■謎のプリンス

03:屋敷での日々


 翌朝、ハリーとハリエットは、揃って寝坊した。昨日は夜遅くまで夜更かししてしまったので、それも仕方がない。とはいえ、寝坊しても怒られないというのはなんと素敵なことか。

 朝食に降り立つと、シリウスも眠そうにトーストをかじっていた。降りてきた双子を見ると、咀嚼したまま手を挙げて挨拶をする。

 トーストを食べている間、ハリーは昨夜の出来事を語った。

「僕はあんまり役に立ったような感覚はなかったんだけど、でも、とにかくそのスラグホーンっていう先生が、今度新しくホグワーツに就任するみたい」
「スラグホーンか……。そう言えばいたなあ。確か、スリザリンの寮監だったか。魔法薬を教えていて、リリーが特にお気に入りのようだった」
「そうそう、本人もそう言ってた。目が母さんにそっくりだって」
「その様子じゃ、ハリエットを見たら腰を抜かしそうだな。リリーに生き写しだって」
「でも、そのスラグホーン先生は何の担当をするのがしら? 魔法薬は今はスネイプ先生でしょう?」
「停職にでもなったんじゃないか、あいつ」

 シリウスは適当なことを言った。

「だと嬉しいなあ」
「だろう? あいつが停職になってたら、パーティーでも開こう」

 こういうときだけはシリウスとハリーはやけに気が合う。ハリエットは呆れた顔をした。

「あ、後、もう一つ話があって……」

 ハリーは急に思い詰めたような顔になった。

「ダンブルドアには言うなって言われたけど、でも、僕は……」
「どうしたの?」

 ハリエットは表情を曇らせた。珍しくハリーが言葉に詰まったからだ。

「実は、予言のことで。予言は、魔法省で壊れたでしょ?」
「あ……ええ」

 ハリエットは苦々しい顔つきになった。壊したのは自分のせいでもあるからだ。

「でも、僕、その予言の内容、ダンブルドアから聞いてたんだ」
「えっ」
「予言は、ハリーに関わるものだろう? それをどうしてダンブルドアが?」
「その予言をしたのがトレローニーで、ダンブルドアは、たまたまその場所に居合わせたらしいんだ」
「予言の内容というのは?」

 シリウスが真剣な表情で尋ねる。ハリーは、できる限り記憶をたどりながら、ゆっくり話し出した。
『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きる限り、他方は生きられぬ……闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう……』
「――確か、こんな感じの内容だったと思う」
「一方が生きる限り、他方は生きられぬって……」
「ハリーかヴォルデモートか、どちらかしか生きられないということか?」
「うん」

 ハリーが頷くと、厨房は重苦しい沈黙に包まれた。言わなければ良かったという後悔はハリーにはない。だが、二人がどう反応するかは気にかかった。

「ハリー、ヴォルデモートは、絶対に倒さねばならない敵だ」

 ハリーは顔を上げてシリウスを見た。

「闇に染まりつつあるこの魔法界を、あるべき姿に戻すため、我々不死鳥の騎士団は奮闘している。……だが、もしわたしが騎士団員でなかったとしても、わたしはヴォルデモートを倒すと心に決めていただろう。お前を守るために」
「シリウス……」
「ハリー、私も一緒に戦うわ。あなたがヴォ、ヴォルデモートと戦うなら、私だって戦う。いつだって一緒よ」
「……ありがとう」

 ハリーは伸ばされた手をギュッと掴んだ。血の繋がりはなくても、シリウスとハリエットとこうしているだけで、絆を直に感じることができた。

 午後になると、ふくろうが二羽やってきて、ハリーとハリエットそれぞれに、OWL試験結果を持ってきた。シリウスはうずうずと首を伸ばしていたが、双子はまず自分たちだけで結果を見ることにした。

「…………」
「どうだったんだ?」

 双子は視線を合わせ、どっちから言う、と無言で示し合わせた。

「……僕は」

 言うなら早いほうが良いと、ハリーは口を開いた。

「七ふくろう。魔法史と占い学が落ちた。でも、闇の魔術に対する防衛術はOだったんだ!」
「さすがはジェームズの息子だな! あいつも闇の魔術に対する防衛術は大の得意だった!」

