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13:逆転の夜
〜もしも夢主とドラコの性別が逆転していたら〜
21.11.06
リクエスト
「本当にヤバいぜ僕ら」
スネイプが後方の席へ向かったのを確認した後、ロンが声を潜めて話し出した。
「ダンスパーティーに一人だけで惨めに出席することになっちゃう」
「僕なんかもっと惨めだよ」
一番に応えたのは黒髪の少年、ハリー・ポッターだ。第一の課題で見せた豪胆さは今はなりを潜め、自信なさそうにその背は丸まっている。
「代表選手は皆の前で一番最初に踊るんだ。パートナーがいなかったらどうすれはいいんだ? 一人でその場で回ってろって?」
「君なんか、引く手あまたじゃないか!」
ロンは突っ込まずにはいられなかった。第一の課題で一位を勝ち取ってからというもの、ハリーはなかなか女子生徒の視線を奪うようになっている。ハリーが本気を出せば断る女子はそういないはずだ。
「エリオットは?」
ロンは、ハリーの双子の弟、赤毛の少年に声をかけた。優しい面差しと性格で、彼もまた女子人気は高い……とロンは睨んでいる。
「君だってそこそこモテるだろ? 女子に優しいし」
「そんなことないよ。みんな継承者のこと怖がってるし……」
「グリフィンドールの子は? グリフィンドールなら、君がそんな奴じゃないってこと分かってくれるさ」
「駄目だよ。僕と行ったらその子に嫌な噂が立つかもしれない。僕は一人で行くよ」
ハリーよりも一層自分に自信がなく、内に引きこもりがちなエリオットは、もうこの話は終わりだと言わんばかりに教科書をめくり始めた。だか、ロンはそのくらいではめげない。
「そんなの駄目だ。マルフォイに馬鹿にされるぜ。まだ誰にも誘われてない女子だっているはずだし――」
そう言いつつ教室内を見回したロンは、すぐ近くのハーマイオニーの所で止まった。嫌な予感がしてエリオットはその視線を阻もうと背伸びしたが、ロンの方が高いので無駄な努力だった。
「ねえ、ハーマイオニー? そういえば君は女の子だったね……」
「まあ、よくお気づきになりましたこと」
ハーマイオニーは顔を上げずにツンと言い返した。
「まだ誰にも誘われてないよね? 君が僕たち三人の誰かと来ればいいんじゃないか?」
「お生憎様」
ハーマイオニーはピシャリと言った。
「私、もう誘われてるの」
「そんなはずない!」
ロンは頭を振った。
「あなたは三年もかかってやっとお気づきになられたようですけどね、ロン。だからといって他の誰も私が女の子だと気づかなかったわけじゃないわ!」
ロンはゆっくり口角を上げた。
「オッケー、オッケー、僕たち、君が女の子だと認める。これでいいだろ? さあ、僕たちと行くかい?」
「だから言ったでしょ! 他の人と行くの!」
ハーマイオニーは立ち上がった。ツカツカとスネイプの方へ行き、羊皮紙何巻分もあるレポートを提出した。
「あいつ、嘘ついてる」
「嘘じゃないよ」
エリオットはすぐに答えた。さすがにハーマイオニーが不憫だった。
「じゃあ誰と行くんだい?」
「ハーマイオニーから口止めされてるんだ。言ったらからかわれるからって」
「なんで君は良くて僕は駄目なんだ? ハリーは知ってる?」
「ううん、知らない」
「なんでエリオットだけ!」
「エリオットならからかわないし、秘密にしてくれると思ったんだよ。二人は特に仲が良いし――」
「分かった!」
突然ロンが大きな声を出したので、ハリーもエリオットもびっくりした。視界の隅でスネイプが怖い顔でくるりと向きを変えるのが見えた。エリオットは視線だけでロンに警告を出そうとし、隣のハリーはロンの腕を叩いたが、ロンは気付きもしない。
「君がハーマイオニーを誘ったんだ! そうだろう? それで、気恥ずかしくて言えなくて――」
小気味良い音を立ててロンの頭が叩かれる。スネイプだ。去り際なぜかハリーの頭も叩いていく。エリオットは見逃してもらえたようだが、内心ドキドキだ。
