■死の秘宝
21:二人だけのDA
しばらく日をおいてから、ハリーはロンとのことを語ってくれた。ハリエットよりも早くジニー達の事を知ったのは、偶然近くを通りかかったディーンとトンクスの父テッド、小鬼のグリップフック、ゴルヌックの会話を盗み聞いたからだという。
四人は偶然にもマグル狩りから逃れるため、魔法使いの支配を逃れるため、身を隠して旅していた。四人の会話では、ジニー達がグリフィンドールの剣を盗むのに失敗したこと、厳しく罰せられたこと、しかしその肝心の剣は贋作だということが明らかになった。その後、混乱したロンが鏡を使ってハリエットと接触したというわけだ。
その後、ハーマイオニーがフィニアス・ナイジェラスという、ブラック家にあった肖像画を取り出した。その肖像画は校長室と繋がっており、情報が漏れるという考えからハーマイオニーのバッグの奥深くにしまっておいたものだが、今こそ役に立つものだと彼に接触を図った。
ナイジェラスは、罰則としてジニー達には禁じられた森へハグリッドの手伝いをさせたこと、グリフィンドールの剣は、ジニー達が取り出す前にダンブルドアによって、指輪を開くために使用されたということを語った。
これらの情報で、ハリー達はグリフィンドールの剣が分霊箱を破壊できる存在だと確信した。小鬼製の刃は自らを強化するものだけを吸収する――グリフィンドールの剣は、ハリーが二年生の時に、バジリスクの毒を含ませていた。
ダンブルドアが事前にハリーに剣を渡さなかったのはロケットに使うときにまだ必要だったから。遺言に書いても、魔法省がハリーに剣を渡すわけがないとダンブルドアは知っていた。だから贋物を作り、ガラスケースに贋作を入れた。――しかし、本物の行方は相変わらず分からなかった。
ハリーは、ロンがいなくなってから、以前よりもずっと頻繁に鏡越しにハリエットと話すようになった。ハーマイオニーとすら会話はしていないようだった。鏡越しでも、二人の険悪さはよく分かった。喧嘩しているわけではないだろうが、空気が重たいのだ。
「あれから、ジニー達から連絡はないの?」
「ええ……」
ハリエットは躊躇いながら頷いた。
「誰かに見られたらと思うと、ふくろう便も送れなくて」
「ハグリッドと一緒だから大丈夫だと思うけど……」
そう言うハリーは落ち着かない様子だった。完全に連絡手段が断たれているのならまだしも、ハリエットという経路がある以上、気になって仕方がないのだろう。
短い会話は終わり、ハリエットは鏡をしまった。そしてしばらく黙ってソファに沈み込む。
ジニー達と連絡が取れなくなって十日ほど経つ。禁じられた森で何か怪我をして、医務室に入院しているのだろうか。それとも、磔の呪文で――。
「ハリエット」
急に呼ばれ、ハリエットはハッとして顔を上げた。ドラコがすぐ前に立っていた。
「僕に守護霊の呪文を教えてくれないか」
唐突に言われて、ハリエットは目を瞬かせた。
「守護霊?」
「ああ。僕も、何かできることがしたいと思って」
そして言い訳のようにドラコは早口で付け足した。
「ホグワーツは吸魂鬼が巡回しているんだろう? いつか役に立つかもしれない」
「ええ、そうね。良い考えだと思うわ」
ハリエットは深い笑みを浮かべた。じわじわと、素晴らしい提案だという気持ちが込み上げてくる。
「それなら、代わりにドラコは私に戦うための呪文を教えてくれない? 私、戦闘はどうしても苦手で」
「別にいいが……」
「じゃあ決まりね。うん、やることもなかったし、楽しそうだわ」
ハリエットは右手を出した。
「二人だけのDA発足ね」
ハリエットの言葉に、ドラコは目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んで握手をした。
*****
それから数日が経ち、ようやくガリオン金貨が熱くなった。日付は、同日の二十時だった。夕食を終えてくるのだろう。
ハリエットは、今か今かとジニー達の訪れを待った。
だが、予想と反して必要の部屋に現れたのはクリービー兄弟だった。
「ハリエット!」
まさかコリンが来ると思わず混乱するハリエットを余所に、彼はハリエットにしがみついてわんわん泣いた。
「こ、コリン? デニスも?」
「ジニーから聞いて驚きました! 僕、僕、ずっと心配してたんです!」
泣きながらコリンが言うには、ハリエットが入院中、毎日医務室に見舞いに行ったし、毎日ハリーの写真を見せてくれたという。――シリウスに送るため、ハリーの写真を欲してからというものの、コリンはどうやらハリエットが兄が大好きなのだと勘違いしているようだった。別に間違いではないが、互いの『好き』の度合いに大きな差異があるのではと思わずにはいられない。
