■繋がる未来―賢者の石―

02:十一歳の誕生日


 一週間後、ようやく双子の誕生日がやって来た。ホグワーツの手紙と同様、ハリエットはまたも珍しいくらいに早起きした。この前はリリーに怒られたばかりなので、今日ばかりはちゃんと着替えて部屋を出る。――と、これまた同じタイミングで部屋から出てきたハリーと鉢合わせする。

「お誕生日おめでとう!」

 同時に発せられたお祝いの言葉は、互いの胸をむず痒くさせた。一年に一度だけの誕生日。挨拶するタイミングはいつも一緒だった。

 パタパタと階下に降りると、ジェームズがソファに座って新聞を読んでいた。双子に気づくと顔を上げてニヤリと笑う。

「お誕生日おめでとう。ハリー、ハリエット」
「ありがとう!」
「もう十一歳か。時が経つのは早いものだ」
「本当にそうね。ついこの間まであんなに小さかったのに」

 熱々のコーヒーと冷たいミルクを持ってリリーがキッチンから出てきた。

「二人とも、十一歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
「さあさあ、今日は朝からダイアゴン横丁よ。早くお食べなさい」

 いつもよりも豪華な朝食を準備していくリリー。だが、ハリーの目は既に絨毯の上にこれでもかと並べられたプレゼントの山に釘付けだった。二山あるので、そのうちのどちらかはハリーのプレゼントなのだ。

「ハリー? プレゼントの前に朝食よ。今日はたくさん買い物するんだから、しっかり精をつけなきゃ」
「まあまあ、朝食の前に一つくらいプレゼントを開けたってバチは当たらないさ。ほうら、私からのプレゼントだ」

 ハリーとハリエットの前に二つの大きな箱が差し出された。ハリエットはパッと笑みを浮かべて一番に箱を受け取った。

「ありがとう!」

 ハリエットはワクワクした顔でプレゼントを開けた。ハリーが待ったをかける暇もないほどに――。

 目映く辺りが光ったと思ったら、パンパンッと花火の音が響き渡った。目を白黒させていると、一瞬遅れて箱の中からピューッと「ハッピーバースデー!」の文字が浮かび上がってキラキラ輝いた。文字を装飾するかのように辺りをふよふよ飛び回るのは二フラーだ。浮遊術でもかけられたのか、両手を一生懸命振り回して「ハッピーバースデー!」の文字に近づかんとするその姿は何とも愛らしい。

 やっぱり悪戯だった、とジトッとハリーが父親を見つめる反面、ハリエットは顔を輝かせた。

「きれーい! パパ、ありがとう!」
「喜んでもらえたかな?」
「とっても!」

 悪戯されたとも気づかないで、ハリエットは二フラーを撫でようと手を伸ばしたが、生憎と二フラーはリリーの方へ寄っていく。胸元につけているブローチのようなバッジに興味を持っているようだ。だが、両手に大皿を持ったリリーとしては大迷惑だ。「ちょっとジェームズ!」と非難の声を上げる。

「この子をどうにかしてちょうだい! お皿を落としそうだわ!」
「ママ、私が取るわ」

 母親を助けたかったのか、はたまた二フラーを惹きつけたかったのか――ハリエットは屈んでもらったリリーからバッジを外した。これで二フラーは自分の下に来てくれるはず――と期待の目で見るハリエットだが、相変わらず二フラーはリリーから離れないのでがっかりしてしまった。

 分かりやすい娘と相変わらずカッカしている妻。ジェームズは堪らず笑い声を上げてしまった。

「二フラーも釘付けみたいだ――君の輝く瞳にね」
「調子良いんだから……」

 結局のところ、二フラーはリリーの花びらのバレッタに興味を持っていただけだった。そのことが判明し、ハリエットは喜々としてバレッタとバッジ、二つを以てして二フラーを可愛がったし、ハリーはハリーで目を離せばすぐにプレゼントの山へと吸い寄せられる。

 ちっとも席につかない子供たちにやっとのことで朝食を食べさせれば、もう時間は九時半を過ぎている。慌てて準備をして煙突に飛び込む頃には、十時を少し過ぎたところだった。

「少し遅れたわ」
「なあに、私たちよりもパッドフットがこの日を楽しみにしてたくらいなんだ、少しくらい遅れたって構わないさ」

 シリウスとは漏れ鍋で待ち合わせしていた。キョロキョロパブの中を見回せば、彼はすぐに見つかった。

「シリウス!」

 喜色満面、ハリーはシリウスに飛びついた。長い足を組み、優雅にコーヒーを飲んでいたシリウスは、「おっと」と言いながらカップをテーブルに置いた。

「誕生日おめでとう、ハリー。いつも以上に元気だな。その様子では、ちゃんとホグワーツからの手紙は届いたな?」
「当たり前だよ! 僕たちがホグワーツに行けないわけがないよ! ね?」
「ええ!」

