■呪いの子

10:新入生アリエス


 時が流れ、アルバス達は三年生になった。今年の夏休みも、アルバスは最終日含む一週間を、ブラック邸で過ごした。そのまま家には帰らずに、マルフォイ家と共にキングズ・クロス駅へやって来た。今年はマルフォイ家長女のアリエスも入学のため、興奮と不安で彼女は落ち着かない様子だった。

「私、どの寮に入れば良いのかしら……」

 アリエスは、もう何度目かも分からない質問を母と父に投げかけた。

「シリウスお爺ちゃんは、グリフィンドールに入れたら犬を買ってくれるって言うし、ルシウスお祖父様は、スリザリンに入れたら猫を買ってくれるって言うし……」
「シリウス……」
「父上……」

 ハリエットとドラコは揃って頭を抱えた。

「言い方を変えれば良いってものじゃないわ」
「アリエス、ルシウスお祖父様にはもう一度シシーお祖母様からきつくお灸を据えてもらうから、あの人の言うことは気にするんじゃない」
「だからあなたは自分が行きたい寮に行けば良いの」
「そうだよ」

 レギュラスも大きく頷いて参戦した。

「僕も、スリザリンかグリフィンドール、ハッフルパフとで迷われたんだから。組み分け帽子が迷ったら、アリエスが気になってる寮をお願いすれば良いよ」
「……うん」

 組み分けの先輩である兄の言うことは、少しだけアリエスに勇気をもたらしたようだ。彼女は小さく笑みを浮かべた。

「私、それならリリーが行くところが良いわ。リリーと一緒なら、どの寮でも頑張れるもの!」

 ハリエットは眩しい顔で娘を見つめる。リリーの言動が、自分の組分けを彷彿とさせていた。

「でも、マルフォイだと、ポッターよりも先に名前が呼ばれるよ。リリーが行きたがってる寮はグリフィンドール?」
「ええ、そうなの」
「じゃあ、アリエスはグリフィンドールをお願いしないとね」
「ちゃんとグリフィンドールに行けるかしら」

 兄の言葉に、アリエスは再び不安そうな顔になった。

「大丈夫だよ。もしスリザリンでも僕たちがいるし、ハッフルパフだとしても、あそこは優しい人が多いんだ。アリエスなら大丈夫だよ」
「うん」
「アルバス」

 家族で固まって汽車へ近づくと、後ろから声がかかった。アルバスが振り返ると、ハリーが駆け足でやってくるところだった。

「もう会えないかと思ったぞ。ほら、ホグズミード行き許可証だ。どうして家に置いて行った?」
「ホグズミードなんて大嫌いだ」
「まだ行ったこともないのに、どうして嫌いになれる?」
「ホグワーツの生徒が一杯だってことが分かってるから」

 アルバスは許可証をくしゃくしゃにして丸めた。レギュラスは心配そうにその腕に手をかける。

「アルバス、でも、僕は君と一緒にホグズミードに行きたいよ」
「僕は行きたくない。行っても馬鹿にされるだけだ。どうして分からない?」

 アルバスは許可証に杖を向けた。あっと大人達は口を開く。

「アルバス、駄目だ、そんなことしちゃ――」
「インセンディオ! 燃えよ!」

 許可証がパッと燃え、あっという間に塵となった。ハリーは怒った顔で息子を見るが、彼が何か言うよりも早く、明朗とした声が響いた。

「おおー、なんて激しい炎。いっちょ前に魔法を使いこなせるようになってるのね?」

 前からやって来たのは、暗いローブを着た細身の女性――デルフィーだ。

「デルフィー?」
「ハロー、また会ったわね」

 アルバスが目をぱちくりさせると、デルフィーは手をヒラヒラと振った。

「半年見ないうちに大きくなったわね。泣きそうな顔をして財布を探してたあの坊やとは似ても似つかないもの」
「財布を落としたのはレグの方だよ」
「あら、そうだったかしら?」

 悪びれもなくデルフィーは首を傾げた。

「デルフィーはどうしてここに?」
「知り合いの子供がホグワーツに行くから、その見送りにね」

 デルフィーはぐるりと皆を見回した。

「私のこと覚えてるかしら? あら、でもあなたとは初めましてね。ミスター・マルフォイ。私、デルフィーニ・オルガ。週刊魔女の記者をしてるの」
「ドラコ・マルフォイだ。よろしく」

