■繋がる未来―秘密の部屋―
09:継承者騒ぎ
翌朝、ベッドで目を覚ましたハリエットは何が何だか分からなかった。昨日、城裏でリドルと特訓してからの記憶が全くなかったからだ。その上、談話室に下りていけば、昨夜の大事件で皆が騒いでいた。
「ハリー、怪しい人影はなかったの?」
「だから何も見なかったって」
「ミセス・ノリスを恨んでる奴なんてごまんといるぞ。もしかしたら複数人での犯行かも」
「いくら恨んでるからって、相手は猫よ。可哀想……」
寝過ぎたせいか、少し頭が痛い。
顔を顰めながら階段を下りると、ハリーがすぐに手を上げて呼んだ。
「ハリエット、昨日僕たちと別れてからすぐに寝室に行ったの?」
「え? ええ……。何かあったの?」
「ミセス・ノリスが誰かに襲われたんだ。石になって廊下にぶら下がってて」
「人の仕業なの?」
「間違いないね。壁にペンキで秘密の部屋がどうのって書かれてたんだ」
「『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ』」
凜とした声でハーマイオニーが入ってきた。
「私たちが第一発見者だったの。だからその後事情聴取を受けて……。ちょっと疑われたけど、すぐに解放されたわ」
「ちょっとどころじゃないさ。フィルチもスネイプも、僕たちがやったんだって決めつけてたよ」
危うくクィディッチを止めされるところだった、とハリーはぼやく。彼は今年もシーカー継続なので、もしそうなっていたらグリフィンドールの優勝は夢のまた夢だっただろう。
「ハリエットは大丈夫だった? 三階の廊下には近づいてないよね?」
「ええ……」
たぶん、きっと。
頭痛が酷くなってきたのでハリエットは頭を手で押さえた。ハーマイオニーに心配されたので、そのまままた一言断って寝室へ逆戻りした。そうしてしたことといえば、日記を開いてリドルに話しかけることだ。
『トム! 昨日は何があったの? 私、あなたと特訓してた時のことから記憶がなくて……』
『覚えてないのも無理はないよ。君は疲れて眠ってしまったんだ。昨日がハロウィーンで良かった。皆大広間に出払っていたから、誰にも見られずに君を部屋へ運ぶことができた』
『本当? その間に何か変なことは起こらなかった?」
『変なこと? 何かあったのかい?』
ハリエットは、談話室で見聞きしたことを日記に書き記した。
『そうか、そんなことが……』
『本当はね、私が何かしちゃったんじゃないかって不安だったの。でもトムの話を聞いて安心したわ』
時々ハリエットの記憶に謎の空白期間があること――これについて、リドルの見解は夢遊病だった。ピーターのことで精神的ストレスを感じ、身体が異常を来しているのだと。
原因が分かっても、ハリエットはまだ不安だった。マダム・ポンフリーに一度診てもらった方が良いかもしれないと思う一方、リドルはすぐに収まるだろうから心配ないと言うのだ。
個人的なことに関して、ハリエットの相談相手はリドルしかいなかった。ジェームズとは喧嘩中なので、ハリエットはリリーやシリウスにすらあまり手紙を書くことはしなかった。ジェームズには書かないのに、他の人に宛てて書いたら悲しませてしまうかもと思ったからだ。その影響もあって、ハリエットは寂しさを紛らわせる時、誕生日にもらったテディベアに話し相手をしてもらっていた。話が噛み合わないこともあるし、複雑な話をしても具体的な返答は得られない。しかし、そんな時は決まって言うのだ。
『困ったことがあったら私たちに相談してほしい――』
テディベアにではない。直接相談してほしいという意味だろう。ハリエットは少し揺れていた。夢遊病のことを相談してみようか。最近体調が良くないことを言ってみようか。
ハリエットはレターセットを取り出し、思い悩んでいた。しかし、日記に文字が浮かび上がってきたのですぐにその返事に追われる。
『その後はどうなったんだい? 校長はどういう対応を?』
『第一発見者だったハリーたちが少し疑われちゃったみたい。でも――』
「ハリエット……大丈夫?」
ノックの音と共に、躊躇いがちにハーマイオニーが声をかけきてた。
「朝食を持ってきたの。もし食べられそうだったら」
「ありがとう」
慌てて日記を閉じ、ハリエットは鞄を持って部屋を出た。
