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14:逆転の夜2
〜もしも夢主とドラコの性別が逆転していたら〜
21.11.06
リクエスト
あれから、ハリーもロンも、無事パートナーを見つけることができたようだ。ようやく人心地つくかと思いきや、ロンは今度はハーマイオニーのパートナーが急に気になってきたようで、事あるごとにハーマイオニーにパートナーを尋ねては、彼女に無視されるという流れがお約束になってきた。
「なあ、もういい加減教えてくれよ。ハーマイオニーのことはからかわないし、エリオットが言ったってのも言わない。ちょっとくらいいいだろ?」
「駄目だよ。ハーマイオニーと約束したんだ」
「ちぇっ」
ロンはバタンとベッドに仰向けになった。対戦中だったボードゲームも途中放棄されたが、ネビルは怒りもせずエリオットを振り返った。
「エリオットはパートナー見つかったの?」
「そうだ、エリオットだよ! エリオットも勿体ぶって教えてくれない!」
「別に勿体ぶってるわけじゃないよ……。ただ、ロンに言ったらからかわれそうで」
「一体君たちは僕のことを何だと思ってるんだ!?」
本格的にロンが拗ね、毛布を頭から被ってふて寝を決め込んだ。ハリーが苦笑する。
「変な子じゃないんだよね?」
「うん」
「どんな子?」
「うーん……色白で、髪が綺麗な子だよ。とっても綺麗なブロンドなんだ」
「美人?」
ワクワクしてネビルが尋ねた。いつの間にかロンも毛布を剥いで聞き耳を立てている。
「うん。可愛いよ」
「エリオットはどんな子でも可愛いって言うからな。凶暴な怪物の本でもそう言うくらいだ。一般的な美的感覚を養った方がいいよ。その点、ハリーとは真逆だよな」
「ハリーは厳しすぎるんだよ」
友人や弟にあれこれ言われ、ハリーは少し不満そうだが、何も言わない。
「でも、継承者の噂のこと気にしてたのに一体どんな心変わりだ? もちろん、エリオットが気にしすぎてただけで、僕はもともと賛成だったけど」
「うーん……相手も大丈夫だって言ってくれたから……」
エリオットはさり気なく話をぼかした。本気でパートナーを連れるつもりがなかったのは本当だが、状況が変わったのだ。
ドーラがパートナーのことで悩んでいるのであれば、どんな形であれ力になりたいと思ったし、継承者のことも、むしろドーラならステータスにするのではないかと思ったのだ。純血を重んじるスリザリンでは、一時継承者は羨望の的だったし、ドーラ自身も、「自分が継承者だったら」と話していたらしいので、尚のことだ。
エリオットに対しては、きっとこれからも噂が立つだろうし、むしろ、スリザリンの純血の子をパートナーにしたことで、マグル嫌いの純血主義、ヴォルデモートを信仰している説が色濃くなるだろうが、もうここまで来れば怖いものはない。いっそのこと、やりたいようにやってやれという心境にまで至っていた。
ただ、そこまで考えて、唯一心残りなのは、ドーラにパートナーの提案をした時のことだ。たとえ互いの利害が一致しただけの関係であっても、甘い言葉を吐くとか、容姿を褒めるとかした方が良かったかもしれない……。男のエリオットにはよく分からないが、廊下でパートナーに誘われている女の子は、皆頬を染めてきゃあきゃあ嬉しそうにしていた。もうちょっとロマンチックに誘えたら良かったかもしれない……と、少し後悔していたのだ。
ただ、今更そんな後悔をしていても後の祭りで、ドーラの後ろにはいつもクラッブとゴイルが付き従っていたし、隣にはパンジーやミリセント、ダフネがいて、話しかけるどころではない。
