■繋がる未来―賢者の石―

23:迫り来る試練


 ヴォルデモートの脅威が迫ってきている中でも日々は平等に過ぎていく。学期が終わりに近づき、試験期間に入ったが、ハリーはあまり勉強に身を入れることができなかった。というのも、まるでヴォルデモートのことを警告するかのようにハリーの額がズキズキ痛んだのだ。こんなこと今までになかった。罰則の夜、ヴォルデモートに遭遇してからというもの、日に日に痛みが強くなっているように感じ、ハリーは気が気でなかった。

 何か呪いでもかけられたのではないかとは思うものの、額に傷はないし、そういう類いの話は聞いたこともない。ロンもハーマイオニーも、あんまりハリーがヴォルデモートのことを気に病むせいだからとさほど気に留めなかった。そもそも、二人は賢者の石のこともハリーほど心配していなかった。ダンブルドアはヴォルデモートが唯一恐れていた人だというし、今となっては、己を倒したジェームズのことも警戒しているはずだというのだ。

 だが、現にヴォルデモートはホグワーツの敷地にまで侵入し、ユニコーンに手をかけている。それどころか、教師の一人であるスネイプを手中に収めている……。ヴォルデモートの脅威はもう目前まで迫っているのだ。

 そうハリーが主張すると、二人はいつもこう言うのだ。

「ハリー、じゃああなたたちのお父さんに手紙で状況を伝えたらいいと思うわ。ジェームズ・ポッターならダンブルドアに直接話す伝手もあるだろうし、きっと良い対策を考えてくださるわ」
「父さんは……その、次のアイルランドとの試合に向けて忙しいし……」

 わざとらしく言い訳をすると、ロンは同情の目で頷いた。

「分かるよ。家族に減点や罰則のこと知られたくないんだろう? 僕だってそうさ。誰だって吠えメールを開きたくはないよ」

 ハリーがそれ以上何も言わないので、二人はロンの言うことが理由だと納得したようだが、ハリエットはちゃんと見抜いていた。また思春期だろう。一度こうなってしまってはハリーはてこでも動かない。ハリエットも、リリーに危ないことに首を突っ込むなと言われた矢先の出来事だったので、両親に言いたくないという点では同じで、ハリーを説得しようとは思わなかった。

 やがて短くも濃密な試験に悩殺される日々が続いたが、ようやく最後の試験が終わった時には、ハリーたち生徒は思わず歓声を上げた。

「思ってたよりずーっと優しかったわ」

 試験が終わった開放感をそのままの勢いで四人は校庭へ繰り出した。他の生徒たちも同じ心境なのだろう、わらわらと群れが続いてくる。特にウィーズリー家の双子が大はしゃぎで湖に飛び込んでいくのが見えた。

「でも、一六三七年の狼人間の行動綱領とか、熱血漢エルフリックの反乱なんか勉強する必要なかったわね。間違った山を教えちゃってごめんなさい、ハリエット」
「ううん、そんなこと。私、ハーマイオニーのおかげで魔法史は随分成績が上がったと思うわ。これで堂々とふくろうを待つことができるもの」

 ジェームズやリリーはそれほど厳しくはないので、悪い成績でも怒られることはないだろう。だが、それでも見栄というものがある。なんとも言えない顔をされるよりは、褒められた方が嬉しい。

「ね、今から答え合わせをしない? 私、魔法史の最後の設問、少し不安なの」
「せっかく試験が終わって清々してる時に答え合わせだって? 気分が悪くなるじゃないか」
「おかしいよ」
「ほら、ハリーも君がおかしいって」
「そうじゃなくて! ドラゴンの卵だよ!」

 危うくハーマイオニーを怒らせるところだったのでハリーは慌てて頭を振る。ずっと頭を悩ませていたのが、ようやく答えにたどり着けたような気がした。

「ハグリッドはドラゴンが欲しくて堪らなかった。でも、いきなり見ず知らずの人間がたまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるわけがない。法律で禁止されてるのに! 話がうますぎるんだ。もしその相手が最初からハグリッドと話をするのが目的だったとしたら――」

