■繋がる未来―秘密の部屋―

14:クリスマスの騒動


 その日は今までで一番憂鬱なクリスマスだった。暖かなベッドの中で目を覚ましたはいいものの、一向に起き上がる気にはなれない。

 いつもの寮のベッドではなく、医務室というのも憂鬱さに拍車をかけているだろう。

 ちょっと起き上がってみると、ベッドの足元にプレゼントの小山ができているのが見えた。今日一日ずっとこうしているわけにもいかないので、ハリエットはのろのろ身を起こした。

 小山に近づくと、ハリエットは近いものから開封していく。リリーやシリウス、リーマスやハグリッド。友達からのプレゼントももちろんある。

 順々に開けていき、下の方に埋もれていた小箱を手に取り、メッセージカードに目を通した時、ハリエットは固まった。

 ――お父さんからだ――。

 てっきりプレゼントはないと思っていた。それか、両親からという体で一つだけとか。今でもまだ信じられなくてハリエットは半信半疑だ。

 それでもプレゼントを手にとって開けた。中から出てきたのは一粒石のネックレスだ。グリフィンドールを彷彿とさせる深紅の宝石で、チェーンはもちろんゴールドだ。

 素直にアクセサリーだと思ったが、どうやらこれには盾の呪文が施されているらしい。ジェームズの手紙に書いてあった。

『ハリエット、メリー・クリスマス。今年はどんなものをあげようか迷ったけど、役に立つものがいいと思ってね。ドビーのこともあるし、ホグワーツとはいえ、どんな危険があるかも分からない。このネックレスに盾の呪文をかけた。今年だけでも、毎日身につけてくれたら嬉しいよ。

 ――それと、今年は一度も手紙を書かなくてすまなかった。手紙を書かなかったのは、お互いに時間が必要だと思ったから……というのは言い訳に過ぎない。なんて言葉をかけたらいいか分からなかったんだ。私はよくデリカシーがないとリリーにもよく言われるし、今回のことも私が原因だ。手紙で何か更に無神経なことを言ってしまうのではないかと思って書けなかったんだ。

 本当は、去年みたいにまた文通がしたい。ハリエットの話をたくさん聞きたいし、私も話したいことがある。この前のクィディッチで優勝した話とかね。

 まだ数ヶ月しか経ってないけど、今までで一番長く感じられる。早く会いたいよ』

 ハリエットはハッとして立ち上がると、着の身着のまま医務室を飛び出した。

「ミス・ポッター――」
「メリー・クリスマス!」

 あんまり慌てていたので、ハリエットは声をかけてきたポンフリーにそう挨拶するだけで精一杯だった。向かう先は寮だ。あっと驚く談話室のハリーたちにも同じように挨拶をし、駆け込んだのは寝室。机に向かうと、出したままにしていた手紙一式を手に取った。すぐにでも返事を書こうと、羽根ペンを手に取るも、その手は思うように動かない。

 返事を書きたい。でも、今のハリエットには素直で正直な気持ちは記せそうになかった。

 ――十一歳の誕生日にジェームズがプレゼントしてくれたテディベア。ハリエットはそれを失くしていたのだ。どこをどう探しても見つからなかった。あれにはピーターの声が吹き込まれている。この世で唯一のものだ。それなのに、ハリエットはそれを失くしてしまった。

 とても後ろめたいし、自分が情けなくて堪らない。思い当たる節はないが、ハリエットは今夢遊病に悩まされている。もしかして夢現の中でぬいぐるみをどこかへ置き忘れてしまったのかもしれない。それを思うとますます自分が嫌になってくる。

