■繋がる未来―秘密の部屋―

15:ドビーとの関係


 クリスマス休暇も残り少なくなって、ハリーとロンはようやく全て宿題を終えることができた。去年はギリギリまで談話室に残っていたのが嘘のようだ。とはいえ、これも全てハーマイオニーのおかげでもある。ハリーとロンにとっては嬉しくないことだが、ハーマイオニーが二人のために宿題計画表を作ってくれていたので、計画通りにやらざるを得なかったのだ。

 ただ、その恩人であるハーマイオニーは、現在医務室に入院中だった。というのも、無事ポリジュース薬を完成させたはいいものの、それを飲み干した途端、ハーマイオニーは身体中から毛が生え、おまけにふわふわした三角耳や尻尾まで生えてしまったのだ。てっきりミリセント・ブルストロードの髪の毛だと思っていたものは彼女のペットである猫の毛だったようで、こんな姿を誰かに――特にドラコ・マルフォイに――見られたら大恥をかくこと間違いないので、元に戻るまでは入院することを決めたのだ。

 たとえ気心知れた仲でも、猫人間の姿を間近で見られることには抵抗があるらしく、お見舞いに来てもカーテン越しでの対面である。

「僕たちは気にしないのに。それに昨日見てるじゃないか」
「私が気にするのよ」

 女心がちっとも分からないロンは不満そうにふて腐れる。ハリエットはカーテンの隙間からそっと手を差し入れた。

「ハーマイオニー、これ、お見舞いのカード」
「――きゃあっ、これ、ハリエット、あなた!」
「何? 何を渡したの?」

 突然の色めき立った声にロンは好奇心を隠しきれない。カーテンを開けようとしたがハリエットが阻止した。

「そんな大したものじゃないの」
「ハリエット、ありがとう! 大切にするわ!」
「……ハーマイオニーにとってはそうじゃないみたいだけど」

 ハリエットがプレゼントしたのはロックハートが書いてくれたお見舞いカードだ。せっかくのクリスマスに入院することになってしまった友達に元気になってほしいからと頼んだら、ロックハートは気前よく書いてくれた。もとより、ハーマイオニーは彼にファンレターを書くほど大ファンなので、ロックハートも覚えが良かったらしい。

 ここでロックハートのお見舞いカードと明かせばロンがからかいそうだったので、そこはハリエットも阻止したい。ロンもそこまでして秘め事を明かしたいわけではなかったようなのですぐに諦めた。

「それよりも、二人とも宿題は終わったの? 計画表に沿っていればそろそろ終わってる頃だけど……」
「終わった、終わったって。全く、パーシーみたいなこと言わないでくれよ。あいつ、談話室で顔を合わせるたびに言ってくるんだから」

 せっかくのクリスマス休暇ということで、ホグワーツに居残ったフレッド、ジョージ、ジニー、そしてハリーたちは爆発スナップで遊んだり、決闘の練習をしてみたりと大忙しだ。そんな行動を「子供っぽい」と称してパーシーは滅多に談話室に降りてこなかった。降りてきたら降りてきたで宿題のことを口にするのでロンはいい加減不満が爆発しそうだったのだ。

「来年がN・E・W・T試験だから気が立ってるんだよ。まだ来年だぞ? 今からこんな調子じゃ、ホグワーツは一年中ピリピリすることになる」
「就職がかかってるんだから仕方ないわ。私だってO・W・L対策が不安だもの」

 ホグワーツ生徒にとっての最初の難関であるO・W・Lは今から三年後だ。ハーマイオニーの発言にロンは「言った通りだろ?」という顔をハリーに向かってして見せた。

 医務室を出た後は、ハグリッドの小屋に遊びに行くことにした。冷え切った身体を温めるため、ハグリッドはすぐに熱いお茶でもてなしてくれた。

 到着して早々、落ち着かなかったハリエットは早速口火を切った。

「あの……ハグリッド、あれから鶏の様子はどう?」
「なーんの被害もないぞ。誰かが入ってきた形跡もねえ」
「そう……。良かった」

 マダム・ポンフリーから処方された薬を飲んではいるものの、完璧に症状を抑えられたかどうかは自信がない。一応夜中に医務室の扉を魔法で施錠してはいるが、夢遊病状態でもそれを突破している可能性はなきにしもあらず。ハグリッドから直接鶏の様子を聞くことができてハリエットはホッとした。

