■アフターストーリー

08:担う役割


 大広間に入ろうとしたところでマクゴナガルに呼び止められたのは、ハーマイオニーとドラコの二人だった。不思議な組み合わせに内心首を傾げながらも、二人はマクゴナガルの後に続いて校長室へ入る。

「まずは、復学おめでとう」

 二人を椅子に座らせ、マクゴナガルは柔らかい笑みで言った。

「もう一度ホグワーツで学ぶ――その判断をしてくれたことをとても嬉しく思います。もちろん、そのまま就職をしたとしても、あなたたちならうまくやっていたと思いますが、きちんとした形で卒業を祝いたかった気持ちもあったんです」
「私、ここでまだ学びたいことがたくさんあるんです。それこそ、七年じゃ足りないくらいに」
「ミス・グレンジャー、あなたの勤勉さには舌を巻きます」

 純粋な褒め言葉にハーマイオニーはポッと頬を赤らめた。そんな彼女を見てマクゴナガルはキリッとした顔に戻す。

「それで、あなたたちをここへ呼んだのは、あることを任せたいと思ったからです」

 そう言ってマクゴナガルが見せたのは、二つのバッジだ。きらめく「P」の文字に、ハーマイオニーとドラコは同時に驚きの声を上げた。

「これって、首席の――」
「でも、七年生の首席はもう決まっているはずです」
「ええ、七年生の首席は。これは復学生に対する首席バッジです」
「復学生はほんの少数です。お気持ちは嬉しいですが、首席は全校生徒で二人だけなのに、私たちが受け取ってしまったら、七年生の首席に申し訳が立ちません」
「ミス・グレンジャー」

 マクゴナガルは優しい声でハーマイオニーを止めた。

「今年の首席には事情を説明し、納得してもらっています。私があなたにこれを渡したのは――他でもない私が、あなたがこのバッジをつけているところを見たかったのです。あなたは誰よりもこのバッジをつけるに値します」

 ハーマイオニーは目を瞬かせた。戸惑いと困惑だ。

「勤勉で、賢く、努力を怠らない。勇敢で思いやりもある。あなたの知識と技術に、あの三人は何度助けられたことでしょう」
「マクゴナガル先生……」

 声を詰まらせ、ハーマイオニーは俯いた。

「ミス・ハーマイオニー・グレンジャー。受け取ってくれますね?」
「はい……はい……!」

 マクゴナガル自ら手渡しされ、ハーマイオニーは何度も頷きながらバッジを受け取った。続いてマクゴナガルはドラコに向き直る。ドラコも待ってましたとばかり異を唱える。

「先生、ハーマイオニーは分かります。でも、僕は――」
「ミスター・マルフォイ。あなたにこのバッジを渡す理由は、ミス・グレンジャーとは少し違います」
「…………」
「この一年――いえ、おそらくそれ以降も、スリザリン生は非常に肩身の狭い思いをすることでしょう。家族や親戚がヴォルデモートに味方をしたという生徒も少なくないはずです。他の寮生からの当たりがきつくなることも考えられますし、もちろんその逆もあり得ます」

 ドラコは自然と背筋を伸ばす。考えていなかったわけではない――。

 ドラコとて復学を決めるまで随分悩んだ。一時はヴォルデモートの右腕であったにもかかわらず、執行猶予だけで済まされたマルフォイ家に反感を持つ者も多いだろう。そのことを含めて頭を悩ませていたが――それは、自分だけではないと。確かにそうだ。スリザリン生は親戚、もしくは家族に死喰い人がいたところが多いのは事実だし、もしくはそうでなくても、全てのスリザリン生に死喰い人と関連があったと偏見を持つ者も多いだろう。

「あなたには、スリザリンの生徒と他寮の生徒、両者の架け橋となってほしいのです。あなたは、スリザリン生の支持を得た生徒でしたし、それでいながら、騎士団に味方してくれました。まだ多くの生徒はこのことを知らない人もいるでしょう。あなたのことをよく思わない人だってもちろん出てきます。ですが、今のあなたなら、両者をうまくとりとめることができるのではないかと思います。私と――そしてもう一人の推薦あってです」

 それが誰か、ドラコは聞き返さなかった。ハーマイオニーは不思議そうな顔をしている。ドラコは手を差しだし、バッジを受け取った。

「あなたならうまくやれると信じていますよ」
「――はい」
「さあ、そろそろお行きなさい。組み分けが始まる頃でしょう。私も急がなければ」

 マクゴナガルの微笑みに見送られ、二人は外に出た。一階の方はまだざわついているので、組み分けの儀式は始まっていないようだが、それも時間の問題だろう。だが、急ごうとしたのはドラコだけで、意外にも、ハーマイオニーは興奮冷めやらぬといった様子でその場から動かない。