 シリウスは鼻高々とハリーの頭を撫でた。ただでさえくしゃくしゃな頭が、より一層鳥の巣になった。

「ハリエットはどうだったんだ?」
「私は八ふくろう。私も占い学が落ちたわ。呪文学と魔法生物飼育学がOだったわ」
「やっぱり占い学は合格なんてできないよね」
「闇の魔術に対する防衛術はどうだったんだ?」
「……E」
「充分じゃないか!」

 シリウスもハリエットの頭を撫でた。ハリーよりは気を遣ったなで方だ。

「ハリーがDAを開いてくれたからよ。ハリー、先生にもなれると思う」
「ははは、二人とも将来有望だな!」

 シリウスは親の欲目というか、後見人の欲目がひどかった。だが、それがくすぐったくも嬉しい。

 ハリエットはハリーを見たが、彼はじっと成績表を見ていた。その視線の意味に、ハリエットは気づいた。

「ハリー、前、闇祓いになりたいって……」
「うん」

 ハリーは悲しげに笑った。

「これじゃ無理かな」
「魔法薬学か」

 シリウスはチッと舌打ちした。

「あいつめ、偏屈過ぎやしないか? Oを取った学生にしか教えないなんて。よし、わたしが一言言って――」
「だ、大丈夫だから! 別に他にも職はあるんだし!」

 なんとかシリウスを抑えることができた双子は、成績のことは一旦忘れることにした。

 それから数週間、三人は思い思いの時間を過ごした。時々、屋敷には騎士団員が出入りをし、そのたびにハリー達に挨拶をした。ルーピンは任務とやらで忙しそうだったが、暇を見つけたときは屋敷にやってきて、二階でぐっすり休んでいた。

 シリウスは、クリーチャーに対して、少しだけ優しくなった。神秘部の戦いが終わった当初は、後もう少しでハリー達が死ぬところだったと、シリウスは烈火の如くクリーチャーに当たっていたが、二人の間をダンブルドアが取り持ったのだ。今後、シリウスがクリーチャーに辛く当たれば、同じようなことがこれからも起こるかもしれないと。

 腹の底の怒りは消えないものの、少しだけシリウスはクリーチャーに歩み寄るようになり、クリーチャーもまた、ブツブツ言う独り言の辛辣さが少しだけ和らいだ。

 ハリーとハリエットの十六歳の誕生日には、皆がお祝いにと駆けつけてくれた。

 ウィーズリー一家やハーマイオニー、ルーピンやトンクス、フラーなどだ。

 一気に人員が増えたので、屋敷は騒がしくなった。そしてその分、いろんな情報が行き交う。

 ファッジが退任した代わりに魔法大臣にはルーファス・スクリムジョールがついたこと、ビルとフラーが結婚すること、イゴール・カルカロフの死体が発見されたこと、杖作りのオリバンダーが行方不明になったこと――。

 折角の誕生日パーティーが暗くなりつつあったが、シリウスが学生時代の失敗談を話して盛り上げたことで、何とか盛況のままに終わった。

 その翌日には、セドリックから手紙が届いた。ハリー、ハリエット両名の宛名で、中には彼が闇祓いに合格したと綴られていた。

「これからしばらく見習いの日々なんだって」
「これで晴れてセドリックもトンクスの後輩になるのね」
「セドリック? ハリエットの恋人か?」
「ち、違うわ!」

 ハリエットは慌てて否定した。からかわれたと気づいたときには、もうシリウスはカラカラと笑っていた。

「三大対抗試合の代表選手の一人だろう? そうか、闇祓いになったのか……」

 シリウスは、どこか寂しげに呟いた。屋敷に缶詰状態の自分と比べて、やるせなさを感じているのかもしれない。ハリエットは慌てて明るい声を上げた。

「あ、ほら! ホグワーツからの教科書のリストも届いてるわ! 面白そうな教科書はある?」

 ハリエットはハリーに話しかけたが、彼はどこかぼうっとした様子だ。シリウスと二人で首を傾げれば、ハリーはゆっくり手のひらを開く。そこには、キラキラ光るバッジがあった。

「僕……僕、クィディッチのキャプテンだって」
「――っ!」

 その時の、ハリエットとシリウスの喜びようと言ったらない。ケーキを焼かなきゃだの、ご褒美に何か買わないとだの、二人の息はピッタリだったし、その上、シリウスは自分の部屋から大事そうに万眼鏡を持ってきてハリエットに渡した。ハリエットも大事そうにそれを受け取り、シリウスに頷いて見せた。この一連の流れは、ハリーには秘密裏に行われた。