そのうち、とうとうクリスマスの朝がやって来た。ダンスパーティーなんて生まれて初めてだったので、シリウス見立てのドレスローブを着てもなお、エリオットは落ち着かない様子で蝶ネクタイをいじった。だが、ロンの方がもっと落ち着かないようで、ズタズタになった袖のヒラヒラをもう少しマシにできないかといじっていた。
ドーラに釣り合うよう、もう少し格好良くなりたくて、エリオットはディーンにヘアワックスを借りて髪を整えた。初めてだったので最初こそあまりうまくいかなかったが、最終的には、箒から降りたばかりのような、ちょっとクシャクシャした感じの自然で気取らない髪になった……ような気がする。
初めてにしては結構な出来になった気がするので、エリオットはすました顔でベッドに座り、ロンの用意を待った。向かいのハリーと目が合い、にっこり笑う。ハリーは何かもの言いたげに口を開いたが、ロンが「もうこれでいいや」と目の前を横切ったのでそれに気を取られる。
「早く行こう。パーティーに遅れる」
「でも――」
「代表選手が遅れちゃ始まらないよ。ほら、早く早く」
ロンに連れられて階段を降りるハリー。エリオットはその後ろからのんびりついていった。
談話室では、まだ多くの男子生徒でごった返していた。やはり同じ寮でのパートナーが多いらしい。きっと念入りに準備している女の子を待っているのだろう。
「ハーマイオニーは?」
「まだ上よ。髪がうまくまとまらないみたい」
ラベンダーの返答は少し意外なものだった。たとえ準備に時間がかかるとはいえ、ハーマイオニーなら時間たっぷりに余裕を持って臨んでいるものと思っていたからだ。かといって、別に遅刻するような時間でもなし、何も問題はないのだが、しかし、ドーラを待たせることになるかもしれないので、エリオットはそろそろ寮を出たかった。
「ハーマイオニー!」
「なあに!」
女子寮の階段下から叫ぶと、エリオットと同じくらい大きな声が返ってくる。
「ごめん、先に行くね!」
「ええ! 私ももうすぐ終わるから大丈夫!」
ハリーは代表選手だし、ロンもパートナーはレイブンクローのパドマなので、二人にもう行こうと声をかけたところで、躊躇いがちなパーバティと目が合った。
「あの……エリオット? その髪……」
「あ、これ? どうかな? 頑張ったんだ」
初めて髪のことに触れられ、エリオットは嬉しそうに頭に手をやる。パーバティは何度か口を開け閉めしたが、やがて困ったように笑った。
「ええ……似合ってると思うわ」
「ありがとう!」
ここ一番の満面の笑みを見せてエリオットは颯爽と寮を出た。
三大対抗試合のダンス・パーティーのため、会場のみならず、校内もキラキラと装飾が施されていた。ただ歩くだけでも全く飽きがこない。玄関ホールまであっという間だった。
ハリーたちとはそこで別れ、エリオットはスリザリン寮へ向かった。まるでグリフィンドールを彷彿とさせる髪色を見て、スリザリン寮生の「何しに来たの?」という視線で痛い。ようやくとこの辺りだろうと思われるスリザリン寮近くに到着すると、石の壁がスルスルと動いた。慌てて飛びのくと、そこから華やかな女の子たちが列をなして出てきた。
「あら、ポッター。こんな所で何してるの? パートナーがいなくて迷いついちゃったの? 生憎、あなたで我慢してくれそうな子はスリザリンにはいないわよ?」
ピンクのヒラヒラしたドレスを身にまとった少女、パンジーが高い声で笑う。エリオットはどう言ったものか迷いあぐねる。
「うーん、確かにそうだね……。でも、どういう経緯か、僕のパートナーはスリザリンの女の子で……」
「はあ? 何言ってるの? 誰がグリフィンドールをパートナーにするって言うのよ。それにあなた、そんな頭で――」
「ポッター、遅いわよ。どれだけ待たせるのよ」
凛と響く声に皆が振り返った。石の扉の隙間からするりと出てきたのは、プラチナブロンドの眩いばかりの少女だ。エメラルドグリーンのドレスがよく似合っている。エリオットはぼうっと彼女を見つめた。