 ハリーの予想は当たっていた。ハグリッドから話を聞くに、賭けの最中、どうやら根掘り葉掘りホグワーツのことを聞かれ、あまつさえフラッフィーの宥め方もポロッと零してしまったという。

「ダンブルドアの所に行かなくちゃ」

 ハグリッドの小屋を出ると、ハリーたちは急いで城へ向かった。

「ハグリッドの賭けの相手は、スネイプかヴォルデモートだったんだ」
「ハリー!」

 ロンが非難するように声を上げた。

「お願いだからその名前を呼ばないでくれ……」
「ごめん。だから、とにかくハグリッドを酔っ払わせたら聞き出すのなんて簡単だったはずだよ」
「でも、信じてくれるかしら。スネイプが怪しいなんて……」

 校長室の場所を知らなかった四人は、途中で出会ったマクゴナガルに賢者の石のことを話したが、生徒が関わるような問題ではないと一蹴されてしまった。ダンブルドアは外出中だが、賢者の石は盤石の守りで固めているため、誰も盗むことはできないと聞く耳を持ってくれない。

「今夜だ」

 素直に寮に戻ったと見せかけ、四人は空き教室の中で身を潜めていた。ハリーが意志のこもった瞳で告げる。

「スネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だ。フラッフィーの宥め方は分かったし、ダンブルドアはいないし、絶好の機会だって考えてるに違いない」
「でも、私たちに何ができるって……」
「僕は今夜寮を抜け出す。スネイプよりも先に石を手に入れる」
「そんなの駄目よ、危ないわ!」

 ハリエットがハリーの腕を掴んだ。

「ハリー、お母さんにも言われたでしょう? 危ないことに首を突っ込んじゃ駄目よ。確かに石のことは心配だけど……」
「スネイプと戦うのとヴォルデモートと戦うの、どっちが危ないことだと思ってるんだ?」
「ハリー!」

 ロンが悲鳴を上げた。しかし今はもうそんなことに構っている暇はないので、ハリーはとにかく話を進める。

「あいつが全てを征服しようとしていた時、どんな有様だったか聞いてるだろう? 何人もの魔法使いが殺された。父さんがあいつを倒さなければ、魔法界は闇に染まっていたはずだ。もうそんなことがあっちゃいけない。あいつが復活するのを阻止しなくちゃ」

 やんわりハリエットの手を離し、ハリーは教室の扉を向かう。

「透明マントで行くよ。それなら仕掛け扉まで行けるはずだ」
「でも、全員入れるかな?」

 ちょっと無理をしたような、精一杯強がったような調子でロンが言った。思わずハリーが振り返る。

「全員って……君たちも行くつもりかい?」
「馬鹿言うなよ。君だけを行かせると思うのかい?」
「もちろんそんなことできないわ」

 ハーマイオニーもきっぱり言った。少し迷った後、ハリエットも頷く。

「一人で行かせるくらいなら、私も一緒に怒られるわ。でも、せめてお父さんに手紙を送らせて。賢者の石のことを伝えたいの」
「今から手紙を送っても間に合わないよ」
「それでもよ」

 もし――もしも、この場にいる全員の身に何かが起こったとして、その原因が分からないままなのは嫌だ。自分たちが何を思って仕掛け扉を突破しようとしたのか――せめてそれだけでも両親には知っておいてほしい。

「分かった。じゃあ決行は夜だ。それまでに各自準備をしなくちゃ」

 ハグリッドからもらった横笛でハリーはフラッフィーに聞かせるための曲を練習し、ハリエットは父に宛てて手紙を書き、ハーマイオニーは片っ端から本を読んで使えそうな呪文を覚え、ロンはネビルと一緒にチェスをした。

 そうしていよいよ夜がやって来た。談話室は一人、また一人と寝室へ行き、ついにはハリーたち四人とネビルだけになる。

「そろそろチェスはおしまいにしよう、ネビル。もう寝る時間だ」
「君たちは寝ないの?」
「僕たちは……アー、まだ少しやることがあるんだ。宿題がね」
「テストが終わってから宿題なんて出てないよ」

