■繋がる未来―秘密の部屋―

17:証拠探し


 次々に犠牲者を出す怪物だとか、もうすぐ始まる期末試験だとか、そういう恐怖や不安を束の間忘れさせてくれるのがクィディッチの存在だった。だというのに、突然ピッチに入ってきたマクゴナガルが試合中止を宣言したのだから、それはもう野次や怒号が飛び交った。

「全生徒はそれぞれの寮の談話室に戻りなさい!」

 それでもマクゴナガルは聞く耳持たずだ。わらわらと集まってくる選手の懇願を全て無視し、叫び続けている。

「そこで寮監から詳しい話があります。皆さん、できるだけ急いで!」

 一向にクィディッチ再開の声を聞き入れてもらえないので、生徒たちは仕方なしに寮へ向かう他なかった。肩を落とす選手らの後ろに続くハリーの元へロンが駆け寄ってきた。

「ハリー! 一体何がどうなってるんだよ」
「僕も分からないよ。クィディッチが中止だってことしか……」
「みんなが噂してたんだ。誰か犠牲者が出たんじゃないかって」

 ハリーはハッとしてロンを見た。

「それ本当なの? なんでそんな噂が?」
「クィディッチ中止だなんて相当だろう? 犠牲者が出たとしか考えられないって」

 ただ、問題はホグワーツ中の人々がクィディッチ競技場に集まっていたことだ。城に残っていた人なんて……。

 だが、青い顔のロンを見て、彼もまた同じ人物に思い至ったことを悟った。

「でも、ただの噂だろう? まだ本当にそうと決まったわけじゃ……」
「あの時止めておけば良かった。図書室に行かせちゃ駄目だったんだ」

 ポツリと言うロンにハリーは呻いた。

「そんなこと言うなら僕だって。声が聞こえたのは兆候だったんだ。それなのに僕はクィディッチのことしか考えてなくて……」

 後悔しても遅い。だが、どうしてあの時、という思いは拭いきれない。

「せめてついて行けば良かったんだ。それならまだ何とかなったかもしれないのに。ハーマイオニーったらなんでああも真面目なんだか……」
「ハリー、ロン!」
「駄目だ僕……。罪悪感のあまりハーマイオニーの幻聴がする」
「僕もだよ」
「幻聴じゃないったら!」

 突然耳元で声がして二人は揃って飛び上がった。おっかなびっくり振り返った先にはハーマイオニーが立っていて、ハリーたちは目を白黒させた。

「は、ハーマイオニー?」
「僕たち――君が石になったのかと!」
「先生の目をかいくぐってきたの。静かに!」

 ハーマイオニーは二人の腕を掴み、生徒の群れから脱した。近くには下級生しかいないので抜け出すのは容易だった。

 空き教室まで来ると、更にハーマイオニーは鍵まで掛けて厳重に警戒した。

「君が無事なのは嬉しいけど、さっきマクゴナガルが寮に戻れって」
「それよりも大切なことがあるの」

 ハーマイオニーは神妙な面持ちで向き直った。

「犠牲者が出たのは本当よ。レイブンクローの監督生。私も一緒にいたんだけど、怪物からは逃れることができたの」
「どうやって!?」

 今の今まで怪物の正体が分からないのは、遭遇した者全員が石にされてしまったからだ。つまり、ハーマイオニーが今ここにいるということは――。

「怪物の正体はバジリスクだわ」

 ハリーたちが全てを理解するより早くハーマイオニーは口早に言った。

「図書室で調べて、そしてさっき私が遭遇しそうになって確信を持ったの。バジリスクは視線で人を殺すことができるけど、今までの犠牲者はみんな直接目は見ていないの。カメラや、水や……窓ガラスや」

 何かに耐えるようにハーマイオニーは視線を落とす。

「ロン……それとあなたに謝らないといけないことが。私を助けるために、スキャバーズが石になってしまったの。今は医務室にいるわ」
「スキャバーズが君を?」

 賢いネズミだとは思っていたが、まさか人一人の命を助けることができていたなんて。

 驚きが過ぎ去ると、ロンは誇らしさがこみ上げてきた。

「驚いたけど、気にするなよ。もうすぐマンドレイク薬が完成するんだ。スキャバーズだって君を助けられて喜んでる」
「……ありがとう」

 ハーマイオニーがようやく少し微笑んだのを見て、ハリーは続きを促した。

「でも、なんで怪物がバジリスクだって思ったの?」
「ハグリッドが何者かに雄鶏に殺されたって嘆いていたでしょう? バジリスクは雄鶏が時を作る声を嫌うのよ。犠牲者の周辺で決まって蜘蛛が列をなして逃げ出していたのは、バジリスクが来る前触れだから。バジリスクは蜘蛛の天敵だから!」
「でも、雄鶏を殺したのは……」

