■炎のゴブレット

08:獲物を狩る


 ハーマイオニーに協力してもらい、様々な本を読んだが、ドラゴンを出し抜く方法はなかなか見つからなかった。どんな本を読んでも、ドラゴンは強いとか殺すのが難しいとか、こちらの気が滅入ってくるような文章ばかりあるのだ。

 しかし、薬草学の授業が始まる前、ハリーが息せきってハリエットとハーマイオニーの所にやってきたと思ったら、『呼び寄せ呪文』を明日の午後までに完璧にしたいと言ってきた。彼が言うには、ムーディからちょっとしたアドバイスを受け、自分の得意なクィディッチに基づき、ファイアボルトに乗ってドラゴンを出し抜こうというのだ。

 素晴らしいアイデアに、三人は練習を始めた。昼食を抜いてぶっ通しで練習したはいいものの、ハーマイオニーは午後最後の授業『数占い』の授業をサボることだけは良しとしなかった。ハリーとハリエットは『占い学』である。ハリーはうんざりしつつあったこの授業を欠席することに決め、ハリエットは念のため出席することにした。ハリーの練習に付き合うといっても、ハーマイオニーとは違い、ハリエットはほとんど見ていることしかできないからだ。

 ハリー、ハーマイオニーとは大広間で落ち合う約束をしていた。占い学が終わった後は、ハリエットは急ぎ足に広間へ向かっていた。そんな矢先、ハリエットは誰かに呼び止められた。

「ちょっと、そこのあなた」

 空き教室から手をこまねいているのは、濃い赤紫色のローブを着た魔女だった。宝石で縁が飾られた眼鏡をかけ、手の指の爪は、真っ赤に染め上げられ、五センチもの長さを誇っている。彼女は、辺りを憚るように落ち着かない様子で視線を周囲に走らせていた。

「あなた、ハリエット・ポッターざんすね?」
「は、はい」

 ハリエットは恐る恐る彼女に近づいた。

「あの、あなたは……?」
「あたくしはリータ・スキーター。日刊予言者新聞の記者をしてるざんす。あなたにちょっと聞きたいことがあって」

 途端にハリエットの顔が強ばった。この女性が、ハリーのあの記事を書いたんだと思うと、厳しい表情になるのも仕方がなかった。

「私、失礼します」

 ハリエットはすぐにきびすを返して去ろうとした。ハリーから聞いていたのだ。ちょっとした無言ですらあの魔女は自動の羽根ペンを走らせ、勝手に自分好みの物語を作っていく、と。

 だが、スキーターはすかさず囁いた。

「秘密の部屋について」

 ひゅっと喉の奥で音が鳴るのをハリエットは感じた。

 ――この人は、何か知っている? 私がしたことについて、何か知っている?

 ハリエットが恐怖におののいた顔をするのを見て、スキーターはにんまり笑った。

「あたくしは真実が知りたいだけざんす」

 ハリエットは一歩後ずさった。駄目、この人に関わっては駄目――。

「す、すみません。私、次の授業があって……」
「あら、失礼ですけどハリエット、あなたの取ってる授業は調べ済みざんす。もう今日は授業がないはず、そうざんしょ?」
「で、でも――」

 スキーターはパッと俊敏に動いてハリエットの腕を掴んだ。

「しっ! ここだと誰かに聞かれるざんす。ほら……あなただって他の人に聞かれて、あることないこと噂されても嫌ざんしょ?」

 遠くから複数の足音が聞こえていた。こっちに向かっている。

 ハリエットの顔は青白さを通り越し、もはや真っ白だった。ぶるぶる震えながら、スキーターのいる部屋に身を滑り込ませる。

「素直で助かったざんす。自動速記羽根ペンQQQを使わせてもらうわ。あまり緊張しないで。あたくしはあなたのお兄さんとも楽しくお話しした仲ざんす」
「私、あなたとお話しするつもりはありません」

 ハリエットはドアにピッタリ背中をつけていた。ドアの向こうの足音が通り過ぎたら、すぐにでもここを出るつもりだった。

「あ、あなたは、ハリーのことをひどく書いてたじゃありませんか。そんな人の取材は受けたくないです」
「まあ、なんてこと! あたくしの記事のどこがひどかったざんす?」
「私たちの両親のことについて大袈裟に書いたり、ハーマイオニーと恋愛関係にあるだなんて嘘書いて! あることないこと書きすぎだわ! あの記事を読んで、ハリーがどんな目に遭ったか――」
「もっと詳しく聞かせて欲しいざんす。可哀想なハリー・ポッターに何があったざんすか?」
「だっ――だから、ハリーのことはもう記事にしないでください!」

