■小話

14:拾ったふくろう



*死の秘宝『空中戦』後、スピナーズ・エンドにて*


 暗闇の中、真っ逆さまに落ちていくサイドカーの中から、微かな鳴き声がしたのをスネイプは確かに耳にした。咄嗟にクッション呪文をかけたのはどういう心境の変化だろうか。まさか情が移ったわけではあるまいが、その時は何も考えていなかったとしか言えなかった。

 急降下を始めたバイクが、ある一定の場所から忽然と姿を消した。保護呪文の範囲内まで逃げ切ったのだろう。

 スネイプは、つい先ほどサイドカーが落ちた場所まで姿現しをした。弱々しくホーホーと鳴いているふくろうのおかげで、サイドカーはすぐに見つかった。中には、大きなトランク一つと、ぐったりしているふくろうが一羽いた。スネイプはその二つを手に持つと、自分の屋敷――スピナーズ・エンドまで一気に姿くらましをした。

 スネイプは、荒れ果てたレンガ建ての家が建ち並ぶ通りに降り立った。迷いのない足取りで家々を通り抜け、一番奥の家にたどり着くと、鍵を開け、中にするりと滑り込む。入ってすぐが小さな居間になっていて、トランクを隅に置き、ふくろうのいる檻はテーブルの上に置いた。そしてまたすぐ家を出、姿くらましをした。今度はヴォルデモートの下に行くのだ。ハリエット・ポッターの捕獲に失敗したことを伝えるために――。


*****


 次にスネイプが自宅に帰ってきたのは、夜が明け始めた頃だった。スネイプは甲高く鳴いて自分の存在を訴えるふくろうには目もくれず、疲れたように一直線にソファに倒れ込んだ。動いたときにはためいたローブが、彼の土気色の腕をあらわにする。そこにはまだジクジクと血を流し続ける深い切り傷があった。任務失敗の仕置きとしてヴォルデモートにつけられたものだ。こんな傷は些細なものだったが、それ以上に精神の負担が大きかった。

 傷の手当てをすると、スネイプはようやく小さなふくろうと向き直った。檻を開けると、ふくろうはすぐに飛び立った。羽を怪我しているくせに、一丁前に自分の力で飛び立とうとする様は、どうにもいじらしい。

 だが、これからするのは治療だ。うるさくホーホー鳴いたり、むやみやたら飛ぼうとするふくろうには面倒だという印象しか受けなかった。

 失神呪文をかけたくなる衝動と戦いながら、スネイプは何とかふくろうを捕まえた。そして片手で捕まえられるくらいの大きさの彼女を鷲掴み、羽の付け根に塗り薬を塗っていく。

 クッション呪文をかけてはいたが、地上数百メートルという距離から落ちたのだ。フサフサとした羽は根元から嫌な方向へ折れ曲がり、身体にはガラスか何かで切った細かい切り傷がある。

 魔法薬学には繊細な手さばきが必要となるが、ふくろうの手当てもそれに釣られてか、至極丁寧に一つ一つ傷を見ていった。

 羽の手当てを終える頃には、ふくろうももう暴れなくなっていた。自分を害さないと分かると、すぐに警戒心を解くその姿からは、どことなく飼い主を彷彿とさせた。直接的に害をなさないからといって、味方である確証はどこにもないのに。

 ペットは飼い主に似るというのは、あながち間違いではないかもしれない。

 手当ても終わり、スネイプが後片付けしていると、ふくろうは包帯が気になるのが、短い首を必死に曲げながら包帯をつつこうとしていた。

「そんなことをしたら取れるだろう」

 思わずとスネイプが声をかけても、ふくろうは聞く耳持たない。仕方なしにふくろうフーズを取り出して餌箱に入れてやれば――甲斐甲斐しいことに、スネイプはヴォルデモートの下へ参上した帰り道、ふくろう百貨店に寄っていた――彼女はすぐさま餌の方に夢中になった。いくら動物とはいえ、あまりに単純だった。

 スネイプとふくろうの奇妙な同居生活は、一ヶ月以上に及んだ。ふくろうの怪我が治る頃には、隠れ穴が襲撃されたばかりで、まだ飼い主の居場所が分からなかった。もしかしたら身を隠しているかもしれない飼い主の下に考え無しに放つことはできず、仕方なしにやたらと噛んでくる凶暴なふくろうの世話をし続けたのだ。

 飼い主がブラック邸にいることが判明し、ホッグズ・ヘッドに送り届けた後は、すぐにふくろう を放した。甲斐甲斐しく治療や世話をし続けたというのに、恩知らずのふくろうは、最後まで強烈に指を噛んでいって颯爽と飛び立っていった。

 ようやく一仕事を終え、スネイプは肩の荷が下りた気分だった。それに、清々しい気持ちでもある。これで餌をねだってホーホー騒がしく鳴かれることもないし、何より指を噛まれることもなくなる。万々歳だ。

 もともと、スネイプはペットなど飼ったことはなかった。愛情深く育てる自信がなかったし、ペットがいることで得られる利益が分からなかったからでもある。思えば、ここ一月は、いつもあの自由奔放なふくろうに振り回されていた……。

 改めて室内を見渡すと、あちこちにふくろうのいた形跡が残っている。ふくろうのケージに、買い置きしていた餌、自由に飛び回るせいであちこちに落ちている糞や小さな羽根……。むしろ少し腹が立ってきたかもしれない。

 杖の一振りでそれらを綺麗にすると、スネイプはケージと餌を床下にしまい込んだ。絶対にもう会うことはないのだが、さすがに捨てるのは気が引け、持て余した結果、しまい込んで忘れ去ることにしたのだ。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、スネイプは思いのほか早くふくろうと再会することになる――。

 数日後、ペットが戻ってきてくれたことに感激した飼い主が「手当てをした人宛」に手紙を送ってきたのだ。もちろん届主はあのふくろうで。

「はじめまして。あなたが手当していただいたふくろうの飼い主です。このたびは、この子――ウィルビーを手当てしていただき、本当にありがとうございました。訳あって、ウィルビーを入れたまま檻を落としてしまい、死んでしまったのではないかと諦めていたのですが、数日前元気に私の所に戻ってきてくれて、本当に嬉しかったです。

 ウィルビーは甘えん坊で、懐いた人には痛いくらいの甘噛みをするのですが、もしかしたらあなたも怪我はしていませんか? あなたにとってはあまり嬉しくない怪我かもしれませんが、ウィルビーなりの愛情表現なので許してあげてください。

 ウィルビーを助けていただいたこと、本当になんとお礼を言ったらいいか分かりません。本当にありがとうございました。丁寧に手当してくださったおかげで傷跡も残っていません。とても心のお優しい方なのだと推察しました。

 このたびは、本当に本当にありがとうございました。感謝を込めて」

 短い手紙を読んでいる間にも、こちらの心境などいざ知らず、カジカジ指を噛んでくる小さなふくろう。このふくろうは、以前、スネイプが己の傷の手当てをしたことを覚えているのだろう。甘噛みというには強すぎる噛み方は、おそらく飼い主の思い込みだ。これのどこが愛情表現というのだろう。他人を噛むことでストレス発散しているようにしか見えない。

 指を突こうとしてくるウィルビーの嘴を掻い潜り、さっさと行けと手で追い払う。返事を書く気は毛頭ないし、逃亡中の身の故、向こうももらったら困るだろう。

 ウィルビーの姿はまだ見えていたが、スネイプは窓に鍵をかけ、カーテンも閉めた。

 もう治りかけたはずの人差し指がじくりと痛んだ気がしたが、それほど不快な気持ちにはならなかった。