■死の秘宝
22:隠したいもの
それから数週間後にジニー達は必要の部屋にやってきた。なんでも、ようやくクラッブ達の監視から外れたという。それに対しての、特にジニーからの不満はものすごかった。
「私がトイレに行こうとしても、あいつ、女子トイレの真ん前で待つのよ? 気持ち悪いったらありゃしない」
「あたしとジニーが話してるだけでも聞き耳たてるしね」
「忍びの地図がなかったら危なかったわ」
「ハグリッドのお手伝いは大丈夫だった?」
「ええ、大したことなかったわ」
ジニーは肩をすくめて言った。ネビルも笑う。
「僕たち、禁じられた森以上に大変な経験してるしね」
ジニーの愚痴もあらかた全部聞き、一息ついたところで、ハリエットは恐る恐るロンの出来事について話した。ハリー達と話したらいずれ分かることだろうし、それならその前に簡単に事情だけ知っておいた方が良いと思ったのだ。案の定、ジニーはぷんぷんになって怒った。
「家に帰ったら覚えておきなさい」
ジニーはブツブツ言った。
「大丈夫、ロンの行きそうな所は見当がついてるわ」
その後はハリー達と三人は鏡で久しぶりに話を交わした。元気そうな姿に両方安堵したようだが、それでもハリーとハーマイオニーの顔色は優れない。話ができるということよりも、一緒に苦楽をともにできる仲間を欲しているのは明らかだった。そしてその存在は、ロンでなくてはいけない。他の誰であってもハリー達は受け入れないだろう。ロンだからこそ旅の仲間に選んだのだ。
ハリエットはそこに、一抹の寂しさを感じた。もう体力も回復したし、ドラコに戦い方も学んでいる。一緒に旅をしたいと申し出ても、二人は受け入れてくれないのは分かりきっていた。
ジニーとハリー達が話している間、ハリエットはルーナの側に寄った。
「ねえ、ルーナ。私……あるものを探してるんだけど、少しいい?」
ルーナはこくりと頷き、ソファの端に身を寄せた。ハリエットはその隣に腰掛ける。
「レイブンクローに関するもので、たぶん鷲の印があるものなんだけど……。グリフィンドールの剣みたいな」
「失われた髪飾りのこと? ハリーにも話したことあるよ。レイブンクローの失われた髪飾り。パパがそのコピーを作ろうとしたんだもン」
「どんなものか分かる?」
「あたし絵は描けないもン。頭の中を見せられたらいいんだけどね」
ルーナは歌うように言った。
「レイブンクローの談話室に像があって、その像は髪飾りをつけてるよ」
「どうにかして……それを絵にできないかしら?」
「分かったよ。誰か絵の上手い人に頼んでみるもン」
「ありがとう、ルーナ!」
「ジニー、ルーナ、もうそろそろ行こう。消灯時間が近くなってきた」
「あっ、うん」
ルーナは立ち上がり、ジニーも、鏡をハリエットに返した。
「ねえ、ハリエット。この地図……」
ネビルは言いにくそうに忍びの地図を持ち上げる。ハリエットはすぐに彼の言いたいことが分かった。
「持って行って。私達よりもネビル達の方がよっぽど効率的に使えるわ」
「いいの?」
「もちろん。でも、あまり危ないことはしないでね?」
「ほどほどにしておくわ」
ジニーは笑顔で言い切ったが、だからこそ何だか嫌な予感がするハリエットだった。
*****
それからも、不定期にジニー達は必要の部屋を訪れた。とはいえ、三人一緒だと目立ってしまうので、一人か二人の時が多い。誰も来ないときは、ハリエットとドラコの二人で呪文の練習に精を出した。
ドラコの守護霊の練習も、なかなか様になってきていた。
「もう少しで守護霊が作れそうだわ」
ハリエットは嬉しそうに言った。
「たぶん、今思い浮かべてるものが、一番幸せって訳じゃないのかもしれないわ。ハリーのアドバイスなんだけど、別の記憶でも何度か試した方良いと思う」
「分かった……」
ちょっと困ったようにドラコは言った。
「この大きさなら、小動物ね」
ハリエットは気にせず続ける。
「ちょっと細長い生き物ね」
銀色の靄は、ハリエットやドラコの周りを駆け回っていた。
「動きもすばしっこそう」
「ハリエット」
咎めるようなドラコの声色にハリエットは目を丸くし、それからくすぐったそうに笑った。
そんなとき、両面鏡からハリーの声が届いた。ハリエットはすぐに応答した。
今朝方、グリフィンドールの剣を探すために、ゴドリックの谷へ行くとハリーは宣言したばかりだった。だが、今の今まで連絡が来なかったので、ハリエットは内心やきもきしていたのだ。
「ハリー! ハーマイオニーも無事!?」
「二人とも無事」
ハリーの顔色は悪かった。普段の倍以上やつれて見えた。
「罠だったんだ」
ハリーは疲れたようにポツポツと語った。
ゴドリックの谷を歩いていると、ダンブルドア一家と長年付き合いがあった、バチルダ・バグショットと遭遇したという。しかし彼女の正体はヴォルデモートのペットであるナギニだった。ハリーが来るだろうことを想定したヴォルデモートが、ハリーを足止めするためにナギニをバチルダに化けさせていたのだという。ナギニに襲われたハリー達は、なんとか逃げ出すことができたが、その代わり、ハリーの杖が折れてしまったという。
