■呪いの子

12:相談ごと


 デルフィーとはすぐに接触を図ることができた。だが、アルバス達はホグワーツにいたため、その後のやり取りはふくろう便でしかすることができず、直接話せないことにもどかしさを感じていた。冬休みに入り、ようやく彼女に会える日が来ると、二人は親に内緒で漏れ鍋にやって来た。

「デルフィー!」
「ハロー、久しぶり。元気にしてた?」
「今日は来てくれてありがとう!」
「なんてことないよ。ようやくマルフォイ家の秘密が明らかになるってワクワクしてたんだから」

 三人は、丸いテーブルに腰掛けた。ハリーもハリエットもシリウスもいないので、今日の漏れ鍋は平和だった。

「でね、今まであなた達から聞いたことをまとめてみたんだけど、読んでくれる?」
「もうできたの?」
「やる気が漲っちゃってね」

 まずレギュラスが分厚い羊皮紙に目を通した。終わりに近づくにつれ、彼の瞳はキラキラと輝いていく。

「すごい……すごいよ、これ! これなら、もうお父さんを悪く言う人なんていなくなる!」
「僕にも見せて」

 アルバスも羊皮紙に一通り目を通した。そして感心したように頷く。

「うん、とっても分かりやすい。僕たちが説明した以上に詳しく書かれてるし」
「でもね、問題は、当事者から話を聞いてないってこと」

 デルフィーが羽ペン片手にため息をついた。

「息子さんから話を聞きました、じゃ、信憑性には欠ける。むしろ、作り話だとも思われかねないわ」
「でも、お父さんは忙しいし、お母さんは取材を受けてくれるか分からないよ」
「やってみないと分からないよ」

 アルバスが勇気づけた。デルフィーも頷く。

「そうね。私も、記者として直接ミセス・マルフォイと話がしたいわ」
「なら、うちに来る? 今日お母さんは仕事は休みだし、家にいるはずだよ」
「いいの?」
「ぜひ来てよ。これを読んだら、お母さんも納得するかもしれない」

 漏れ鍋の暖炉を借りて、ブラック邸まで一気に移動した。デルフィーは、初めて訪れるブラック邸に、物珍しそうにキョロキョロしていた。

「お帰りなさいませ、レギュラス坊ちゃま」
「クリーチャー、お母さんはどうしたの?」
「アリエスお嬢様と一緒にお買い物に行かれました」
「いつ帰ってくるの?」
「もうすぐお戻りだと……」

 老いたしもべ妖精は、見慣れない女性に目を留めた。テニスボールほどもある瞳を、更に大きくする。

「しもべ妖精のクリーチャーね?」
「はい、マダム」
「クリーチャー、この人はデルフィーニ・オルガ。僕たちの友達なんだ」
「さようでございますか……」

 デルフィーはすぐにクリーチャーから興味を失い、屋敷に飾られている調度品を観察していく。クリーチャーは、その後ろ姿を念入りに見つめていた。

「ブラック家の家訓? これがそのタペストリーね」

 デルフィーは客間のタペストリーの前に立っていた。仁王立ちし、ジロジロ遠慮なく見つめる。

「知ってるの?」
「聞いたことがあるだけよ。ブラック家は、代々続く純血の、王族とも名高い家柄だと」
「そんなにすごい家なの?」

 レギュラスはポカンとして尋ねる。

「それが今や――ああ、何でもないわ」

 デルフィーはコホンコホンと咳払いした。そしてかなり人の手が加わったタペストリーをなぞる。

「ミスター・シリウス・ブラックは、なかなか激しい性格のようね」

 タペストリーには、ハリーやハリエットのみならず、ロンやハーマイオニー、更にはレギュラスやアルバスなど、子供達の名前まで刻まれた、もはや純血などとはほど遠いオリジナルのタペストリーである。