 差し出された右手を、ドラコは軽く握った。ハリエットはそれを不安げな表情で見つめている。

「今日は可愛らしいお嬢さんも一緒にいるのね。ママにそっくりだわ」

 デルフィーはにこにことアリエスに顔を近づけた。アリエスは少し緊張した面持ちで『こんにちは』と返した。

「マダム・オルガ、それで……あー、君は我々に何か用かい?」

 ハリーはハリエットの方を気にしながら言った。

「んん、特に用があるわけではないけど、偶然懐かしい顔を見かけたから」
「残念だな。もう少し時間があったら、僕たち、また記者の話を聞かせて欲しかったのに」
「私も自慢話ができなくて残念だわ」

 デルフィーはレギュラスにウインクをした。

「あ、でもそうだ。ミセス・マルフォイ」

 彼女は急にハリエットに向き直った。ハリエットはビクッと肩を揺らす。

「もし良かったら、今度お時間あるときに、あなたとミスター・マルフォイのなれそめを詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「……どうして?」
「ぜひ記事に書かせて欲しいのよ」

 デルフィーの楽しそうな瞳がきらりと光った。

「敵対関係にあるハリー・ポッターの妹とマルフォイ家の息子! イギリス中の魔女達は、そのロマンスを聞きたくて聞きたくて仕方がないのよ。ね、ぜひお願い」
「大した話じゃないわ……」

 ハリエットは首を振る。しかし子供達の方は逆に火がついた。

「でも、僕も知りたいよ」
「私も聞きたいわ」

 お願いお願いと縋る子供達に、途方に暮れるハリエット。ハリーはさりげなくハリエットとデルフィーの間に割って入った。

「そんなにロマンスが知りたいなら、私とジニーの話でも聞くかい? 何なら記事にしてくれてもいいよ」

 ハリーが冗談めかして言った。

「そうしたいのは山々なんだけど、あなた達の話はもう既に何冊もの本になってるから……」
「レグ、アリエス、もう汽車が出る時間だ。早く行かないと乗り遅れるぞ」

 ドラコがそっと二人の背中を押した。二人は名残惜しげにデルフィーを見る。

「デルフィー、またね!」
「ええ、また会いましょう。今度私が書いた記事見せてあげる」
「アルバス、行こう」
「うん」

 子供達が汽車に乗った後も、デルフィーはしばらく粘っていたが、突然『もう行かなきゃ』と腕時計を見た後、颯爽と去って行った。まるで嵐のような女性だった。


*****


「グリフィンドール!」

 組み分け帽子が高々と叫び、赤毛の少女は嬉しそうにグリフィンドールのテーブルへと走って行く。

 寂しそうな、でもやっぱり嬉しそうな顔で、隣のレギュラスは、誰よりも大きく拍手をしていた。

「こうなると思ってたよ」

 レギュラスはアルバスにだけ聞こえるように囁いた。周りは、マルフォイ家の娘なのにグリフィンドールに組み分けされたことに驚き、そしてそのまま視線はスリザリンのレギュラスに向けられていた。

「アリエスは、スリザリンの柄じゃない。ハッフルパフか、もしくはグリフィンドールだと思ってた。でもね、これだけは確信してたよ――レイブンクローは絶対にないって!」

 アルバスは忍び笑いを漏らした。この先感じるであろう孤独感を、少しでも忘れていたかった。

「だってそうでしょ? 兄の僕が知性の欠片もないって言われたのに、妹がレイブンクローに行ったらどうする! 僕、恥ずかしくて表を歩けないよ……」
「レグ、そのことを知ってるのは僕だけだから安心して良いよ」
「安心できるもんか。組み分け帽子も随分年季が入ってるでしょう? もし口が滑って僕の組み分けのことを話したらどうするんだ」
「そんなことにはならないから大丈夫だよ」
「何の確信があるんだよ……」

 ぶつぶつとくだらないことを言っている間に、リリー・ポッターの組み分けの番がやって来た。組み分け帽子はしばらく考え込んでいたようだったが、それほど時間をかけることなく、『グリフィンドール!』と叫んだ。

「やっぱり」

 アルバスの落胆したような声に、レギュラスは視線を向けた。

「リリーがこっちに来るって、本気でそう思ってたの? ポッター家はスリザリンに属さないよ」
「ここの一人は属してる」
「ああ、そうだ。君、ポッターだったね」

 毎日一緒にいると、レギュラスが本気で言っているのか、冗談で言っているのかアルバスも見分けがつくようになっていた――ちなみに、そうなるにはかなりの努力が必要だ――そして、今回のは後者だ。

「そう言ってくれるのは君だけだよ。周りはそう思わない」
「そんなことないさ」
「いいや、そんなことあるよ。……僕が選んだんじゃない。分かるか? あの人の息子になることを、僕が選んだわけじゃないのに……」