「なっ、ドーラ!? まさかあなたがポッターのパートナーだって言うの!?」
「悪い?」
片足に重心をかけ、ドーラは腕を組んで退屈そうに立ち止まった。それがまた様になっていて、パンジーも気圧される。一気に勢いが弱まった。
「だって、グリフィンドールだし……」
「私は目立つのが好きなの。継承者とスリザリンがパートナーだなんて、その場の注目をかっ攫うと思わない?」
「でも、ポッターの弟なのよ!」
「いいじゃない。弟と一緒に現れた時のポッターの反応が見物だわ。――行くわよ」
ドーラが手を差しだしたので、エリオットは慌てて彼女をエスコートした。女の子をエスコートするのは初めてだったので、エリオットは内心ドキドキだ。更には、何を思ったか、ドーラが腕を引いてエリオットを屈ませ、その耳元に囁いてきたものだから、更に大慌てだ――。
「何その頭」
「……えっ?」
「あなた、私に対して失礼じゃない? 寝癖のままでパーティーだなんて!」
エリオットはおろおろ頭に手をやった。何が悪いのか全く分からなかった。
「寝癖に見える? ワックス借りて、整えたつもりなんだけど……」
「それで?」
長々とため息をついた後、ドーラはエリオットを女子トイレに引きずり込んだ。エリオットは大いに慌てる。
「だ、駄目だよ。僕、男だし……」
「黙って」
蛇口をひねると、ドーラは勢いよく飛び出す水飛沫の中へエリオットの頭を突っ込んだ。洗面台にゴツッと強か頭を打ち付けたが、ドーラは謝りもしない。ワシャワシャと豪快に頭を洗い、やがてワックスを全て落とすと、杖先から出した熱風で髪を乾かし始めた。――まるで犬になった気分だった。スナッフルもといシリウスは、こんな気持ちだったんだなあと少し複雑な心境になる。
髪が乾くと、エリオットの髪は元のサラサラに戻った。続いてドーラはどこからかワックスを取り出し、前髪を弄り始めた。
「今のどこから取り出したの? バッグ持ってないよね?」
「そういうことをレディーに聞かないの」
ずっと屈んだままなので、次第に膝がプルプルし始めた頃、ようやく髪弄りが終わった。ドーラが満足そうに鏡を指すので、覗いてみると、あっと驚くことに、そこには大人っぽく髪をかき上げた少年がいた。何だか自信に満ち溢れているようにも見える。
「すごい! 僕じゃないみたいだ!」
「私にかかればこんなものね」
「ドーラ、ありがとう! 僕がやったのよりもすごく上手だ!」
「あれと比べないでほしいわ。でも待って。やっぱりもう一度屈んで。ここはもう少し自然な感じにした方が――」
「きゃっ!」
誰かの悲鳴に驚き、振り返ると、そこにはスリザリンの女の子がいた。エリオットはすぐに思い出す。ここは女子トイレで、自分は男で――。
「ご、ごめん!」
「ごめんなさい!」
同時に謝ると、女の子はそのまま外へ駆け出していった。エリオットは更に慌てる。
もしかしたら、ちょっと良い雰囲気だと勘違いしたかもしれない――女子トイレで良い雰囲気も何もないが――とにかく、誤解されるのだけは駄目だと追い掛けようとしたら、ドーラがその腕を掴んだ。
「どこ行くのよ」
「だって、誤解を解かないと!」
「なるようになるわよ。もともとそういうお約束だったでしょう? 継承者とスリザリン生が一緒に行くって!」
急に怒った口調になり、ドーラはぷいっと向こうを向いた。どうして怒っているのかも分からないまま、エリオットはしゅんとした。
「だって、君は女の子だ……。ドーラが物珍しさで継承者をパートナーにしたってだけならいいよ。でも、付き合ってるって勘違いされたら、君が嫌なことを言われるんじゃないかと思って……。さっきのパーキンソンみたいに、同じスリザリン生からも何か言われるかもしれない」
ドーラからの返事はない。そっぽを向いたまま黙っている。