「まさか――首席バッジをもらえるなんて思ってもみなかった!」

 ハーマイオニーの視線はバッジに落とされたままだ。一瞬でも目を離したら消えてしまうとでも思っているかのようだ。

「だって、憧れだったの。別に、それを目指して加点や勉強を頑張っていたわけじゃないけど、それでも、首席は憧れだったわ」

 誰に言うでもなく口早に言うハーマイオニー。しかしドラコは急かすことはせず、彼女の近くまで引き返した。

「マクゴナガル先生が言ったように、僕も、君以外首席は考えられないと思う」

 ハーマイオニーはゆっくりドラコを見た。純粋な驚きがそこにはある。

「一緒に暮らしたり、旅をする中で強くそう思った。本当に、君には何度助けられたか――」
「や、止めて……。あなたに褒められると鳥肌が立つわ」
「鳥肌って失礼な……!」

 冗談っぽく言ったが、しかし照れくさいことに変わりはないらしい。ハーマイオニーが顔を赤くしてそっぽを向き、ついで、ドラコも頬を赤くする。気まずい空気になった。

「――まあ、あなたたちはまだこんな所にいたんですか?」

 急に勢いよく背後の扉が開き、マクゴナガルが出てきた。ハーマイオニーとドラコを見て目を丸くしている。

「悠長にしていられる時間はありませんよ。もうすぐ儀式が始まります」

 キビキビとした動作で歩き出すマクゴナガルに、ハーマイオニーとドラコも慌ててついていった。


*****


 三人が大広間に戻ると同時に、組み分けの儀式が始まった。ハーマイオニーが席につくと、拍手をしながら待ってましたとばかりロンが声をかける。

「何だったの?」
「それが……」
「待って!」

 珍しく鋭くハリエットが叫んだ。

「ハーマイオニー、それ……」
「マクゴナガル先生がくださったの」

 微笑み、ハーマイオニーは胸元のバッジに手を触れた。

「誰よりも似合ってるわ!」

 ハリエットは破顔した。ハーマイオニーの胸に監督生バッジがないのを一番惜しんだのはハリエットだった。それが、監督生バッジどころか、首席バッジをもらえることになるなんて!

「マクゴナガルも粋なことするなあ」
「ハーマイオニーが首席ってことに異論がある人は誰もいないと思う」

 ロン、ハリーも祝いの言葉を述べた。ハーマイオニーも素直に礼を言う。

「じゃあ、ドラコはなんで呼ばれたんだ? まさか……」
「ええ、ドラコも首席よ」
「まさか!」

 驚きに少々声が大きくなったロンは、すぐさまマクゴナガルに睨まれた。ちょうど、新入生達が入場を終え、拍手が止んだ瞬間だったのだ。

「だってあいつ、首席になれるほど成績良かったか?」
「頭は良いみたい。座学が得意らしいわ」

 ハリエットの謎のドラコ情報にロンが変な顔になった。だが、ハリエットも、何も予想だけで言っているわけではない。実際、ドラコとの手紙のやり取りで、彼が成績を自慢してくることもあったのだ。座学や理論が得意な反面、闇の魔術に関する防衛術については頑なに話題にしてこなかったので、きっと苦手なのだろうとハリエットは当たりをつけていた。

「でも、首席はそれだけじゃない! 品行方正じゃないと!」

 ドラコに聞こえてやしないかと、ハリエットはヒヤヒヤしながらスリザリンの方を見た。だが、ドラコは自分が話題に上がっているとは思いもしない様子で、スリザリンに選ばれた新入生を笑顔で迎えている。

「私たちの目から見れば、確かにドラコは優等生じゃなかったわ。でも、よく考えてみて。喧嘩を売ったり嫌味を言ったり、全部先生のいないところか、スネイプ先生の前だけだったじゃない。ドラコだって考えてやってたのよ」
「計画的犯行か……!」

