■繋がる未来―秘密の部屋―

12:決闘クラブ


 それから一週間後の夜八時、ハリーたち四人は、もう食事は終えたにも関わらず、再度大広間へ向かっていた。なんでも実践形式の「決闘クラブ」をやるらしいのだ。珍しく大乗り気のハリエットに引きずられる形でハリーたちもついて来ていた。

「まさかハリエットが興味を持つとは思わなかったよ。激しいのは嫌いでしょ?」
「嫌い……だけど、でも、人生何が起こるか分からないもの。身を守る術は覚えておかないと」

 ピーターのことかとハリーは思い至るが、返す言葉が分からずそのまま曖昧に相槌を打った。

 大広間につくと、中は既に生徒でごった返していた。テーブルは全て取り払われ、代わりに金色の舞台が置かれている。

 もっぱら、話題の中心は誰がクラブの指揮を執るのかということ。かつてフリットウィックが決闘チャンピオンだったことで有力候補に挙がった時、きらびやかなローブを身に纏ったロックハートが登場した。

 歓声よりも落胆の声の方が大きかった。だが、ロックハートには後者は聞こえていないようで、「静粛に」とにこやかに手を振って呼びかけた。

「ダンブルドア校長先生から私が決闘クラブを始める許可をいただきました。私の本に書かれたような出来事に万一にも遭遇した時、みなさんがしっかりと対処ができるようにです。しかし、さすがの私もこの人数を一人で捌くことは不可能。特別に助手のスネイプ先生をお呼びしました」

 不機嫌極まりない表情を貼り付けたスネイプが舞台に登場した。ロックハートとスネイプ。ハリーにとっては最悪の組み合わせだ。

「まずは皆さんに模範演技を見せようと思います。しかし、不安に思うことはありません。私が彼と手合わせした後でも、皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在しますよ」
「相討ちになってくれればなあ」

 心からロンが呟く。だが、そうはならないことは容易に想像がつく。スネイプがハリーを前にするかのような歪んだ笑みを浮かべているからだ。

 二人は向き合って礼をした。

「一、ニ、三――」
「エクスペリアームス!」

 いの一番に杖を振り上げ、叫んだのはスネイプだ。眩い閃光が走ったかと思うと、ロックハートは舞台を吹っ飛び壁に衝突した。スリザリン生は歓声をあげたが、ハーマイオニーら彼のファンは悲痛な表情で嘆き悲しんだ。

 ロックハートはよろよろ立ち上がると、すぐに乱れた格好を整えた。

「さあ、皆さん分かりましたか? これが武装解除の術です。――スネイプ先生、模範としてこの術を見せようとしたのは確かに素晴らしい考えです。しかし遠慮なく申し上げますと、先生がこの術を使おうとなさっているのはあまりにも見え透いていました。止めようと思えば止められましたが、しかしそれでは模範演技にはなりませんからね」

 これこそ見え透いた強がりだが、スネイプは言い返しはせず、しかし殺気立った顔でロックハートを睨めつけている。

「模範演技はこれで充分! 皆さんにはこれから二人組を作ってもらいます。スネイプ先生、お手伝い願えますか?」

 ロックハートとスネイプは生徒の群れへ割って入り、二人ずつ組みを作ろうとした。何が狙いか、スネイプは最初にハリーへ近寄ってきた。

「悲しいかな、仲良し四人組にも別れが来たようだ。ウィーズリー、君は――」

 スネイプはロンの折れた杖をジロジロ見た後、眉をひそめた。

「フィネガンとだ。ポッターはマルフォイと組みたまえ」

 スネイプの声にドラコが歩いてきた。好戦的な目でやる気は満々だ。

「ミス・グレンジャー、君はミス・ブルストロードと、ミス・ポッターはミス・パーキンソンと組みたまえ」

 やけに得意げな顔でパンジーがやって来た。ハリエットは軽く会釈した。

「よろしくね」
「ずいぶん能天気ね。今から決闘するのに」
「相手と向き直って! そして礼!」

 ロックハートの声にハリエットはまた頭を下げた。だが、次に顔を上げた時も周囲の生徒は微動だにしていなかった。なんとなく、頭を下げた人はほとんどいなかったような気がした。皆一秒たりとも油断してなるものかとギラギラした目で相手を睨みつけているからだ。

 だから同じ寮、せめてハッフルパフと組ませてくれたら良かったのに、とハリエットは思わないでもない。ただでさえグリフィンドールとスリザリンは仲が悪いのに、あえてペアにするのはいかがなものか。

「杖を構えて! 私が三つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。武器を取り上げるだけですよ。一、二、三――」

