■秘密の部屋

05:ナメクジの呪い


 ある朝、着替えようとローブを手に取ったとき、ハリエットは違和感に気づいた。ローブが、何かの羽だらけなのだ。

「鶏の……羽?」

 確証はなかったが、薄らとそんな気がした。何故だか、記憶の奥底から、鶏の甲高い鳴き声が呼び起こされたからだ。

 ハリエットは誰かの悪戯かもしれないと、その羽はすぐに処分した。気味が悪く、その出来事は誰にも話すことができなかった。


*****


 土曜日の午前中、まだ夜が明けたばかりのときに、ハリーは起こされ、クィディッチの練習に向かったという。

 それを聞いて、ハリエット達三人は見学に行くことにした。まず大広間で朝食をとり、ハリエットはハリーのためにマーマレード・トーストを余分に持って行くことにした。

 競技場には選手達の姿がないので、もしかしてもう練習は終わったのだろうかと思った矢先、更衣室からずらずらと選手が姿を現すのが見えた。その中には眠そうなハリーもいる。

「まだ終わってなかったんだ」
「むしろ、今からやるみたい」

 ハリエットが小走りにハリーの下まで行った。トーストを半分に割ってハリーの口に押し込む。

「君って最高の妹だよ」
「ありがとう。残りは終わってからね」

 ハリーはまだかとウッドが叫んだので、ハリエットは苦笑を浮かべて言った。

 しばらくグリフィンドールが練習していると、競技場の中にスリザリンの選手がやってくるのが見えた。手にはもちろん箒を持っている。

「なんだあいつら? このピッチを今日予約してるのは僕だ。話をつけてくる」

 ウッドの後に続いて、ハリー、フレッド、ジョージも向かった。嫌な予感がしたので、ハリエット達もその集団に向かって走った。

「今は我々の練習時間だ。即刻立ち去ってもらおう」
「いや、今は僕たちの練習時間だね。スネイプ先生のサインももらってる。『私、スネイプ教授は本日クィディッチ・ピッチにおいて新人シーカーを教育する必要があるため、スリザリンが練習することを許可する』」
「新しいシーカーだって?」

 ウッドが問い返せば、スリザリンは皆にんまり笑った。そして彼らはサッと身を横に退ける。スリザリンの集団の中から現れたのは、先輩に比べると体躯が小柄な少年だった。青白い顔に得意げな表情を浮かべている。ハリエットはあっと声を上げた。

「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」

 ウッドは呟いた。

「よくぞ言ってくれた。そのルシウスさんが我々スリザリンチームにくださった贈り物を見せてやろう」

 そう言って七人全員が同時に自分の箒をつきだした。ピカピカに磨き上げられた新品の箒で、『ニンバス二〇〇一』と書かれている。

「最新型だ。先月出たばかりさ」

 自分が買ったわけではないのに、フリントは得意げだ。

「お前達の古くさい箒と戦ったら、こっちの圧勝で幕を閉じるだろうさ」

 ゲラゲラと機嫌良くスリザリンは笑う。果敢にも前に出たのはハーマイオニーだった。

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 ハーマイオニーが顎をあげて言った。ドラコの得意げな表情に陰りが差した。

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの穢れた血め」

 ドラコが吐き捨てるように言い返すと、その場は騒然となった。ハリー、ハリエットにはその悪態に馴染みはなかったが、ひどい悪口だということは理解した。フレッドとジョージはすぐに彼に掴みかかろうとしたし、アリシアは金切り声を上げて批判した。カッと頭に血がのぼったロンは、杖を取り出し、『思い知れ!』と呪いを放った。