 結局手紙をしまうと、ハリエットはとぼとぼ階段を降りた。

「メリー・クリスマス」
「プレゼントは届いた? 何をバタバタしてたの?」
「ええ……ちょっと」
「どうかした?」

 最初は誤魔化そうとしたものの、ハーマイオニーがあんまり心配そうにするので、ついハリエットはこぼしていた。

「ぬいぐるみを失くしちゃったの」
「クマの? どこかに持っていった覚えはあるの?」
「ここ最近はどこにも持っていったりしてないわ。でも、もしかしたら夢遊病の時に落としちゃったのかもしれない……」
「そのうち見つかるよ。他の子にも聞いてみよう」

 ハリーの慰めの言葉にもハリエットの顔は晴れなかった。せっかくのクリスマスなのに、すっかり気分は落ち込んでいる。

「ハリエット、プレゼントはもう開けた?」
「ええ」
「僕たち、まだ途中なんだ。ほら、これ見てよ。シリウスなんて悪戯グッズの詰め合わせだ。僕がこれを全部使い切ったらグリフィンドールの得点はマイナスになっちゃってるよ」
「そういえばハリー、秘密の部屋についてパパに聞くって言ってたのはどうだったんだい? 返事はもらえた?」
「返事は来たけど、父さんも秘密の部屋については詳しくないみたい。分かったのは、前回部屋が開かれた時に一人犠牲者が出て、継承者はアズカバンに入れられたってことくらいかな」
「学生なのにアズカバンに入れられたのかい?」

 ロンがおずおずと尋ねた。ハリーは軽く頷く。

「一人死んでるし、もっと犠牲者が出てたかもしれない。まだ学生なのに誰かを害そうとする考えを持ってたってことの方が僕は怖いよ」

 クリスマスの朝と言えどこんな話題をあげるほど切羽詰まった状況なのは、ハリエットが医務室に移ったその日、また新たな犠牲者が出たからだ。今度はハッフルパフのジャスティン・フィンチ-フレッチリーと首無しニックだ。ゴーストをも石にする怪物に生徒は皆恐怖し、休暇中ホグワーツに残る者は僅かだった。

 幸か不幸か、だからこそポリジュース薬の計画を実践する絶好の機会にもなったのだが……。

 プレゼント開封後は、朝食を食べ、その後は中庭で雪合戦をした。ハリエットもついて行きはしたものの、参加することはなく、ただ遠目からぼうっと眺めているだけに留めた。

 そうしてぼんやり時間を過ごしているうちに、あっという間に夜になってしまった。ハーマイオニーの計画では、今夜ポリジュース薬でスリザリン生に化け、寮に忍び込むというのだ。

 食事をしながら慌ただしく説明するハーマイオニーに合わせ、ハリーたちもチキンを食べる手を早める。ポリジュース薬はもうほぼ完成しているが、最後に変身する相手の一部を入れなければ真に完成とは言えない。ハーマイオニーはすでにミリセント・ブルストロードの髪の毛を手に入れており、ハリーとロンはそれぞれクラッブ、ゴイルのを入手予定だ。ハリエットは今回お留守番だし、当のクラッブたちは、まだまだ大広間から離れる様子は見せない。

 まだ時間には余裕がありそうだから、とハリエットがようやくクリスマスプティングに手をつけた時、ハーマイオニーがパッと立ち上がった。

「さあ、やることはたくさんあるわよ!」

 もごもごとプティングを口に詰め込み、ハリーとロンも立ち上がった。もちろんハリエットは慌てた。

「ま、待って! 私ももう食べ終わるから! もうちょっと待って!」
「ハリエットはそれ食べてからで良いわ。女子トイレに集合ね」

 そうしてあっという間に大広間から出て行く三人。置いてけぼりは嫌なので、ハリエットは一生懸命プティングを食べ、立ち上がった。バタバタと大慌ての四人がよほど目立っていたのだろう。駆け足気味のハリエットにダンブルドアが声をかけた。

「そんなに慌てて皆でどこへ行くのじゃ?」
「えっ!」
「さては悪戯かのう?」

 ほっほっとおかしそうに笑うダンブルドアにハリエットはまごまごしてしまった。もちろん彼は冗談のつもりだろう。しかし、こんな態度では悪いことを計画していますと白状しているようなものだ。

