■炎のゴブレット

23:忠実な死喰い人


 ハリエットは地面に叩き付けられるのを感じた。その後すぐに芝生の香りが鼻腔をくすぐる。ハリエットは、しっかり掴んだハリーの腕と、優勝杯の取っ手から手を離せずにいた。この二つから手を離したが最後、またあの恐ろしい墓地に戻ってしまうような気がしたのだ。

 瞬間、ハリエットはハッと身を起こし、ハリーを見た。ハリーは固く目を閉じていた。

「ハリー、ハリー!」

 ハリエットは泣きながら兄の身体を揺すった。最後に閃光が瞬くのを見ていた。ハリーに当たったのではないかと、嫌な予感ばかりが頭を過ぎる。

 ハリーが薄く目を開けた。ハリエットは涙をボロボロこぼしてその身体に縋り付いた。

「ハリー……」

 ハリエットは、周囲の騒音に気にも止めなかった。誰かが駆けつけて来たことすら気づかなかった。

「何があったのじゃ?」

 ダンブルドアの声が上から降ってきた。ハリーが喘ぎながら答える。

「あの人が戻ってきました。戻ったんです、ヴォルデモートが」
「何事かね? どうしてミス・ポッターがここにいるのかね?」

 遅れてコーネリウス・ファッジもやってきた。

「優勝杯が移動キーでした。そこにハリエットがいて……」
「医務室に連れて行かねば!」

 ファッジが真っ青になって叫んだ。

「この子達は怪我をしている。――ダンブルドア、ディゴリーの両親が二人ともここに来ている」
「ダンブルドア、私が彼らを連れて行こう」
「いや、むしろここに――」
「ダンブルドア、エイモス・ディゴリーが走ってくるぞ。話した方が良いのじゃないかね」
「いや、三人とも、ここにじっとしてょるのじゃ――」

 絶え間なく三人の上で言葉が交わされた。誰が誰だか分からない。

「セド! セドリック!」

 ディゴリー夫妻が叫びながら駆けてきた。

「何があったのです、ダンブルドア!」
「ディゴリー、落ち着くのじゃ」

 ダンブルドアが柔らかい声でエイモスを宥めた。

「まずは彼らに話を聞くのじゃ――」
「大丈夫だ、ハリー、わしがついているぞ……行くのだ……医務室へ」

 誰かが囁いた。ハリーは首を振る。

「ダンブルドアがここを動くなって言った」
「だが、ハリー、お前の妹はもう限界だ。医務室に連れて行かねば」

 ハリーより大きくて強い誰かが、ハリーとハリエットを、まとめて起き上がらせた。そして半ば引きずるようにして怯える群衆の中を進む。芝生を横切り、ホグワーツの城の中へ入った。

「ハリー、何があったのだ?」

 石段を登りながら男が聞いた。ムーディだった。

「優勝杯の所にハリエットがいました。縛られて……。それに、優勝杯は移動キーだった。触ると僕たち三人を墓場に連れて行って……そこにヴォルデモートがいた……」
「それからどうした?」
「薬を作って身体を取り戻した……それに死喰い人もいた……」
「さあ、ハリー、ハリエット。座ってこれを飲め……気分が良くなる」

 喉が焼けるような胡椒味の薬だった。ハリエットは咳き込みながら何とか飲み干す。我に返って見渡すと、ムーディの部屋にいることが分かった。

「死喰い人が戻ってきたと? あの方は死喰い人をどんな風に扱かったかね? 許したかね?」

 ムーディは瞬きもせずハリーを見据えていた。ハリーはハッとした様子で彼を見返した。

「ホグワーツに死喰い人がいるんです。そいつが僕の名前を炎のゴブレットに入れたんです。きっとハリエットもその人が――」

 ハリエットは、二人の会話を余所に、ぼうっと部屋の中を見回していた。ムーディの部屋の中は、変なもので溢れていた。ひびの入ったガラスのコマのようなものや、金色のテレビアンテナのようなもの、影のようなぼんやりした姿が蠢いている鏡もあった。

「わしは誰が死喰い人か知っている」
「カルカロフ? どこにいるんです? もう捕まえたんですか?」

 ハリエットは、隅の小さいテーブルに、棒のようなものが突き出ているのを見た。何か予感めいたものを感じ、ハリエットは立ち上がる。ハリーとムーディは気にも留めなかった。

