■謎のプリンス

15:兄と妹


 シリウスとは何とか話し合いで収束したものの、ハリーとハリエットの仲は相変わらずだった。シリウスに宣言したことを、ハリーにも言えばそれで事は終わるのだろうが、ハリーが躍起になって忍びの地図と睨めっこしている姿を目撃すると、どうしてもそんな気分になれなかった。

 そんな中、ハッフルパフ対グリフィンドールのクィディッチ試合が行われた。

 入院しているロンに代わり、マクラーゲンがキーパーを務めることになったが、彼はめちゃくちゃに試合をかき回した。

 ジニーがクアッフルを奪われたことを大声で批判したり、ハリーの注意も聞き入れず口論したり、ピークスの棍棒を取り上げ、どうやってブラッジャーを打ち込むかを見せたり。ハリーもこれには大激怒で、急いで二人の下へ向かった。だが、タイミングが悪かった。マクラーゲンに近づくのと、マクラーゲンがブラッジャーを打ち込むのは同時で、ハリーの頭にブラッジャーが激突したのだ。これにより、ハリーは戦闘不能となり、グリフィンドールは三二〇対六〇のスコアで大敗を喫してしまった。

 ハリエットは、ハリーの見舞客が落ち着く頃を見計らって、医務室に向かった。ハリーはロンの隣のベッドだとマダム・ポンフリーに教えられた。カーテンは全て閉め切られていたが、何やら話し声は聞こえていた。ハリーとドビーの声に聞こえた。

「ハリー?」

 ハリエットがカーテンの外から声をかけると、バチンと姿くらましする音が響いた。

「入ってもいい?」
「どうぞ!」

 ハリーはどこか慌てたような様子だった。ハリエットはキョロキョロ見回した。

「ドビーの声が聞こえたけど」
「見舞いに来てくれたんだ。それよりも……どうしてここに? ハリエットもお見舞いに来てくれたの?」

 やけにハリーはお喋りだった。ここ最近は、ろくに話したことがなかったのに。

「それもあるけど……少し話したくて」

 ハリーはすぐに意図を理解した。

「マフリアート 耳塞ぎ」

 ハリーが呪文を唱えると同時に、隣のベッドでロンは悲壮な声を上げた。

「そりゃないぜ、ハリー!」

 ロンは隣のベッドから恨みがましくハリーを見た。急に不自然な雑音が耳に飛びこんできたので、己の耳にハリーが何をしたのか、一瞬で理解したらしい。

「ごめん。二人きりで話したくて」

 ハリーは言い訳したが、もちろんロンには届かない。彼はふて腐れてベッドの間のカーテンを閉めた。

 ハリーが向き直ると、ハリエットは意を決して話し始めた。

「シリウスとちゃんと話したの。二人きりで会わないってことで落ち着いたわ」
「うん」

 なぜそういう結論になったのか、その経緯はハリーは聞き出さなかった。ただ、ホッとしたように頷く。

「それでね、ハリーに知っておいて欲しいことがあるの」
「何?」
「ドラコのこと。私とドラコの間に起こった出来事」

 ハリーは訝しげな表情を浮かべた。ほとんどいつも自分たちは一緒に行動していたのに、二人の間にどんな出来事があったというのだろう。

「一年生の時はね」

 ハリエットは傍らの椅子に腰掛けた。

 ハリーがドラコのことを嫌っているのは誰が見ても明らかだ。だが、その理由も当然だ。それだけのことをドラコがしてきたのだから。

 だからこそ、彼を見捨てられないハリエットの気持ちをハリーは分からないだろうし、分かってと無闇に言っても信じられないだろう。なら、ハリエットとドラコとの間にあった出来事を話せば、少なくとも多少は警戒心を解いてくれるのではないかと思った。

「ドラコは、私に箒を教えてくれたの。今もまだ空を飛ぶのは恐いけど……でも、箒を嫌いにならなかったのは、ドラコのおかげよ」
「一年生の時、マダム・フーチに加点をもらってたよね?」
「そう。全部ドラコのおかげなの」
「…………」

 ハリーはそれに対して何も言わなかった。ハリエットは続ける。

「二年生の時、リドルの日記から助けようとしてくれた。前にも言ったけど……私が操られてるんじゃないかって察して、日記をトイレに捨ててくれたの。三年生の時は、逆転時計を使った私達のことを黙っていてくれた。これはハリーもよく知ってるでしょう?」
「…………」
「それどころか、シリウスのことも黙っていてくれてるわ」

 ハリーは反論したかったが、言葉が出てこなかった。

「そして四年生の時は」

 よどみなく続けていたハリエットだったが、ここで一旦言葉を切る。辛そうな表情だった。

「私が男子に襲われてる所を助けてくれた」
「――っ」

 ハリーは一瞬言葉を失い、そして顔を怒りで真っ赤にしながら身を乗り出した。

「どういうことだ? 誰に……! それに、そんなこと、一言も――」
「話したくなかったの。自分が軽率だったってことは分かってたし、恥ずかしかった。忘れたかったの」
「相手は誰だ!」