「あ、あの、私たち、チェスをする予定で……」

 スニッチの羽ばたくような声でようやく予定・・を絞り出したハリエットに、ダンブルドアは微笑を浮かべた。

「おっと、せっかくの休暇に口を挟んでは楽しむものも楽しめまいのう。すまんのう、ハリエット」
「いいえ」
「そうじゃ。さっきクラッカーからハツカネズミが出てきたのじゃが、世話をしてやってくれんかのう」
「ネズミ?」

 反射的に手を出すと、ダンブルドアの手からハリエットの手に真っ白なネズミが飛び乗ってきた。赤く、円な瞳が可愛らしい。

「可愛い……」
「一夜限りの魔法じゃがの。可愛がっておくれ」
「はい」
「ミス・ポッター、もう食事は終わりですか? きちんと食べましたか?」

 ハリエットは立ち去ろうとしたのだが、テーブルの向こうからポンフリーが声をかけてきたのでそれも叶わなかった。

 医務室でしょっちゅう具合を悪くしているハリエットのことが気にかかってだろう。ポンフリーの言葉にマクゴナガルもうんうん頷く。

「そうですよ、ミス・ポッター。きちんと食べなければ成長しません。お菓子でもいいので食べなさい」

 ポンフリーとマクゴナガルは、クリスマス用のバスケットからお菓子をたんまり渡してきた。ハリエットの手はネズミを抱えていて塞がっているので、スカートのポケットに詰められた。おかげでポケットはお菓子でパンパンになってしまった。

「ありがとうございます……」

 もう子供ではないのに、すっかり子供扱いだ。休暇で一年生が自宅へ戻っているのでまだ良かったが、もしこの場に一年生がいたらハリエットの立場がない。今が休暇で良かったとハリエットは心から安堵した。

 そんなこんなでようやく大広間から出られたハリエット。だが、それですんなり女子トイレへ迎えるという訳ではなかった。またしても「ポッター!」と誰かに声をかけられたからだ――。


*****


 なし崩し的にハリエットのテディベアを所持することになったドラコは、このぬいぐるみの取り扱いにほとほと困り果てていた。

 何せこのぬいぐるみ、ことあるごとに『ハリエットの元に帰りたい』と呟いてくるのでうるさくて堪らないのだ。勝手に帰ってろとも思うし、それができないのならせめて静かにしてろとムカムカする。

 いい加減我慢ができなくなってきて、娘さんはあなたのことがいらないそうですよ、と言ってみたが最後、怒濤の如く言い返してくるのだ。ちょっと虫の居所が悪かっただけだの、用事があっただけだの、お前の方がもっと嫌われてるだの。

 あんまりうるさいので、こっそり捨てようと行動に移したこともある。だが、しばらくして部屋に戻れば机の上にポツンとぬいぐるみが戻ってきていて……。

 この時ほど恐怖を感じたのは初めてかもしれない。おそらく、失くした時のために追跡呪文か何かがついているのだろうが、しかしそれは本来の主であるハリエットが自分の意思で誰かに渡した時には適用されない、と。

 ドラコは頭を抱えた。早くこのぬいぐるみとおさらばしたいのに、白昼堂々ぬいぐるみを持って廊下を歩き、ハリエットに押し付ける絵面は不愉快極まりない。

 そんな時、クリスマス休暇にハリエットが残ると聞いて、良い機会だと思ったのは半ば自然なことだった。今年の休暇は、秘密の部屋の怪物に恐れをなした生徒が多いため、例年に比べ、ホグワーツに残る数はグッと減ったのだ。それならば、彼女にテディベアを返す機会は増えるに違いない。