「あんまり思い詰めるんじゃねえぞ。そういう積み重ねがストレスになっちょるのかもしれん」
「ええ……ありがとう」

 それでも浮かない顔をするハリエットを気遣ってか、ロンが明るい声を出した。

「でも、ハーマイオニーも一緒に医務室に寝泊まりするんだ。寂しくないよな」
「ハーマイオニーも入院しちょったのか? 何かあったんか?」
「アッ、いやあ、ちょっと魔法薬に失敗しちゃって……」
「ハーマイオニーがか?」

 ネビルならまだしも、ハーマイオニーが魔法薬に失敗するなんてよっぽどのことだ。ハグリッドはすっかり疑り深い顔をする。

「お前さんら、何か危ないことでも……」
「スネイプの宿題がちょっと厄介だったんだ。それで」

 ハリーが助け船を出すが、それでも言い訳にしては苦しい。ハーマイオニーが失敗するほどの魔法薬なら、今頃二年生は全員漏れなく聖マンゴ病院行きだろう。

「分かった、分かった。もう何も聞かねえ。だが、危ないことだけはするんじゃねえぞ」
「分かったよ……」

 すっかり居づらくなって三人はお暇することにした。百余りの校則を破った上での自分たちの身を案じる言葉を聞くはなかなかに後ろめたい。逃げ帰るように城へ向かった。

「でも、どうする? これで話は振り出しだ。一番の容疑者だったマルフォイが外れたんだ。もうさっぱりだよ」
「継承者がスリザリンだってのは良い線いってると思う。どうにかしてスリザリン生から情報を集めたいところだけど……」

 排他的なスリザリンから話を聞けるとすれば、それは同じスリザリン生だけだろう。だが、もう一度ポリジュース薬を使うのはあまりに危険性が高い。何か良い方法があれば……。

 思い詰めた顔で歩いていた三人に「おーい」と声をかけたのはウィーズリー家の兄妹だった。湖の上から手を振っている。

「ハグリッドからリュージュを借りたんだ。お前たちもやらないか?」
「いいね!」

 室内でのゲームも飽きてきた頃だ。三人は喜んで湖まで走り寄る。

 ただ、いくら凍っているとはいえ、元は湖だ。近くまで来たはいいものの、一歩踏み出す勇気まではもてずハリエットはグズグズする。

「本当に割れない? 大丈夫?」
「心配性だなあ。こんなにカチカチに凍ってるのに割れるわけないよ」

 毎年ここで誰かしらスケートをしている光景は冬の風物詩だ。皆が楽しそうに滑っているのを見ては、ハリエットも勇気を振り絞って氷の上を歩いてみる。少し力を入れて氷を蹴ってみても、固い感触が押し返してくる。確かに、この様子なら割れることはなさそうだ。

「スケート靴貸そうか?」
「ううん、このままでも滑れるよ」

 ハリーの返答を聞いて、ハリエットも滑ってみた。氷上は寒いことは寒いが、滑ることに神経を使っているとそれほど寒さも気にならなくなってくる。夢中になってツルツル滑っていたら、やがてつんのめって転んでしまった。固い氷に強かに額をぶつけ、驚いたし痛かった。だが、それ以上に怖かったのは。

「割れるかと思ったわ!」
「ちょっとくらいの衝撃じゃ割れないよ」

 今にも氷が割れるのではないかと尻餅をついたまま後ずさるハリエットにハリーは笑いながら近づいた。

「今のがハグリッドだったら確実に割れてたと思うけどね――」

 差し出された手に、これまた恥ずかしそうに笑って掴まるハリエット。悲劇はその時に起こった。ピシリと足下の氷にヒビが入り、何事かと思う間もなく二人は同時に湖に落ちた。真冬の水のあまりの冷たさに状況を冷静に把握している場合ではなかった。何とか氷の上に這い上がろうとするも、掴まった先の氷はこれまた冷たく、咄嗟に離してしまった。着膨れするほどに着込んでいた服が水を吸収し、更に重たくなっている。立ち泳ぎも精一杯であわやというところで、異変に気付いたロンたちが手やら服やらを引っ張って引き上げてくれた。無事氷の上に戻ってこられたハリーとハリエットは、全身ずぶ濡れでガタガタ震える。