 ロンが悔しそうに歯噛みする。ハーマイオニーは仕方なさそうに苦笑いを浮かべた。

「でも、今回の首席抜擢はそれだけじゃないみたい。見て、スリザリンの方。他の寮と比べて明らかに人が少ないと思わない?」

 改めて見れば、確かにスリザリンのテーブルは人寂しい。グリフィンドールと比べても、半数にも満たないのではないか。それどころか、選ばれる新入生も少ない気がする。

「スリザリン生は、死喰い人と関係があった子も多いだろうし、そうじゃなくても、偏見の目は多いわ。きっといじめられるんじゃないかって、退学か編入したんだと思う。新入生だってそうよ。スリザリンに選ばれるだろう子の親は、ホグワーツで考え得る仕打ちを恐れてダームストラング辺りに行かせたんだと思うわ。今年の新入生希望は多いって日刊予言者新聞に載ってたもの」
「去年のホグワーツを思えば、復讐・・を恐れるのも仕方ないわ」

 斜め向かいからジニーが口を挟んだ。

「アレクトもアミカスもスリザリンには優しかったし、大半の生徒は威張ってばかりだったもの」
「寮同士の対立を懸念して、マクゴナガル先生はドラコに首席を任せたんだと思うわ。首席は、他の監督生を取りまとめる立場にもあるし、他の寮に侮られないために――」
「ハリー・ポッターだ!」

 誰かの囁き声が、ハーマイオニーの声を遮った。見ると、今まさにグリフィンドールに組み分けられた少年が、興奮した様子で隣の男の子に話しかけている。

「まさかまだホグワーツにいたなんて! 卒業したと思ってたのに!」

 まだ、という単語に若干傷つきながらも、ハリーは愛想良く笑いかける。

「あ……やあ、復学したんだ」
「魔法省に勧誘されてるって新聞が……。やっぱりハリー・ポッターは文武両道で、勉学も極めたかったんですね?」
「アー、まあそんなところかな」

 シリウスに勧められるがまま、友達との青春らしい青春を最後まで味わうつもりだったというのが本音だが、そんなこと正直に言えるはずもなく……。

 ハリーは中途半端に笑う他なかった。

「とにかく、入学おめでとう」

 ハリーが右手を差し出すと、新入生はポーッと頬を染め上げ握手をし、そのままへなへなと椅子に座り込んだ。その興奮ぶりは、何だかコリンを彷彿とさせて、ハリエットは思わず彼の方を見てしまった。

「さて、歓迎会の前に、少しだけお話があります」

 凜とした仕草でマクゴナガルが立ち上がった。

「まずは、ホグワーツ城修復作業について。夏季休暇中に尽力しましたが、崩壊が甚大だったところはまだ修復が追い付いていません。特に、一階東の城壁と橋はまだ手つかずで、当時のままです。危険なので近づいてはいけません。例年通り、禁じられた森も立ち入り禁止です。新入生も、怖い思いをしたくない場合は決して近づかないように。また、近年ホグワーツで大変に流行ったウィーズリー製品ですが、使用、または持ち込みも全面禁止です」

 何人かの生徒が残念そうな声を上げた。だが、マクゴナガルは厳しい表情を崩さない。

「確かに、ある年に限っては大活躍で、私たちも見て見ぬ振りをしていたこともありました」

 ジニーが「エヘン、エヘン」と懐かしい咳払いをし、何人か笑って、何人かがギョッとした顔をした。

「ですが、もう魔法省が介入してくることもないでしょうから、今後は全面禁止です。特に、ずる休みスナックボックスや携帯沼地、暴れバンバン花火を使っているところを見つけた暁には、禁じられた森での罰則を科します。よろしいですね?」

 ずる休みスナックボックスなんて、ホグワーツで使ってこその真価があるのに、全面禁止なんて、誰が従っていられるだろうか?

 ホグワーツのこうした措置はWWW側も重々承知で、着々と教師にバレないための配達方法や、さり気ない体調不良グッズを新たに作成中だということは、教師陣もつゆ知らず……。

「明るい話をしましょう。まずは、今年からホグワーツ再就任することになった、闇の魔術に対する防衛術を受け持つ、リーマス・J・ルーピン先生です」
「待ってました!」

 生徒の元気な合いの手と共に、大広間が盛大な拍手に包まれる。

 生徒たちが大広間に入った時から、ルーピンは既に着席しており、ホグワーツ教授に再就任することになっただろうことは明らかだった。だからこそ、話しかけたい者も、お祝いの言葉を述べたい者も、皆うずうずしていたのだが、まだ正式に紹介される前だからと自重し、今に至るので、その盛り上がりようもひとしおだ。