「カルカロフなどではない。あいつは今夜逃げ出したわ。腕についた闇の印が焼けるのを感じてな」
「でも、それじゃ――僕の名前をゴブレットに入れたのはカルカロフじゃ――」
「どうして……私の杖がここにあるんですか?」

 ハリエットは、テーブルの上から杖を抜き取った。紛れもなく、ずっと愛用してきた己の杖だった。

 水を打ったように静かになる。

「私……私……」

 ハリエットは痛む頭を押さえる。杖――万眼鏡――。靄のかかった頭が晴れるのを感じた。

「万眼鏡を取りに談話室に戻りました。その後あなたに声をかけられて、この部屋に入って――それから何も覚えていません」

 ハリエットは困惑した表情で振り返った。杖を構えてはいるが、その杖先は、ハリエットの戸惑いを表すかのように僅かに下を向いている。

 ムーディと目が合った、と思ったら、ハリエットの手の中から杖がすり抜けた。気がついた時にはその杖はムーディの手に握られていた。見事なまでの無言呪文だった。

「わしがやった、ハリー」

 ムーディは己の杖を出した。

「お前の名をゴブレットに入れたのはわしだ」
「一体……どういう……?」
「クィディッチ・ワールドカップで闇の印を打ち上げたのも俺だ。ハグリッドをそそのかし、ドラゴンをお前に見せるよう仕向けたのは俺だ。ドラゴンをやっつけるにはこれしかないという方法を思いつかせたのもこの俺だ」

 ムーディはそのまま流れるように続けた。

「第二の課題のヒントも、セドリックに教えたのは俺だ。セドリックがお前にそれを教えるに違いないとの確信があった。ポッター、誠実な人間は扱いやすい。セドリックがお前にドラゴンのことを教えてもらった礼をしたいだろうと考え、教えたのだ。鰓昆布についても、しもべ妖精なぞが思いつくような頭を持っていると思うか? もちろん俺だ。この俺が、わざわざお前と仲の良い妖精のそばで鰓昆布について話したのだ。妖精はすぐさまスネイプの研究室に飛んでいき、鰓昆布を盗んだ――」

 そこで一旦言葉を切り、ムーディはハリエットを見た。

「よく俺の忘却術を破ったな。この部屋でお前を気絶させた後、俺はお前の記憶を消し、優勝杯の側に置いておいた。それからは、ハリー、俺はお前を一番に優勝杯までたどり着かせるために動いた。俺が巡回して、生け垣の外から中を見透かし、お前の行く手の障害物を呪文で取り除いた。デラクールは通り過ぎたときに呪文で失神させ、クラムには服従の呪文をかけ、ディゴリーを退場させようとした」

 ムーディは苛立ったようにため息をついた。

「しかしそれはうまくいかず、ディゴリーは優勝杯の所までたどり着いた。蜘蛛に気絶させられたのは好都合だったが。……しかし、お前は騎士道精神でも発揮したのか、優勝杯に触れようとはしない。他の教師がやってくる前に、俺はハリエットに服従の呪文をかけハリーと優勝杯に触れさせた――」

 ムーディの魔法の目がハリーを睨み付けた。

「闇の帝王は、お前を殺し損ねた。あのお方は、それを強くお望みだった。代わりに俺がやり遂げたら、あのお方はどんなに俺を褒めてくださることか……」

 ムーディはハリーに向かって杖を振り上げた。ハリーもローブに手を突っ込む。ハリエットはムーディの杖を取り上げようと飛びついたが、あまりにも無謀だった。容易に腕を払われ、壁に背中をぶつける。

「ステューピファイ!」

 目も眩むような赤い閃光が飛び、轟音を上げてムーディの部屋の戸が吹き飛んだ。ムーディはのけぞるようにして吹き飛ばされ、床に投げ出された。ハリエットが顔を向けると、ダンブルドア、スネイプ、マクゴナガルの三人が戸口に立っているのが見えた。凄まじい形相をしたダンブルドアが先頭だ。

