れた。

「ハリエット、二人のことは気にしないでくれ。何か悪戯されたら、僕に言うんだ。僕は監督生だから、減点する権限も持っている」
「ややっ、監督生殿のお出ましだ!」
「これはこれはパーシー殿。このような場所に何用で……」
「お前たちを連れ戻しに来たに決まってるだろう。新入生たちに悪い影響を与えてもらっちゃ困る」
「なんと! 俺たちほど無害な奴はいないってのに、なあ?」
「パーシー殿は目が眩んでいなさる。眼鏡を変えた方がいいのでは?」
「うるさい!」

 やいやい口論しながら、ウィーズリー家の三人は去って行った。ハリエットがまたハリーの方に顔を向ければ、彼は額をゴシゴシと掻いているところだった。

「どうしたの?」
「うん……。なんか痛くて」
「大丈夫?」

 何か出来物でもできたのではないかとハリエットは覗き込もうとしたが、妹に心配されることが恥ずかしかったのか、ハリーは前髪をクシャクシャさせて見えないようにした。

「ほら、まだ組み分けは終わってない。ロンがグリフィンドールに来るのを見なくちゃ」
「でも――」
「ハリエット!」

 なおも言いかけたハリエットを、うずうずした声で呼んだのは栗毛の少女だ。ハリエットはパッと笑顔になる。

「ハーマイオニー!」
「同じ寮になれて嬉しいわ。ハリエット、よろしくね」
「こちらこそ!」

 ハーマイオニーは、ホグワーツに来るまでに知り合ったマグル生まれの女の子だ。ネビルのトレバー探しを手伝っていたもう一人の子――。汽車を降りてからホグワーツに向かう道中、ネビルが彼女と引き合わせてくれたのだ。

 そのネビルもグリフィンドールだし、最後の方に組み分けされたロンも無事グリフィンドールだった。顔見知りはほとんどグリフィンドールに組み分けされ、ハリエットはとても高揚した気分だった。スリザリンに行きたいと言っていたドラコ・マルフォイは、当然のようにスリザリンだった。寮も違うので、おそらくほとんど顔を合わせることはないだろう。ハリエットはそんな風に考えていた。


*****


 夕食を終えると、全員でバラバラなメロディーの校歌を歌い、解散になった。グリフィンドールは塔の一番上にあるらしく、一年生はパーシーの後に続いて階段を上った。タペストリーの裏の隠しドアを通り抜け、また階段を上り、隠しドアを通り……。そのあまりのややこしさに、ハリエットは早々に道順を覚えることを放棄した。欠伸をしながら、早くベッドに横になりたいとばかり考える。そんな矢先、隣の壁からぬーっと小男が現れ、ハリエットは驚いて転びそうになった。

「おおおー! 可愛い一年生ちゃん! また新たな玩具がやって来たぞ!」
「ピーブズ、ここから去れ。血みどろ男爵を呼んでもいいのか?」

 新入生を下がらせ、パーシーは杖を手に怒鳴った。だが、ピーブズはどこ吹く風で宙に浮かんであぐらをかいている。

「ポルターガイストのピーブズだ」

 眠気なんか吹っ飛んだ顔でハリーが囁いた。

「父さんはあいつのことを言ってたんだ。近寄るなって……」
「おーや? その顔は、懐かしきジェームズ・ポッター! そうか、お前がジェームズ・ポッターの息子か、そうかそうか……」

 ピーブズはニヤニヤハリーの周りを飛び回る。ジェームズ曰く、ピーブズとはいつも魔法でやり合う仲だったため、あまり関係は良いとは言えなかったらしい。ピーブズは目立つジェームズのことが嫌いだったし、ジェームズは悪戯を仕掛けられることが気に食わず、といった具合だ。そうして、結局は決着のつかなかった影響が、己の子供たちに及ぶことを恐れて事前に注意喚起をした……というわけだが。

 ピーブズのこの様子では、ジェームズの危惧も現実のものになりそうだった。

「うーん、随分ひ弱そうな身体だ……。父親はもう少し骨のありそうな見た目をしていた!」
「ピーブズ、ここを立ち去れ! 本気で男爵を呼んでくるぞ!」

 ムッとしたハリーを庇うようにパーシーが叫んだ。ピーブズは舌をべーっと出し、廊下に立ち並ぶ鎧をガラガラ言わせながら立ち去った。パーシーは疲れたようにため息をつく。

「皆、ピーブズには気をつけるんだ。あいつを制御できるのは血みどろ男爵だけだ……。もし何かあったら、男爵に言いつければいい。さあ、ついた」

 ようやく寮に到着した。一年生は皆もうくたくたで、言葉を発する元気もない。グリフィンドール寮へは、太った婦人の肖像画が入り口になっているらしく、そこで「合言葉」を発すると肖像画が開き、穴を潜って入るという流れだった。

 穴に入ってすぐのところに、談話室があった。円形の部屋で、ふかふかの肘掛け椅子やソファがたくさん置いてある。全体的にグリフィンドールカラーで統一されており、温かい気持ちになる部屋だった。

 パーシーの案内で、女子は女子寮に続くドアから、男子は男子寮に続くドアから入った。更に階段を上り、監督生に案内されたハリエットの寝室は、なんとハーマイオニーと同室だった!

