■死の秘宝

17:居候


 朝早く目を覚ましたのは、第六感のようなものだったかもしれない。まだ外は暗く、物音さえも聞こえてこなかった。

 ハリエットは、アバーフォースから二階にある客間を与えられた。だが、生憎と客間は一つしかなかったので、ドラコは居間のソファで寝泊まりすることになった。ドラコは文句を言わなかったが、ハリエットは何だか申し訳なかった。だが、自分が交換を申し出たとしても、彼は受け入れないだろうことは分かっていたので、何も言わなかった。

 同じ部屋にはクリーチャーもいる。クリーチャーは、自分なんかは厨房の隅で良いと言ったのだが、ハリエットが無理を言って一緒がいいと言ったのだ。

 クリーチャーは、まだ絨毯の上で丸まって寝ていた。しもべ妖精はずっと忙しく働いている所しか見たことがなかったので、何だか新鮮だった。

 クリーチャーを起こさないようにして、ハリエットはベッドから降り立つ。真っ直ぐに居間へ向かったが、ソファは空っぽだった。何だか胸騒ぎがした。階下で物音がしたので、ハリエットは静かに階段を降りた。

 厨房の方で、何か口論するような声が聞こえてきた。ドラコとアバーフォースの声だとすぐに気づいた。邪魔しない方が良いかとも思ったが、険悪な雰囲気に、顔を出さずにはいられない。

 ハリエットがそっと扉を押し開くと、ドラコは急に口をつぐんだ。ハリエットが彼を見ても、そっぽを向かれる。

「お別れは言わないで良いのか?」

 アバーフォースの言葉に、ドラコは彼を激しく睨み付けた。何が何だか分からず、ハリエットは戸惑った。

「どういうことですか……?」
「一人でここを出て行くんだと」
「どうして……?」

 目を見開いてハリエットはドラコを見た。

「危険よ! 捕まってしまうわ。あの人に殺されてしまう」

 ハリエットの剣幕に、アバーフォースは驚いたようだった。側にあった椅子を引き、自分はそこへ腰掛ける。

「ずっと不思議に思っていたんだが、どうしてマルフォイ家の者と一緒にいるんだ? お前達はどんな関係なんだ?」
「知らないんですか?」

 ハリエットは意外そうに聞き返した。ドラコも同じ気持ちらしく、黙ってアバーフォースを見る。

「俺は特殊だからな。団員とは言え、限られたメンバーとしか連絡を取っていなかった。……そいつの父親は死喰い人だろう。家出でもしたのか?」

 自分が答えて良いものかと、ハリエットは躊躇いがちに口を開いた。

「……ドラコは、私を助けてくれたんです。死喰い人に捕まっていた私を、ご両親や例のあの人を裏切ってまで、助けて――」
「違う!」

 ドラコは激しく頭を振った。

「元はといえば僕が悪いんだ! 僕が死喰い人をホグワーツに手引きし、君を誘拐した! そしてあなたの兄も殺した!」

 激高するドラコとは裏腹に、アバーフォースは落ち着いていた。

「殺したのはセブルス・スネイプだと聞いた」
「僕が殺したようなものだ! 僕がダンブルドアに武装解除をかけた! 杖を持っていたら、スネイプにやられるわけがなかった!」
「アルバスが、お前のようなひよっこに武装解除かけられるようには思わないが」
「――っ」

 ドラコは一瞬声を失ったが、すぐに調子を取り戻した。

「でも……でも、事実だ! 僕が殺したんだ!」
「それで、目の前に俺が現れて動揺したわけか。自分が殺した相手の弟がいて罪悪感が湧いたわけか。それで、もう俺の側にはいられないと?」
「――っ」

