■炎のゴブレット

03:三校対抗試合


 闇の印が上がったことは日刊予言者新聞にも載った。だが、犯人を取り逃したことや、警備が甘かったことなど、事実を含めた上で、遺体が森から運び出されたという憶測を書き連ねたせいで、新聞を読んだ人々は余計に不安がり、更に噂が広がることになった。

 後処理として、魔法省に務めるアーサーとパーシーはてんてこ舞いだった。ワールドカップでの警備の苦情で吠えメールが次々送られたり、壊された私物の存在賠償を要求する訴えをしてきたりと、一つ一つ対処していかなければならなかったのだ。ようやく一息ついたのは、皆がホグワーツに戻る前日の夜だった。

 ハリエット達は、モリーが買ってきてくれた教科書やドレス、ドレスローブをトランクに詰め、明日に備えて早くベッドに横になった。

 翌日、キングズ・クロス駅へは、マグルのタクシー三台で向かった。平凡なタクシーの運転手達は、興奮状態のふくろうや急に炸裂する花火、それに驚いた猫に噛みつかれたりして、駅に着いたときは、もう二度と会いたくないと言わんばかりの顔をしていた。

 駅でモリーとお別れの挨拶をしたが、『クリスマスは皆きっとホグワーツに残るでしょう』とか、『とっても面白くなるわ』とか、含みをもたせるようなことを口にしておいて、絶対にホグワーツで何が起こるのかは教えてくれなかった。機密情報とやらで教えられないらしい。

 四人でコンパートメントを確保すると、時折同級生達が顔を見せた。シェーマスやディーン、それにネビルだ。皆とは、まだ興奮冷めやらぬクィディッチ・ワールドカップのことを話した。ネビルも行きたかったらしいが、祖母が頷いてくれず、見に行けなかったと悲しそうに零した。

「これ貸してあげるわ」

 ハリエットは喜々として万眼鏡を差しだした。シリウスに送ろうと思ってたくさん動画を撮ったのだ。中にはたくさんの選手のハイライトを溜めている。夏休み、ハリーがシリウスに手紙を送って以降、まだ返事が返ってきてないので、ハリエットは送り損ねていた。

「わあ、いいの? ありがとう!」

 ネビルは詰めてもらった座席に腰掛け、万眼鏡を覗いた。

「クラムの動画もあるの?」
「ええ。スニッチをとった瞬間もバッチリね」
「あっ、これだね! すごいや!」
「でも僕たち、クラムを間近で見たんだ」

 ロンは胸を反らした。対するネビルは目の前で繰り広げられる素晴らしいプレイの数々に夢中で、大して反応を示さなかった。

「貴賓席だったんだ――」
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー」

 急にドラコがドアの所に現れた。もちろん例の如くクラッブとゴイルも後ろに従えている。ディーン達が来たとき、コンパートメントのドアをきちんと閉めなかったので、こちらの会話が筒抜けだったようだ。

「君を招いた覚えはないけど」

 ハリーは冷たく返すが、ドラコは意にも介さなかった。

「やれやれ、貧乏人は可哀想だな。チケットを買うお金もなく、そんな映像で我慢しないといけないのか」

 ドラコは哀れむような視線をネビルに向けた。

「それで……君たちはエントリーするのかい? いや、君はするだろうな、ポッター。見せびらかすチャンスは逃さない君のことだし?」

 沈黙が返ってきたのを見て、ドラコは大袈裟に驚いた顔をして見せた。

「まさか、君たちは知らないとでも? 父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか? ああ、そうか。きっと君の父親の前ではみんな重要事項は話さないのだろうな……」

 ドラコの良く回る舌は今日も絶好調だった。言いたいことだけ言ってさっさと出て行ったドラコを睨み付けながら、ロンは勢いよく扉を閉めた。

「あいつのどこが友達だって!? 友達はこんな気に障るようなことは言わないだろうさ!」

 ハリエットは何も言えず、苦笑いを返した。正直なところ、やはりドラコのことは庇えないとは思った。

 嫌味は嫌味でも、彼の嫌味は刺々しいのだ。可愛げがないとも言う。刺々しい嫌味は、大抵ハリー達と一緒にいるときに繰り出される。ハリエットと二人だけでいるときは、子猫が刃向かってくるような可愛らしさの片鱗があるような、なかったような気もしなくはないが……。