「違うよ。相手は僕じゃない」
「じゃあ誰だって言うんだよ。いい加減教えてくれたっていいだろ」
「駄目だよ。僕は言わない」
「なんだよそれ」
ロンはつまらなさそうに口を尖らせた。だが、それもすぐに止む。どうやら嘘ではなさそうなハーマイオニーの話――同類だと思っていたからこそ、パートナー不在組からの彼女の離脱はロンにとっては青天の霹靂だったのだ。
「よし、じゃあ二人とも。僕たち、本当に腹を括ろう。今夜談話室に戻る時には、僕たちは三人ともパートナーを獲得してる……いいね?」
「あ……オーケー」
渋々ハリーとエリオットは頷いた。
*****
男同士の誓いを立ててからというもの、エリオットはあてもなく廊下を彷徨い歩いた。始めにロンたちに伝えた通り、エリオットは誰のことも誘うつもりはなかった。リータ・スキーターに秘密の部屋の出来事を暴かれて以降、エリオットに突き刺さる視線は恐怖や好奇のものばかりだ。こんな状況下でパーティーに行けば、パートナーの女の子に一体どれだけの負荷を与えてしまうだろう。継承者の仲間だと余計な勘ぐりされても嫌だ。自分がしでかしたこととして、自分一人が咎を負うならまだしも、無関係の子にまで飛び火するのは耐えがたい。
ただ、ロンがこれで納得してもらえるとも思えないので、ひとまずは廊下を練り歩き、夜になったらやっぱり駄目だったと肩を落として談話室に戻ればいい。もともとエリオットは内気な方だし、声もかけられなかったと言えばロンも納得するだろう。
暇なのが相まって、ふくろう小屋でウィルビーと戯れたり、天文台の塔で涼んだり、嘆きのマートルに挨拶したり、厨房でドビーと世間話をしたり……そんなことをしているうちに、日が傾き始めた。そろそろご飯を食べて談話室に戻ろうか、と階段目指して歩き始めると、向かいからドーラ・マルフォイが歩いてくるのが見えた。向こうも同じタイミングでエリオットに気づいたらしく、くいっと柳眉を吊り上げる。
「あら、まだパートナー探しに奔走しているの? スリザリン寮の近くまで来るなんて、よっぽどあなたに魅力がないのね」
「どうして分かったの?」
後半の悪口は聞こえなかった振りをしてエリオットは純粋に尋ねた。ドーラはツンと顎を突き上げる。
「魔法薬学の時よ。ウィーズリーの騒がしい声が私たちの方にまで聞こえてきたの。こんな時期にまだパートナーがいないなんて、全く、目も当てられないわね。私が思うに、グレンジャーもまだパートナーがいないと見てるわ。あれは引っ込みがつかなくなった嘘でしょう?」
「違うよ。ハーマイオニーには本当にパートナーがいる。格好良い人だよ」
エリオットは寂しげに微笑んだ。ハーマイオニーの気持ちを考えるなら、本当はロンが一番に彼女を誘ってほしかったのだが……。ロンのあの言動に、きっとハーマイオニーは傷ついたに違いない。
「……まさか、あなた」
急にドーラの声が低くなった。エリオットは驚いて顔を上げる。
「グレンジャーにお熱なの? あのボサボサ頭のどこが良いの?」
「そんな風に言わないでくれ。ハーマイオニーは可愛いよ。でも、そう思うのはあくまで友人としてであって」
「はっ、どうだか!」
ドーラは不機嫌そうに鼻で笑う。エリオットは、今まであまり女の子との関わり合いがなかったので、こういう時どうすればいいのかよく分からない。女の子は難しいのだ。
「あの……じゃあ、ドーラはもうパートナーがいるの? 同じスリザリン生?」
話題に困ってエリオットは今ホグワーツ生が一番気にしているものを取り上げた。ドーラはひくっと口元を引きつらせる。
「あ、もしかしてザビニかな? 仲が良さそうだし……」
「冗談言わないで!」
ドーラは声を大にして叫んだ。
「誰があいつなんかとパーティーに行くものですか! あれは向こうが面白がって突っかかってくるだけよ!」
「じゃあノット? 最近よく話してるよね」
「それは家の関係よ! お父様の仕事の関係で、時々話す機会があるだけ!」
