■繋がる未来―秘密の部屋―

11:調合開始


 ロックハートに骨を抜かれ、すっかり落ち込んでいたハリーを元気づけるため、ハリエットたち三人は翌日、朝から医務室へ向かっていた。すると、奧からマクゴナガルとフリットウィックが歩いてくるのが見え、つい反射的に――一番に動いたのはロンだ――空いていた教室に隠れた。

「すると、今度はコリン・クリービーが?」
「ええ、はい。ポッターのお見舞いに行こうとしていたところを襲われたようです」
「なんという……。命に別状がなくて幸いですが、マンドレイク回復薬で早く助けてあげなければ」

 去って行く二人を見送り、三人は顔を見合わせた。

「また被害者が出たんだ!」
「こうしちゃいられないわ。私たち、すぐにでもポリジュース薬に取りかからなきゃ!」

 くるりと踵を返し、三人は女子トイレへ向かった。ハリーのお見舞いはまた今度だ。

 狭い個室にぎゅうぎゅう詰めになりながらポリジュース薬の調合が始まった。とはいえ、ハリエットとロンにできることはあまりない。せいぜいハーマイオニーの望む材料を切ったり量ったりするくらいだ。それすらも雑になってしまうロンにハーマイオニーはついに「そこで見てて」と言い渡してしまった。

 ふて腐れたロンの仲間は思いのほか早く到着した。すっかり腕が元通りになったハリーだ。

「探したよ。こんな所にいたんだね。聞いてよ、コリンが――」
「ええ、知ってるわ。マクゴナガル先生たちが話してるのを聞いたの。それで私たち、先にポリジュース薬に取りかかるべきだと思ったの」
「何か手伝う?」
「大丈夫よ」

 ロンと同じくハリーも手伝い不要を言い渡され、二人は個室から抜け出して手洗い台に寄りかかった。

「腕の調子はどう?」
「まあまあ。薬を飲んだ時の方がひどかった」
「ご愁傷様。コリンは今医務室に?」
「うん。カメラを覗き込んだまま石になってたよ」
「マルフォイの奴、クィディッチの試合の後、腹いせにコリンをやったんだと思うな」

 何気なく言うロンに、ハリエットは悲しい気持ちがこみ上げてきた。あの時、ドラコの気分が最低だったのは確かだろう。しかし、落ち込んでいるあんな時に誰かを害しようなどと思うだろうか。

 ルシウスからプレゼントされたという箒のことも、フリントに怒られていたこともハリエットは言えなかった。きっとドラコは嫌がるだろうと思ったからだ。

「そういえば、僕たちの身に起こる不幸な出来事の犯人が分かったよ」
「不幸なって、九と四分の三番線が閉じたり?」
「ブラッジャーが僕やハリエットを狙ったり。けしかけたのは全部ドビーだったんだ。ほら、学期が始まる前にしもべ妖精が警告に来たって話しただろう? ドビーは今年秘密の部屋が開けられることを知ってたんだ。だから大怪我をさせて帰らせようとしたみたい」
「大怪我どころか、死ぬかもしれなかったのよ」

 ハリエットはともかく、ハリーは箒に乗っていたのだ。そのまま地面に激突して永眠ということも充分にあり得た。

 ハリエットはまだ少々立腹していたが、直接話したせいか、ハリーは落ち着いていた。

「でも、なんでそこまでして君たちを……」
「ドビーは父さんに感謝してるんだ。ヴォル――」

 ロンの顔色がサッと変わったのを見て、ハリーは声量を落とした。

「例のあの人を倒したから。だからその子供の僕たちには危険な目に遭ってほしくないって、ご親切にも壁を塞いだり、ブラッジャーで襲わせたりしたみたい」
「でも君たちはマグル生まれじゃないよ。どうして危ないって思ったの?」
「分からない。ドビーは何にも教えてくれなかった。教えることができなかったんだ」

 自分にお仕置き・・・・することになってもハリーたちに警告しに来てくれる――その気持ちは大変嬉しいが、何が何だかさっぱり分からないし、退学になりかけるし、死にそうにはなるしで、実際ドビー自身がホグワーツの罠になりかけている。

「それよりも、今問題なのは薬に必要な材料よ。ある程度は出来上がったけど、やっぱりいくつか足りないものがあるの。スネイプ先生の気を逸しているうちに、誰か一人が研究室に忍び込んで盗む必要があるわ」

 スネイプに捕まれば退学になる未来しか見えない。

 一様に不安そうな顔をするハリーとロンに、ハーマイオニーは静かに告げた。

「私が実行犯になるわ。あなたたちは今度問題を起こせば退学になっちゃうもの。私には前科がないし、あなたたちは一騒ぎ起こして先生を五分くらい足止めしてくれればそれで」
「それは私がやるわ」
「ハリエットが?」

 意外や意外、という顔で三人はハリエットを見た。

「一騒ぎの程度によるかもしれないけど、スネイプ先生ならハリーを退学にするチャンスを逃さないと思うの」
「でも……大丈夫?」

 ハーマイオニーのようにしっかりしていないから心配なのだろうか。

 ハリエットは少しでもしっかり者に見えるように大きく頷いた。

「大丈夫! ちゃんとやってみせるわ!」

 そう力強く宣言したハリエット。

 しかし、いざ実行の時がやって来ると、心臓がバクバクで落ち着かなかった。悪戯をするのは、よりにもよってスネイプの授業なのだ……。もしバレてしまえば、減点どころか罰則――それも、考え得る最悪の罰則が一ヶ月も続くに違いない。