 パッとハリエットは杖を振り上げたが、パンジーは「二」で既に呪文を唱えていた。ハリエットが唱えるよりも早く閃光が飛んできて、ぐわんと頭をフライパンで殴られたかのような衝撃があった。驚きのあまりハリエットは尻もちをつく。

「反則だわ!」

 クスクス笑っているパンジーにハリエットは思わず叫んだ。緊張のあまり先走ってしまったというのならまだ分かる。だが、これは故意だ。

「命がかかってる状況で反則だなんて言ってる場合?」

 しかしパンジーは白々しい態度だ。

「両手を上げて非難してたから殺されちゃったの?」

 彼女が何を指しているのかは明白だった。ハリエットはカーッと頬に熱が集まるのを感じた。

 襲われた時に卑怯だの反則だの言っていられない。ハリエットだってそれは分かっている。分かっていたからこそ、パンジーに指摘されたのが何より悔しかった。ピーターの件から何も成長していない――そう言われたような気がして恥ずかしくてならない。

「もう一度やりましょう」

 スッと立ち上がり、ハリエットは杖を構えた。パンジーからの返事はなく、代わりに呪文が飛んできた。さすがに警戒していたとはいえ、ハリエットは避けるだけで精一杯だった。激しく噴出された水は後ろのネビルに当たり、今まさに呪文を唱えようとしていた彼は地上にいながら溺れそうになった。

「エクスペリアームス!」

 ハリエットの呪文はまっすぐパンジーへ向かって飛んでいった。だが、杖を取り上げるまでには至らず、ちょっとパンジーの手から浮かび上がって取り落としただけだった。それでもパンジーはキッとハリエットを睨みつける。

「――!」
「フィニート・インカンターテム!」

 大きく杖を振りかぶり、パンジーは何やら叫んだが、スネイプの呪文によって声も効果もかき消された。

 途端にハリエットは我に返り、同時に周囲の音が戻ってきた。パンジーだけしか見えていなかったが、よくよく見ると、周りはかなり悲惨なことになっている。

 緑がかった煙が辺りに漂っており、ネビルもジャスティンも仰向けに倒れている。ロンは蒼白な顔のシェーマスを抱えてしきりに謝っていた。すぐ側にはポツンとロンの折れた杖が転がっている。

「〜〜!」

 ハーマイオニーの悲鳴を聞きつけ、顔を向けると、ミリセントにヘッドロックをかけられている真っ最中だった。二人の杖は地面に打ち捨てられたままだ。ハリーとハリエットが助けに入るのは同時だった。

「決闘はもう終わったのよ! ハーマイオニーを離して!」
「魔女なら杖を使ったらどうだ!」

 二人がかりとはいえ、ミリセントはハリーたちよりずっと図体が大きいので一筋縄ではいかない。モタモタしているうちにパンジーとドラコが割って入ってきた。

「ミリセントに何するのよ! あんたたちの方こそ離しなさいよ!」
「一対一に割り込むのはどうかと思うな!」

 もみくちゃになっているうちに、ハリーはパンジーに髪を引っ張られて痛みにうめき、ハリエットはドラコと腕を掴み合ってにらみ合う。ハーマイオニーはミリセントの腕からは脱出したようだが、まだその身を狙われている状況だ。

「静まらんか!」

 怒声と共にスネイプは杖を複雑に振った。すると、途端にもみくちゃの六人が引っ張られるように離れた。

「魔法使いなら魔法使いらしく……ポッター、君の言う通りだ」

 嫌味ったらしいスネイプの言葉にハリーは顔を顰めた。

「ロックハート先生、彼らはまだまだ血気盛んなようです。ポッターとマルフォイにモデルになってもらうのはいかがですかな?」
「それは名案ですね!」

 この状況で決闘などと、かなり血なまぐさいことになりそうだが、むしろ当事者としては願ったり叶ったりだ。

「ハリー、ハーマイオニーの敵を討って!」

 意識朦朧としている――ようにハリエットには見える――ハーマイオニーを抱えながらハリエットが言った。パンジーもこれに対抗して「ドラコも頑張って! ポッターなんかこてんぱんにしちゃって!」と声をかける。

「結構結構。皆さん盛り上がってきましたね」

 グリフィンドール対スリザリン。よもやその対決が公式で見られようとは。

 ハッフルパフもレイブンクローも後ろに下がって二人のために空間を開けた。みんな興味津々だ。グリフィンドールとスリザリンは、まるで寮杯がかかっていると言わんばかりに口々に代表二人を力強く鼓舞した。