 ハリーはともかく、つい先日までは不安一杯の顔をしていたはずのハリエットまでもえへんと胸を張っているので、ジェームズは笑いをかみ殺した。

「ハリエットもおいで。お誕生日おめでとう」
「ありがとう」

 シリウスはぎゅうっとハリエットを抱き締めた。ジェームズとはまた違う種類の落ち着きがハリエットを包み込む。

「さあ、最初は何を買いに行く? まずは誕生日プレゼントからか?」

 まるで今日が自分の誕生日だと言わんばかりに、シリウスはウキウキしていた。ただ、それはジェームズも同じだった。

「箒は駄目だよ。私が買うんだ。父親の特権だからね」
「何を!? わたしだってハリーと約束していたんだ。箒を買うとな!」
「二人とも、一年生は箒の持ち込みは禁止よ」

 リリーが呆れて口を挟んだ。ジェームズとシリウスは同時にリリーを見る。

「そんな校則、このご時世に一体誰が守るって言うんだい?」
「誰だって破ってる、なあ?」
「うんうん、先生も見逃してくれるさ」
「先生方が見逃したとしても、私が見逃さないわ」

 元監督生兼首席のリリーが相手では、元悪戯仕掛人のジェームズとシリウスもこれ以上為す術はなかった。だが、これで諦めるシリウスではない。

「じゃあわたしはペットを飼う。ハリエットは可愛いペットが欲しいよな? ふくろうはどうだ?」

 シリウスはデレデレと顔を緩めてハリエットを見た。ハリエットが大の動物好きだというのは周知の事実だ。

「でも、私にはミモザがいるわ……」

 ハリエットはもじもじして言った。確かにふくろうも飼ってみたいが、ミモザもいるのに、我が儘は言えない。

「ふくろうがいなきゃ、手紙のやり取りが手間だぞ? 学校のふくろうは早く飛んでくれないからな。しょっちゅう寄り道するし」
「ハリーはどうだい? ふくろうは?」
「僕? うーん……」

 困ったように双子が首を捻るので、見かねてリリーがまたも口を挟んだ。

「今すぐに決めなくて良いわ。買わないといけないものはたくさんあるんだから。ゆっくり決めなさい」
「うん」

 二人はこくこくっと頷いた。ようやく話はまとまり、シリウスを入れた五人は、漏れ鍋の出口へと向かった。とはいえ、ジェームズとシリウスは魔法界の有名人でもある。ほんの数メートルパブの中を歩くだけでいろんな人に呼び止められた。

「ジェームズ、飲んでいかないのかい?」
「やあ、トム。すまないね。また今度飲みに来るよ」
「シリウス、どうしてここに? 捕り物でもあるのかい?」
「今日は子供達の入学用品を買いに休みを取っててね」
「ポッターだ! ジェームズ・ポッター……」
「サインいただけますか? うちの子供があなたのファンでして……」

 何度も足を止め、ようやくと扉が見えてきた所で、青白い顔の若い男が進み出てきた。小刻みに震えながら笑みを浮かべている。

「は、は、初めまして、ミスター・ポッター。クィリナス・クィレルです」
「ああ、あなたが! ホグワーツで、確かマグル学の教授をなさってる……」
「こ、今年から、や、闇の魔術に対するぼ、防衛術を教えることになりました。お、お会いできてど、どんなにう、嬉しいか」

 今後子供達と深く関わることになるだろう相手にリリーとシリウスも挨拶を交わした。最後はハリーとハリエットだ。

「今年からうちの子達が入学するんです。ハリーとハリエットです」
「初めまして」
「は、は、初めまして。と、とても、お二人に似てらっしゃる……」
「ありがとうございます!」

 元気よく返事をした二人に笑みを返し、クィレルは吸血鬼の本を買いに行くと言って出て行ってしまった。ジェームズは肩をすくめてシリウスを見る。

「ちょっと変わった先生だったね」
「ああなったのは最近だって聞いた。休暇中に吸血鬼に遭遇して以来人が変わったみたいになったって噂だ」
「吸血鬼か」

 ジェームズは面白そうに笑ったが、リリーに先を促され、本来の目的を思い出した。レンガのアーチを通り、ようやくとダイアゴン横丁ヘ足を踏み入れる。

「シリウス、今日はありがとう」

 歩きながら、リリーはシリウスに話しかける。

「でも、わざわざ仕事を休んだんでしょう? 大丈夫?」
「大丈夫だよ」

 なぜかシリウスの代わりにジェームズが答えた。

「闇祓い局局長が突然休暇を取れるくらいには、世界は平和だって思えばいいさ」
「でも……」
「事実、そうだろう?」
「まあな」

 シリウスは難しい顔で頷いた。

「だが、その言い方は聞き捨てならないな。この子たちに暇人だと思われる」
「暇人じゃないか」

 ことあるごとに我が家に入り浸ってるし、とジェームズが付け加えれば、烈火の如くシリウスは怒った。そんな二人が面白くて、ハリーとハリエットはきゃっきゃと笑った。

 一行は、始めにグリンゴッツに向かった。箒を買うとなると、かなりの出費がみ込まれるので、たんまりと金貨を引き出すためだ。

 丁度入り口の所で、ハグリッドとも出会った。見上げるほど大きいホグワーツの森番だ。ホグワーツの校長であるダンブルドアからの頼まれごとらしいが、どこかそわそわしている。

