■繋がる未来―秘密の部屋―

10:罠再び


 いよいよグリフィンドール対スリザリン、クィディッチ対抗試合の日がやって来た。ハリエットが起床する頃にはもうハリーも他の選手たちも朝食を食べ終えたようで、談話室にも大広間にもその姿はない。

 慌ててロンたちと共に更衣室へ向かうと、ちょうどそこで激励を受けているハリーの姿があった。

「幸運を祈るわ」
「頑張って!」
「ありがとう」

 微笑みながら握手をするハリーは、やはり緊張しているように見えた。そんな彼にそろそろ近づくのはコリンだ。

「ハリー、頑張ってね」
「ああ、うん。ありがとう」

 ハリーから返事をもらえて嬉しそうな顔をするコリン。だが、彼を見て何か違和感を持ったハリエットはじっとコリンを見ていたが――すぐにハッと思い当たった。

「コリン、カメラはどうしたの?」

 コリンと言えばカメラ。カメラと言えばコリン。その彼がカメラを持っていないなんて――しかも今日はグリフィンドールの試合だ――スネイプがハリーを減点するのを忘れたと同じくらい珍しいことだ。

「ああ……寮にあるんだ」
「撮らないの?」

 思い当たることがあったのか、ハリーが気まずそうに声をかけた。

「もしかして僕が言ったこと気にしてる? ロンの時の……。ごめん、少しきつかったかも」
「ううん、ハリーが正しかった。僕の方こそごめん」

 ロンの杖が逆噴射した時のことだろうとハリエットもようやく合点がいった。当事者であるロンは、あの時はナメクジのことで頭が一杯だったらしく、何が何だか分からない様子だ。

「君さえ良かったら、今日の試合、写真撮ってくれると嬉しいな。あとで皆で見たいんだ」
「いいの?」
「もちろん。でも、僕はあんまり目立つのが好きじゃないから、普段の個人的な写真は無しにしてくれると嬉しいけど……」
「うん!」

 パアッと笑みを浮かべてコリンは駆け出した。

「ハリエットもほどほどにね」
「ええ……」

 今日も今日とて万眼鏡を準備していたハリエットは、兄から釘を刺され、控えめに頷いた。

 このやり取りで、ハリーも肩の力を抜くことができたようだ。リラックスした様子で更衣室へ入っていった。

 その後観客席へ向かった三人は、一番上の見晴らしが良い席を確保した。他の寮生もやがてぞろぞろやって来て、観客席の熱気は更に高まる。とはいえ、あまりクィディッチ日和とは言えない空模様だ。どんよりと曇った空からは、パラパラと雨が降り始めており、もしかしたら更に天気が悪くなるかもしれない。

 ついに試合が始まったのは、それからしばらくしてからだった。ハリエットもフラッグを掲げて精一杯応援した。 
 クアッフルの飛び交う競技場から更に上空では、二人のシーカーがスニッチを探している――と思いきや、スリザリンのシーカー、ドラコはほとんど気もそぞろで、ハリーに喧嘩を売ってばかりに見えた。だが、ハリーは相手にもせずに静かにスニッチを探している。とその時、ハリーめがけてブラッジャーが突進してきた。間一髪ハリーは躱すことができたが、ハリエットは驚きのあまり盛大に万眼鏡を揺らしてしまった。開始早々こんな状態では先が思いやられる……。

「危なかったな、ハリー」

 すれ違いざま、棍棒片手にジョージが声をかけた。そしてエイドリアン・ピュシーめがけて強烈にブラッジャーを打ち返したのだが――その途中でブラッジャーは突然向きを変え、再びハリーめがけて突っ込んできたのだ。

 慌ててジョージが飛んできて、またブラッジャーをドラコ向けて叩いたが、今度もまたハリーへ方向転換してきた。

「一体どういうこと!?」

 ハーマイオニーが乱暴に声を上げた。

「ブラッジャーが一人だけを狙うなんて今までになかったわ!」
「どうしてこうも問題ばかり起こるの?」
「誰かがブラッジャーに細工したんだ!」

 シーカーを潰されたら勝ち目はなくなる。

 フレッドとジョージがハリーを守るために常に近くを飛ぶようにしていたが、そうしている間にもスリザリンは着々と点数を入れていく。グリフィンドールはタイムアウトを要求する他なかった。次第に雨粒が大きくなっていく中、彼らは真剣な表情で話し合う。

 てっきり、ハリエットはマダム・フーチに調査を依頼するのだと思っていた。明らかにブラッジャーの挙動がおかしいし、このままではグリフィンドールは大敗の上、ハリーが大怪我を負うという最悪の結末になってしまう!