「ハーマイオニー! 良かった、部屋が一緒なのね!」
「私も嬉しいわ。これからよろしくね」

 ベッド脇に荷物を置くと、新たに二人の少女が入ってきた。

「あなたたちが同室なのね。よろしく。私はラベンダー・ブラウンよ」
「私はパーバティ・パチル」

 ハリエットたちも自己紹介をし、握手を交わした。ラベンダーはすぐに目を輝かせてハリエットを見た。

「あなた、ジェームズ・ポッターの娘なんでしょう? 同室になれて嬉しいわ」
「そんな、でも、私は取り立てて得意なものはないのよ。普通なの……」
「でも、箒は得意なんでしょう?」
「お父さんほどじゃないの。乗れはするけど、得意ってほどじゃなくて……」

 箒、という単語に、ハーマイオニーはパーバティに尋ねた。

「あなたたちは魔法界育ちなの?」
「ええ。あなたは違うの?」
「私はマグル生まれよ」

 四人中三人とも魔法界育ちということに、ハーマイオニーは不安になったらしい。

「私、教科書をまるごと暗記したんだけど、それだけじゃ足りなかったかしら……。箒の練習もしておくべきだったかもしれないわ」
「教科書を暗記?」

 ラベンダーはまさかと笑い、パーバティは唖然とした。ハリエットも同じくだ。むしろ、自分が情けなくなってきたくらいだ。教科書を一度も開いていない科目もあるくらいなのに……。

「大丈夫よ。マグル生まれの子は他にもいるし、きっと一回目の授業は丁寧に教えてくれるわ」
「なら良いんだけど……」

 なおも不安そうなハーマイオニーは「箒の本を借りてこなくちゃ」とぶつぶつ言っている。

 消灯時間が来たので、軽く挨拶をして、四人は身支度をしてそれぞれのベッドに横になった。ハリエットももうくたくただった。そのまま眠り込んでしまいたい気持ちで一杯だったが、とあることを思い出し、パチッと目を開けた。トランクの中からゴソゴソ取り出したのは、誕生日プレゼントにもらったテディベアだ。縮小魔法がかかった今のままでも充分可愛いが、やっぱり大きい方がいい。

 ハリエットは、皆を起こさないようにそーっと部屋を出た。

 談話室では、もう就寝時間だからと、パーシーがまだまだ部屋に居座りそうな気配を見せる生徒たちに声をかけていた。忙しそうだったが、ハリエットは恐る恐る声をかける。

「あの……パーシー。少しいい? お願いがあって」
「なんだい?」
「このテディベア、縮小魔法がかかってるの。もしできたら、拡大魔法をかけてほしくて……。お父さんがね、監督生に頼みなさいって」

 パーシーはパチパチと瞬きをし、やがてみるみる鼻の穴を広げ、得意げな顔になった。

「うん、そういうことなら、力を貸そう。拡大呪文は簡単な魔法だから……」

 呪文を唱え、パーシーが杖を振るうと、みるみるテディベアは大きくなり、ハリエットは危うくぬいぐるみごとひっくり返るところだった。やっとのことでテディベアを抱き抱え、ハリエットは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう!」
『私からも礼を言うよ』

 どこからか声が聞こえてきて、パーシーは慌てふためいた。

「だ、誰だ?」
『私はジェームズ・ポッター。ハリエットの父親だ』

 声は、テディベアの中から聞こえてきていた。パーシーはまじまじとぬいぐるみを見る。

「すごい、こんな高度な魔法を使えるのか……」
「難しいの?」
「そりゃそうさ! 単純に声を繋いでるんじゃないと思う。たぶん、予め声を吹き込んでおいて、それを特定の状況下において発するようになってるんだ。周囲の音をきちんと『言葉』として聞き取る呪文や、吹き込んでいた『言葉』を正しく選び、発言する呪文……。さすがジェームズ・ポッターだ!」
『そんなに言われると照れるなあ』
「それにこの反応の精度! まるで会話をしているみたいだ!」
「パーシー、その辺にしておけ。君が一年生を繋ぎ止めてどうする」

 パーシーの同級生らしい青年が呆れて声をかけた。オリバーという五年生だ。クィディッチチームのキャプテンなのだと夕食の席でロンが教えてくれた。

「ああ、すまない。もう用は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫。ありがとう」
「また何かあったら頼ってくれ」
「ありがとう! おやすみなさい!」

 すっかり大きくなったテディベアを抱え、ハリエットは寝室に戻った。ベッドの上に上がり込み、そわそわしながらテディベアと向かい合う。

 少し気恥ずかしい気分で、小さな声で話しかけた。

「お母さんもいるの?」
『ええ、いるわ。ハリエット、入学おめでとう』

 ハリエットはパッと笑顔になった。父の言ったことは本当だったのだ。話しかければ返事が返ってくるというのは!

「ありがとう! シリウスも?」
『いるよ。その様子だと、グリフィンドールに入れたんだな?』
「ええ、ハリーもよ! ピーターは?」
『入学おめでとう。ホグワーツはどうだい?』
「とっても楽しいわ。リーマスもいる?」
『いるさ。何か困ったことがあれば、いつでも相談するといい』

 ハリエットは嬉しくなって、ギュッとテディベアに抱きついた。まだ一日も離れてないのに、本当はほんの少しだけ寂しかったのだ。だが、まるで皆が目の前にいるような気がして、ハリエットはとても幸せな気持ちだった。

「おやすみなさい」
『おやすみ』

 皆の声で返事が返ってきて、ハリエットはまたきゅーっと幸せな気持ちが込み上げてくる。そのままベッドに潜り込み、ハリエットはあっという間に眠りについた。