「さあ、ハリー。ドラコが杖を向けたら、君はこんな風にしなさい」

 ロックハートは、何やら複雑そうに杖をくねくねさせた挙げ句、取り落とした。スネイプはそれを嘲笑しつつ、ドラコに何か囁いた。ハリーは不安げにロックハートを見上げる。

「それ、本当に効くんですか? もう一度見せてくれませんか?」
「自信がないのか?」

 ドラコの野次に、ハリーはムッとして彼に向き直った。

「準備はできました。先生、始めてください」
「よし、いいでしょう! ハリー、私がやったようにやるんだよ」

 ロックハートはハリーの肩をポンと叩いたが、ハリーは全く聞いていなかった。

「位置について、一、二、三――」
「サーペンソーティア! ヘビ出よ!」

 素早く杖を振るい、ドラコは叫んだ。途端に杖先から大きい黒ヘビがニョロニョロと出てきて二人の間にドスンと落ちた。鎌首をもたげ、攻撃の姿勢をとっているのを見、周囲の生徒は悲鳴を上げて後退った。

 そうしている間にもヘビはシューシュー鳴きながらハリーに近づいていく。肝心のハリーはヘビを見据えながら、逃げもせずに呆然としている。

「ポッター、お手並み拝見といきたいところだが……どうすればいいか分からないのか?」

 立ちすくんでいるハリーにスネイプはわざとらしく声をかけた。

「ならば、我輩が追い払ってあげよう……」
「私にお任せあれ!」

 急にロックハートが叫び、杖を振り回した。ヘビは消えるどころか二、三メートル宙を飛び、また地面に落ちてきた。

 挑発されたヘビは、怒り狂って鳴き、ハリーめがけて這い寄る。牙をむき出しにして攻撃の構えをとっているのを見て、ハリエットは慌てて後ろからハリーの腕を引っ張った。

「ハリー、逃げて! しっかりして!」

 引っ張れたことに驚いたのか、ハリーは態勢を崩して尻餅をついた。もうヘビは目前だ。ハリエットは杖を取り出したが、呪文を唱えるより早くスネイプが杖を振った。すると、ヘビは黒い煙を上げてポッとたち消えた。振り返った彼の顔はそれはそれは楽しげに口角を上げた。

「ポッター、いやはや……君がそれほどまでにヘビが苦手だとは思いもよらなかった」

 スリザリンがクスクス笑った。ドラコなんて遠慮なく笑い声を上げている。

「杖も使わずおろおろするのは最も愚かな行動だ。生徒が危機に瀕した際に呪文を使えるよう、指導した方がよろしいかと」
「そうですね! それこそ決闘クラブの出番です。ハリー、気にすることはない。私の教えを全て身につければ、君もきっと立派な魔法使いになれる」

 スリザリンのクスクス笑いが大きくなる。ハリーはようやく我に返り、立ち上がった。

「体調が悪いので失礼します」
「ハリー? 大丈夫かい? 何か私にできることがあれば……」
「大丈夫です」

 ロックハートにキッパリ断りを入れ、ハリーは大広間を出ていく。

「よっぽどヘビが怖かったらしい」

 ハリーに聞こえるようにドラコがパンジーに話しかけた。

 ハリエットは心配になってハリーを追いかけた。ロン、ハーマイオニーも駆け寄ってくる。

「ハリー、一体どうしたんだ? 本当にヘビが嫌いなの?」
「分からないわ。実物を見たのは初めてだもの」
「ハリエットよりも顔色が悪かったよ」
「どうして私と比較するの?」

 ハリーの足は早く、彼の姿はもう見えない。医務室に行ったのかと三人は階段を上った。

「ハリーは生粋のグリフィンドールだよな」
「どうして?」
「ヘビを見ただけであんなに気分を悪くするんだぜ? グリフィンドールの中のグリフィンドールだよ」
「そうかしら……」

 ロンの適当な物言いにハーマイオニーも呆れ顔だ。もちろんハリエットもだ。

 結局、ハリーは医務室にはいなかった。寮へ戻ると、どうやら自分のベッドで休んでいるらしいことが分かった。

「マルフォイにしてやられたのがショックだったんだよ。そっとしておいてやろう」

 そう言うロンに同意し、ハリエットもハーマイオニーも、その日は就寝した。翌日にはもうすっかりハリーは元気そうに見えた。いくらかスリザリン生から決闘のことで揶揄されることはあっても、ハリーは表面上は気にしないように努めているようだ。

 ハリエットも、決闘クラブで得た収穫は大きかったため、ハリーのことばかり気にしていられなかった。

 武装解除呪文、エクスペリアームス。

 これこそハリエットが探していた呪文だ。死食い人がピーターの杖を取り上げた憎き呪文でもあるが、もうそんな子供のようなことは言っていられない。パンジーとの決闘を経てハリエットは強くそう思う。

 今度トムに呪文を学ぶならこの呪文がいい。

 そう心に決めながら、次はいつ時間を作ろうかとワクワクしていた。