■アズカバンの囚人

10:ブラックの真相


 ハリーとハリエットはマントを被り、ロンとハーマイオニーは普通に連れ立ち、四人はホグズミードを歩いていた。一回来ただけだが、ロンとハーマイオニーはまるで自分たちの庭のようにホグズミードを案内した。ハニーデュークスでお菓子をたらふく買い込んだり――もちろんハリー達の分は代わりにロン達に買ってもらった――雑貨を見て回ったり。最終的には、楽しみにしていた三本の箒までやってきた。バタービールという存在を知ってから、双子はそれが飲みたくて仕方がなかったのだ。

 居酒屋の中は、大勢の人でごった返していた。こんなに騒がしく人の行き来が激しい場所で、誰も隅の席に陣取った四人の生徒のことなど気にしない。ハリーとハリエットは遠慮なくマントを脱いだ。

 ロンが四人分のバタービールを買ってきてくれた。バタービールはできたてで、白い泡がふつふつと泡立っている。

「メリー・クリスマス!」

 ロンの嬉しそうな声に、皆がカチンとジョッキを鳴らした。

 ハリエットは遠慮なくグビッと一息に飲んだ。身体の芯からぼかぼかと温まるような心地で、じんわり胸にまでホッとするような感覚が来た。

 和やかに談笑していると、新たに『三本の箒』のドアが開いて人が入ってきた。現れたのは、マクゴナガルとフリットウィック、ハグリッド、そしてファッジだった。

 リラックスしながらも、決して油断していなかったハーマイオニーが、両手をバッと挙げて、同時にハリーとハリエットの頭に手を乗せた。何だろうと二人が疑問に思う間もなく、彼女は力一杯テーブルの下に押し込む。勢い余って椅子から滑り落ちたので、バタービールが零れてテーブルの下までしたたり落ちた。

「モビリアーブス!」

 ハーマイオニーが魔法をかけ、側にあったクリスマス・ツリーを四人のテーブルの真ん中にトンとおいた。ツリーは見事四人の姿をまるごと隠した。

 マクゴナガル達は、それぞれ飲み物を注文した。

 話題はやはりシリウス・ブラックについてだった。

「私、未だに信じられない思いですわ」

 店主のマダム・ロスメルタが感慨深げに言った。

「どんな人が闇の側に加担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと私は思っていました」
「君はブラックの最悪の仕業を知らない」
「最悪の?」

 マダム・ロスメルタは好奇心に駆られて訊ねた。

「大勢のマグルを殺しただけでなく?」
「まさにその通り。ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ」

 マクゴナガルは沈痛な面持ちで言った。

「あの人の一番の親友が誰だったか覚えていますか?」
「ええ、もちろん。二人はいつでも一緒、影と形のようでしたわ。あの二人にはよく笑わされました。まるで漫才のようだったわ。シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」

 双子はハッとして顔を見合わせた。信じられない名前を、今聞いた。

「その通りです。ブラックとポッターは悪戯っ子達の首謀者。もちろん二人とも非常に賢い子でした、ずば抜けて」
「みんな、ブラックとポッターは兄弟じゃないかと思っただろうね」
「まさしく。そしてポッターは他の誰よりもブラックを信頼していた。それは卒業してからも変わらない。ブラックはジェームズがリリーと結婚したとき、新郎の付き添い役を務めた。二人はブラックをハリーとハリエットの名付け親にし、そして後見人をも任せた。二人はもちろん全く知らないがね。こんなことを知ったら、二人はどんなに辛い思いをするか」
「ブラックが例のあの人の一味だったからですの?」
「もっと悪いね」

 ファッジは声を落とした。

「ポッター夫妻は、自分たちが例のあの人に付け狙われているのを知っていた。だからこそダンブルドアは二人に身を隠すよう勧めた。ダンブルドアは『忠誠の術』が一番助かる可能性があると二人に言ったのだ」
「どんな術ですの?」
「一人の、生きた人の中に秘密を魔法で封じ込める。選ばれたものは『秘密の守人』として情報を自分の中に隠す。秘密の守人が口を割らない限り、例のあの人がいくら探そうが、二人を見つけることはできない。絶対にね」
「それじゃ、ブラックが二人の秘密の守人に?」
「当然です」

 マクゴナガルが頷いた。

「ジェームズ・ポッターはブラックだったら二人の居場所を教えるぐらいなら死を選ぶだろうと言ったのです。ダンブルドアも心配してらっしゃった。自分がポッター夫妻の秘密の守人になろうと申し出られたことを覚えていますよ。ですが、ダンブルドアがブラックを疑っていたわけではありません。誰かポッター夫妻に近しいものが、二人の動きを例のあの人に伝えているという確信がおありでした。誰かが裏切っていたのです」
「そして、忠誠の術をかけてから一週間も経たないうちに――」
「ブラックが二人を裏切った?」

 マダム・ロスメルタが声を潜めた。

「まさにそうだ。ブラックにしては最悪だっただろう。自分が裏切り者だと露呈した途端、自分の主人が倒れてしまったんだ。逃げるほかなかった」
「俺はジェームズとリリーが死んだとき、奴と会った。奴は言ったさ、『ハリーとハリエットを渡してくれ。わたしが後見人だ、わたしが育てる――』。もちろん俺は断ったさ、ダンブルドアから、マグルのおばさんの所に預けろと言われていたからな。もし俺が二人を奴に渡していたらどうなっていたと思う? 海のど真ん中辺りまで飛んだところで、二人を、無二の親友の忘れ形見を、バイクから放り出したにちげえねえ!」
「逃げた奴を見つけたのはピーター・ペティグリューだった。ポッター夫妻の友人の一人だ。ブラックが秘密の守人だと知っていたから、自らブラックを追った。そして彼は英雄として死んだ。ブラックを追い詰めたが、杖を抜くのはブラックの方が早かった。ペティグリューは木っ端微塵に吹き飛ばされ、指しか残らなかった」

 皆が黙り込んだ。沈痛な面持ちだった。

「ブラックは、何のために脱獄したとお考えですか? まさか、大臣、ブラックは例のあの人と組むつもりでは?」
「それがブラックの――最終的な企てだと言えるだろう」

 ファッジは言葉を濁した。

「だが、我々は程なくブラックを逮捕するだろう」

 テーブルの上でカチャカチャ音がした。誰かがグラスを置いたのだ。

「さあ、コーネリウス。校長と食事なさるおつもりなら城に戻った方が良いでしょう」

 マクゴナガルが言って、その場は解散となった。一人、また一人と立ち上がって扉の外に消えていく。

「ハリー、ハリエット?」

 ロンとハーマイオニーはテーブルの下を覗いた。二人はしばらく言葉もなく、双子の顔を見つめていた。