報告だけして、ハリーはハーマイオニーと見張りの交代だからと鏡をしまった。
*****
しかし、翌日になってもハリーからの声かけはなかった。ハリエットが呼びかけても、応答がない。疲れているのだろうと思い込むことにしたが、何があるとも分からない時勢での旅をしている二人に、焦燥感が拭いきれなかった。
夜には、コリンがやってきた。彼は手に一枚の写真を持っており、息せきってハリエットに差しだした。
「ルーナから聞いたんです、髪飾りのこと! だから僕がカメラをルーナに渡して、ルーナが写真を撮ってくれて」
写真には、白い大理石の胸像が写っていた。これがロウェナ・レイブンクローだろう。彼女の頭部には、繊細な髪飾りの環が再現されている。『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!』と小さく文字が刻まれていた。
「これが、レイブンクローの失われた髪飾り……」
ハリエットはコリンを見てにっこり笑った。
「ありがとう、コリン。助かったわ」
「お役に立てて良かったです」
コリンも微笑みを返した。
「でも、僕、すぐ戻らなきゃ。もうすぐ消灯時間なので」
「こんな時間にわざわざありがとう。気をつけて帰ってね」
「はい! お二人とも、お休みなさい!」
ぶんぶん手を振って、コリンは帰って行った。ハリエットは、懐から一枚の羊皮紙を取りだした。前日、ホッグズ・ヘッドを訪れたセドリックに、ハッフルパフのカップを描いてもらったのだ。トンクスと相談しながら描いてもらったそれは、なかなかに精巧な見た目だった。両側に取っ手がついたカップで、アナグマの印もあった。
ハリエットは二枚を見比べ、難しい顔で睨めっこした。
「その二つがどうかしたのか?」
呪文の練習を止め、ドラコが近づいてきた。ハリエットは腕を組んだ。
「例のあの人を倒すために壊さなきゃならないものが七つあるの。分霊箱って呼ばれてるものよ。その中の一つが、この前のスリザリンのロケット」
ドラコは真剣な顔になって、ハリエットの隣に腰掛けた。
「ダンブルドア先生は、グリフィンドールの剣を、分霊箱を壊せるものとして、ハリーに遺そうとした。レイブンクローは髪飾り、ハッフルパフはカップ。何か繋がりがあるように思えるの。もしかしたら、その二つも分霊箱じゃないかって」
写真と羊皮紙を、ハリエットはテーブルに置いた。
「例のあの人は、分霊箱をそれぞれ別の場所に隠してるの。ハリーは、例のあの人と縁のある場所に隠してあるはずだって言ったわ。だからハリーは、最初ホグワーツにも隠してるんじゃないかって言ってたんだけど……」
「ホグワーツに通ってたから?」
ドラコが尋ねた。
「それもあるんだけど、ハリーが言うには、孤児院育ちだったあの人にとって、学校は初めての本当の家庭だったって。私もその気持ちはよく分かるの。自分の寮が家族になるってマクゴナガル先生に言われたとき、とても嬉しかったから……」
話が少し逸れてしまった、とハリエットは気恥ずかしそうに笑った。
「ハリーはね、でもやっぱりホグワーツにはないんじゃないかって言うの。ホグワーツを卒業した後、あの人が分霊箱を隠せる機会はなかったから。でもね、私達、折角そのホグワーツにいるんだから、どうせなら、ホグワーツには分霊箱はないって言い切れるくらい探そうと思って」
ハリエットは一旦言葉を切って、ドラコを見た。
「ドラコは、何か分かる? もしあの人が何かものを隠そうとしたとして、その隠し場所はどこだと思う?」
「……隠したいもの、か」
ドラコは考えるように言葉を探した。
「僕は、姿をくらますキャビネットをどこに隠して修理しようかずっと迷っていた。その時に、必要の部屋のことを思い出したんだ。DAの会合で、マリエッタ・エッジコムから聞いた部屋のことを……。何かものを隠すなら、必要の部屋が最適だと思う」
ハリエットは目を見開いた。まさか、自分たちが今いるこの場所が、まさに隠しものをするうってつけの場所だとは思いもしていなかった。
ハリエットは、もしかしたら秘密の部屋に隠したのではないかとも思っていた。だが、いくらヴォルデモートが蛇を操れるとは言え、その蛇が誤って分霊箱壊してしまう可能性もあるのだ。それを考えると、ドラコの意見の方が明らかに可能性がある。
ドラコに言われて、ハリエットは決心がついた。ハリエットは背筋を伸ばしてドラコを見上げた。
「――なかったらなかったで良いの。ホグワーツにはなかったってハリー達に報告できるから。でも、もし分霊箱があるのだとしたら、今ホグワーツにいる私が見つけ出したいの。……手伝ってくれる?」
おずおずと聞けば、ドラコは微笑んだ。
「もちろんだ」
ハリエットは安堵の笑みを浮かべた。自分にも何か役に立てるかもしれないと思った瞬間だった。