 ロンの声は尻すぼみに小さくなる。続きをハリーが引き取った。

「ハリエットでしょ? 夢遊病のせいで」
「でも、そんなのおかしいよ。バジリスクの助けになることをハリエットがしてたなんて……。そんなの、まるで」

 二人はハーマイオニーをじっと見つめた。答えを求めているようだ。ハーマイオニーはやがてゆっくり頷いた。

「……ええ、そう。継承者はハリエットだったの」
「ハリエットがそんなことするはずない!」
「違うの、聞いて!」

 今にも騒ぎ出しそうなロンを抑え、ハーマイオニーはちらりと扉に目をやった。

「夢遊病じゃなかったの。ハリエットは操られていたのよ」
「操られてたって……服従の呪文!?」

 許されざる呪文の一つだ。ハリーもロンも、両親から話にはよく聞いている。

「方法は分からないわ。でも、さっき会った時、声はハリエットだったけど、中身は別人だったわ」
「今ハリエットはどこに?」
「分からないわ。私から先生へ真実が伝わることを危惧して姿をくらましたんだと思う」
「ハリエット一人だけなら隠れられるけど、でもバジリスクはどうやって城の中を動き回っていたんだ? とんでもない大蛇なのに」
「パイプよ」

 ハーマイオニーは破ったページを二人に差し出した。ハリーたちは驚愕した。

「君という人が本を破っただって!?」
「一体何事だ!?」
「緊急だったの。石になる前に手がかりを残さなくちゃと思って。あなたたちなら気付いてくれると思ったの」

 反射的に茶化すように言ってしまったので少し気まずい。ロンはゴホゴホ咳払いをした。

「バジリスクはいつも城の中に張り巡らされた大きな配管を通って移動していたのよ。そしてハリー、あなたにだけ聞こえる声は――」

 ハーマイオニーは何か言いかけたが、しかしすぐに言葉を切る。

「それよりも、ここからが本題よ。私たちがやるべきことは、ハリエットを操っている張本人を見つけること!」
「ならマクゴナガルに言いに行こう! 寮でじっとなんてしてられない!」
「待って! 話を聞いて!」
「でも、早くしないとハリエットが――」

 今にも出ていこうとするロンの腕をハーマイオニーは決して離さなかった。

「駄目よ、駄目。先生に言っても、状況的にはハリエットが犯人でしかないの。ハリエットが操られてるっていう証拠を見つけないと! 前に秘密の部屋を開けた人は退学になったんでしょう? ハリエットもそうなるかもしれないわ!」

 私たちだけで解決しなくちゃ――。

 ハーマイオニーは声を落として言った。今になって興奮で声が大きくなっていたことに気付いたのだ。

「ハリエットの意志じゃなかったっていう証拠を見つけないと。このままじゃ、ハリエットが犯人にされて終わりよ」

 退学――それどころか、アズカバン行きにでもなったりしたら。

 青い顔のままハリーたちは頷いた。


*****


 暗く湿った部屋で、リドルはふくろうの首根っこを掴んでいた。豆ふくろうはその手から逃れようとバサバサ羽を動かすも、小さな身体では抵抗のうちにも入らない。

 リドルはうつ伏せに倒れている女子生徒に向かって杖を向けた。その瞬間ピタリとふくろうは抵抗を止める。

「お前の主人を救いたくば、死に物狂いでジェームズ・ポッターに届けるんだな。少しでも遅れれば命はないだろう」

 言い終わるが否や、ふくろうは弾かれたようにリドルの手から飛び出した。

「いくら探そうと、一介の魔法使いにこの場所は見つけられまい。ホグワーツはおしまいだ。『偉大なる英雄』とやらも、ここで寂しく息を引き取ることになるだろう」

 ホグワーツの地下深くに存在する秘密の部屋。バジリスクの住処でもあるここは、才ある者しか入ることができない。ジェームズ・ポッターにその才はない――だが、息子であるハリーならば。

 ヴォルデモート卿を破滅の一歩手前まで追い詰めたポッター家をここで滅ぼすのも一興だろう。

 リドルは薄ら笑みを浮かべながら杖を一振りし、扉を閉めた。