「授業は出られそう?」
「ええ。ちょっと頭が痛かっただけだから」
「無理しないでね」
談話室へ下りていくと、ハリーはまだ他の生徒に質問を受けていた。秘密の部屋について、彼らも興味津々のようだ。
「『ホグワーツの歴史』が全部貸し出されていたの」
やっとのことハリーを救出し、最初の授業へ向かっている最中、ハーマイオニーはため息交じりに言った。
「昨日の今日よ? それに、二週間先まで予約で一杯。みんな秘密の部屋の伝説について興味があるんだわ」
「結局秘密の部屋って何なの? ハーマイオニーは知ってるの?」
「それが思い出せなくて悩んでるの。トランクに入りきれなくて、私が持ってたのは家に置いて来ちゃったから……」
むむむと小難しい表情でハーマイオニーは魔法史の教室へ入っていった。何かを思い出そうと必死なようなので、しばらくは声をかけない方がいいだろうとハリエットも判断した。
だが、もう思い出すことは諦めたのか、それとも知識欲に負けてしまったのか、ハーマイオニーは驚くべき行動に出る。
「秘密の部屋について何か教えていただけませんか?」
今まさに授業をしていたビンズに対し、突然手を上げて質問を投げかけたのだ。それも、授業に関する質問ではない。秘密の部屋についてだ!
ハーマイオニーが授業を中断するようなことをするなんて。
ハリエットは驚きで一杯だったが、同時に好奇心もある。秘密の部屋が一体何なのか――皆と同じようにハリエットも気になって仕方がない。
ビンズは始め消極的だったものの、ハーマイオニーの説得もあって渋々語り始めた。
曰く、ホグワーツは、四人の創設者によって作られたという。彼らの名前にちなみ、四つの寮が名付けられたのだ。だが、次第にスリザリンと他三人との間に意見の相違が出てきた。スリザリンは、ホグワーツには選別された生徒のみが入学を許可されるべきだと考えたのである。しばらくしてスリザリンが学校を去り、この問題は終息したかに思われた。
伝説によれば、ホグワーツを去る前、スリザリンは「秘密の部屋」を造り、この学校に真の継承者が現れるときまで何人も開けられぬようにしたという。その継承者のみが秘密の部屋の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてホグワーツから魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するという。恐怖というのは、何らかの怪物だと信じられていたとビンズは締めくくった。
「だけど、一体継承者は誰なのかしら?」
教室を出てもなお、ハーマイオニーの関心は秘密の部屋についてであり、珍しいことに授業に関することは頭の隅に追いやられているようだ。
「スクイブやマグル出身の子をホグワーツから追い出したいと思っているのは……?」
「そんなの一人しかいない」
ロンがやけに断定的に言った。
「『穢れた血め――!』あいつはマグル生まれが大嫌いなんだ」
「マルフォイのことを言ってるの?」
「モチのロンさ!」
自信満々なロンだが、ハリエットはどうも釈然としない。確かに、彼は純血主義なので、マグル生まれもスクイブも嫌いかもしれない。だが、あの時は、ルシウスのこともあってわざとハーマイオニーが一番傷つく言葉を選んだように思えた。それに、彼がこの世で最も嫌っている人物は明白だ。
「マルフォイが一番憎んでるのは私たちのお父さんよ。マグル生まれも嫌いだろうけど、わざわざここまでするかしら?」
「それだよ!」
急にロンが立ち上がった。
「マルフォイは君たちのパパを恨んでる! だから継承者の濡れ衣をハリーに着せようって言うんだ! それなら、マグル生まれもハリーもハリーのパパも排除できて万々歳ってわけだ!」
「絶対それだ!」
ハリーも声を大にしてロンに同調する。
「マルフォイの家系は代々スリザリンだ。あいつもそれを自慢してる。マルフォイがスリザリンの末裔だっておかしくないよ!」
「それに、父親は例のあの人のしもべなんだ! これ以上ないってくらい証拠が揃ってる!」
「そうね。その可能性はあると思うわ」
慎重ではあるが、ハーマイオニーも概ねロンの意見に賛成らしい。
同級生を事件の犯人に当てはめることがどうしてもできず、ハリエットは戸惑ってばかりだった。そのうちにも話はとんとん拍子に進んでいく。