「ムーディが……一体どうしてムーディが?」

 まだ信じられないと言った様子でハリーが呟いた。

「こやつはムーディではない」

 ダンブルドアが静かに答えた。

「本物のムーディなら、今夜のようなことが起こった後で、わしの目の届くところから君たちを連れ去るはずがないのじゃ。こやつが君達を連れて行った瞬間、わしには分かった――そして後を追ったのじゃ」

 ダンブルドアは、スネイプに真実薬を持ってくること、厨房からウィンキーを連れてくることを頼み、マクゴナガルにはハグリッドの小屋にいる黒い犬――双子にはすぐシリウスのことだと分かった――をダンブルドアの部屋に連れて行くよう言った。

 その間、ダンブルドアは錠前がついたトランクから本物のムーディを救出した。偽者のムーディは、ポリジュース薬で本物に化けていたのだ。ポリジュース薬が抜けた偽者ムーディは、やがて薄茶色の髪をした若い男――バーティ・クラウチに戻った。

 スネイプはクラウチに真実薬を飲ませ、ダンブルドアが尋問した。それにより、アズカバンで獄中死したはずの彼は、母親とポリジュース薬で入れ替わって死んだと見せかけただけだということが明らかになった。

 クラウチは父親に透明マントを着せられ、四六時中監視された。しかしたまたま父親が不在の時にバーサ・ジョーキンズがやってきて、クラウチがこの家に隠れ住んでいることを知ってしまった。帰ってきた父親によってジョーキンズは忘却術にかけられた。

 クィディッチが好きだったクラウチは、ウィンキーが説得したこともあり、ワールドカップに連れられた。服従の呪文にかけられ、透明マントを被っていたが、その時には既にクラウチは服従の呪文を破り始めていた。そしてクラウチはハリーのポケットから杖を盗んだのだ。

 夜、死喰い人による騒ぎを聞きつけたクラウチは、ウィンキーに引きずられながら、闇の印を空に打ち上げることでヴォルデモートに対する自分なりの忠義を見せつけた。その後すぐ魔法省の役人が四方八方に失神呪文を発射し、そのうちの一つがクラウチとウィンキーに当たり、失神した。

 父親は、役人が帰った後で、クラウチに服従の呪文をかけ、家に連れ帰った。それからしばらくして、ヴォルデモートがクラウチを探し出した。アルバニアでジョーキンズの忘却術を破り、クラウチのことを知り、襲撃したのだ。ヴォルデモートは父親を幽閉し、クラウチを救い出した。父親はいつも通り仕事を続けるようヴォルデモートに服従の呪文をかけられた。

 続いて、クラウチとワームテールは、ムーディの家を襲撃した。ムーディを魔法のトランクに押し込め、そして彼からダンブルドアをも騙せるようにムーディの過去も癖も学んだ。

 そんな最中、服従の呪文を破り始めた父親は、家から逃げ出し、ホグワーツに向かった。クラウチは、ハリーから借りた忍びの地図で父親が禁じられた森にいることを突き止めた。そしてクラムに失神呪文をかけ、父親を殺害――遺体は一旦透明マントで隠し、皆がいなくなったところで骨に変身させ、ハグリッドの小屋の前に埋めたという。

 そして第三の課題の夕食前、ハリエットと優勝杯を迷路に運び込んだ。優勝杯を移動キーに変えて……。

 全て語り終わった後、クラウチは狂気の笑みを浮かべ、ウィンキーはさめざめと泣き始めた。


*****


 話を聞き終えると、マクゴナガルにはクラウチの見張りを、スネイプにはマダム・ポンフリーにムーディを運んでもらうこと、ファッジをこの部屋に連れてくることを指示した。

 ハリー、ハリエットは、ダンブルドアに連れられて校長室に向かった。

 扉を開けてすぐの所にシリウスは立っていた。青白く、やつれた顔をしている。三人を見ると、シリウスは大股で駆け寄り、ハリー、ハリエットの肩を抱いた。心の底から沸き起こる安心感に、ハリエットはまた少し泣いてしまった。

「大丈夫か? わたしの思ったとおりだ――こんなことになるのではないかと思っていた――だが、どうしてハリエットまでもが? 一体何があった?」

 震える手で二人を椅子に座らせたシリウスは勢い込んで尋ねた。ダンブルドアは、クラウチの話を一部始終語った。ハリエットは、ずっと背中を撫でてくれているシリウスの手を心地いいと思った。