「大丈夫? 一体何があったの?」
「ハリエットがハグリッド並みのポテンシャルを秘めてたんだよ」

 ニヤニヤ笑うフレッドに怒る気力もないハリエットはかじかむ手を擦り合わせてせめてもの暖を取ろうとする。そんな兄たちを一喝してジニーが自分のローブをハリエットにかければ、フレッド、ジョージも慌ててそれに倣った。

「早く医務室に行かなきゃ」
「氷を割らないようそーっと歩けよ。特にハリエット」
「黙って!」

 代わりにジニーが怒ってくれているので、ハリエットは有り難く己の身体を温めることに専念した。ジニー並みにカッカと怒っていたのはハリーもだ。

「絶対にこれもドビーの仕業だよ」
「ドビーを見かけたの?」
「見てない。でもそうとしか考えられない。ドビーは僕たちがひどい風邪を引けば良いって思ってるんだ。風邪が悪化して家に送り返されればなお良いって!」
「ドビーも悪気があるわけじゃ……」

 ハリエットはみなまで言えなかった。盛大にくしゃみをしたからだ。

 それからは、ろくに話す気力もないまま城へ向かった。運が悪かったのは、玄関ホールでバッタリドラコと遭遇したことだ。

 ずぶ濡れのハリーたちを見て目を丸くし、やがて愉快そうに口角を上げた。

「こんな真冬に水泳かい? クリスマスに浮かれて飛びこんだのか?」
「関係ないだろう」
「今度ぜひとも寒中水泳の出来を見せてくれよ。クィディッチよりも盛り上がるかもしれないな」
「うるさいぞマルフォイ!」

 怒鳴りつつも、足は医務室へ向かって階段を上っている。それがまるで尻尾を巻いて逃げ出しているように見えたのでドラコは声を上げて笑った。

 医務室につくと、マダム・ポンフリーはすぐにホットミルクを出してくれた。身体を乾かし、軽く容態を見てもらう。今のところ熱はないようだが、後から来る場合もある。一応元気爆発薬だけ処方してもらってハリーは談話室へ帰り、一方でハリエットはそのまま居残った。

 もうすぐ夕食の時間ではあるが、ハーマイオニーは大広間へ行けないので、一緒に医務室で食事を取ることにしていたのだ。

「体調はどう?」
「少し熱っぽいみたい」
「まだ夕食まで時間はあるわ。少し寝たら?」
「そうね」

 せっかくの休暇に風邪なんて引きたくない。大事を取ってハリエットは一眠りにすることにした。幸いなことにすっかり身体が温まっていたハリエットはあっという間に眠りに落ちていった。

 だが、おそらく一時間も寝ないうちに、何者かの気配を感じてハリエットを目を覚ました。闇の中で誰かが額の汗を拭っている。最初はハーマイオニーかと思ったが、薄闇の中浮かび上がるシルエットは人のものではない。ハリエットは悲鳴を上げた。

「ドビー!?」
「ああ、ハリエット・ポッター様はまだお帰りにならないのですか? このままでは……」
「ハリエット? 起きたの?」

 ハーマイオニーがカーテンを開けた。ハリエットのベッドに上がり込んでいるドビーを見て目を丸くした。

「屋敷しもべ妖精? その子が?」
「ドビーよ。ねえ、私たちを湖に落としたのはあなたの仕業?」
「ドビーめは、ただあなた方がほんのちょっと風邪を拗らせれば良いと思って……」
「湖に落とすなんていくらなんでもやり過ぎよ」

 ツンケンするハーマイオニーにドビーは項垂れる。しょんぼり大きな耳が垂れているので、ハリエットは気の毒になってきた。

「あなたの気持ちは嬉しいわ。でも、私たちもホグワーツを離れるわけにはいかないの。勉強に遅れちゃうし、それに何より、自分たちだけ安全な場所にいるわけにもいかないわ」
「この先の人生がかかっていてもですか?」
「人生って――」

 命ではなく、人生?

