■謎のプリンス

07:ネックレス


 十月の半ばに、学期最初のホグズミード行きがやってきた。

 その朝食の席で、ハリーとロンは、興奮した様子で今朝寝室で起こったばかりのほやほやの出来事をハリエット達に話して聞かせた。

 何でも、プリンスの教科書に走り書きしてあった呪文をハリーが唱えると、眠っていたロンが突然宙に浮いたという。同じページにちゃんと反対呪文もかかれており、ロンは事なきを得たのだ。他にも、プリンスの教科書には便利な呪文がいくつかあった。特に『耳塞ぎ』の呪文は役に立ちそうだった。近くにいる者の耳に正体不明の雑音を聞かせ、授業中に盗み聞きされることなく長時間私語ができるというものだ。

 ハーマイオニーは、このことにあまりよい顔をしなかった。誰とも知らない人が作り出した呪文なんて得体が知れないからだ。

 だが、場が険悪になる前に、話が別の方向に進んでいったので、喧嘩にはならずにホグズミードに出掛けることになった。

 大量に着込んだ上、マフラーと手袋もした完全防備だというのに、外はものすごく寒かった。刺すような冷たい風が吹き荒ぶのだ。逃げ込むようにして四人はすぐにハニーデュークスの店に入った。

「助かったあ。午後はずっとここにいようよ」
「やあ、ハリー!」
「しまった」

 入って早々、四人はスラグホーンに見つかった。

「ハリー、私のディナーをもう三回も逃したぞ。それじゃあいけないよ、君。次は絶対に君を呼ぶつもりだ。ミス・ポッターとミス・グレンジャーは気に入ってくれている。そうだね?」
「はい」

 呼ばれた二人は仕方なく答えた。

「だからハリー、来ないかね?」
「ええ、先生。でも僕、クィディッチの練習があったものですから」

 スラグホーンは至極残念そうな顔をして去って行った。だが、ハリーにも参加してもらうことは諦めてないようで、また招待状を送ると上機嫌な言葉を残した。

「今度も逃げおおせたなんて信じられないわ」

 ハーマイオニーは羨ましそうにハリーを見た。

「そんなにひどいというわけでもないのよ。まあまあ楽しいときだってあるわ」

 せめてもの負け惜しみであることは明らかだった。だが、スラグホーンの登場でロンの機嫌はすっかり落ち込んだ。仕方ないので、バタービールを飲み、身体を温めようということになった。

 しばらく三本の箒に滞在した後、四人は早々に帰るということで落ち着いた。天気が悪い上、ゾンコの悪戯専門店も板が打ち付けられてあり、その他の店も活気がなく、気分が落ち込んできたからだ。

 ケイティ・ベルとその友達の後ろについて、四人はホグワーツへの帰り道を歩いてきた。だが、彼女たちの話し声が、次第に叫ぶような大声になっていった。目を細めて二人を見つめると、ケイティが手に持っている何かを巡って、二人が口論しているのが分かった。

「リーアン、あなたには関係ないわ!」

 リーアンがケイティの持っている包みをぐいと掴んだ。ケイティが引っ張り返し、包みが地面に落ちる。その瞬間、ケイティが宙に浮いた。まるで飛び立つ瞬間のように優雅に両手を伸ばしている。不気味な光景だった。両目を閉じ、うつろな表情をしている。

 やがて、地上二メートルの空中でケイティが叫び始めた。リーアンは慌てて彼女の足を掴み、なんとかして地上に降ろそうする。四人も慌てて駆け寄ってケイティの足首を掴んだ。おかげでケイティは地面に落下してきたが、彼女はなおも激しく暴れ、絶叫し続けている。

「ここにいてくれ! 助けを呼んでくる!」

 ハリーは叫び、学校に向かって駆け出した。ハリエット達は、ケイティを落ち着かせようとしたが、一向に彼女は正気に戻らない。ハリーはハグリッドを連れてすぐに戻ってきた。

 ハグリッドは、ケイティを抱きかかえて学校に走り去った。ハリーは、先ほど問題になっていた、地面に転がっている包みを指さした。

「これは?」

 わずかに開いた包みの隙間からは、緑色がかった光るネックレスが覗いていた。

「見たことがある。随分前になるけど、ボージン・アンド・パークスに飾ってあった。説明書きに呪われているってかいてあった。……ケイティはどうやってこれを手に入れたの?」
「そのことで口論になったの。ケイティは三本の箒のトイレから出てきたとき、それを持っていて、ホグワーツの誰かを驚かすものだって、それを自分が届けなきゃならないって言ってたわ。その時の顔が変で……あっ、きっと服従の呪文にかかっていたんだわ!」

 リーアンはすすり泣き始めた。ハリー達は彼女を落ち着かせる。

「ケイティは誰からもらったかを言ってなかった?」
「ううん、教えてくれなかった……」

 ハリーはマフラーで慎重にネックレスを包み込み、拾い上げた。

「学校に戻ろう。マダム・ポンフリーにこれを見せないと」

 道中、五人はしばらく無言だったが、やがてハリーが、胸に燻っていた考察を口に出した。

「マルフォイがこのネックレスのことを知ってる。四年前、ボージン・アンド・パークスのショーケースにあったものだ。マルフォイはこれをしっかり見ていた。僕たちがあいつの後をつけていった日に、あいつが買ったのはこれなんだ! これを覚えていて、買いに戻ったんだ!」
「ドラコがどうしてそんなことをするの?」

 ハリエットは怒ったような口調で聞いた。

「あんな……怪しいネックレスを!」
「誰かを――」

 ハリーは大きな声で言い返そうとしたが、リーアンの暗い顔が目に入って、囁き声まで声量を落とした。

「殺したかったんだ」
「そんなことする訳ないわ!」

 ハリエットも囁き返した。

「いくら何でも……ハリー、あなた分かってる? 同級生を人殺し扱いしてるのよ」
「あいつならやりかねない。死喰い人なんだ」
「ハリー!」
「待って……待って、リーアンがいるの。抑えて」

 ハーマイオニーは懇願するように言った。ハリエットは眉を釣り上げてハリーを見たが、それ以上は何も言わなかった。

 ハリーは、昔から散々ドラコに喧嘩をふっかけられていたのだ。彼がそんな偏見を持ってしまうのも仕方ないと思った。

 ホグワーツにつくと、ネックレスはフィルチによって速やかにスネイプの下へ届けられ、五人はマクゴナガルの部屋に呼ばれた。

「それで、何があったのですか?」

 嗚咽を抑えつつ、リーアンはたどたどしくマクゴナガルに流れを説明した。

 全てを聞き終わった後、マクゴナガルはリーアンを医務室に行かせた。

 続いて、ハリーはダンブルドアが学校にいるかどうか尋ねたが、生憎不在だという。

 ハリーは、マクゴナガルにも、マルフォイが怪しいと告発した。しかし、マクゴナガルは、ネックレスが売られたという店に行ったという、ただそれだけでマルフォイに嫌疑をかけることはできないと言い切った。更には、マルフォイは今日ホグズミードには行かなかったという。変身術の宿題を二度もやってこなかったため、マクゴナガルの罰則があったのだ。

 マクゴナガルの部屋を出た後、ケイティは誰にネックレスを渡すつもりだったのかという話になった。しかし結局答えは出ず、全員モヤモヤしたまま就寝することになった。

 ケイティは、次の日『聖マンゴ魔法疾患障害病院』に移された。