 バンという大きな音が競技場に響き渡った。緑の閃光がドラコにではなくロンに逆噴射した。ロンはよろめいて芝生の上に尻餅をつく。

「うええ……」

 そして、慌てて駆け寄ってハリー達に見守られる中、彼は芝生の上にボタボタとナメクジを吐いた。真っ二つに折れたロンの杖は、呪いに失敗してしまったのだ。

 スリザリンは一斉に笑い転げた。ドラコも顔を歪めて笑っている。

「ハグリッドの所に連れて行かないと」

 ハリーとハリエットで、ロンを両側から支えた。ハーマイオニーは心配そうにロンの背中を撫でた。

 ハグリッドの小屋まで、ロンは何匹もナメクジを吐いた。この呪いに対処する方法はなく、ハグリッドが言うには、吐けるまで吐いた方が良いというのだ。ロンの前には洗面器が置かれた。

「それで、やっこさん、誰に呪いをかけるつもりだったんかい?」
「マルフォイだ」

 ハリーが短く答える。

「マルフォイがハーマイオニーのこと何とかって呼んだんだ。ひどい悪口なんだと思う。だって皆カンカンだったから」
「本当にひどい悪口だよ。マルフォイの奴、『穢れた血』って言ったんだ」

 ロンの顔がまたツルッとナメクジを吐き出した。最初の頃に比べれば小さいナメクジだった。

「そんなこと本当に言ったのか!」
「言ったわ。でも、どういう意味だかは私は知らない。もちろん、ものすごく失礼なことだということは分かったけど……」
「あいつの思いつく限りの最悪の侮辱の言葉だ」

 ロンは苦々しく表情を歪める。

「『穢れた血』って、マグルから生まれたっていう意味の――つまり両親とも魔法使いじゃない人を指す最低の汚らわしい呼び方なんだ。マルフォイみたいな奴は、皆に『純血』なんて呼ばれるから、自分たちが偉いんだって勘違いしてる連中がいるんだ」
「生まれを否定するなんて馬鹿らしいわ」

 ハリエットが思わず言う。ハグリッドも頷き、優しくハーマイオニーの手を握りしめた。

「それに、俺たちのハーマイオニーが使えねえ呪文は今まで一つもなかったぞ」

 彼の言葉に、皆が素敵な笑顔を見せてハーマイオニーを見た。ハーマイオニーはポッと顔を赤らめた。


*****


 いつもの練習場へと向かうドラコの足取りは重たかった。

 何となく予感があった。この先に彼女はいるだろうし、確実に怒っているだろうことが。

「ドラコ」

 角を曲がってすぐ、ドラコは無表情のハリエットと向き合うことになった。数歩後ずさると、彼女は詰め寄るようなことはせず、その場でじっとドラコを見た。

「どうしても直接言いたかったから。スリザリンのシーカーに選ばれたのね。私も嬉しいわ。おめでとう」

 ハリエットの顔は、決して褒める類いの表情ではなかった。

「でも、ロンから聞いたの。ドラコが言った言葉が……ひどい嘲りの言葉だって」
「それがどうした?」

 箒を肩に預け、ドラコは顎を突き出した。嘲りの言葉だろうが何だろうが、マグル生まれが『卑しいもの』であることに変わりはないし、自分は事実を言ったまでだと思った。それに、純血が尊ばれ、マグル生まれが差別されるのは公然たる事実だ。

「ハーマイオニーは、あなたの努力を知らなかったわ。でも、あなたの方も、ハーマイオニーが今日どれだけ傷ついたか知らない」

 ハリエットは息を吸い込んでドラコを見た。

「ハーマイオニーには、落ち着いたらあなたのことを言うわ。あなたがどれだけ努力していたか。でも、あなたも知っておいて欲しかったの。ハーマイオニーがどれだけ傷ついたか。……ハーマイオニーは泣いてたの」

 ハリエットは、確かに見た。ハグリッドにの言葉にハーマイオニーは笑みを浮かべたが、その瞳には涙の膜が張られていたことに。

 ハリエットは言いたいことを言い終えると、下を向いてドラコの横を通り過ぎた。またしばらく、ここへは来られないかもしれないと思った。