 恐怖と緊張のあまりハリエットの頭は真っ白になっており、授業なんて一欠片も覚えていなかった。唯一記憶があるのは、ハリーから小突かれた時だ。

「ほら、ハーマイオニーから合図だ! やって!」

 ハリエットはもたもたとフィリバスターの長々花火を取り出し、杖でつついた。花火はパチパチと音を立て始めた。あと数秒しかない。

「ゴイルだ! ゴイルゴイル!」

 まるでそういう鳴き声かのように早口でロンが言う。ハリエットは立ち上がると、狙いを定めて花火をゴイルの大鍋に投げ入れた。

 瞬間、ゴイルの薬が爆発し、クラス中に雨のように降りそそいだ。「膨れ薬」の飛沫だったために、特に被害の大きかったスリザリン生は、顔や身体のどこかしらを風船のように膨らませている。

「静まれ! 薬を浴びた者は『ぺしゃんこ薬』をやるからここへ来い」

 思っていた以上に大惨事になってしまったので、申し訳なくて申し訳なくて、ハリエットは真っ青な顔でぷるぷる震えていた。ハリーとロンは、ハーマイオニーが戻ってくるのをヤキモキしながら眺めていたが、やがて素知らぬ顔でまた教室へ滑り込んできた彼女を見て喜びの声を上げていた。

 皆が解毒剤を飲み、症状が治まった時、スネイプはゴイルの大鍋の底を浚い、花火の燃えかすをすくいあげた。教室がしんと静まりかえる。

「これを投げ入れた者が誰か分かった暁には」

 スネイプの鋭い視線が教室の中をゆっくり巡る。

「我輩が間違いなくそやつを退学にさせてやる」

 今にも死んでしまいそうな顔色のハリエットのところでスネイプの視線が止まる。ハリエットはもう気が気でない。ただ、ハリエットは最近いつも顔色が悪いので、どうかこれもその類いに見えますようにと必死に祈る他なかった。スネイプのねっとりした視線が怖くてたまらない。

 幸か不幸か、スネイプはハリーを犯人だと考えているらしかった。そして兄のしたことに気付いたハリエットが怯えている、と解釈し、それから終業ベルが鳴る十分間、ことあるごとにハリーを睨みつけ、少しでも尻尾を出さないかと念入りに観察していた。

 だが、実行犯はハリエットであるので、ハリーはとても涼しい顔をしながら授業をやり過ごした。授業が終わった後も、慌ただしく教室を出て行くハリエットの時間稼ぎのために、スネイプの注意を引きつけながらわざとらしいほどゆっくり片付けをするくらいには余裕たっぷりだった。

 脱兎の如く、次の授業――闇の魔術に対する防衛術の教室に駆け込んできたハリエットは、一番後ろの席で突っ伏した。バクバクと心臓がうるさい。一人、また一人と教室内に生徒がは言ってくるたびにハリエットはビクビクしていた。しばらくしてようやくハリーたちもやって来る。

「ハリエット、大成功だよ!」
「スネイプのあの顔見たかい? 完全にハリーが犯人だって決めつけてたよ!」
「悪戯に時効があるのなら、ハリエットが犯人だってバラしてやりたいよね」
「冗談でもそういうこと言わないで……」

 今だって、ハリエットは今にも教室にスネイプが駆け込んでくるのではないかと気が気でないのだ。兄たちの軽口には付き合えない。

「でも、これで薬は何とかできそうだわ」
「いつ頃できるの?」
「クリスマスあたりかしら。でも、マルフォイもクリスマスはホグワーツに残るそうだし、ちょうど良かったわ」
「マルフォイと過ごすホグワーツのクリスマス……なんて楽しみなんだ」

 ため息交じりに呟き、ハリーは教科書を取り出した。それを目にしてハリエットはあっと目を丸くした。表紙のロックハートに悪戯書きがされている。ハーマイオニーに綺麗にされたことがよっぽど気にくわなかったのか、まるで子供のような悪戯にハリエットも呆れてしまう。

 ただ、ロックハートに全く似合わない髭を見ていると、ようやく日常に戻ってきたような気がしてハリエットは長々と安堵の息を吐き出した。

 そのうち、ハリーは流れで羊皮紙も取り出した。なんとなくハリエットはピンとくる。

「家に手紙を書くの?」
「うん。クリスマスは帰れないって言わなきゃ」
「私も一緒にそう書いてね。ロンとハーマイオニーが残るから一緒に残りたいんだって、絶対そう書いてね」

 面倒な注文をつける妹をジトリと見、しかし文句を言うのも面倒なのでハリーはそぞろに頷いて承諾する。

 少しして出来上がった手紙を満足げに眺めていたハリーだが、しかし少し悩み、心を決めるとペンを取る。

『追伸 父さんへ。面倒なので早くハリエットと仲直りしてください。僕をふくろう扱いしないで!』

 積もり積もった鬱憤も込めて書きなぐると、手紙に封をして鞄にしまった。

 翌日、ヘドウィグから手紙を受け取ったジェームズが「手紙で仲直りできるのなら苦労しない!」と叫んでいたとかいなかったとか。