 ハリエットはそのままドアを開けて出て行こうとした。だが、スキーターは彼女の横から両手をドアにつけ、頑としてそれを許さない。

「ああ、美しい兄妹愛ね」

 スキーターは甘ったるい声を上げた。

「普通の兄妹以上の深い愛を感じるわ。双子だからかしら」

 スキーターの後ろで、目まぐるしく羽根ペンが動いているのが見えた。

「いいわ、美しい双子愛に免じてお兄さんのことは今日は止めておくざんす。そのかわり、あたくしが聞きたいのは秘密の部屋について――」
「止めてください!」

 ハリエットは怒鳴った。力一杯ドアを開こうとするが、スキーターの馬鹿力は緩まなかった。

「あたくし、いろいろと調べたざんす。二年前の出来事について……。秘密の部屋を開いた継承者、それは当時ハリーだと疑われてたざんしょ?」
「…………」
「ただ、偶然にもこの間、その継承者がハリエット、あなただということを耳にして……あたくしの記者魂が燃えたざんす どうざんす? それは真ざんす?」
「――っ」

 ハリエットはビクッと肩を揺らした。背中しか見えないスキーターには、ハリエットの動揺がよく見えた。

「ち、違う……」

 否定したハリエットの声は震えていた。スキーターは一層視線を鋭くした。

「じゃあ誰ざんす? やっぱりハリー・ポッターで間違いないざんす?」
「違う!!」

 ハリエットはぶんぶん首を振った。

「違う……違う……」
「ああ、ハリエット、どうか素直になってほしいわ。継承者はあなたで間違いないざんすね?」

 謎は解き明かした、とスキーターは金歯を見せて笑った。

「詳しく聞かせて欲しいざんす。どうやって秘密の扉を開いたの? どうやって犠牲者を石にしたの? 一番聞きたいのは……どうしてアズカバン行きを免れたのか」
「――っ」

 ハリエットの身体が震える。アズカバン、アズカバン……! 恐い、恐い。世間に知られたらどうなるのだろう。アズカバン行きだろうか。ハリーとも、ロンともハーマイオニーとも、シリウスとも別れて、アズカバンに――。

 ハリエットはその場にズルズルと崩れ落ちた。痙攣かと見まがうほど震えるハリエットの肩にスキーターは手を置いた。

「他にもあるわ、あなたがマグル生まればかり狙ったのは、育ての親がマグルであることに関係があるのかしら? それに、犠牲者の中にハーマイオニー・グレンジャーがいたことも気になるざんす。どうして友達を? あなた達は仲が良いと聞いてたわ。もしかして、あの時喧嘩でもしてた? ハーマイオニーは、実は意地悪だった――」
「違う!」

 ハリエットは立ち上がった。

「ハーマイオニーは、ハーマイオニーは……わ、私が――」

 ハリエットはボロボロと涙をこぼした。走馬灯のようにあのときの出来事が脳裏に蘇った。雄鶏を絞め殺した、バジリスクを解き放った、次々に生徒たちを石にしていった――。全部全部、ハリエットには記憶が残っていた。全部自分の手でしたことだった。操られたのは、私の心が弱いから――。

 外で声がした。ハリエットは、弾かれたように外に飛び出した。

「待つざんす!」

 慌ててスキーターも彼女を追いかけた。ハリエットはひたすら逃げた。涙で視界は埋もれ、ほとんど何も見えなかった。

 誰かが『おい』と声をかけるのが聞こえた。そしてそのすぐ後に、ハリエットは何かにぶつかった。倒れ込みそうになるのをその誰かは支えた。

「ああ……もう少しだったのに」

 スキーターはハリエットに追いついたが、その他の生徒が周りにたくさんいることに気づいて、取り繕ったような笑みを浮かべた。

「お邪魔しちゃ悪いざんすね」

 スキーターはワニ革バッグに羽根ペンと羊皮紙を戻して言った。

「じゃあね、ハリエット。また会いましょ」

 スキーターはヒラヒラと手を振って空き教室の中へ消えた。ハリエットは暫く動かなかった。心がひどく落ち着かない。長く息を吐き出して、ハリエットは深呼吸した。

「――いい加減退いてくれないか」

 ハリエットが顔を上げると、ドラコと目が合った。ハリエットは一瞬驚いて目を見張ったが、すぐに顔を顰める。ハリーのこともあって、ドラコは今一番会いたくない人物だった。

「……んなさい」

 掠れた声で謝罪し、ハリエットは身をよじってドラコから離れた。

「スキーターに取材でもされたか?」

 ドラコの言葉を、ハリエットはすぐに嫌味だと受け取った。精一杯睨み付けると、ハリエットは彼の横を通り過ぎた。そのまま大広間へは行かずに、しばらくトイレで目を冷やしてから、談話室に戻った。