 淡々とネビルに言われ、ロンは口ごもる。ネビルは暗い顔になった。

「君たち、また外に出るつもりなんだろう?」
「ううん、違う。違うわよ。私たちも寝るつもりよ」
「分かってるんだ。君たちがずっとそわそわ落ち着きがないの。外に出ちゃ駄目だよ。またグリフィンドールの点数が減らされる……」
「これはとても大切なことなんだ。分かってくれ、ネビル」
「いいや、分からない! 僕……僕、君たちと戦う!」

 肖像画の前に急いで立ちはだかり、ネビルは拳を構えた。魔法使いなのに杖ではないとは、彼の優しさなのか、単に抜けているだけなのか。 
「本当にごめんなさい。――ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」

 ハーマイオニーが杖を振るうと、ネビルの全身が硬くなり、まるで板のように気をつけの姿勢のままその場に倒れた。ネビルは話すことすらできないまま、目だけでこわごわとこちらを見つめている。

「ごめんなさい、ネビル……」
「ネビル、こうしなくちゃならなかったんだ。理由を説明している暇がなくて」

 もう時間がない。こうしている間にも確実にスネイプは賢者の石に近づいているはず。

 四人は口々にネビルに謝ると、透明マントを被って四階を目指した。例の部屋の扉は少し開いていた。

「ほら、やっぱりだ。スネイプはもうフラッフィーを突破したに違いない」

 こっそり中を覗くと、三頭犬が唸り声を上げながらキョロキョロしている。ハリーたちの匂いを嗅ぎつけたらしい。

「ハリー、君の練習の成果を見せてやれ」

 ロンの声を合図に、ハリーが横笛を唇に当て、息を吹き込んだのだが……正直に言えば、メロディーとも言えない旋律だ。数時間くらい必死に練習していたようだが、やはり付け焼き刃ではどうにもならなかったらしい。

 しかし、フラッフィーには見事効果があった。最初の音を聞いた瞬間からとろんと眠たそうに半目になったのだ。そしてやがて唸り声が消え、ごろんとその場に横たわると、すやすや眠り始めた。

「ちなみにハリー、今の曲はなんなんだい?」
「校歌」
「なんでそれを弾こうと思ったんだ?」

 君はそんなにホグワーツが大好きだっけ? というロンのからかいを無視し、ハリーは仕掛け扉の中を覗き込む。

「何も見えないよ。真っ暗だ。階段もない……。落ちるしかないかな」
「危なくない?」

 穴に腰掛け、行く気満々のハリーにハリエットが心配そうに声をかける。

「スネイプも通ったはずなんだ。危険なことはない……だろうね。でも、もし僕の身に何か起きたらついてきたら駄目だよ。真っ直ぐふくろう小屋に行ってダンブルドアに手紙を送るんだ。いいかい?」

 ハリエットが頷くと、ハリーは笑った。

「じゃ、後で会おう。できればね……」

 あっと思った時には、もうハリーの姿はなかった。ハリーから応答があるまで気が気でなかったが、いざ聞こえてきた彼の声は思いのほか元気で拍子抜けしてしまった。

「オーケーだ! 柔らかいし、飛び降りても大丈夫だよ!」
「僕が行く」

 男らしくロンが宣言し、飛び降りていった。ハリーの後なのであまり効果はなかったが。

 ハリエット、ハーマイオニーも順に降りていき、無事に皆植物のような物の上に着地した。だが、歩き出そうとしてすぐに異変に気づく。植物のツルがヘビのように足首に絡みついてきたのだ。ハリエットはその場で転び、ハリーとロンは振りほどこうと必死にもがいた。だが、振りほどこうとすればするほどツルはますますきつく、素早く二人に巻き付いた。ハーマイオニーだけはいち早くツルから逃げ惑っていたのでまだ無事だ。

「駄目、動かないで! これ、悪魔の罠だわ!」
「なんて名前かってだけじゃなくて、対処法も教えてもらえると有り難いかな」
「黙ってて! 今思い出そうとしてるんだから!」

