■回想

02:芽吹く疑念


 リリーとの初デートから戻ってきたジェームズはホグワーツ生活の中で一番浮かれていたと言っても過言ではない。

「夢のような一日だったなあ! まずリリーの服装が可愛かった。スカートを履いてきてくれたんだ! いつもはジーンズが多いのに! 髪型も可愛かったなあ。それにメイクもしてくれてたみたいだし。道中もすごく話が盛り上がったんだ。ほら、リリー、ああ見えてクィディッチが好きだろう? 途中でクィディッチ用品店に寄ろうってわざわざリリーが言ってくれたんだ。それで、僕の新しいゴーグルを選んでくれた……。一生大切にする」

 ジェームズは夢見心地でゴーグルを抱き締めた。ゴーグルをリリーか何かと勘違いしてるんじゃないかとシリウスは冷めた目で彼を見つめる。

「三本の箒でもハニーデュークスでもリリーはすごく楽しそうにしてくれてたし……。うん、今日は大成功だった!」
「リリー?」

 ピーターが地雷を踏んだ。自分たちにとっての。

 よく気づいてくれたとばかり、ジェームズはニヤリと口角を上げる。わざわざ何度も強調したくせに白々しい男だ。

「あっ――分かっちゃった?」
「うん……」
「デートの最後に言われたんだ。リリーで良いわよって。その代わりジェームズって呼んでも良いかって。あの時のリリー、可愛かったなあ!」
「おのろけで身体が溶けそうだ」

 シリウスがリーマスにぼやいた。リーマスは苦笑いを浮かべる。

「でも、本当におめでとう。僕たちも嬉しいよ。ジェームズの長年の恋が実って」
「ありがとう!」

 照れ照れっと礼を述べる彼の笑みが、またハリエットに重なる。リーマスの中でここ最近ずっと胸に抱いていた疑惑がまた顔を出してきて、半ば反射的に言葉が口をついて出てしまっていた。

「もし二人に子供ができたらどんな子に育つんだろう」
「はあ?」
「子供!? リーマス、気が早いよ!」

 そう言いつつも、ジェームズは嬉しそうだ。

「だってそうだろう? 今でこそこうしてデートするようになったけど、そもそも君たちは性格が違いすぎる……。やんちゃになるか、真面目になるか……」
「ジェームズ以上の悪戯小僧に一票」
「男の子か女の子かにも寄るんじゃない? 女の子だったら、エバンズみたいに良い子になるかも」
「良い子っていうか、生真面目な頑固者?」
「シリウス、それはリリーに対する侮辱と受け取るけど?」
「冗談だって」

 シリウスは早々に白旗を上げた。リリーに関わることでジェームズの怒りは買いたくない。怖いからというよりも、面倒だという意味で。

「でも、見た目だけならハリーとハリエットみたいになるんじゃないかな。僕、結構長い間、実は二人はジェームズとリリーの弟と妹なんじゃないかって疑ってたから」
「見た目だけなら間違いないよな」
「でも、性格だってちょっと似てる。ジェームズよりもリリーにだけど」

 そこまで言ってリーマスは真面目な顔に切り替えて居住まいを正した。

「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだい、急に?」
「君たちがもし本当に付き合うようになったら話そうと思ってたことなんだけど」

 リーマスの真面目な前置きにもジェームズはいちいち照れた。「そんな」だの「確かにもう恋人だって言えるかな?」だの、誰も返事はしないがうだうだと続けている。リーマスはこれを無視した。

「ハリーとハリエットのことなんだ。もし……もしもだよ。ジェームズとリリーがこのままうまくいって、結婚して子供ができて――その時の子供が、ハリーとハリエットだってことは考えられないかな?」

 そんなまさか、と誰かに一蹴される前にリーマスは早口で言った。

「だって、あまりにも似すぎてる! 確かにポッターはマグルによくある名字らしいけど、あんなにジェームズとリリーに似てる子たちが双子で、その上で名字がポッターだなんてできすぎた話だ」
「でも――」

 何か言おうとしたシリウスをリーマスは制止した。一旦は聞いてくれ、と。

「今改めて思うと、不自然な点は幾つもあったんだ。同じタイミングで五人も編入だなんて聞いたことがない。マグル生まれだって言うのに、やけにみんな魔法に詳しかった。ハーマイオニーやハリエットはともかく、あんまり真面目じゃなかったハリーやロンも。特にロン。初めてやるはずなのにボードゲームのルールはほとんど理解してた」
「まさか……」

 ようやくジェームズがそう言った。だが、リーマスはもう既に勢いに乗っていた。

「四人に手紙が届かないのもおかしいと思ってたんだ。ハリーたちの親戚はひどい人らしいから、ふくろうを追っ払ってるとも考えられる。でも、ロンとハーマイオニーは? リリーは子供を魔法界と関わらせたくない両親の考えじゃないかっていうけど――さすがに手紙くらいは良いんじゃないかって思わないかな?」

