■秘密の部屋

09:リドルの日記


 九と四分の三番線の壁が閉じたり、ハリエットが箒に乗っているときにコントロール不能になったり、クィディッチのときにブラッジャーがハリーだけを襲ってきたりと、ここ最近は不可解なことばかりだったが、原因はドビーだった。ハリーやハリエットを怪我で家に帰すためにやっていたことだったらしい。

 なぜそんなことが分かったかというと、真夜中、医務室に入院しているハリーの下にドビーが現れ、再三ホグワーツは危険だから帰るようにと忠告してきたからだ。

 ドビーはよかれと思ったのだろうが、ハリー達としては散々である。もう少しで退校処分になるところだったし、空を飛んでいるときに魔法をかけるなど、一歩間違えれば落下して死んでしまう。

 それでも、ドビーは早く家に帰るように言うばかりだ。
『さもなければ、あなた様に危険が及びますし、あなた様の大切な人が不幸になります』
 そうハリーに言い残し、ドビーは姿を消した。

 そしてその後、グリフィンドール一年生のコリン・クリービーが継承者に襲われて石化したことを知ったのだ。


*****


 ポリジュース薬は、嘆きのマートルのいる女子トイレで順調に作られた。コリン以降犠牲者はなかったが、クリスマス休暇でドラコがホグワーツに残ると聞いて、ハリー達はますますこれを怪しんだ。

 ハリエットは、ポリジュース薬作成にほとんど関わっていなかった。というのも、しょっちゅう彼女は医務室のお世話になっているし、寮に戻っても、談話室を通って寝室に直行するばかりで、ハリー達と話す機会もほとんどないからだ。

 ハリエットがこうなってしまったのも、おそらくドビーのお節介や、現状ホグワーツをとりまく秘密の部屋事件で不安になっているせいだろうと当たりをつけ、兄と親友たちはますますポリジュース薬作成に身を入れることとなった。

 煎じ薬にどうしても必要な材料――二角獣の角と毒ツルヘビは、魔法薬学の時間にスネイプ個人の薬棚から盗むという大胆な作戦を立てた。この計画は意外とうまくいった。ハリーとロンが授業中にゴイルの薬の中に『フィリバスターの長々花火』を狙って落し、見事作成していた『膨れ薬』を爆発させたのだ。薬を被ってしまったスネイプが生徒の対処に追われている中、透明マントを被ったハーマイオニーが教室を抜けだし、材料を盗むという鮮やかな手口だった。スネイプは射殺さんばかりにハリーとロンを睨んできたが、証拠がなければ退校処分にもできない。

 二人は、素知らぬ顔をしながら、内心はスネイプの裏をかけたことに小躍りしていた。


*****


 ポリジュース薬ができるのもあと一週間というところになって、『決闘クラブ』が開催された。面白そうだったので、ハリー達は参加したが、ハリエットは体調が悪いからと断った。

 ベッドで大人しくしているようにときつく言われ、ハリエットももちろんそのつもりだった。

 ベッドの上でハリエットは日記を開いた。最近は開いてなかったが、ロックハートの一件でまた日記を書くようになっていた。リドルは、もうハリーのことを聞き出そうとはしなかった。それで少し心を許したせいもある。

 リドルは、次にハリエット自身のことを聞きたがった。ハリエットは、ようやくリドルと向き合ったような気がして嬉しくなった。純血主義や、ロックハートのこと、箒の練習がうまくいかないこと、日常のありふれた、少し気になったことを書き連ねると、リドルはたくさんアドバイスをくれた。

 純血主義については、ドラコがハーマイオニーに『穢れた血』と言い放ったことを思い出して書いた。どうしてそんな言葉があるんだろう。どうして純血主義なんてものがあるんだろう、と。

 リドルは、ハリエットの言葉を一旦受け止めながらも、偏見に囚われてはいけないし、個人の価値観を相手に押しつけてもいけないと言われた。偏見とは何か、と問えば、純血主義について、正しく書かれた書物を読みもせずに、周りからの偏見に塗れた人の話ばかり聞いて判断していないか、といわれる。

 確かに、言われてみればハリエットは純血主義について詳しく知らない。知り得た情報と言えば、主にロンやハグリッドから聞いたものばかりだ。

 そう伝えると、そうだろう、そうだろう! とリドルは嬉しそうになった。
『純血主義とは、由緒正しい血筋が続くために、とても必要なものなんだ。非魔法族の血が混じれば、純粋な魔法族の血が薄れ、魔力が少なくなってしまう。そのせいで、可哀想にスクイブといわれる魔法族の子供にもかかわらず、魔法が使えないという人も生まれてくるんだ』
『でも、両親がマグルでも生まれてくる魔法使いはいるわ』
『それは滅多にないことだよ。突然変異さ。本来は魔法使いは魔法使いの家柄から生まれてくる。魔法族の血を絶やさないためには、非魔法族の血は入れては駄目なんだよ』
『…………』
 ハリエットはそれでも釈然としない思いだった。うまく言えないが、リドルの言葉を聞いて、胸にしこりのようなものが残る。