 不死鳥のフォークスも、双子を慰めるかのようにそれぞれの膝に飛んできた。

「撫でて良い?」

 ハリエットが尋ねると、フォークスが安らかに瞬き、ハリエットを見上げた。ハリエットは真紅と金色の美しい羽を撫でた。膝に感じる丁度良い温もりと重さが心を落ち着かせた。

 話し終えると、ダンブルドアは移動キーに触れてからの出来事を語るようにと、ハリーとハリエットに言った。シリウスはすぐさま今日は休ませようと進言したが、ダンブルドアは、今話すよりも後から聞き出した方が痛みはもっとひどいと語った。もう一度勇気を出して欲しいと言われ、ハリーは語り始めた。

 ハリーとヴォルデモートの杖が繋がった現象については、直前呪文――呪文逆戻し効果だとダンブルドアは説明した。二人の杖には共通の芯が使ってあるので、互いに対して正常に作動せず、しかし無理に戦わせると、どちらか一本がもう一本に対して、それまでにかけた呪文を吐き出させるのだ。一番新しい呪文を最初に。そうしてヴォルデモートの杖が殺めた犠牲者の影が、次々に出てきたのだ。

 ハリーが父親と母親のことを話す出すと、シリウスは両手に顔を埋めていた。ハリエットはじっと床を見つめ、あの時のことを思い出した。靄のような影は、ぼんやりしていたが、その目は確かにハリーとハリエットを見つめていた。そして言葉を交わした。父とは話せなかったが、頷いてくれた……。

「ハリー、ハリエット、ありがとう。君たちは勇気を示してくれた。今、我々が知るべきことを全て話してくれた。さあ、わしと一緒に医務室に行こうぞ。安静が必要じゃ。シリウス、二人と一緒にいてくれるかの?」

 シリウスは力強く頷いて立ち上がった。そして黒い犬に変身して、三人と一緒に医務室までついて行く。

 医務室には、モリー、ビル、ロン、ハーマイオニー、ディゴリー夫妻がいた。本物のムーディとセドリックもベッドに横になっている。

 マダム・ポンフリーは犬が医務室に入ってくることを快く思わなかったが、ダンブルドアの説得で何とか滞在を許された。

 ハリーとハリエットは、皆に見守られる中、紫色の薬を飲み干し、そして眠りについた。


*****


 次に目が覚めたとき、ハリーとハリエットは、ファッジが護衛として連れていた吸魂鬼によって、クラウチが死の接吻を受けたこと、ヴォルデモートが復活したこと、ファッジが頑なに受け入れようとしなかったことを、医務室で聞いていた。

 ファッジはリータ・スキーターの散々な記事を読んでいて、ハリーが蛇語使いだからとか、城の至る所でおかしな発作を起こしているとか、ハリエットが継承者だったとか、散々なことを口にして信じようとしなかった。シリウスは唸り、ダンブルドアはこんこんと説明し直し、そしてスネイプは己の闇の印を見せ、ヴォルデモートが招集するためにこの印がくっきりと浮かび上がったと説明したが、それでもファッジは聞き入れなかった。

 ファッジは賞金の一千ガリオンの入った袋をテーブルに投げ捨て、医務室を出て行った。それからダンブルドアは、ハリー達の言うことを信じてもらえるかどうかモリーに尋ねた。モリーはすぐに頷いた。だが、ディゴリー夫妻は迷いあぐねている様子だった。エイモスは魔法省に勤めており、ここでファッジと袂を分かつわけにはいかないのだ。二人はファッジの後を追った。