「コリン……ありがとう」
ハリエットはコリンの背をポンポンと叩いた。コリンはハリーやハリエットのことをよく慕ってくれていたので、ハリエットは可愛い弟のように思っていた。
「デニスも来てくれてありがとう」
「いいえ。元気そうな様子が見られてよかったです」
デニスもコリンそっくりの笑みで笑う。双子ではないのに、不思議な気分だった。
「あ、でもさっきジニーからって……ジニー達は大丈夫? 罰則で禁じられた森に行ったって聞いたけど」
「はい。ピンピンしてます。でも、ずっとクラッブやゴイルに監視されてて、必要の部屋に来られなかったんです。なので、僕達が代わりにここへ」
コリンはデニスを見て、それからまたハリエットを見た。
「ジニーはホグズミード行きを禁じられました。それに、アンブリッジの時の教育令……何だっけ、デニス?」
「学生集会禁止令だよ」
「そうそう。とにかく、それが復活して、三人以上の組織が作れなくなっちゃったんです」
「スネイプがそれを復活させたのか?」
「はい。破ったら磔の呪文です」
「ジニー達は大丈夫!?」
ハリエットは勢い込んで尋ねた。コリンは何度も首を縦に振る。
「でも、DAはもっと人数を増やしたいとは言ってました」
「ああ……」
ハリエットは頭を抱えた。仲間が増えるのは嬉しいが、アンブリッジの時とは違って、監視の目が多すぎる。忍びの地図を使ったとしても、うまく必要の部屋に集まることは難しいだろう。ハリエットには、安全な場所でジニー達の無事を祈るしかできなかった。
それからしばらく情報交換した後、コリン達は帰って行った。
その後、寝るにはまだ早かったので、また守護霊の呪文の練習を始めた。ドラコはなかなか筋が良く、割と始めの段階で銀色の靄を作り出せていた。
「ドラコは、自分の守護霊は何になると思う?」
まだ動物の形にはなっておらず、ハリエットはニコニコとドラコを見た。
「想像もつかないな」
「好きな動物はいないの?」
「…………」
ドラコはしばらく想像を巡らせた。
幼少の頃から、特にこれと言って好きな動物はいなかった。ペットとして飼ったのも、入学の時のふくろうが初めてだった。そもそもそのふくろうも、両親との手紙のやりとりのために買ったようなものだ。
「特に好きな動物もいない」
「そう……」
ハリエットはずっと胸にしまっていたものを、口に出そうか出すまいか逡巡した。しかし、結局誘惑には勝てず、窺うようにドラコを見た。
「わ、私は……ケナガイタチじゃないかな? なーんて……」
「……嫌味か?」
ドラコはジトッとした視線をハリエットに送った。勘違いされてはいけないと、ハリエットは慌てて両手を振った。
「そんなわけないわ! あの時のドラコ――こんなこと言って気を悪くするかもしれないけど――とっても可愛かったわ」
照れっとして答えるハリエットの頭に浮かぶのは、四年生の時の、ドラコがイタチに変身させられた時のことだ。ドラコにしては、偽物のムーディにケナガイタチに変えられた記憶は、屈辱以外の何物でもないだろう。ハリエットも、あの時のことは不快だった。いくらドラコが悪いとはいえ、何度も床にたたきつけて、思い出すだけで胸が締め付けられる。
――とはいえ、始め、ドラコが純白のすらりとしたケナガイタチに変化したとき、純粋に可愛いと思ったのだ。毛並みは素晴らしく綺麗で、瞳は丸まるとして円らだった。偽物ムーディがすぐに体罰を仕掛けていなかったら、ハリエットは思わず足を踏み出して撫でていたかもしれない。
「もしかしたら、ドラコがアニメーガスを習得したら、ケナガイタチになるのかもしれないわ」
夢見がちにハリエットがそう言うと、ドラコは一層うんざりした顔になった。
「止めてくれ。そんなの悪夢だ」
「どうして? 私、あの時のドラコ、本当に可愛いと思ったわ。撫でたかったくらい」
頭の中では既に撫でていた。現実でも撫でたいものだとハリエットは熱い眼差しでドラコを見た。
「だから……もしドラコがアニメーガスを習得したいって言うなら、シリウスに先生を頼んだらどうかしら? 私からもお願いするわ」
「悪夢だ……」
ドラコは片手で顔を覆った。
シリウスが教師などと、二重苦だ。そもそも頼んだとしても頷くわけがないし、天変地異が起こって教師役を引き受けたとしても、きっとその時は、ドラコをいじめる大義名分を手に入れたいがために決まっている。
ドラコの憂鬱などいざ知らず、ハリエットはドラコのふわふわとした銀色の靄をじいっと見つめていた。