 一方で、ルーピンに授業を受け持ってもらったことのない五年生以下の生徒は、皆なぜこんなに喜んでいるのか分からず、一様にポカンとしている。とはいえ、不死鳥の騎士団の一員として、昨年度は大活躍だったことを知っている面々も多く、その表情は期待に満ちたものだ。

「ルーピン先生、皆の期待に応えて、何か一言お願いします」

 マクゴナガルが目を細めて言った。ルーピンは照れくさそうに立ち上がる。

「あ……えっと、まさかこんなに喜んでもらえるとは思ってもみなかった。皆、ありがとう」
「また先生の授業を受けられるなんて光栄です!」

 そう大きな声が上がったのは、グリフィンドールの席からだ。六、七年生、そして復学生らは知っている。毎年闇の魔術に対する防衛術は碌な先生が担当せず、唯一リーマス・ルーピンだけが、安全で面白おかしく、とてもためになる授業をしたことを。

 その声を皮切りに、再び六年生以上はワーッと拍手をした。グリフィンドールもハッフルパフもレイブンクローも。スリザリンの長テーブルでは、狼人間の授業を受けるなんてと不服そうな顔をしている者もチラホラ見受けられるが、それを牽制するかのようにドラコが力強く拍手をしている。

 歓声は、勢い余って、ルーピンを雇うという英断に踏み切ったマクゴナガルを讃える声まで上がる。このままでは埒が明かないので、マクゴナガルがルーピンと入れ違いに立ち上がった。

「皆さんの喜びは分かりますが、どうかこの辺りで。お腹をすかせた新入生が待っています」

 マクゴナガルの声に、新入生が何名か顔を赤くしてお腹を押さえた。腹の音が聞こえたと思っているのかもしれない。

 マクゴナガルは優しい笑みを湛えた。

「改めて、ホグワーツ入学おめでとう。ホグワーツにいる間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものです。何か困ったことがあれば、上級生に相談するように」

 寮生が学校での家族――。

 ハリエットのお気に入りの言葉だ。また聞けるなんて、とハリエットはニマニマした。

「では、しもべ妖精の皆さんが作ってくれたご馳走をいただくことにしましょう」

 マクゴナガルがそう言うと、先ほどまで空っぽだった皿に料理が現れた。どれも出来たてでおいしそうな匂いが立ちこめている。

 お腹を空かせた生徒たちは、皆がっつく勢いでご馳走にありついた。その合間に、友人と談笑するのも忘れない。あっという間だった。

 食事が終わると、新入生と生徒は寮に戻り始めた。だが、ハリーたちはその流れに乗らない。行くべき所があった。

「おめでとうございます!」

 ハリーたち四人とジニーが押し掛けるようにしてルーピンの所に行くと、ルーピンは嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう。驚いたかな?」
「そりゃあもちろん! 闇祓いにも勧誘を受けてるってシリウスから聞きました」
「私も随分悩んだんだ」

 視線を落とし、ルーピンは笑みを引っ込める。

「まだ死喰い人の残党も多いし、闇祓いは多いに越したことはない。自分の体質のこともあるし、生徒を危険な目に遭わせた身で、また教師の座に戻るなんてと思いもした」
「でも」
「ただ――」

 ルーピンはまた顔を上げ、今度は照れくさそうに微笑んだ。

「君たちに授業をしたときの高揚感が忘れられなくてね。どうやら、私は闇祓いよりも教師の方が向いているようだ……。シリウスも背中を押してくれたんだ。君は荒事よりも教職の方が向いていると」
「僕たちもそう思います」
「ありがとう。期待に応えられるように頑張るよ」

 ハリーは、ポツンと一つ空いている席に目を向けた。教師の顔ぶれを見て、おそらくここが魔法薬学教授の座る席と見て間違いないだろう。

 一体誰が新しい先生なのだろうか。

 それをルーピンに問おうとしたが、彼の方が一歩早かった。

「さて、君たちもそろそろ戻らないと合言葉を聞き逃すんじゃないか?」
「大丈夫です。首席のハーマイオニーがいるから――」
「でも私、さっきマクゴナガル先生からバッジをもらったばかりなのよ。合言葉なんて聞いてないわ」

 ハーマイオニーの返答に、こっちだって聞いてないという顔をするハリー。ジニーは噴き出してしまった。

「そろそろ戻りましょ。七年生にもなって寮から締め出されるなんて恥ずかしいわ」
「――ハリエット」

 歩き始めた五人から、ルーピンはハリエットだけを呼び止めた。不思議そうに振り返る彼女の耳に、ルーピンは囁く。

「さっきからドラコがチラチラこちらを見てばかりだ……。行ってあげた方がいい」

 反射的にスリザリンの方を見ると、バッチリドラコと目が合った。ドラコはさっと目を逸らし、わざとらしくジュースを飲み始めたが、その行動はもはや意味のないものだった。クラッブやゴイルではないのだから、今の今まで席に居座っていたのは、何もデザートを食べ足りなかったわけではないだろう。