 ハリーは乱暴に尋ねた。対するハリエットの声はとても小さかった。

「……ザビニ」
「あいつ!」

 今にも復讐に行こうと立ち上がりかけるハリーを、ハリエットは慌てて止めた。

「止めて、もう終わったことよ。刺激しないで。私は忘れたいの。結局は何もされなかったんだし」
「な、なんで奴は……マルフォイはそんな現場に!」

 ハリーはあまりの怒りに最後まで言えなかった。ハリエットは彼を落ち着かせようとハリーの手を握った。

「ザビニが、談話室で私のことを話していたそうよ。それで、私の身を案じてわざわざ助けに来てくれたの」

 ハリーは何か言おうと口を開いたが、言葉が出てくることはなかった。

「それでね、最後、去年は」

 ハリエットが続けようとすると、ハリーはまだ言い足りなさそうな表情を浮かべたが、ハリエットは気にしなかった。

「アンブリッジ先生に磔の呪いをかけられそうになったとき、ドラコは私にこっそり杖を渡してくれたのよ」

 ハリーは唖然と口を開けた。

「シリウスが捕まったと思って、アンブリッジの部屋に忍び込んだ、あのとき?」
「ええ。ドラコは、直前で杖を持たせてくれたの。それに、あなた達が禁じられた森へ向かった後、スネイプ先生の所に連れて行ってって頼んだら、お願いを聞いてくれたわ。あそこから連れ出してくれたの」
「あいつは……DAの会合を暴こうと躍起になってた。そのせいで、ダンブルドアは……」
「私達がドラコのお父様を死喰い人だって記事に書いたことが許せなかったみたい。でも……ドラコの気持ちも分かるわ。本当にご両親のことを大切に思ってるみたいだから」
「僕は……訳が分からない」

 ハリーは首を振り、力なくそう言った。

「確かにハリエットの話だけを聞くと、良い奴そうに聞こえるけど、でも、あいつはハーマイオニーのことを穢れた血って呼んだし、僕たちのことをいつも見下してる。ロンの家族だって馬鹿にした!」
「私……私もね、そういう所は嫌なの。ドラコの口から悪口なんて聞きたくなかったし、周りの人を見下すような態度は好きになれない。……でも、完全に悪い人だとも思えない。だって、私のことはあんなに助けてくれたんだもの。もし助けを必要としてるのなら、私も助けてあげたいの」

 ハリーが口を開いたのを見て、ハリエットは早口で付け加えた。

「もちろん、二人っきりにならないようにはするわ。だって、私もドラコは……怪しいと思うようになったから……」

 言いづらそうにハリエットは疑心を口にした。シリウスに話したときと同じような後ろめたさがハリエットを襲う。

 ハリエットはその思いを振り払うように首を振った。

「ねえ、ハリー、忍びの地図でまだドラコのこと見張ってるんでしょう? だったら、私にもそれを手伝わせて欲しいの。私もやるわ」
「いいよ……」

 ハリーは躊躇いがちに首を振った。

「どうして?」
「もう止める。だから、ハリエットもあいつと関わるの止めて」
「でも――」
「ハリエットが動いたとしても、あいつが口を開くとは思えない。ダンブルドアに任せよう」

 ハリーはハリエットの目を見てキッパリ言った。

「犯人捜しはするなって言われたし、僕ももうあいつに関わらないようにする。だからハリエットもそうして」
「……分かったわ」

 消化不良のまま、ハリエットは頷いた。腑に落ちない気がしたが、ハリーとこれ以上口論する気は起きなくて、ハリエットは渋々引き下がった。


*****


 ハリーとロンは、翌日一緒に退院した。ハーマイオニーが心配して欠かさずロンのお見舞いに行っていたので、ロンとハーマイオニーは、どうやら仲直りしたようだった。そのすぐ直前に、ハリーとハリエットも喧嘩していたのだが、ここも昨日の話し合いで、落ち着くところに落ち着いた。

 四人は本当に久しぶりに一緒に行動していた。ロンはいつになく軽快にジョークを飛ばしていたし、ハーマイオニーもそれにコロコロ楽しそうに笑っていた。ハリーもハリエットもようやく仲直りができたので、心の底から四人で過ごせることを喜んだ。

 だが、四人の機嫌と反比例するように、ロンとラベンダーの仲は険悪になっていった。ロンは退院する日を彼女に教えず、また、喧嘩していたはずなのに、ハーマイオニーと行動を共にする恋人にはっきりと不愉快を示していたのだ。

 ロンは、相性の良くないラベンダーと別れたがっている様子だったが、直接ラベンダーを振る勇気はなく、どうするべきか考えあぐねていた。