 そう思って待ち望んでいたクリスマス休暇だったのだが、何が楽しいのか、ハリエットは兄や友達にべったりくっつくばかりで、なかなか一人にはならない。

 テディベアを所持していることはハリーに死んでもバレたくなかったので、直接話しかけることもできない。

 いよいよドラコは、どうしてあの時声をかけてしまったのだと後悔するほかなかった。捨てたのだと分かっていたら声なんてかけなかったのに。

 声をかけたのだってほんの気まぐれだった。ホグワーツ特急の中でぬいぐるみの声に涙を見せた彼女をぼんやり覚えていたのだ。彼女にとってのぬいぐるみが自分にとっての箒だろうと、そう思うとつい反射的に声をかけていたのだ。

 だが、その結果がこれだ。

 最近ドラコが声を発するたびに唸るようになってきたぬいぐるみにいい加減ストレスを感じてきたドラコ。そんな訳で、ほとんどの生徒が帰宅するクリスマス休暇にて、ハリエットが一人になる瞬間を虎視眈々と狙っていたという訳だ――。

「ポッター!」

 突然腕を掴まれ、ハリエットはビクッと肩を揺らした。恐る恐る振り返った先には、なぜか怒っているように見えるドラコがいる。

「な、なに? どうしたの?」
「ぬいぐるみ! お前の! いらないって言うんなら本当に捨てるからな! というか、いらなくても引き取れ!」
「ぬいぐるみって……テディベアの? 喋るクマの?」
「それ以外何がある! うるさくて堪らない! あんなのを所持してる奴の気が知れない――」
「あなたが拾ってくれたのね!?」

 ハリエットがパーッと笑顔になった。想定していた反応ではなく、ドラコは毒気を抜かれた。

「ありがとう……。どこかに落としちゃったみたいでずっと探してたの。本当にありがとう」

 薄っすら涙すら浮かべているハリエットにドラコはギョッとした。

「お前がいらないって押しつけてきたんじゃないか」
「私、そんなことしてないわ」

 真面目な顔でそんなことをのたまうハリエットにドラコはイライラが溜まっていく。

「君のお気楽な頭は自分が言ったことも忘れてしまうのか? とにかくついて来い。じゃないと本気で捨てるからな」
「駄目!」

 とりあえずハリエットを釣ることには成功し、ドラコは胸をなで下ろした。よく分からないが、とにかくぬいぐるみは引き取ってもらえるらしい。

 この前のようにハリエットが逃げ出すことを警戒して、ドラコは彼女の腕を掴んだままだった。一列になって階段を下りていた二人だが、ふとハリエットは何かを聞きつけて立ち止まった。

「ねえ、何か物音がしなかった?」
「は、はあ?」

 盛大に動揺しつつ、ドラコは辺りを見回した。

「そんなの僕は聞こえなかったぞ」
「確かにあっちの方から聞こえたわ。空き教室よ」
「誰かいるんだろう」
「こんな時間に誰が? もしかしたら、秘密の部屋の怪物かもしれないわ……」

 窓もない薄暗い地下牢。毎日のように行き来している場所だが、今が休暇中というのも相まって、異質な雰囲気が漂っている。ハリエットの発言のせいで余計に不気味だ。

 ゾゾッと寒気がしてドラコは震え上がった。

「でも、僕は純血だ! 行くならグレンジャーの所だろう!」
「どうしてそんなひどいこと言うの? もしそうなら、鍵を掛けて出て来られないようにすればいいんだわ」

 怪物と対峙するのはハリエットだって怖いので、ひとまずは外から鍵を掛けて、教師を呼んでくるのが最善だろう。

 そう思ってハリエットは杖を片手にそろそろ教室へ近づいた。ドラコも彼女の腕を掴んだ状態なので、嫌々ながらついて行く羽目になった――だったら腕を離せばとハリエットも思うのだが、そこまで頭が回らないらしい。

 だが、近づいたら近づいたで、うんともすんとも物音が聞こえてこない教室にドラコは調子を取り戻した。

「本当に怪物なんているのか?」
「だって、確かに何か聞こえたもの!」
「僕は別に構わないけどね。こんなことで教師を呼んで何もなかったと怒られるのは君だ。スネイプ先生だったら減点かもね」
「……!」