 ビルはアーサーにこの件を伝えるため、マダム・ポンフリーはウィンキーを厨房に連れて行くため、医務室から出て行った。

 ダンブルドアは皆に向き直った。

「さて、そこでじゃ。ここにいる者の中で三名の者が、互いに真の姿で認め合うべき時が来た。シリウス……人の姿に戻ってくれぬか」

 ハリーとハリエット、二人のベッドの間で、大きな黒い犬が一瞬で男の姿に戻った。モリーは叫び声を上げ、スネイプは嫌悪の表情を見せ、セドリックは驚きに目を見開いた。

「こやつ! 奴がなぜここにいるのだ?」

 スネイプは歯をむき出しにしてシリウスを見つめた。

「わしが招待したのじゃ。シリウスは冤罪じゃ」

 ダンブルドアは言い切り、セドリックに顔を向けた。

「セドリック、墓場でワームテールと呼ばれていた男がいたそうじゃな?」
「……はい」

 セドリックは未だ困惑と恐怖の入り交じった顔でシリウスを見つめていた。

「その男はピーター・ペティグリュー。大量殺人の罪をシリウスに着せた男じゃ」

 目を見開き、セドリックはようやくダンブルドアを見た。

「じゃが、我々はシリウスの冤罪を晴らせずにいる……シリウスは未だ追われる身じゃ。このことは、どうか内密にして欲しい。たとえ君のご両親だとしても」

 セドリックは、ゆっくりと頷いた。彼自身もまた、両親がファッジの後を追っていったのを気にしていたのだ。

「さて、セブルス。君もわしの招待じゃ。わしは二人とも信頼しておる。そろそろ二人とも、昔のいざこざは水に流し、互いに信頼し合うべきときじゃ」

 シリウスとスネイプは互いに、これ以上の憎しみはないという目つきで睨み合っていた。

「妥協するとしよう。あからさまな敵意をしばらく棚上げにするということでも良い。握手をするのじゃ。真実を知る数少ない我々が、結束をして事に当たらねば、望みはないのじゃ」

 ゆっくりと、しかしギラギラと睨み合い、シリウスとスネイプは歩み寄り、握手した。そしてあっという間に手を離した。

「今のところはそれで充分じゃ。さて、それぞれにやってもらいたいことがある。シリウス、君にはすぐに出発してもらいたい。昔の仲間に警戒態勢を取るように伝えてくれ――リーマス、アラベラ・フィッグ、マンダンガス。しばらくはリーマスの所に潜伏していてくれ」
「でも――」

 ハリーとハリエットが同時に声を上げた。真面目な話の時に割って入るのは申し訳なかった。だが、それでも……シリウスにいて欲しかった。子供っぽい我が儘だと言われるだろうが、それでも……。

「またすぐに会える、ハリー、ハリエット」

 シリウスは平等に双子の頭に手を乗せた。

「約束する。しかし、わたしは自分にできることをしなければならない。分かるね?」
「うん……もちろん、分かる」
「シリウス、気をつけて……」

 最後にギュッと手を握ると、シリウスは再び黒い犬に変身し、医務室を出て行った。あっという間だった。

「セブルス、君に何を頼まねばならぬのか、もう分かっておろう。もし準備ができているなら……もしやってくれるなら……」
「大丈夫です」

 スネイプは青ざめた顔で言った。

「それでは、幸運を祈る」

 ダンブルドアは、心配そうな表情でスネイプを見送った。それからハリー達三人に、今日はもう休むように言うと、医務室を出て行った。

 モリーはゴブレットを三つ持ってきて、薬を飲むよう三人に促した。大人しくハリー達三人は薬を飲み干し、ベッドに横になる。

 ハリエットが横を向いたとき、ハリーも丁度こちらを向いていた。そのやつれた顔を見て、ハリエットは再び涙が溢れるのを感じた。

「ごめん……ごめんなさい、ハリー」

 ハリエットは囁くような声で言った。

「私、あの時……ハリーが苦しんでるのに、何もできなくて……本当に……」
「僕だってそうだ」

 ハリーの向こう側から声がした。セドリックだ。後ろめたさと申し訳なさ、自分を責めるような色を含んでいた。

「すぐに出て行けなくて、本当にすまない……。途中から気がついていたのに、身を隠すことしかできなかった……。どうすれば良いか分からなかったんだ。君たちよりも年上なのに、情けない……僕はただ見ていることしかできなかった」
「――君たちが悪いんじゃない」

 ハリーが眠そうな、しかし意志を感じさせるような声で言った。

「二人は巻き込まれただけ……あいつらが悪いんだ。それに、僕だって恐かった。今こうしてここにいられるのが不思議なくらい……」

 ハリーは目を閉じた。深い眠りに誘われようとしていた。

「皆無事に戻ってこられた。それだけで充分だよ……」

 ハリーの言葉は、ストンと胸に落ちてきた。後悔が渦巻く黒い波に。そしてその波すら覆うほどの深い眠りが押し寄せてきた。