■回想
03:たどり着く真実
重苦しい空気の中校長室へ向かう。ガーゴイルの合言葉は、奇しくもハリーたちと合言葉当てゲームをしたときと同じものだった。ダンブルドアは、フォークスの前で一人佇んでいた。
「突然すみません」
「事前に言っておいてくれればとっておきのお茶請けの準備をしていたんじゃがのう」
「単刀直入にお聞きます」
珍しくリーマスが先陣を切る。ダンブルドアがゆっくり振り返った。
「ハリー、ハリエット、ロン、ハーマイオニー、マルフォイ――この五人は、未来から来たんですか?」
「……わしも単刀直入に答えよう」
ダンブルドアは、細く長い息を吐き出した。その青い瞳は
「そうじゃ」
四人はハッと息をのんだ。立ち直りの早かったリーマスが勢い込んで更に尋ねる。
「ハリーとハリエットは、ジェームズとリリーの子供なんですか?」
「そうじゃ」
口元を手で覆い、ジェームズがしゃがみ込んだ。これでは、きっぱり余命宣告をされたとも同義だ。気分でも悪くなったのかとリーマスが彼を介抱しようとしたとき、その肩がプルプル震えていることに気づいた。
「ジェームズ――」
「まさか!」
次の瞬間には、パッと立ち上がる。危うくリーマスはジェームズの頭に顎をぶつける所だった。
「まさか、二人が僕たちの子供だなんて! なんて贈り物だ! あの子達が、僕の子供!?」
浮かれきったとした言いようのないジェームズのはしゃぎようは、しばしの間皆を唖然とさせた。先に我に返ったのはシリウスだ。
「喜んでる場合じゃない! これでお前たちはあと十年もしないうちに死ぬことが確定したんだ!」
「でも、僕の子供だ!」
シリウスの言葉なんて耳に入っていない様子でジェームズはなおも叫ぶ。
「うわあ……うわあ! だからすごく可愛く見えたのか! 何だかね、時々とっても愛おしく思えて……ああ! きっと時を超えて僕の中の何かと共鳴してたんだろうなあ!」
「五人はどうやって未来から来たんですか?」
ジェームズのことは無視してリーマスが尋ねた。
「何か法令が変わって?」
「逆転時計じゃ」
話が長くなることを想定してダンブルドアは椅子を四つ出してきた。リーマスとピーターは腰掛けたが、シリウスは顔を顰めたまま立ったままで、ジェームズは自分の世界に入りきって一人でうろうろ部屋の中を歩き回っていた。
「ホグワーツでは、優秀な生徒に興味のある授業は全て受けさせる方針じゃ。未来では、マクゴナガル先生がハーマイオニーの優秀さを見込んで魔法省から特別な許可を得て逆転時計を借りたのじゃ」
「僕にその話は来ませんでしたが?」
浮かれているようでちゃんと話は聞いているのか、ジェームズが不満そうに尋ねた。ダンブルドアはホッホと笑う。
「君に杖を二本あげることに賛同する者はこのホグワーツにはおらなんだ。もちろんシリウス、君にも」
「俺は何も言ってません」
「そうじゃったかのう?」
「でも――危険すぎます。確かにハーマイオニーは真面目で優秀な生徒ですが、十四歳の女の子に何十年も時を遡れる逆転時計を与えるなんて――」
「もちろん、その逆転時計には制限がついておった。時を遡れるのはせいぜい数時間程度。ハーマイオニーは真面目に、誰にも言わずに授業のためだけに逆転時計を使っておったのじゃが――ある事情により、逆転時計が壊れてしまって、五人は十九年先の未来からやって来た」
「十九年……」
シリウスが呟く。逆算すれば、あと何年でジェームズとリリーが死んでしまうのかすぐに分かり苦々しい表情になる。
「逆転時計を使う際に決められている注意事項は主に二つ。過去の自分に接触しないこと、未来から来たということを悟られてはいけないこと……。わしは、逆転時計を直す間ホグワーツに滞在することを許し、しかし自分たちの身元を明かすことは固く禁じた」
「そして逆転時計が直り、三月のあの日、五人は未来へ戻ったんですね?」
「その通り。わしは始め、君たちが過去に来たことは、未来の中にすでに組み込まれていると推察した。彼らがこの時代へ来ることは必然だったのではないかと。だから、彼らが君たちの側にいることも許した。じゃが、途中で未来が枝分かれしてしまった事実に気がついた。過去で何が起こったとしても、決して五人の未来は変わらないということじゃ」
「ハリーたちは、自分の両親の命を救うこともできなかった……」
「そうじゃ」
ジェームズは静かに聞いていた。相変わらず椅子には座らず、腕を組んでじっと。
「じゃが、二人はせめてここの――君たちの未来を変えることを切望した。自分の世界の両親が死んでしまうことは諦め、君たちが生き残ることを願った。しかし、いくら枝分かれしているとは言え、未来を歪めすぎると五人が元の時代に戻れなくなる可能性があった。二人には、辛い選択をさせてしもうた」
「でも、どうしてすぐ教えてくれなかったんですか?」
シリウスが鋭く切り込む。
「その理屈では、ハリーたちが戻った後であれば教えても構わないってことになります。すぐ教えてくれていたら、もっと何か対策が練られたかもしれないのに――」
「君たちなら必ず気づくと確信しておった。そして同時に、彼らはきっと君たちに自分の力で気づいて欲しかったじゃろうとも思っておった。そして考えて欲しかったに違いない。どんなに辛い立場であったか。二人の子供だということを明かしたいのにできない。息子、娘として甘やかして欲しいのにできない。両親の命を救いたいのにできない――何も」