 そう言われるとハリエットも自信がなくなってくる。コロポータスを唱えようとしていたのを止め、ハリエットはドアノブに手をかけた。

「お、おい、開けるのか!?」
「何もなかったらなかったでいいのよ。もし何かいたら――」

 そうっと覗いた先――教室内には、確かにいた。怪物ではなく、人が二人。生徒だ。男性と女性で、男性はハリエットも知っている。パーシーだ。顔を近づけた二人が何をしていたかというと――。

 ポポポッと頬を赤らめ、ハリエットは息をのんだ。大いに気が動転し、後ずさる。突然揺すられてハツカネズミは驚いたのか「チュー」と小さく抗議の声を上げる。

「誰だ!?」

 パーシーの大声にハリエットは飛び上がった。あたふたとこの場から逃げようとしたが、後ろのドラコとぶつかって二人揃って尻餅をつく。あっと思った時にはぎゅうぎゅうに詰められていたポケットからお菓子も飛び出す。

 カツカツと近づいてきたパーシーは、盛大に扉を開け放った。そこに広がっていたのは、何とも拍子抜けする光景だった。真っ赤な顔で尻餅をつく少年少女二人に、辺りに散らばったお菓子の山。パーシーは一瞬状況を理解ができずに固まる。

「お前たち、そんな所で何してる……?」

 それはこっちの台詞だとドラコは思ったが、彼もまた彼で先ほど見た光景のせいで思うように頭が働かずにまごつく。

「見たのか?」
「み、みてない……」

 ハリエットは精一杯の嘘をついたが、真っ赤な顔で言われても説得力も何もない。

 ただ、冷静になったパーシーは、ようやく少女がハリエット・ポッターであることに気がついた。なぜスリザリンのマルフォイと一緒にいるのかは分からないが、とにかく彼女は害がなさそうだ。転んだ時にローブのポケットからこぼれ落ちたたくさんのお菓子。その上ハリエットは大事そうにハツカネズミを抱えている。どこからどうみてもただの十二歳の子供だ。人畜無害極まりない。

 ――初めてのホグワーツでのクリスマスパーティーを思い切り楽しんだ後、まだ夢見心地の気分で寮へ帰ろうとしていたら先輩の破廉恥な場面に遭遇し……。

 そこまで想像して、パーシーは、己はなんと愚かなことをしてしまったんだと激しく後悔した。幼気な、末の妹と同じくらいの女の子の夢を壊してしまったかもしれない。

「ごめんなさい……。覗くつもりはなかったの……」

 おどおどしながらハリエットは謝った。誤魔化すよりも素直に謝るのが一番だと思ったのだ。パーシーも大いに落ち込みながら項垂れる。

「僕も、変なものを見せて悪かった……」
「当たり前だ! 監督生ともあろう者が、クリスマスに浮かれてこんな所で――! イチャつくならよそでやれ!」

 ドラコの物言いにムッとするものの、図星なので言い返すことはできない。

「本当に悪かった。ハリエット、寮まで送ろう」
「ううん、私は大丈夫」

 教室の奥で気まずそうにしているレイブンクローの女生徒を気にし、ハリエットは首を振った。

「いや、しかし継承者がいるかもしれないし――」
「私、スリザリン寮に用があるの。だから大丈夫」
「スリザリン……?」

 ハリエットとドラコを見比べ、パーシーはまさかという顔をする。ドラコはカッとなって叫んだ。

「勘違いするな! お前たちとは違う!」
「いや、僕は――」
「こんな奴らと付き合っていたら真夜中になる。早く行くぞ、ポッター! 忘れ物を早く持って行け!」
「あ、ええ! パーシー、おやすみなさい」