*****


 土砂降りの中、ホグワーツ特急はホグズミード駅に到着した。ホグワーツにたどり着く頃には、生徒たちは一様にずぶ濡れになっていた。

 外よりは暖かい大広間に飛び込み、それぞれの寮のテーブルに着く。ハリエット達は、しばらく雑談をしながら、新入生が現れるのを待った。

 どういう巡り合わせか、今の今までハリエットは新入生の組み分けの儀式に立ち会っていなかったので、今年はようやく見られると、とても楽しみにしていた。

 やがて、マクゴナガルに連れられて新入生がやってきた。ハリエット達同様、彼らも随分とびしょ濡れだ。毎年違う歌詞だという組み分け帽子の歌が終わった後、マクゴナガルが順々に生徒の名を呼び、組み分けが始まった。つつがなく組み分けは行われ、コリン・クリービーの弟、デニスが無事グリフィンドールに組み分けされたときなんか、コリンは興奮で顔を真っ赤にしていた。

 組み分けが終わった後も、コリンは喜々としてデニスをつついていた。

「デニス、デニス! あそこにいる人、ね? 黒い髪で眼鏡かけてる人、ね? 見える? あの人誰だか知ってる?」

 恥ずかしいのか、ハリーはそっぽを向いていた。ハリエットが取り繕うようにへにゃっと笑えば、コリンはパッと満面の笑みを浮かべた。

「ほら、あの人! その隣の赤い髪の人はね、ハリエット・ポッター! 優しくて可愛いから、僕大好きなんだ!」
「わお、熱烈な愛の告白か?」

 ロンがからかうようにハリエットを見た。ハリエットはちょっと顔を赤くしてロンを睨んだ。

 食事が始まると、皆は一斉にご飯をかっ込んだ。ハリーとロンもその類に漏れない。がっつく勢いでマッシュポテトもステーキも山盛り皿に盛り付けていたハリーは、隣に座るハリエットが、少しだけ緊張した面持ちでコリンの側に行くのを見にした。ハリエットは、しばらくコリン達と会話をしていた。そして用が終わると、また戻ってきた。ハリーはすぐに話しかける。

「コリンと何話してたの?」
「……ちょっと」
「告白の返事かい?」

 ロンがからかうので、ハリエットはジロッと睨み付けた。

「そんなんじゃないわ」
「じゃあ何?」
「その時が来たら話すわ。今は……ちょっと」

 コホンコホンとハリエットが咳払いをした。妹が隠し事をするのは珍しいので、ハリーはそれ以上の追求は諦めた。

 そんな会話をしているうちに、いつの間にやら、真正面に座るハーマイオニーが食事をボイコットしていた。お腹が空いているはずなのに、かぼちゃジュースにすら目も向けないのだ。訳を聞けば、首無しニックから、ホグワーツでも屋敷しもべ妖精が働いていることを初めて聞き、そして彼らは給料も休みももらってないことをも教わり、愕然としたのだ。

 そうして、奴隷労働の果てに作られたのがこの食事と分かり、絶食を志したという。

 身体に悪いからと、ハリエットが何度食事を促しても、ハーマイオニーは頑として頷かなかった。しまいには、わざと糖蜜パイの匂いをハーマイオニーの方に漂わせるロンを一睨みで黙らせる始末。ロンはすぐに大人しくなった。

 テーブルの皿が綺麗にピカピカになったところで、ダンブルドアがいくつか注意事項を口にした。例年と同じように、場内持ち込み禁止の品がいくつか追加されたとか、森は立ち入り禁止とか、そんな些細なことだった。だが、最後に、ダンブルドアは寮対抗クィディッチ試合を今年は取りやめると宣言した。これには、ハリーだけでなく、ハリエットも絶句した。万眼鏡でハリーの勇姿を撮ってシリウスに送ろうと思っていたので、かなりショックだった。