 いやに具体的だ。ハリエットは聞き返そうとしたが、不機嫌な声が割って入った。

「ドビー」

 その声を耳にした途端、ドビーはぴゃっと飛び上がって居住まいを正し、ハーマイオニーは慌ててカーテン閉じた。幸いなことに、隣のベッドから猫人間が顔を覗かせていたことには気付かなかったらしく――気付いていたら悲鳴を上げていただろう――ドラコはズカズカベッドに近づいてきた。

「どうしてお前がこんな所にいるんだ?」

 それはハリエットがドラコに対して聞きたい質問でもある。だが、大人しく黙っていた。ドビーもまただんまりだ。ハリエットは耐えられなくなって口を開いた。

「ドビーのこと知ってるの?」
「……別に……」

 質問された途端、答えに窮するドラコ。しかしその目は相変わらず鋭くドビーを睨んでいる。

「なぜホグワーツにいるんだ?」
「ハリー・ポッターに警告をしに……」
「警告? 何の」
「今年ホグワーツで恐ろしいことが起こるから……。秘密の部屋が開かれてしまったから、お二人には危険な目に遭ってほしくなかったのでございます」
「お前は昔からポッター信者だったからな」

 ドビーはビクビクとドラコを見上げた。

「僕が知らないとでも?」
「…………」

 そろそろとドビーは地面に膝をついた。このままでは地面に頭を打ち付けて騒ぎ出しそうな様子だ。そうなる前にドラコは短く言った。

「行け」
「お坊ちゃま……」
「早く行け」

 ここでお仕置きをしようがしまいが、ドラコがルシウスに今回のことを告げ口すればこの先に待ち受ける未来は容易に想像がつく。ドビーはぶるぶる震えながら姿くらましをした。

 ドビーがいなくなったので、ハリエットは今度はドラコに目を向けた。

「マルフォイはどうしてここに? もしかしてお見舞いに来てくれたの?」

 それしかわざわざ医務室に来た理由が浮かばない。純粋にハリエットが尋ねれば、ドラコはチラッと隣のカーテンを見つめ、まごつく。カーテン越しとは言え、隣にハーマイオニーがいる状況で真の目的は口にできそうにない。

 ドラコはポケットの中のテディベアをギュッと握りしめた。

「――真冬に湖で遊んで入院した奴を馬鹿にしに来たに決まってる! 全く笑えるな!」
「ええっ」
「そのまま休暇が明けるまで寝込んでるといいさ!」
「そんな……」

 さっさと出ていくドラコにハリエットは若干落ち込んだ。わざわざ医務室にやってきたと思ったら喧嘩を売りに来ただけだったとは……。ハリーがいなくて良かった。

 ドラコがいなくなると、ハーマイオニーはまたカーテンを開けた。

「ドビーはマルフォイの家のしもべ妖精なのね」
「えっ、そうなの?」
「だってマルフォイの質問にはスラスラ答えてたじゃない。あなたたちの質問には何も答えてくれないドビーが」
「じゃあ、マルフォイのお父さんが秘密の部屋に関わってるってこと?」
「その可能性はあるわね。裏で手を引いているのは確かよ」
「でも、ホグワーツの外にいるのにどうやって……。マルフォイは何も知らないって様子だったし」
「問題はそこよ。息子を関わらせたくない親心は分かるにしろ、だったら誰を継承者にしたのか……。バレたら退学になるかもしれないのに、誰が継承者を引き受けたのか……」

 それきり、ハーマイオニーは考え込んだまま黙り込んでしまった。ハリエットも落ち着かなかった。まだ憶測でしかないが、それでも同級生の親が今回の事件を引き起こしたのだと思うと胸がざわつく。それも、ルシウス・マルフォイはジェームズとも因縁のある人で……。

 まだ証拠があるわけではないので、大人には言えない。だが、もしこれ以上被害が大きくなるようなら。

 ――前回の継承者は、アズカバンに入れられたらしい。

 ハリーの言葉が頭をよぎる。もしそうなら、裏で手を引いたルシウスもアズカバンに入れられてしまうのだろうか。また……。

 地面に投げつけられた箒を見て立ち尽くすドラコの背中が目に焼き付いて離れない。もうあんな光景は見たくないのに、とハリエットは視線を落とした。