 だが、驚いたことに、試合はそのまま再開。皆は何事もなかったかのようにまた飛び上がったのだ。それに、フレッドとジョージは元の位置に戻り、他の選手をブラッジャーから守るという戦法になったようだ。ハリーはブラッジャーを避けながらスニッチを探さなくてはならないのだ。

「危険すぎるわ。どうして抗議しないの?」
「没収試合になるからだよ。ブラッジャーのせいでスリザリンに負けてられないんだ!」
「ハリーの命がかかってるのよ!」

 ハリエットもクィディッチは好きだし、グリフィンドールに優勝してほしい。だが、ハリーの命と天秤にかけるようなことは絶対にしない。ただ……そういう所は、男の子と女の子の違いなのかもしれない。危険を承知の上で、それでもやらなければならない時が男の子にはある――のかもしれない。ジェームズやシリウスならきっとそう言ってハリーを応援しそうだ。

 ハリエットもここはぐっと我慢をして兄を見守った。だが、それでも不安なものは不安だ。

 ブラッジャーを避けるため、ハリーは旋回したり、ジグザグに動いたり、かと思えば箒からぶら下がったり、くるくる回ったり……。まるでマグルのサーカス団のようではあるが、実際紙一重でハリーはブラッジャーを躱しているので、ハリエットは気が気でない。

 好機とばかり、ドラコもハリーに近づいて煽っている。そんなことをするくらいならスニッチを探せばいいのに――と思った瞬間、ハリエットは息をのんだ。

 ついにブラッジャーがハリーを捕らえたのだ。ドラコの煽りに気が散ったのか何なのか、制止していたのを狙われたのだ。ハリーは肘を強打し、かろうじて箒に捕まったまま急降下を始めた。観客席のあちこちから悲鳴が上がる。

 ハリーの箒はブラッジャーごと真っ直ぐドラコに向かっていた。襲われると思ったのか、ドラコはすぐに逃げたが、それで良かった――ドラコのすぐ頭の上にいたスニッチを、ハリーは折れていない方の腕でしかと掴んだからだ。

「やった!」
「ハリー! 君って奴は!」
「でも――ああっ!」

 スニッチを掴んだはいいものの、ハリーの体力は限界だったようで、そのまま彼は地面に突っ込み、箒から転がり落ちた。

「なんてこと!」

 三人はすぐさま立ち上がり、ピッチへ向かった。ハリーの方を気にしながらも、それでもロンは興奮冷めやらない。

「ハリー、スニッチに気がついたからわざと落下を装ってマルフォイの近くまで行ったんだぜ! もしかしたらブラッジャーに当たったのだって計画的だったかもしれない……」
「馬鹿言わないで。勝つためにそこまでやる?」

 つい先ほどまで大声でハリーを応援していたとは思えない冷静さでハーマイオニーが言った。ハリエットもハーマイオニーに同意だ。嬉しさと心配とがない交ぜになって浮き足立っている。

「もうやだ。どうして毎回毎回……。本当に心臓が持たないわ」

 もう少しクィディッチも安全な競技になってほしいものだが、それはそれでこんなのクィディッチじゃないと男の子が騒ぎ出すのだろう。ハリエットはため息をついた。

 ピッチでは、グリフィンドールの選手がハリーを心配そうに囲んでいた。だが、なぜかそこにロックハートもいる。あの派手なマントは見紛うことはない。マダム・フーチは分かるが、彼がなぜ。

「また何かやらかすつもりじゃないだろうな!」
「ロン! 失礼なこと言わないで!」

 ロンとハーマイオニーが駆け出したのは同時だった。ハリエットも慌ててその後をついていく。

 ピッチへ降り立つと、ハリーを囲むグリフィンドール生と、その少し離れた場所で暴れるブラッジャーを何とか箱に戻そうと躍起になっているフレッド、ジョージの姿が見えた。

 あのブラッジャーはまだハリーを襲うつもりだろうか? 本当にたちが悪い。

 ジトリと睨むようにブラッジャーを見ていたハリエット。だが、不意に二人の手を掻い潜ってブラッジャーが浮かび上がったのを見て目を丸くした。ブラッジャーが向かっているのは――私!?
 反射的に飛びのいたハリエットは、そのまま腰を抜かした。今まさに自分がいた場所にブラッジャーが体当たりを仕掛け、地面が無残にも抉れたのだ。

 もし避けていなかったらと思うと血の気が引く。だが、うかうかしていられない。ブラッジャーは未だにハリエットを狙っているからだ。

「逃げて!」

 ハーマイオニーの声が聞こえてきたが、残念ながらハリエットはあまり運動神経が良いとは言えない。第一陣を避けることができたのはただのまぐれで、尻餅をついたハリエットはただの当てやすい標的でしかない。