「前は見るのも嫌だったらしいけど、今では誰かが子供を産むたびに嬉しそうに名前を刻んでるよ」
「ふうん……」

 デルフィーは隅から隅までなぞるようにタペストリーをじっくり見ていた。そうこうしているうちに、階下が慌ただしくなる。ハリエットとアリエスが戻ってきたらしい。

「クリーチャー、私お腹空いたわ! 今日のおやつは何?」
「今日は糖蜜パイでございます」
「やった! 私、あれ大好き! ホグワーツでもたくさん食べるの!」
「アリエス、ちゃんと手を洗うのよ」

 階段を上ってくる足音は二つだけだった。アリエスは、厨房の糖蜜パイの方に吸い寄せられたのだろう。

「ハリエット様、レギュラス坊ちゃまがお戻りです」
「朝からいないと思ってけど、ちゃんと帰ってきたのね。良かったわ」
「他にも、アルバス様と、あともう一方――」
「お母さん、お帰りなさい!」

 レギュラスが客間から顔を出した。ハリエットは目を丸くする。

「そんなところにいたの? アルバスも来てるの?」
「叔母さん、お邪魔してます」

 レギュラスの後ろからアルバスもひょっこり顔を覗かせた。

「いらっしゃい。二人とも、厨房へ降りてらっしゃい。クリーチャーがおやつを用意してくれてるわ」
「うん、でね、お母さん――」
「こんにちは」

 扉が大きく開き、そこからぬっと女性が滑り出てきた。暗がりから突然現れた女性に、ハリエットは目を見開いて悲鳴を上げた。それに驚いたのはレギュラスの方だ。

「お母さん、大丈夫? どうしたの?」
「ああ、ごめんなさい……突然現れて、びっくりして……」
「驚かせてごめんなさい。ミセス・マルフォイ。デルフィー・オルガよ」
「ええっと……確か……キングズ・クロス駅で会った……」
「ええ、そうです。今日はレギュラスに連れられて」
「お母さんに話があって、デルフィーに来て貰ったんだ。一緒に厨房に行っても良いでしょう?」
「ええ……そうね……」

 ハリエットは不自然に視線を逸らしながら頷いた。クリーチャーは心配そうにしながら四人の後からついていく。

 既に糖蜜パイを食べ始めていたアリエスのすぐ側に四人は腰掛けた。クリーチャーが紅茶を入れる中、不自然に沈黙が続く。いつもならば朗らかに客人に声をかけるハリエットが、鬱々とした空気を醸し出しているせいだろう。

「話って言うのはね」

 レギュラスが勇気を出して口を開いた。

「僕たち、考えたんだ。お父さんは、今でも死喰い人だって周りから後ろ指指されてるでしょ? でも、お父さんはなりたくて死喰い人になったわけじゃない。ただ、皆はそのことを詳しく知らないだけ。それなら、デルフィーに、お父さんとお母さんのことを書いてもらおうって思ったんだ」
「記事を?」

 ハリエットは困惑してレギュラスを見つめた。レギュラスは何度も頷く。

「蛙チョコのカードには、お母さんのためにお父さんがヴォルデモートを裏切ったって書かれてるけど、詳しいことまでは載ってない。スネイプ先生は、二重スパイだったっていう本が存在してるけど、お父さんのはないでしょう? お父さんも、伝記……みたいなのを作ったらどうかって思ったんだ。それを読んだら、皆は偏見をなくしてくれるよ」
「でも……」
「ひとまずこれ読んでみてよ。デルフィーが書いたんだ」
「ぜひ」

 デルフィーがにっこり笑う。ハリエットは戸惑いながらも、羊皮紙に目を通した。

「どう? 詳しく書かれてるでしょ? ちゃんと合ってる?」
「大体は……そうね。合ってるわ」

 幼い頃からレギュラスにせがまれるたびに語っていた自分とドラコのなれそめ。それから結婚に至るまでの要所要所の出来事もきちんと書かれている。

「でも、欠点がある。――これには本人証言が足りない。私は、きちんと本人から聞いた証言で細部を抑えていきたいの。例えば……そうね、どうしてミスター・マルフォイがあなたの誘拐を頼まれたのかとか」
「……そんなところまで、皆は興味ないと思うわ」
「おおありよ!」