 パーシーに聞かせるかの如く、ドラコはやけに大声で言った。そんな彼に腕を引っ張られつつ、ハリエットは振り返ってパーシーに手を振る。彼の姿が見えなくなっても尚ドラコはぶつぶつうるさい。

「全く、なんて奴らだ。夜の見回りにかこつけてあんなことをしてるなんて!」

 あんなこと、と言われて思い出すのは先ほどの光景。両親のキスは見慣れているが、それが自分のよく知る他の人物でも、となるとまた話は別だ。

 ハリエットが何も言わないので、ドラコも気まずくて堪らない。寮の近くでウロウロしているクラッブ、ゴイルを見かけて思わずホッとしたくらいだ。

「なんだ、お前たち。そんな所で何してる? 二人とも、まさか今まで大広間で馬鹿食いしていたのか?」
「なんでマルフォイがハリエットと?」

 さらりと自分の質問は無視されたので、ドラコは若干不機嫌になる。

「そんなのお前に関係ないだろう。それより、早く扉を開けろ」

 クラッブとゴイルは途方に暮れ、顔を見合わせた。ドラコは深々とため息をついた。

「まさかまた合言葉を忘れたのか? 今朝教えてやったばかりじゃないか――純血!」

 ドラコが合言葉を口にすると、一見壁にした見えなかった扉が開いた。

「そこで待ってろよ」
「ええ」

 談話室へ入るドラコを見送っていると、やけにゴイルがチラチラハリエットを見てくる。きょとんとしていたハリエットは、やがてハッとした――違う。彼はゴイルじゃない。ゴイルに変身したハリーだ!

 ポリジュース薬計画のことをすっかり忘れていた。となると、クラッブの正体はロンか。まずい時に来てしまったとハリエットは慌てた。ポリジュース薬の効き目は一時間だ。ハリエットがもたもたドラコからぬいぐるみを受け取っていたらその分時間がなくなってしまう。ハリエットのせいで警戒心が強くなっても大変だ。

「わ、私、用事を思い出しちゃった! 帰らないと!」

 わざとらしく大声で叫ぶと、ハリエットはくるりと踵を返した。

「は? おい、ぬいぐるみは!」
「ごめんなさい、また今度取りに来るわ!」
「おい!」

 慌てて駆け戻ってきたドラコだが、その時には既にハリエットは姿形もなかった。結局またぬいぐるみを手放すことができなくなり、ドラコは打ち震える。

「ぬいぐるみって何のこと?」
「お前に関係ないだろう」
「ねえ、ぬいぐるみって――」
「しつこいぞ!」

 食い下がるゴイルを叱咤し、ドラコは不機嫌に談話室へ入る。その後しばらく、ゴイルはハリエットとの関係やぬいぐるみをしつこく聞き、かと思えばクラッブが突然秘密の部屋の話をし出すので、ドラコの調子が狂う。

「今日はいやに舌が回るじゃないか、お前たち。何か変なものでも食べたんじゃないだろうな?」
「う、ううん、別に……」
「何度も言わせるな。誰が継承者なのか僕は知らない。父上も秘密の部屋のことは話してくださらない。僕が知りすぎていると怪しまれるとおっしゃるんだ」
「君の父親が継承者だったんじゃないのか?」

 ドラコが継承者だと考えていたからこその発言だった。だが、クラッブがそう問いかけた時、ドラコの纏う空気がさっと冷たくなったのを感じた。

「前回部屋が開かれたのは五十年も前のことだ。父上が関与できるわけがない――そして」

 ドラコははっきりとクラッブを睨みつけた。

「クラッブ、いくら物覚えが悪くとも、前回の継承者がアズカバンに入れられたと言ったことも忘れたのか? 父上を侮辱するつもりがないのなら二度とこの話題は口にするな」

 もごもごする二人を置いて、ドラコは苛立たしげに寝室へ戻っていった。クラッブとゴイルは顔を見合わせて肩をすくめると、静かに談話室を出て行った。