雰囲気が暗くなってしまったので、エリオットは何とかドーラの機嫌が直らないかと話題を変えてみた。
「あの、ドーラ? 言うの遅れちゃったけど……とっても綺麗だよ」
「は!?」
身を守るように固く組まれていた腕が解かれ、ドーラはポカンとエリオットを見た。
「どうして今そんなことを言うの!?」
「だ、駄目だった? さっきは言うタイミングを逃しちゃったから、今と思ったんだけど。ドレスもすごくよく似合ってる。でも、寒くはない? 大丈夫?」
華奢な肩がむき出しになっているのを見ると、こっちが身震いしてしまいそうだ。上着を貸そうかとも思ったが、それだと余計に噂になってしまわないかと逡巡しているうちに、どこからか優雅な曲が微かに聞こえてきた。パーティーが始まったのだ。エリオットとドーラは同時に顔を見合わせる。
「あなたのせいでもう始まっちゃったじゃない!」
「ごめん……。でも、最初は夕食だって言ってたし、まだ間に合うよ。急いで行こう!」
ドーラの手を取り、エリオットは数歩駆け出したが、すぐにその足は止まる。カツカツと頼りなくついてくる足音の存在に気づいたからだ。エリオットは一瞬ドーラの足下を見て、またドーラを見た。
「やっぱりゆっくり行こう。ゆっくり行った方が目立つよ」
「別に、目立ちたくてあなたとパートナーになったわけじゃないわ……」
二人はゆっくり歩き出した。先ほどの勢いのまま、まだ手は繋いだままだ。
「じゃあどうして僕のパートナーになってくれたの?」
「……そういうことを聞くのは野暮じゃないの!」
また急にドーラの口調が怒ったものになって、エリオットは途方に暮れた。ドーラの機嫌はコロコロ変わりやすいので、対処法も難しいのだ。この前ロンが言っていた「確実に魔女を惹きつける十二の法則」を貸してもらって少し女の子について勉強しようと心に決めた。
大広間に近づくにつれ、次第に音楽が大きくなってくる。皆が楽しそうに話をしながら食事をする音もだ。この中へ二人で入ったら、やっぱり目立ってしまうことこの上ないなあとエリオットは少し気後れする。
だが、ドーラはそんな彼の思いなど何のその、エリオットと腕を組み直し、すらりと歩き始める。
「ほら、背筋をしゃんとして」
「もう行くの?」
「ここで突っ立ってても意味ないでしょう」
さすがに女の子にリードされては立つ瀬がないので、慌ててエリオットはドーラの横に並び立って歩く。少しでも目立たなくなるよう丸めたくなる背筋を堪え、前を前をと見つめるようにする。
会場に入ると、少し場がざわついた。継承者とマルフォイ家の娘、グリフィンドールとスリザリン、ハリー・ポッターの弟と、ドーラ・マルフォイ……。
緊張するので、あまり周りは見ないようにしていたが、それでもやはりロンを見つけてしまった。ロンはあんぐりと口を開き、魚のように口をパクパクさせながらこちらを見ていた。代表選手のテーブルにはハリーもいる。ロンと同じような顔だ。驚愕を浮かべ、何度もエリオットとドーラとを見比べている。いつもと変わらないハーマイオニーを見つけた時は、思わずホッとしたくらいだ。彼女とはお互いにパートナーを打ち明けていたので「ご愁傷様」と視線で労ってもらったような気もする。
ドーラがギュッと腕に力を込めたので、そろそろ席を見つけないととエリオットは周りを見渡し、スリザリン生が固まるテーブル席の近くに行った。近くに友達がいた方がドーラも気が休まるだろう。
とはいえ、食事の間は、終始誰かの視線がついて回って、あまり気が休まったとは言えなかった。同じテーブルの子とは話したが、あくまで上辺だけで、好奇心が渦巻いているのが表情に表れていて困ってしまった。
ただ、ダンスが始まるとそれは一変した。全ての寮生、学年が入り交じってダンスをするのに、他のペアを気にしている生徒なんてほとんどいない!