 デルフィーは大袈裟に首を振った。

「むしろ一番大事なところじゃない! そこの裏付けがあるからこそ、ミスター・マルフォイが命がけでヴォルデモート卿を裏切るところに熱が入るんじゃない」
「お父さんが裏切ったのは、お母さんのことが好きだったからだよね? ロンおじさんから聞いたよ。もうその時にはお母さんのことが大好きだったって」
「おばさんのことが好きだったから、それをヴォルデモートに利用されたんでしょう?」
「私が気になるのはそこよ。あなたを拉致して、ヴォルデモート卿に何の利益があるのかしら? ヴォルデモート卿は、あなたと引き換えに、ミスター・ポッターの身柄を要求したの?」
「違うわ」
「じゃあ、ヴォルデモート卿は、何のためにあなたを拉致したの? マルフォイ邸で何があったの?」
「…………」
「――磔の呪文」

 小さく呟かれた言葉に、ハリエットはハッとして顔を上げた。デルフィーの茶色の瞳と目が合い、慌ててまた下を向く。

「を、受けたというのは本当?」
「磔の呪文ってなあに?」

 ずっと黙って話を聞いていたアリエスが、幼い声を上げた。ハリエットは非難の目をデルフィーに向けた。

「子供の前で止めてちょうだい」
「ごめんなさい。でも、記事は一から真実を織り込まないと――少しでもぼかすと、途端に見向きもされなくなるわ」
「誰にも見られなくたっていいわ。記事も出さないで欲しい」

 己の口調にハリエットはすぐにハッとし、額に手を当てた。

「私は……あの……正直、気が乗らないの。気持ちは本当にありがたいんだけど……」

 ポカンとするアリエスを立たせ、ハリエットはクリーチャーを呼んだ。

「何かご用でしょうか?」
「ミルザ用におやつと玩具を買ってきたの。アリエスと一緒に遊んであげて」
「でも、私もここで……」
「折角シリウスがアリエスにプレゼントしてくれたのに、ミルザを放っておくの? アリエスがいなくて寂しがってるわ」

 ハリエットはとんとアリエスの背中を押した。

「ほら、おやつを食べて元気になったでしょう? ミルザもお腹空かせて待ってるはずよ」
「ええ、行ってくるわ」

 アリエスを見送った後は、ハリエットはくるりとデルフィー達に向き直った。

「もう、今日の所はお帰りに」

 そして早口に言う。

「あなたの気持ちはとっても嬉しいわ。二人に頼まれて、わざわざ記事を書こうとしてくれたんでしょう? 本当に嬉しいんだけど……」
「今日の所は帰ります」

 雰囲気を察して、いち早くデルフィーが立ち上がった。ハリエットはホッとしたような顔になる。

「気を悪くさせてごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ。今度お詫びさせてください」
「気にしないで」

 見送りに行こうとハリエットはデルフィーの後についていった。だが、厨房を出る前、彼女は振り返る。

「アルバスも、今日はもう帰った方が良いわ。どこに行くとかジニーに言ってないんでしょう?」
「うん……」
「早くお帰りなさい」

 有無を言わせないその口調にアルバスは黙って頷き、階段を上った。レギュラスもその後からついていく。

「……ねえ、磔の呪文って」

 喉が張り付き、レギュラスの声は掠れた。

「拷問の……呪文だよね?」

 アルバスは無言で頷いた。

「時々父さんが話してるのを聞いたことがある。闇祓いも、闇の魔法使いの尋問に磔の呪文を使うべきだって声意見あるって、ハーマイオニーおばさんと話してた」

 妙に喉が渇き、アルバスは生唾を飲み込んだ。

「でも、父さんとシリウスお爺ちゃんは、絶対に頷かなかった。吐き気がするって言ってた。……それには、こういう訳があったんだね」
「お母さんに、嫌なことを思い出させたかも」
「でも、今の部分は書かずに記事にすることは可能だよ」
「そうかな」

 二人はまた静かになった。ハリエットが戻ってくるまでに帰った方が良いだろうと、アルバスは煙突飛行粉を手に取り、すぐに暖炉へ身を屈めた。