「ハリエット!!」

 周囲の悲鳴と共に、ハリエットの腕に激痛が走った。骨が折れたような音が聞こえたのはきっと気のせいではない。燃えるように熱い腕がそれを物語っている。あまりの激痛にハリエットは年甲斐もなくボロボロ涙を流してしまった。

「フレッド、ジョージ!」
「捕まえた!」

 ウッドの声に返事をしながら、双子は箱を乱暴に閉めた。まだ落ち着きがない様子のブラッジャーだが、これならもう悪さはできまい。

「ハリエット……」

 涙の止まらないハリエットの背をハーマイオニーは優しく撫でた。そんな二人に近づく者が一人。

「可哀想に。私が――」

 歩み寄るロックハートの前にフレッドとジョージがさっと立ちはだかった。ロンも睨んで威圧している。何とかしてハリエットの元に行こうと右往左往しているが、最後の砦はハリーだ。

「先生、妹はマダム・ポンフリーに診ていただきます。いいですね?」
「ええ……ええ、そうですね。そうした方がよいでしょう。校医として、彼女も立場というものがありますから」

 剣呑とした表情にはさすがのロックハートも気圧される。ロックハートは愛想笑いを浮かべながら観覧席へ戻った。

 それから、ハリーとハリエットは仲良く医務室送りになった。試合は勝ったが、こんな状態では嬉しいものも嬉しくはない。

「ねえ、ハリー? あなたのその腕はどうしたの? かなり重傷に見えるわ。骨が折れただけじゃないの?」

 まるで支える力がないかのようにダランとしているハリーの腕。思わずハリエットが尋ねると、ハリーは力なく笑った。

「ロックハートだよ。治療するって杖を向けた挙げ句、骨を抜き取ったんだ」
「抜き取った――!?」
「ほら、言っただろ?」

 ロンがハーマイオニーに目配せした。ハーマイオニーはごにょごにょと小さな声で反論する。

「ロックハート先生も気が動転していたのよ。早くハリーをどうにかしてあげたくて――もしかしたら、骨を無くした方が苦痛がなくなるかもと思ったのかも――」
「骨の再生までやってくださったら良かったんですがね」

 ロンの嫌味には、ハーマイオニーは窓の外に興味がある振りをして返事を濁した。

 医務室につくと、マダム・ポンフリーは早々にロンとハーマイオニーを寮へ帰らせた。二人の足はドロドロだったし、医務室を汚されることを懸念してだ。実際、ハリーもハリエットも、険しい表情をした彼女に魔法で身体を綺麗にさせられていた。

 そしてやがて始まる治療だが――ハリエットは本当にすぐ終わった。ロックハートの介入がなければ、ハリーもハリエットと一緒に退院し、皆と共に打ち上げに参加できただろうに、心から気の毒だ。

 情けない顔で骨生え薬の「スケレ・グロ」を飲むハリーに手を振り、医務室を出ると、もう外は真っ暗だった。早速打ち上げに参加しようとハリエットが足を早めると、階段の所で誰かが立っているのが見えた。話している――いや、というより一方的に怒鳴りつけているといったところか。

「頭の上にあるスニッチに気付かないシーカーがどこにいる!? ポッターに気を取られてなんてザマだ!」

 フリントは箒を地面に叩き付けた。

 それを見て、ハリエットは自分が怒られたかのように肩を揺らした。フリントが怒りたくなる気持ちも分かる。だが、その箒は――その箒は。

「お前をチームに入れたこと、後悔させるなよ」

 怒り心頭のままフリントは去って行く。

 曲がり角から顔を覗かせると、ドラコが立ち尽くしているのが見えた。こちらに背を向けているので表情は分からない。が、微動だにせず僅かに俯き、その視線の先にあるだろう箒を目にし、ハリエットは胸が締め付けられるのを感じた。

 ――声をかけてはいけない気がする。きっとそっとしておいた方がいい。

 そう思う一方で、あの箒をドラコに拾わせたくないとも思う。そんなこと彼にさせてはいけない。

 そろそろと角から出ると、ハリエットは屈んで箒を拾った。大雨のせいで箒もドロドロだ。せめて柄の部分だけでもとハンカチで泥を拭き取る。

 目を伏せたまま箒を差し出したが、ドラコは受け取らなかった。胸元に押しつけるようにして手渡すと、彼は反射的に受け取った。それ以上この場にいるのはいたたまれず、逃げるようにハリエットはその場を後にした。