 ハーマイオニーは額に手を当て、必死に頭を回転させた。

「スプラウト先生はなんて言ったっけ? 暗闇と湿気を好み……」
「だったら火をつけて!」
「そうだわ……それよ……でも薪がないわ!」
「君はそれでも魔女か!」

 ロンの切なる悲鳴にハーマイオニーはハッとし、杖を取り出した。そして呪文を唱えると、その杖先からリンドウ色の炎が噴射され、ツルに直撃した。光と熱さにツルはすくみ上がり、みるみる収縮していく。

 ツルを振りほどきながらロンは息も絶え絶えに呟く。

「魔女が『薪がないわ』なんて、全く……」
「そのハーマイオニーがいなかったら私たちは今頃窒息死してたわね」
「ハーマイオニーが優秀で助かったよ」

 ふうと息を吐き、ハリーはまた歩き出した。

 次の部屋は、羽の生えた鍵が宙を無数に飛び回っていた。次の部屋へ続くだろう扉には鍵がかかっており、どうやらあの中から正しい鍵を捕まえなくてはいけないらしい。部屋には誂えたように箒が何本か転がっている。

「でも、この中からどうやって?」
「大きくて昔風の鍵を探すんだ。たぶん、取っ手と同じ銀製だ」

 ハリエットは目を凝らして探そうとするも、スイスイ素早く鍵は飛び去り、何が何だか分からない。それらしいものを見つけても、すぐに他の群れの中に飛び込んで見失ってしまうのだ。

「あれだ!」

 だが、伊達に今世紀最年少のシーカーをやっているわけではないハリーが目を細めて叫んだ。

「あの大きい奴だ……。明るいブルーの羽が片方ひん曲がってる奴」

 まるで、無理矢理鍵穴に押し込まれたかのようだ。まさにあれに違いない。一人一人がそれぞれ違う鍵を捕まえようとするより、協力して一つの鍵を追い詰める方が簡単だった。

 それに、こちらにはあのハリーがいる。グリフィンドールに勝利をもたらしたハリーが――。

 巧みな箒捌きで見事鍵を捕らえると、急いで鍵穴に突っ込んだ。ガチャリと音を立てて扉が開く。その瞬間、鍵はまた宙へ飛び去った。

「ふう。何とかここも突破できたか」
「次、開けるよ」

 ハリーの言葉に皆が頷く。固唾を呑んで見守られる中、次の部屋には大きなチェス盤が鎮座していた。チェスの駒は四人の背丈よりも大きく、薄ら寒いものを感じる。向こう側に立ち並ぶ白い駒の後ろには扉が見えた。

「先へ進むにはチェスをしなくちゃいけないんだ」
「でも、どうやって動かすの?」
「たぶん、僕たちがチェスの駒にならないといけないんだ」

 やけに落ち着いた調子でロンが黒のナイトに近づき、馬に触れた。すると、石に命が吹き込まれたように突然馬がいななき、ナイトはロンを見下ろした。

「あの……僕たち、向こうに行くにはチェスに参加しないといけませんか?」

 黒のナイトが頷いた。ロンは難しい顔で考え込む。

 この中でチェスが一番強いのは紛れもなくロンだ。黙って彼の考えがまとまるのを待つ。

「ハリー、君はビショップと代わって。ハーマイオニーはその隣でルークだ。ハリエットは……クイーンで」

 言われるがまま三人は配置につく。ロンはナイトだ。

 やがて、白駒を先手にゲームが始まった。魔法使いのチェスは、相手の駒に破壊されることで取られたことを意味する……。嫌な予感を覚えつつ、いざその瞬間はやって来た。白のクイーンが黒のナイトの前に立ちはだかり、そのまま彼を床に叩き付けたのだ。魔法使いのチェスは何度も見てきた。だが、あの光景が、もしかしたら自分たちの身にも降りかかるかもしれないのだ。ぞくりと寒気が込み上げてくる。

 その後も、着々とゲームは進んでいった。累々と負傷した黒駒が壁際に積み上げられ、それと同じくらい白駒もロンの知略により取ることができた。

「やっぱり……」

 攻防は一進一退に見えた。あまりチェスが得意でないハリエットは、だからロンが小さく呟いた言葉の意味がすぐには理解できない。

「これしか手はない……僕が取られるしか」
駄目!