エリオットも緊張の最中ドーラをダンスフロアに連れ出した。ダンス初心者のエリオットは、この日のために練習に練習を重ねたのだが、果たしてドーラ相手にそれが通用するか――。
しかし、ドーラはとてもダンスが上手だった。エリオットに合わせるのも上手だった。そのおかげでエリオットはダンスが楽しいと心から思ったし、たぶん、ドーラもそう感じていたのだろう。本当に珍しくちらっと微笑を見せてくれた時は、エリオットも胸が躍った。ハリーたちに突っかかる時、ドーラはいつも唇の端を上げて高飛車に笑うが、やっぱりこっちの方が良い。普通に笑った方が可愛い――。
「少し休憩しようか」
続けて二曲踊った後、一旦休憩しようとエリオットは止まった。
「僕、飲み物持ってくるよ。ここで待ってて」
たまには紳士ぶろうと、エリオットはドーラを椅子に座らせ、頼もしく人の波に突入していったのだが――気がついた時には、両腕をそれぞれハリーとロンにがっちり掴まれ、隅の席まで強引に引っ張られていた。
「何が言いたいか分かるよね?」
「いや……」
「なんでマルフォイと一緒なんだよ! 君ならもっとマシな女の子を誘えたはずだ! なんだってマルフォイなんかを! エロイーズ・ミジョンの方がまだマシさ!」
「ロン! それ以上言ったらいくら君でも許さないよ。エロイーズやドーラ、二人ともに対して失礼だ」
こんな所で引き合いに出されるエロイーズが可哀想だったし、とにもかくにも貶されるドーラだって可哀想だ。
「僕たちに失礼をぶっ放してきたのはマルフォイの方だよ! なんであいつをパートナーにしたんだ? まさか、マルフォイから誘ってきたのか?」
「僕から誘ったんだ。ドーラとは友達だし……」
「友達! 一度君の友達の定義をじっくり聞いてみたいもんだ。友達って、嫌味や悪口や喧嘩をふっかけてくるような奴か? でも君ってそういう奴だよな。ミセス・ノリスを友達だって言い張るんだ。そのうちフィルチを大親友って言い出すに決まってる」
「ロン、ちょっと落ち着いて……」
「それになんだよ、その頭。部屋を出た時はそんなに格好つけじゃなかっただろ?」
「へ、変かな……? ドーラがやってくれたんだ。僕は格好いいと思ったんだけど」
「変だよ」
「さっきのよりは良いよ」
「ドーラがやってくれた」ものは総じて変に見える魔法にかかったロンとは違い、ハリーは素直に褒めてくれた。エリオットはへらっと笑って礼を述べる。
「ありがとう」
「でも、僕もなんでマルフォイをパートナーにしたのかは理解できないな。友達なら、ハーマイオニーと一緒に行けば良かったのに」
「……ハリー……」
どこから説明したものか、エリオットは一瞬口ごもる。エリオットも女の子の気持ちが分かる方ではないが、ハリーやロンも確実に似たり寄ったりだ。
「僕はハーマイオニーのこと友達として大好きだよ。でも、皆が皆そうじゃない。ハーマイオニーを魅力的な女の子だって、パートナーに誘いたいって思ってる子だっているんだ。友達だっていう理由だけでハーマイオニーをパートナーにしたら失礼だと思ったんだ」
ロンはしばらく考え込み、やがて納得したように頷いた。
「じゃあ、マルフォイを友達として誘ったのは、マルフォイが男に人気がなかったからってことか?」
「……え?」
「だってそういうことだろ? 誰もマルフォイのこと誘ってなかったから、友達として誘ったって」
「…………」
ロンに言われたことをじっくり考えてみて、エリオットはやがてハッとした。確かにそうだ。ハーマイオニーのことは、友達だからこそ、他の異性に誘われるかもしれないハーマイオニーを誘うことはしなかった。だが、ドーラについては? ドーラだって、まだこれからたくさんの異性に誘われる可能性はあった。いや、絶対に誘われるだろう。それなのに、ドーラが少し悩んでいたからって、エリオットは躊躇いもなく誘った……。
「それなら納得だよ。ねえ?」