「ダンブルドアってホグワーツの校長でしょう? 何を頼まれたの?」

 ハリーは興味津々に尋ねた。ハグリッドはあからさまに動揺し、視線をあちらこちらに移動させる。

「ああ……まあちょっとな」
「臭うね。ハグリッド、グリンゴッツに何の用なんだい?」

 ジェームズはハシバミ色の瞳をキラリと光らせた。ハグリッドは顔を引きつらせる。

「うんにゃ……お前たちと関わると碌なことがないからな。頼むから俺のことは気にせず、さっさと行くんだ」
「わたしたちの仲だろう? 何を隠してるんだ?」

 シリウスまでもがニヤニヤしだす。リリーは呆れて首を振った。

「そうやって何でも詮索すれば良いってものじゃないでしょう。あなたたちの悪い癖よ。ハグリッド、この人たちのことは気にしないで良いわ。早く行って」
「リリー、すまねえな」

 ハグリッドは急いでグリンゴッツの中へ入っていった。あまりにも慌てていたせいか、小鬼に「七一三番の金庫へ!」と叫ぶ声がジェームズたち一行にもバッチリ聞こえていたことに気づきもしなかった。

「おい、プロングズ」

 グリンゴッツを出ると、シリウスは早速箒専門店に釘付けだった。子供達には聞こえないように囁く。

「あれを見ろ。ニンバス2000だと。今出てる箒の中じゃ、最新じゃないか?」
「そういえば一週間前に出たばかりだったね。なかなか良い値段をする」
「だが、ハリーのプレゼントには持って来いだ」
「だね」

 息ピッタリに足を止める二人に、リリーは深々とため息をつく。

「ちょっとジェームズ、シリウス!」
「リリー、一旦別行動しよう。わたしたちはちょっと用事を思い出して……」
「そうだね。リリー、今から採寸に行くんだろう? あれは時間がかかる。本屋で待ち合わせにしないかい?」

 ソワソワとした足取りで箒専門店にジリジリと後ずさる二人。リリーは長々とため息をついた。

「ああもう、分かったわよ。行ってきなさいな」
「ありがとう、リリー!」
「ハリー、ハリエット、後でまた会おう!」

 子供のように無邪気な笑みを見せて、二人はウキウキした足取りで駆けていった。リリーはまたしてもため息をついた。

「全くもう……」
「パパはどこ行っちゃったの?」
「何か買わなきゃいけないものを思い出したらしいわ」
「一緒にお買い物できないの?」
「すぐ戻ってくるわよ」
「父さんたちなら大丈夫だよ。早く行こう」

 ハリーは不安そうな妹の手を引いた。リリーは目を瞬かせる。

「あら、ハリー。どうしたの? 急に呼び方変えて」
「そ、そんなことないよ。前からそうだったよ」
「そう? ハリーの言う『前から』は午後からの話? 朝は確か、まだパパって呼んでたわよね?」

 さりげなく言ったつもりが、母には全てお見通しのようで、ハリーは顔を赤くした。もごもごと口の中で言い訳する。

「だって僕、もう十一歳だよ。いつまでもそんな風に呼べないよ」
「まあ、ハリーったらもうそんな年頃になったのね」

 リリーはハリーの頭を撫でた。ハリエットは突然大人のようなことを言いだした兄をおろおろと見つめる。

「ハリー……じゃあ、私もママって呼ぶの止めるわ」
「あら、ハリーに合わせることないのよ。好きな呼び方して大丈夫よ」
「でも、ハリーと一緒が良いの」
「もう……可愛いんだから」

 リリーに頭を撫でられ、ハリエットは嬉しいような、くすぐったいような気持ちになった。

「さあ、行きましょうか。少しだけ大人になった二人には、きっとホグワーツの制服がよく似合うわ」

 三人は、マダム・マルキンの洋装店にやって来た。ガラスの扉越しに、一人の少年が採寸台に立っているのが分かった。

「ほら、丁度中に一人男の子がいるわ。あの子も新入生かしら?」

 リリーが扉を開けようとすると、その前にハリーが立ちはだかった。

「母さんは先に本屋で教科書見てて」
「え? どうして?」

 私も待つわよ、と言うリリーに、ハリーは断固として言った。

「ううん、僕ら二人だけで行くから」
「でも……」
「大丈夫だよ!」

 頑として譲らないハリーに、ハリエットは何となく彼の心境が分かるような気がした。要は、見栄を張りたいのだ。自分たちと同じく新入生なのに、あの男の子は一人で採寸をしている。たかが採寸に、母親に付き添われていると思われたくないのだろう。

「分かったわ。じゃあ採寸が終わったら本屋に来るのよ。二人一緒に。いいわね?」
「分かった」

 リリーに手を振って見送ると、ハリーとハリエットは、一緒にマダム・マルキンの洋裁店に入った。