 ハリーとハーマイオニーが同時に叫んだ。それに対して、ロンも同じくらい大きな声できっぱり言う。

「これがチェスなんだ! 犠牲を払わなくちゃ! 僕が一駒前進する。そうするとクイーンが僕を取る。ハリー、それで君が動けるようになるから、キングにチェックメイトをかけるんだ!」
「でも……」
「急がないとスネイプがもう石を手に入れたかもしれない。それでもいいのか?」
「…………」
「じゃあ、僕は行くよ」

 青ざめた顔でロンが前に出た。白のクイーンが飛びかかり、ロンの頭を石の腕で殴りつけた。ロンはくぐもった悲鳴を上げながら床に倒れた――ハリエットとハーマイオニーが思わず駆け寄ろうとするも、「駄目だ!」とハリーが強い声で制止する。

「ゲームを続けなくちゃ……」

 ぐっと堪えながら、ハリーは三つ左に進んだ。すると、白のキングは王冠を脱ぎ、ハリーの足下に投げ出した。――勝ったのだ。チェスの駒は左右に分かれ、前方の扉への道を開けてお辞儀をした。

「ロン!」

 駆け寄って声をかけるが、返事はない。気を失っているようだ。

「私……ロンを医務室まで運ぶわ」

 頭から血を流しているのを痛ましく見つめ、ハリエットが言う。

「前の部屋に箒があるし、それで仕掛け扉まで登れると思うの。ロンをマダム・ポンフリーに診せた後、ダンブルドア先生にも手紙を送ってみるわ」
「でも、途中には悪魔の罠もフラッフィーもいるわ。ロンを抱えながら突破するなんて無茶よ」
「でも、それでも私一人で行かなくちゃ。ハーマイオニーの知識はこの先の部屋でもきっと必要になるわ。ハリーを助けてあげて」

 立ち上がり、ハリエットはロンを背負った。同い年の異性だが、まだお互いにそこまで体格差はない。ロンの脚を引きずりながらにはなるが、何とか前の部屋までなら抱えていけるだろう。

「分かった。ロンを頼んだよ」
「ええ。……二人も、気をつけて」

 ハリーとハーマイオニーを見送った後、ハリエットもロンを抱えて歩き、箒に跨がった。意識のないロンは前に乗せてしっかり固定する。

 気絶した人を乗せて飛ぶのは予想以上に難しかった。そもそも、ハリエットはあまり飛ぶのが上手ではない。その上、まだまだ元気な悪魔の罠とフラッフィーを躱しての飛行は何度も肝が冷えた。きっとこの時だけなら、ブラッジャーを避けるのが学年で十番以内に入るくらいには上手だっただろう。

 ようやく四階の廊下に戻ってくると、ハリエットはホッと息をつき、校則違反だが、このまま箒に乗って医務室へ行こうとした。そうして階下を見下ろしたハリエットは固まる。階段の下に、あり得ない人の姿を見た。まさか……まさか!

「ハリエット! 大丈夫か? 怪我はないか!?」
「お父さん!? どうしてここに!?」

 いつも以上に髪をくしゃくしゃさせてジェームズが階段を駆け上ってきた。肩で息をしている。ここまで飛んできたのか。

「あんな手紙を読んでじっとしていられるわけがない! その子はロンか? 怪我をしているのかい?」
「ええ、医務室に連れて行くところで――」

 説明しないと。ハリーとハーマイオニーがスネイプを追い掛けてまだあの部屋にいること。次はどんな試練が待ち受けているのか予想もできないこと。もしかしたら、もうスネイプが石を手にしているかもしれないこと――。

「二人を助けて……」

 しかし、ハリエットは何一つ説明することができなかった。悪魔の罠のことや、羽の生えた鍵のこと、チェスのことだって、これからあの部屋へ向かうジェームズに分かることは全て伝えないといけない。それなのに、不安と心配で胸が一杯になり、ろくに言うこともできない。

「私に任せるんだ」

 その言葉一つで、ハリエットは全ての重責から解放され、もう大丈夫だと、何の根拠もなくそう思って力を抜いた。