「じゃあクラッブかゴイル? いつも一緒だし――」
「馬鹿言わないで!」
今度こそエリオットは自分の鼓膜が破れるのではないかと思った。間違いなくソノーラスをかけたであろうドーラの声は、ぐわんぐわんエリオットの耳に反響した。
「あの二人は、虫除けにってお父様が護衛にしただけよ!」
「あ、そ、そうなんだね……」
厳しくも、ルシウスはかなりドーラに甘そうに見えた。確かに、娘に変な輩が近づくのではないかと危惧するのも分からないではない。――とはいえ、実際ザビニがドーラに近づけているのは事実ではあるので、あの二人が護衛として役に立っているのかは定かではないが。
「……何よ……」
ドーラは震えながらエリオットを睨んだ。
「私のこと馬鹿にしてるんでしょ……パートナーもいないからって……」
「そ、そんなこと……」
エリオットは慌てて首を振る。実際、ドーラに言われるまでエリオットはそのことを知りもしなかった。それに、知ったからと言ってどうと言うものでもない。性格はちょっと難しいところはあるが、ドーラは可愛いし、お金持ちだし、彼女のことを好きだという男子は多いだろう。パートナーがいないというのも――。
「マルフォイ家に釣り合う家がないのが悪いのよ!」
――そう、全てこれに尽きるのだろう。誘われたとしても、断ってばかりなのが要因であって。
「マルフォイ家は、聖28一族の頂点に君臨する家柄よ! そんな家が、そんじょそこらの男とパートナーになれるわけがないわ! 婚約もしてないのに、相手と懇意だと思われるじゃない!」
顔を真っ赤にして睨み付けるドーラを見て――不思議と、エリオットは彼女が怒っているとは感じられなかった。いや、これはむしろ傷ついた心を怒りで覆い隠しているだけなのだと思った。自分を守るために怒っているのだ。誹謗中傷や醜聞や……同情から。
エリオットは顔を引き締め、拳を握り、ドーラに一歩近づいた。初めて会った時は少しだけ彼女の方が背が高かったのが、今はもうすっかりエリオットの方が高い。
「じゃあ……取るに足らない、絶対に噂にならない相手だったら?」
ドーラの眼光は緩まない。エリオットは、彼女の探るような視線を避けるように横を向いた。
「マグル生まれが嫌いな男の子が純血の家に興味を持っただけで……君も、継承者に興味を持っただけで」
ドーラが眉を顰めた。下から睨みつけるように言う。
「私とあなたがパートナーになるって言うの?」
「そう。もちろん、君が嫌だって言うのなら諦める。でも、僕もパートナーがいないし、困ってたんだ……だから、もし君が嫌じゃないと言うのなら」
僕のパートナーになってくれないかな?
エリオットがそう口にした時、ドーラは俯いていた。彼女の透き通るようなブロンドのつむじを見つめ、しびれを切らしそうになるほど時間が経った時、彼女は小さく頷いた。最初こそ、エリオットは見間違いかと思ったくらいだ。事実、ドーラはそのまま下を向き、表情を見せないまま黙って行こうとする。
「ドーラ? 本当に、本当に僕と行ってくれるの?」
「うるさいわね! 返事はしたわ!」
「本当!? じゃあ――えっと――当日、寮の前まで迎えに行く! ありがとう!」
返事もせずドーラはツカツカと廊下を歩く。寮を通り過ぎたことにすら気づかないまま。
「何よ……。自分と行ったら相手に嫌な噂が立つから一人で行くって、そう言ってたくせに……」
ギリッと唇を噛みしめ、ドーラは目の前を睨みつけた。そこに忌々しいあの赤毛の少年はいない。優しい顔で、優しい声で、残酷な提案をしてきたあの少年は。
「私だったら、嫌な噂が立っても良いって言うの?」
その問いに答えてくれる人はもういない。
なぜ断れなかったのだろうと、ドーラは自分でも思う。
あなたみたいな格好良くも、目立つわけでもない人と行くわけないじゃない、なんて無碍にでもできたら良かったのに。
吐き出した息は白い靄となって空気に溶け込んでいく。
クリスマスはもうすぐだった。