「でも、どうやって証明する? 犠牲者が出る前に証拠を押さえたいけど……」
「方法がないわけじゃないわ。でも、とっても難しいの。それに、学校の規則をざっと五十は破ることになるわね」
「一体どういう……?」
「私たちがスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに直接聞くのよ」
「ハーイ、マルフォイ。今日は良い天気だね。ところで継承者が誰か知ってる? ってか? スネイプを呼ばれて終わりだよ」
茶化してくるロンをハーマイオニーは睨んだ。
「誰もそのままの姿で乗り込むとは言ってないわ。ポリジュース薬を使うの」
ハリーとロンがきょとんとする。ハーマイオニーは縋るようにハリエットを見たが、ハリエットもそろり、そろりと申し訳なさそうに視線を逸らす。
「忘れたの? つい数週間前スネイプ先生が授業で話してたでしょう?」
「僕たちが真面目にあいつの話聞いてるって、本当に思ってる?」
「自分以外の誰かに変身できる薬なの」
反応することすら諦め、ハーマイオニーは続けた。
「私たちでスリザリンの誰かに変身するの。談話室でマルフォイを煽てでもしたら、きっとなんでも話してくれると思うわ」
「ちゃんと元に戻れるの? 一生スリザリンだなんて勘弁だよ」
「しばらくしたら効き目は切れるわ。材料を手に入れる方が難しいのよ。『最も強力な薬』という本に手順と材料が書いてあるそうだけど、たぶん図書室の禁書の棚にあるはずだわ」
禁書の棚は生徒は閲覧禁止だ。持ち出すには、教師のサイン入りの許可証を提出しなけれはならない。
「読みたいってだけでサインをくれる先生なんているかな?」
「理論的な興味だけなんだって思い込ませれば、もしかしたらうまくいくかも……」
「そんなのに騙されるとしたらよっぽど鈍い先生だぜ」
きっと、ハリーもロンもハリエットも、三人とも同じ人物を思い浮かべていただろう。ただ一人、ハーマイオニーだけが真剣な表情で適当な人物を悩み続けていた。
*****
ロックハートの授業が終わると、ハリーたち四人はすぐさま教科書を鞄にしまい始めた。
「もう行く?」
「みんないなくなるまで待ちましょう」
「あっ」
突然ハリーが声を上げたので皆はびっくりして彼を見た。神経を尖らせていたのでなおのことだ。
「どうしたの?」
「僕の教科書が綺麗になってる……」
ハーマイオニーがわざとらしく咳払いをした。ハリーはジトリと彼女に目を向ける。
「君の仕業?」
「お礼はいらないわ。私たち、今からロックハート先生に頼み事をしにいくのよ。教科書が汚いままじゃいけないでしょう?」
ハリーはもはや何も言えず、肩をすくめてロンと目配せしていた。
ようやく他の生徒が全員教室を出て行くと、ハーマイオニーを先頭にロックハートの元へ向かった。
「あの――ロックハート先生? 私、図書室から借りたい本があって……参考に読むだけなんです」
ハーマイオニーが差し出した紙をロックハートがにこやかに受け取った。
「勤勉で良いことだね」
「ただ、これは禁書にある本で……どなたか先生にサインをいただかないといけないんです。先生の『グールお化けとのクールな散策』に出てくる、ゆっくり効く毒薬を理解するのにきっと役に立つと思うんです」
「ああ! 私の一番のお気に入りの本と言えるかもしれない。面白かった?」
「はい!」
作者とファンにしか分からない言葉で複雑なやり取りが交わされる。ハリーもロンも、二人の話を聞くよりも天井の染みを数える方が有意義だとでも思っているようにずっと上の方を見ていた。
そして肝心のサインについてだが――ロックハートは、ハーマイオニーと話しながら、そのついでとばかり流れるようにサインしてくれた。何の本を借りるのか、全く見もせずに枠から大きくはみ出しながらのサインだ。ハーマイオニーはそれを恍惚とした表情で受け取る。
「ありがとうございます、先生!」
「それ、君のじゃないからね」
念のためにロンが釘を刺しておく。ハーマイオニーに聞こえていたかどうかは定かではないが、とにかくサインは手に入った。
四人は早速図書室で禁書の一つ『最も強力な薬』を手に入れ、ポリジュース薬調合のためのの第一段階を無事終えたのだ。