「ありがとうございます」
「遅くならないように」

 教師らしい言葉に頭を下げ、ハリエットはドラコの方へ走っていった。

 ルーピンとのやり取りが全て聞こえていたわけではないが、何となく察しがついたハリーは渋面を浮かべている。ロンがちょっと首を傾げた。

「いいのか?」
「いいさ」

 返答の割には、顰めっ面だ。だが、誰も何も言わず、強いて言うなら、ロンがハリーの脇腹を小突いただけだった。

 ハリエットがドラコの下までやって来ると、ドラコは、わざとらしく今食べ終わったとばかりグラスをテーブルに置いた。

「話は終わったのか?」
「ええ。……少し話さない?」
「寮まで送りがてら話そう」

 寮まで、と言われてハリエットは少しがっかりだ。それでは大して話せない。だが、時間が時間なので、ハリエットも我が儘は言わなかった。

 お腹が膨らんだ後、生徒は皆すぐに寮に戻ったのだろう。廊下に人気はなかった。ハリーたち四人の声が前の方からうっすら聞こえてくるので、二人はどちらからともなく歩みを緩めて階段を上る。

「ハーマイオニーから聞いたわ。首席、おめでとう」
「おこぼれみたいなものだよ」

 ドラコはすぐに言った。

「でも、このバッジに恥じない働きはしたい」
「私も手伝う」
「ありがとう……」
「新入生の子たちはどう? うまくやっていけそう?」
「皆あまり元気がないな。スリザリンに組み分けられたことに気後れしてる子もいる」
「そう……」

 食事の間、他の寮に比べ、スリザリンだけがいやに静かだったのが、ハリエットも気にかかっていた。確かにスリザリンはいつもあまり騒がないし、基本は静かだが、それとはまた違う空気があった。

「でも、これからドラコは大変ね。クィディッチのキャプテンに首席、NEWTの試験もあるのに……。ねえ、忙しくても、たまには私とも会ってくれる?」

 口に出してみると、ドラコは本当に忙しすぎる。ついハリエットは心配になった。

「本当はね、ドラコに両面鏡を渡したかったの。でも、シリウスに何に使うのかって聞かれて、うまく答えられなくて……」

 シリウスは、手紙よりも顔を見て直接自分たちと話せる両面鏡を手放したくないようだった。まだドラコのことを打ち明ける勇気がなくて、ハリエットはしどろもどろになって鏡のことを諦めたのだ。――一年間離れるシリウスよりも、同じホグワーツにいるドラコのことを優先しようとしたことに後ろめたさを覚えたせいもある。

「いや、僕もそれでいいと思う。鏡の用途が僕だってバレたら、たぶん……」

 ドラコはみなまで言わなかったが、ハリエットもその先に続く言葉は想像がついた。二人揃って言葉を呑み込む。

 そうこうしているうちに、あっという間に寮までたどり着いた。名残惜しい気持ちで向き直ると、ドラコが手を握った。

「会いに行くよ。夕食後でも、休日でも」
「私も」

 ドラコの顔を見ていると、ふと、キスがしたいなと切にそう思った。だが、自分から言い出すのは恥ずかしいし、そもそも誰が通るか分からない。

 ただ、自分の中のもう一人が囁いてくるのだ。もうこんな時間なんだし、通ると言っても、ミセス・ノリスくらいなのだから――。

 その時、突然「んんっ」とわざとらしい咳払いの音がして、振り返ると、顰めっ面で突っ立っているハリーがいた。

「合言葉を教えようと思ったんだけど、なかなか動かないから……」

 この時ばかりは、ハリエットもジニーの気持ちが痛いほどよく分かった。兄に恋人と一緒にいるところを見られるのは気まずいし、かといって邪魔されるのも嫌だ。空気を読んでくれてもいいのに!

 ハリエットはくるっとまたドラコに向きなおった。

「じゃあね、ドラコ。気をつけて」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」

 ドラコを見送った後は、ハリエットはハリーも見もせずに肖像画の前に立った。気恥ずかしいやら、腹が立つやらで「合言葉は?」とツンケンしてハリーに尋ねた。