 しかし、ダンブルドアの話はこれで終わりではなかった。

「これは、十月に始まり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを以て発表しよう。今年ホグワーツで――」

 しかし、丁度この時耳をつんざく雷鳴と共に大広間の扉がバタンと開いた。

 戸口に一人の男が立っていた。長いステッキに寄りかかり、黒い旅行マントを纏っている。彼は教職員テーブルに向かって歩き出した。そしてテーブルの端にたどり着くと、ダンブルドアの前まで歩み寄り、手を差しだす。その時、再び稲妻が天井を横切った。その灯りで、男の顔ははっきりと浮かび上がった。彼の皮膚は、一ミリの隙もないほど傷跡に覆われており、鼻は大きく削がれていた。しかしそれ以上に奇異に映ったのは目だ。片方の目は小さく、黒く光っていたが、もう一方の目は、大きく、丸いコインのようで、鮮やかな明るいブルーだった。ブルーの目は瞬きもせず、もう一方の普通の目とは全く無関係にぐるぐると上下、左右に絶え間なく動いている。

 ダンブルドアと低い声で言葉を交わすと、男は席に着いた。

「闇の魔術に対する防衛術の新しい先生をご紹介しよう」

 静まりかえった中でダンブルドアが明るく言った。

「ムーディ先生じゃ」

 ダンブルドアとハグリッド以外は、職員も生徒も誰一人として拍手しなかった。困惑と畏怖で、誰もがその場に呪縛されたかのようだった。

 ムーディは冷たい歓迎振りにも無頓着で、気にせずマントから携帯用酒瓶を引っ張り出してグビグビッと呑んだ。ダンブルドアが咳払いする。

「先ほど言いかけていたのじゃが、今年ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」

 生徒たちの間で困惑が広がったが、ダンブルドアはにこやかに説明を続けた。

 三大魔法学校対抗試合は、およそ七百年前、ヨーロッパの三大魔法学校――ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの親善試合として始まったという。各校から代表選手が一人ずつ選ばれ、三人が三つの魔法競技を争うのだという。五年に一度開催されていたが、これまでおびただしい数の死者が出ていたので、やがて競技そのものが中止されるに至ったという。

 死者という言葉に反応したのはごく僅かの生徒だった。大半が興奮でダンブルドアの不穏な言葉など聞き流していた。

「じゃが、安心して欲しい。今回は一人たりとも死の危険にさらされぬようにするために、我々はこの人夏かけて一意専心取り組んだのじゃ。十月に各校の代表選手の最終候補生が来校し、ハロウィーンの日に代表選手の選考が行われる。優勝杯、学校の栄誉、そして選手個人に与えられる賞金一千ガリオンを賭けて戦うのに、誰が最もふさわしいかを、公明正大なる審査員が決めるのじゃ」

 だが、それには注意事項があった。

 危険を避けるため、代表選手に立候補できるのは十七歳以上だというのだ。

 最後にダンブルドアは、ボーバトンとダームストラングの代表団は十月に到着し、今年度はほとんどずっとホグワーツに滞在することを伝え、話を終えた。

 就寝時間になったので、生徒はそれぞれ立ち上がり、群れをなして玄関ホールに出る二重扉へと向かった。

「そりゃあ、ないぜ!」

 ジョージは扉には向かわず、棒立ちになってダンブルドアを睨み付けていた。

「俺たち、四月には十七歳だぜ。なんで参加できないんだ?」
「俺はエントリーするぞ。止められるもんなら止めてみろ。代表選手になると、普通なら絶対許されないことが色々できるんだぜ。それに、賞金一千ガリオンだ!」
「うん……一千ガリオン……」

 ロンは夢見心地の様子だった。

 だが、ハリエットとしては、年齢が十七歳で線引きされているのでホッとした。もしも十四歳以上、なんて線引きがなければ、ハリーが立候補する可能性も出てくるのだ。過去には死者も出たという危険なイベントには決して出て欲しくなかったので、ハリエットは心から安堵した。