ダンブルドアの言葉が重くのしかかってくる。死の宣告からジェームズとリリーを救い出したいのはここにいる全員がそう思っている。だが、その気持ちを抱えながらも何もできなかった――させてもらえなかったのがハリーとハリエットなのだ。
「ここへ来たことは二人にとって辛く苦しいことでしかなかったのかもしれない。何もできない無力さと永遠の別れを経験しなければならないのだから――じゃが、二人は、どうやら違うようでのう。別れを経験しなければならないとしても、君たちに会えたことが何よりも嬉しかったようじゃ」
『みんなに出会えて良かった』
あの日ホグワーツに最後に打ち上げられたメッセージがハリエットの心からの本心だったのだろう。どんなに辛かったとしても、ここに来て、ジェームズとリリーと、シリウス、リーマス、ピーターに会えて良かったと。
「ジェームズとリリー――二人を死なせてはいけない」
ダンブルドアのその言葉を最後に四人は校長室を出た。談話室を通って寝室へ戻るとき、ジェームズはリリーと目が合い、なんとも言えない表情を浮かべた。
嬉しそうな、悲しそうな。幸せであることは間違いないのに、それを手放しで喜ぶことはできない。自分が死ぬことに実感はないが――その時はリリーも一緒なのだから。
「ハリーとハリエットが二人の子供か……」
ベッドに腰を下ろし、ピーターが呟く。
「ようやく少し実感が湧いてきた。だからハリエットはジェームズとリリーのことをあんなに応援してたんだ」
「ハリーはリリーのことも気にしてるみたいだったしな。始め、ハリーはリリーが好きなんじゃないかってジェームズが騒いでうるさかった」
「狼人間のことやアニメーガスのことはきっと僕たちから伝えられたんだろうね。ジェームズとリリーの子供だから」
「…………」
先程とは打って変わってジェームズはしんみりとしていた。リーマスが彼に話を振る。
「ジェームズ、どう思う? 僕は、君なら一番にこういうことを考えると思ってた――ハリーとハリエットが自分たちの子供だったらって」
「……僕も、思ったことはあるよ」
ジェームズはクシャッと髪をかき回した。
「あまりにも似すぎてるし、名字もポッターだし、ハリエットは僕とエバンズが一緒になって付き合うことを願ってた。どうしてここまで他人のことにって思った。その時に、もし二人が僕たちの子供だったらって……」
暴露するにはなかなかの恥ずかしい妄想だが、しかし誰一人としてからかう者はいなかった。
「でも、さすがにそれは……そんなことがあり得るのかなあって……。いや、あり得たら嬉しいとは思ってたけど」
「いつもの自信はどこにいったんだ?」
思わずリーマスは言った。
「だってさ、ハリーは良い子だ。正義感があって、友達思いで……。ハリエットだってとっても良い子だ。優しいし、素直だし、可愛いし……。そんな子達が、僕の子供で、それで、僕の奥さんも――まさか、エバンズだなんて、そんな幸せ過ぎることあって良いのかな?」
ほうっとジェームズはため息をつく。
「幸せすぎて、きっと僕死んじゃうよ……」
緩みすぎたジェームズの顔に、シリウスは今にも砂糖を吐きそうな顔になった。いや、実際に吐く真似だってして見せた。リーマスとピーターは苦笑いだけに留める。
「今からエバンズの所に行って、『ハリーとハリエットは僕たちの子供なんだ!』って言ったら喜んでくれるかな?」
「馬鹿言わないでって叩かれるのが落ちだよ」
リーマス達は笑った。ジェームズもつられてカラカラ笑うが、徐々に徐々にその笑顔は消えていく。
「……もっと二人を可愛がれば良かった」
「え?」
「もっとたくさん――話をすれば良かった」
ジェームズはくしゃりと顔を歪める。
「死にたくないなあ……。一歳だろう? きっと何の思い出もなかったはずだ。二人にそんな悲しい思いをさせたくない」
「何のために俺たちがいると思ってるんだ」
不機嫌そうにシリウスが言った。
「こういうときに頼れよ」
「そうだよ。いざとなったら、ハリーたちが一歳の間は外国で大人しく家に引きこもるっていう手もある。それだったら、誰かに殺されることも何かの事故に遭うこともなくなる」
「大丈夫だよ。まだ時間はたくさんある。一緒に考えよう!」
「……ありがとう……」
親友達の温かい言葉にジェームスははにかんだ。「じゃあエバンズに話してこようかな」なんて冗談を言う余裕までできていて、珍しく本気にしてしまったシリウスに止められている。
その光景を眺めながら、ピーターは何がおかしいのかずっと笑い続けていた。
――そうか、ハリエットは父親としてジェームズのことが好きだったんだ。
ピーターは急に心が晴れやかになった気分だった。ハリエットにはもう会えないし、今更ピーターが想いを伝えることもできないが、今まで自分がしてきた苦労や悩みが見当違いだったというのがおかしくて堪らない。
『私が同じ立場だったらって考えた。ロンやハーマイオニーを売るか、お父さん達を守るか――』
その時、ふとハリエットの声が脳裏に蘇り、ピーターは固まる。そういえば、彼女が「お父さん」と口にしたことが一度だけあった。頑なにジェームズと呼び続けていたのに、お父さんと口を滑らせてしまったのは、酩酊薬をしこたま飲んだある夜だった。
『私には、どっちも選べない! だから、皆と相談して、ダンブルドア先生に助けを求めて、何か良い方法がないか――ただそれだけをしてくれるだけで良かったの!』
アルコールにも似た成分で普段よりも少しだけ本音を引き出す酩酊薬。それを口にしてハリエットが意識ももうろうに叫んだあの言葉は、一体誰に向けたものだったんだろう――。