「うん、僕も安心した」
「エリオットが誰にでも同情するのはよくあることだし、それがたまたまマルフォイにまで発揮されたってだけだ。だって誰があいつを誘うって言うんだ? 嫌味で高慢ちきの――」
「ミスター・ウィーズリー。私に文句がありそうね? 陰口なんか言わないで、男なら面と向かって言ったらどう?」
三人が振り返ると、そこにはドーラが立っていた。下から睨めつける姿に女の子とは思えない威圧感がある。
「それに、いつまで私のパートナーを拘束してるつもり?」
「エリオットは君のパートナーである前に僕たちの友達だ!」
「あらそう。でもこういう日は友達よりもパートナーを優先すべきだわ。男として、ね。ウィーズリー? あなたにはご自分のパートナーが暇そうにしているのが見えないのかしら?」
ドーラは少し離れた場所で退屈そうに座っているパドマを顎でしゃくった。
「私だったら、あなたみたいな鈍感男と行くくらいならロングボトムを選ぶわね」
「な――」
「それにハリー・ポッター、あなたとだって私は願い下げよ。こんな所で油を売ってる暇があったらご自分のダンスを練習したらいかが? トロールでももう少しマシな足捌きをするわよ」
突然自分に飛び火したハリーが唖然とする中、ドーラはエリオットを見た。
「ポッター、あなたがご友人を優先するというのなら、それで結構。私はもうお暇するわ」
エリオットが止める間もなく、ドーラはドレスの裾を翻して去って行く。エリオットは後を追おうとしたが、ロンが引き留めた。
「あれのどこが友達だって!?」
「それは……さっきロンがひどいことを言ったから、その仕返しに……」
「ハリーは何も言ってない!」
「…………」
エリオットは聞こえなかった振りをして雑に頷いた。まあ、ドーラがやたらとハリーに突っかかるのは、今に始まったことじゃない……。
「とにかく、僕はもう行くよ」
「マルフォイを優先するって言うのか?」
「今日に関しては、ドーラの言う通りだと思うよ。僕、彼女をエスコートしないといけないし、彼女に楽しんでほしいと思う……」
じゃあ、と残してエリオットは駆け足でドーラの後を追った。それに追随するようにパドマも立ち上がってロンの前に立ち塞がる。
「私とダンスする気あるの?」
「ない」
即答だ。パドマは怒ってダンスフロアへと歩いて行ってしまった。
*****
ドーラは、大広間を出た所で発見した。駆け寄るうちに、ぐいっと方向転換して外へ歩き出すのが見えた。
「ドーラ! この寒いのに外へ行くの? 風邪引くよ」
怒っているのか、返事はない。エリオットは彼女の半歩後ろを歩きながら言葉を考える。
「アー、あの、さっきはごめん……。ロンの言葉――」
「同情で誘ったんでしょう」
前を向いたままドーラがピシャリと言った。
「パートナーがいないって私がこぼしたから。でも、勘違いしないでくれる? あの時はいなかったってだけで、本当は引く手数多だったんだから! 誰と行こうか、ちょっと悩んでただけだったんだから!」
「違うよ!」
腕を伸ばし、エリオットは思わずドーラを引き留めた。キッと睨まれるが、エリオットは怯まない。
「同情じゃない。心配だったし、それに……変な人と行ってほしくなかったんだ。ザビニは女性にだらしがないって噂があるし、クラッブやゴイルは……女の子よりも、お菓子に興味がありそうだし」
「ノットは?」
「ノットは……うん、格好いいし、悪い噂は聞かない。君とも話が合いそうだし……でも、純血主義だ」
小さな声で付け足した言葉に、ドーラは過敏に反応した。
「私だって純血主義だわ!」
「分かってる……純血主義が悪いことだとは思わないよ。でも、純血を尊ぶあまり、マグルやマグル生まれを排斥しようとするのはやり過ぎだ……。ノットと仲良くなるうちに、君の考えがもっと過激になって――僕は君のこと友達だと思ってるけど、マグルの血が入ってるからって、君が僕のこと避けたりしたら悲しいから……」