 箒の練習についても話題にあげた。突然箒が暴れ出してから、また空が恐くなって一メートルしか飛べないと伝えれば、リドルはひどく同情した。
『可哀想に、空が恐いなんて。でも、ハリー・ポッターはシーカーなんだろう? きっと君もそのうち才能を発揮できるようになるよ。現に、空が恐くなる前は、ちゃんと飛べてたんだろう?』
『そう……なんだけど』
 箒の話になると、いつもからかわれて辛い、ということも話した。今年は医務室に行くことが多いので、ハリエットは一人で校内をうろつくことが多く、そんなとき、ハリエットの箒の腕前を馬鹿にしてくる輩もいるのだ。そういうときは、決まってハリーを引き合いに出される。
『双子は大変だね。何でももう一人の兄妹と比べられて』
 リドルは、ハリエットは、兄に劣等感を抱えている、と言った。方や兄は生き残った男の子で、ハリエットはなんでもない普通の女の子。兄はシーカーで、妹は落ちこぼれ。

 ハリエットは今まで気にしたことがなかったが、リドルにそう言われればそうなのかもしれない、と思った。だが、そう自覚すると辛かった。普段はなんてこと無い顔で話しているが、もしかしたら、ハリーは実はハリエットのことを恥ずかしく思っていたのかもしれないと、そう考えるだけでも苦しかった。

 ハリエットは、さよならを告げると、日記を閉じた。

 ひどく頭痛がした。

 この日記はどこかおかしい、とハリエットは本気で思い始めていた。

 部屋に置いてきたはずでも、不意に気づけば、いつの間にか日記がポケットの中に入っている。ふとしたときに、開いてかき込んでいる。まるで取り憑かれたかのように。

 それに、冷静になって考えてみると、自分の考えが彼に染まっていくような気がしてならなかった。日記は、相談に乗ろうなんて呈ではいるが、その実、そうではない。あらかじめ決まった自分の考えに、どうしても導きたいようだった。ハリエットがそれは違うと言っても、日記は頑として譲らず、美辞麗句を並べ立てて自分の結論に導くのだ。そして最後は、ほら、反論はないでしょうと言わんばかりに無言になる。

 もう日記なんか書きたくないのに、開かずにはいられない。持ち歩きたくないのに、いつの間にかポケットに入っている。

 どうすれば良いか結論は結局出ず、ハリエットは泥のように眠りについた。


*****


 翌朝、ハリエットは決闘クラブのお土産話を聞いた。といっても、そんなに楽しいものではなかった。決闘クラブでは互いに呪文の練習をしたが、ハリーとドラコが対決することとなった。皆の前で、ドラコはヘビを出した。そのヘビはロックハートに挑発され、ハッフルパフのジャスティン・フィンチーフレッチリーの方へ向かっていった。何とかしようと思ったハリーは、ヘビに向かって話しかけた。もちろん、ヘビにジャスティンから離れるように言ったのだ。ヘビ語で。

 本来、ヘビと話せるものはほとんどいない。ヘビと話せるものは『パーセルマウス』と言い、パーセルマウスはかつてヘビと話せたというサラザール・スリザリンの子孫だと思われると言うことだ。

 タイミングが悪かった。今ホグワーツは秘密の部屋で大混乱だった。秘密の部屋は継承者によって開かれ、そして怪物がマグル生まれのものを殺していくという。秘密の部屋を作ったのはサラザール・スリザリンなので、真の継承者と言われると、どうしてもパーセルマウスのハリーが結びついてしてしまう。

 おまけに、ヘビ語でヘビを追い払おうとしたハリーは、周りの生徒からすれば、ヘビをジャスティンにけしかけたように見えたらしい。


*****


 ハリーは、なんとかして誤解を解こうと、ジャスティンを捜し回った。図書室で自分の偏見に塗れた話を聞いてしまったり、廊下を歩けば皆から避けられたり。

 そしてある廊下を歩いているとき、ハリーは見つけた。石化したジャスティンと、黒くすすけたほとんど首無しニックを。

 ハリーは、またしても事件の第一発見者になってしまったのだ。本当にハリーは運が悪かった。