 図星だったのだろう。ドラコは何も言い返せず視線を逸らす。

「俺をあまり見くびるなよ。そんな状況のお前を外に出したら、確実に奴らに八つ裂きにされるに決まってるだろ。ますます外に出すわけにはいかないな」

 何か言おうと、ドラコは口を開いた。だが、それよりも早くアバーフォースは凄みのある声を出した。

「もしお前が勝手に出て行ったら、その腹いせにこの娘も外にほっぽり出す。それが嫌ならここに留まることだな。俺は本気だぞ」

 アバーフォースはハリエットを指さした。

「あ、あの――」
「何だ? お前まで出て行くなんて言わないよな? 二人揃ってお前達は考え無しなのか?」
「いいえ」

 ハリエットはきっぱり頭を振った。

「ありがとうございます。これからお世話になります。ね、ドラコ?」

 ドラコは、しばらく渋っていたが、やがて黙って頭を下げた。アバーフォースは、ふんと鼻を鳴らして『返事』をした。


*****


 それからというもの、ブラック家で過ごしていたよりは、充実した日々を過ごしていた。

 ハリエットは、ホッグズ・ヘッドに居候させてもらう代わりに、クリーチャーと共に料理と掃除を買って出た。とはいえ、あまりにクリーチャーが有能すぎるので、自分はいらないかもしれないとハリエットは少々落ち込んだ。料理は言うまでもなくクリーチャーの方が圧倒的に上手だし、掃除にしてみても、ハリエットの何倍も素早く綺麗にしていくのだ。むしろ自分は邪魔してるだけなんじゃないかと思うくらいには落ち込んだ。

 とはいえ、ハリエットも役に立たないといけないので、クリーチャーと分担することにした。クリーチャーは一階部分を掃除し、ハリエットは二階部分を掃除するのだ。ハリエットは一応追われる身であるので髪色を変える魔法があるとはいえ、早々にホッグズ・ヘッドを訪れる客に顔を晒すわけにはいかないのだ。

 掃除のための魔法はほとんど習ってなかったので、マグル方式になった。だが、掃除はドラコも手伝ってくれたので随分楽になった。良家の嫡男であるにもかかわらず、意外とドラコの掃除をする手つきが様になっていたので、ハリエットは驚いた。訳を聞けば、ダーズリーの家にいた頃に、ペチュニアにしごかれたという。しごかれるドラコなんて光景が想像できず、ハリエットは声を上げて笑ってしまった。

 ホッグズ・ヘッドには、時々騎士団の出入りもあった。シリウスから聞いたのか、ホッグズ・ヘッドは秘密の会合をするにはなかなか便利だと判明したらしい。アバーフォースも苦い顔をしながらも、一応は騎士団員として居間を提供している。

 騎士団達も、久しぶりに見る、もしくは初めて見るアバーフォースにかなり驚いた様子だった。アバーフォースは、騎士団員ではあるが、騎士団創設時、集合写真を撮って以来、他の団員にはほとんど会っていないという。ムーディとすら一度しか会ってないと聞いて、ハリエットは驚いたものだ。

 至って穏やかに日常が流れる中、ハリエットにとっては嬉しい出来事もあった。

 ある朝、窓をコツコツと叩く音がして、ハリエットは目を覚ました。その音は、ふくろう便を知らせる音によく似ていた。誰かから手紙が来たのだろうかとハリエットが窓に近寄ると、そこにはなんとウィルビーがいたのだ。

「ウィルビー!」

 急いで窓を開けると、ウィルビーはハリエットの手の中に飛び込んできた。いつもの仕草で、甘えたように指を甘噛みする。

「ああ、良かった。本当に……」

 ウィルビーのことはほとんど諦めていた。檻に入ったまま、空中何百メートルもの高さから落下したという。どう楽観的に考えても、生きているわけがないと思った。

 ハリエットはウィルビーを優しく抱えたまま、慌てて居間に突入した。ソファの上では、毛布にくるまってドラコがすやすやと寝ている。ちょっと罪悪感も湧いたが、ハリエットは興奮したままドラコの身体を揺さぶった。

「ドラコ、起きて! ねえ、起きて!」

 騒がしい起こされ方に、ドラコも目覚めないわけはなかった。眩しそうに目を細めながら、きょとんとハリエットを見る。

「ドラコ! ウィルビーよ! ウィルビーが生きてたの!」

 ドラコは目を瞬かせてウィルビーを見た。そして、ゆっくりと深い笑みを浮かべる。

 ホッグズ・ヘッドに来てから、初めての笑みだとハリエットは思った。

「良かった……本当に良かった」
「ええ、本当に良かった! ありがとう、帰ってきてくれて!」

 ウィルビーに頬ずりすると、彼女のくちばしが頬に突き刺さってちょっと痛かったが、溢れる嬉しさに比べたら可愛いものだった。

「包帯をしてるな」
「本当だわ。誰かが手当てしてくれたのかしら」

 怪我をしたのだろう羽根の付け根には、優しく包帯が巻かれていた。薬品が染みこんだ包帯で、ウィルビーの元気な様子からも、かなり効果のある薬なのだろう。

「誰が手当してくれたのかしら……。私、お礼の手紙を書かなくちゃ!」
「名前は書くなよ」
「はーい」

 手の中のウィルビーを見て、ハリエットは再びへにゃっと笑った。本当に嬉しくて嬉しくて堪らなかった。