握った手に知らず知らず力が入る。躊躇いがちに、しかし真っ直ぐドーラを見つめる。
「同情じゃないよ。君とパーティーに行きたかったんだ」
「…………」
ドーラは何も応えない。だが、ギュッと手を握り返されたと感じた時――カッと辺りが目映く光った。目を細めて振り返ると、逆光の中誰かが立っているのが見える。その誰かとは――。
「こんな人気のない場所に異性を連れ出して、何をしようというのかね?」
低く問い詰めるような話し方は、紛れもなくスネイプだ。エリオットはサッと背筋を伸ばした。
「ご、誤解です! 何もしてません!」
叫んで己の潔白を主張するエリオットは、ついで、スネイプのねっとりとした視線が繋いでる手に向けられていることに気づいてパッと離した。
「今夜はパーティーのために特別に就寝時間が引き延ばされているだけであって、むやみやたらに外を出歩くことは許可されておらん。グリフィンドール十点減点」
「す、すみません……」
エリオットはしょげ返って謝る。
エリオットは、スネイプのことが大層苦手だった。暇さえあればハリーのことをいびるスネイプは、大人しいエリオットに対しては基本的に何もしてこなかったが、それも一年生まで。
二年生の終わり、ドーラと仲が良さそうだと知られて以降、どうやらエリオットのことをドーラに言い寄る男認定されているような気がしてならないのだ。
ドーラはスネイプのお気に入りの生徒だ。スネイプと彼女の父は仲が良いし、ドーラもスネイプのことを慕っている。そんな最中、スネイプにとってエリオットの存在は気にくわないどころではなく、ドーラと一緒にいるところを見られるたびに「父親に似て……」と嫌味を言ってくるのだ。
今だって、まるで害虫を見るかのような視線が痛い……。
一度、自分の何が悪いのか、父の親友だったというリーマス・ルーピンに尋ねてみたことがある。だが、その時は苦笑いで「君は女の子に優しくてすぐ仲良くなれるから、そういうところがジェームズを彷彿とさせて嫌なのかもしれない」と返ってきた。父親に似ているというだけでこの豹変振りはなんなんだろう? 見た目が九割父親に似ているせいでいびられるハリーよりはまだマシなのかもしれないが……。
「ど、ドーラ? 寒いからもう行こう……。寮まで送るよ」
恐る恐る言い、エリオットがドーラの手を引くと、またもチクチク視線が突き刺さる。これからどこへ行くでもなく、ちゃんと寮まで送り届けると宣言しているにもかかわらず、スネイプの疑いは晴れなかったようで、むしろ今度は送り狼認定でもしたのか、十メートルほど後ろをスネイプがずっとついてくる。彼の研究室も地下室なので、道中一緒になるのは仕方がないというのはあるが、それでも気まずいことこの上なかった。
ようやく寮に着くと、エリオットはホッと肩の力を抜いた。そっとドーラの手を離し、照れながら言う。
「今日は楽しめた? もしそうだったら嬉しいな」
「まあ、それなりね。ウィーズリーやポッターがいなかったらもっと楽しめたかも」
ツンとした言葉だが、それでもこれが彼女なりの返事なのだろう。外にいた時は怒っていた様子だったが、またいつもの調子に戻ってくれて嬉しくなり、エリオットは破顔した。
「僕も楽しかった! ダンス、ずっと練習してたんだ。この日のために。足を踏むようなことがなくて良かったよ」
「……誰と練習したの?」
「ハーマイオニーと」
「ふんっ!」
突然鼻息荒くなってドーラはツーンと身を翻して階段を駆け下りた。その後ろ姿に戸惑ってエリオットは呼びかけるが、無情にもスリザリン寮の石の壁は固く閉ざされる。
力なく踵を返したエリオットは、離れた場所でこちらを見守っていたスネイプと目が合った。何を考えているか分かりにくいその表情で、またも「父親に似て一言多いな」とボソッと呟かれる。エリオットは複雑な気持ちになった。