 ピーターが生唾を飲む音がやけに鮮明に聞こえる。

 何度送っても戻ってくる手紙。まるでそれは、四人がこの世界から忽然と消えたかのように思えて、リーマスはひどく胸騒ぎを覚えていたのだ。

「極めつけはマルフォイだ。父さんが魔法省に勤めてるから調べてもらったんだけど――ドラコ・マルフォイという人はマルフォイ家に存在しない」
「偽名じゃないのか?」
「忍びの地図では確かにドラコ・マルフォイだったよ」

 ジェームズは静かに言った。

「忍びの地図は嘘はつかない」
「そういえば、お父さんに編み物をあげるんだって、ハリエット言ってたんだよね? そしてハリエットは、ジェームズに編み物をあげてた……」

 ピーターの声にジェームズはまた重々しく頷く。確かに、そう考えればつじつまは合う。

 皆の注意を完全に引けたことを感じ、リーマスはいよいよ本腰を入れ始めた。

「不審に思い始めたのはハリーたちと喧嘩したときだ。君たちと話す機会を作るために、ロンとハーマイオニーは医務室を張ってた。僕に二人との仲を取り持ってもらうために。――でも、どうして僕が医務室にいるって分かったんだ?」
「…………」
「満月の夜は、母親のお見舞いで家に帰るって皆に言ってた。もちろん四人にもだ。なのに、どうしてあの日あの時僕が医務室にいることを知ってたんだろう? それに『大変なときにごめんなさい』――ハーマイオニーはそう言ったんだ。大変なとき? 退院してきた人に対して言う言葉じゃないよ」
「考えすぎじゃないのか? 医務室に入って行くのを見かけたとか」
「いつも医務室には朝か夜にこっそり行くんだ。それに、気を遣ってマダム・ポンフリーはいつもカーテンを引いてくれてる。なのにどうやって見かけた・・・・って言うんだ?」
「最初から四人はリーマスのことを知ってたって言うの?」

 恐る恐るピーターは言った。リーマスは「ああ」と返事をする。

「四人は未来から来たんじゃないかっていうのが、僕の考えだ。そして、ハリーとハリエットはジェームズとリリーの子供たち――」
「あり得ない」

 思いのほか冷たい声でシリウスが言い切った。

「それだけは絶対にあり得ない」
「……どうしてそう思ったのか、理由を聞いても?」
「考えなくたって分かるだろう!」

 勢いのままシリウスが立ち上がった。

「だって――あまりに荒唐無稽だ! 四人がどうやって未来から来たって? 逆転時計は魔法省で厳しく管理されてるし、時を遡る魔法だなんて聞いたことなんてない! 時を遡って、その上半年以上も過去で生活するなんて、どんなおとぎ話だ!」
「四人の年齢から考えて、二十年近く時を遡ってきたんだと思う。二十年も先のことだ、何か法令が変わっているのかもしれない」
「リーマス! いつからそんな適当なことを言えるようになった! よく考えてからものを言え!」
「考えたさ! 考えたからこうして話してるんだ! 君こそ深く考えもせずに感情だけ先走って怒鳴り散らすのは止めてくれ!」
「考えてないのはお前の方だ! 何も――何も分かってない! ハリーとハリエットの親は、二人が一歳の時に死んだんだ! だったら、ジェームズとエバンズは十年も経たないうちに死ぬって話になる!」

 ピーターはハッと驚いた顔をしたが、張本人のジェームズは顔には出さなかった。リーマスだけが真っ直ぐシリウスを見つめている。

「シリウス、君らしくないね。そういう未来になって欲しくないからあり得ないっていうのは理にかなってない。確かにそんな未来は僕だって想像もしたくない――でも、もしもそうだったら? 奇跡的にも事前に未来を知ることができたとしたら、その対策を練らないと未来を知った意味がなくなる。目を逸らし続けることはできないよ。二人のためにもね」

 シリウスはリーマスを睨み付けたが、先程までの鋭さはない。やがて糸が切れたようにベッドにまた座る。片手で顔を覆い、項垂れて言うことには。

「……ロンとハリエットは、叫びの屋敷でようやくスネイプに追い付いたと言っていた」
「それが?」
「スネイプが暴れ柳を通るのを見ていたわけじゃないのに、どうして通り方が分かったんだ? ――俺は、暴れ柳の抜け方はスネイプにしか言ってない」

 観念したようにシリウスが言った。何故だか緊張の糸が僅かに緩む。この場の皆の気持ちが完全に一致したと感じられたからだ。

「ダンブルドアの所に行こう」

 リーマスは立ち上がった。

「ダンブルドアなら全て知っているはずだ」
「教えてくれるとは限らないよ。手紙が届かないって言っても、原因は分からないって言われたじゃないか」
「今はこれだけの証拠がある。真実を明らかにするんだ」

 シリウス、ジェームズと続いて、ピーターも立ち上がった。