■不死鳥の騎士団
03:現れた屋敷
キッチンに戻ると、皆は和気藹々とマグルの家を探索していた。ムーディは魔法の目を掃除していて、その他のものは、電子レンジを調べたり、ジャガイモの皮むき器を見つけたりして笑っていた。ここだけ見れば、今が非常事態だと誰も思わないだろう。
「もうすぐだ、二人とも」
双子を見てルーピンが声をかけた。
「庭に出て待っておいてくれ」
庭に出ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。周りをキョロキョロ見回したが、人っ子一人いなかった。ムーディが双子に手招きをした。
「おい、こっちへ来い。二人に目くらましをかける」
「目くらましって?」
「見えなくさせるんだ。――ああ、いや、三人だな。ルーピンにもかける」
ムーディがまずハリーの頭のてっぺんをコツンと叩いた。すると杖で触れたところから、みるみる身体全体に冷たいものがとろとろと流れていくような感覚が染み渡る。
「僕、本当に消えた?」
「消えたわ、すごい」
ハリエットは見当違いな方向を見ていた。
「ハリー、どこ?」
「お前にもかけるぞ」
ムーディはハリエットにも目くらましをかけ、続いてルーピンにもかけた。
全員が芝生に集合すると、皆の前にムーディが立つ。
「わしらはきっちり隊列を組んで飛ぶ。トンクスは三人の真ん前だ。しっかり後に続け。キングズリーは下をカバーしてくれ。わしは背後にいる。一人少なくなったが、何があっても隊列を崩すな。分かったな? 誰か一人殺されても――」
「そんなことがあるの?」
心配そうにハリーが聞いたが、ムーディは無視した。
「他の者は飛び続ける。止まるな、列を崩すな。もし奴らがわしらを全滅させてお前達が生き残ったら、後発隊が控えている。東に飛び続けるのだ。そうすれば後発隊が来る」
そしてムーディは声を張り上げた。
「箒に乗れ! 合図が上がった!」
「ハリエット、どこだい?」
ルーピンの声がした。
「わ、私はここです!」
「私はここだ」
ルーピンが呼んでくれるが、ちっとも方向が分からなかった。
「リーマス、誰の側にいるとか、場所を教えないと……」
「ああ、ごめん。ええっと、トンクスのすぐ後ろにいるよ」
「はい」
ハリエットは両手を前に、まるでスイカ割りをしている気持ちでゆっくり前に進んだ。何かにぶつかり、足を止める。
「ルーピン先生?」
「僕だよ」
ハリーが答えた。
「多分私はその隣だ」
そしてルーピンは今度は自分で間違いに気づいた。
「ごめん、右隣!」
ようやくハリエットがルーピンの箒に乗った。がっしりしたルーピンの腰に手を回し、準備は万端だ。
「しっかり掴まって!」
「第二の合図が上がった。出発!」
ルーピンが大声で号令した。真上の空に、緑の火花が高々と吹き上げている。
ぼうっとしていた自覚はないが、しかしやはり箒が浮上したときは驚いた。ぐんと急上昇し、身体が傾いて後ろの方へと引っ張られる。すぐ目の前に見えていた四角い家々がどんどん遠のいていった。気分が悪くなりそうだったので、それ以降ハリエットは下を向かないようにした。
「もっと高度を上げねば……四百メートルほどあげろ!」
「〜〜っ!」
声にならない叫び声を上げて、ハリエットはますますルーピンにしがみついた。絶対に下は向かないと誓っている。だが、四百メートルなんてわざわざ声に出されたら嫌でも想像してしまう!
冷気が身体全体を包み込んでいた。もうマグルの世界の騒がしい人工的な音は全くしなかった。代わりにうねるような風の音と、時折響くムーディの号令の声だけが聞こえる。
身体はすっかり冷え切っていて、ハリエットは終始ブルブル震えていた。
「大丈夫かい?」
震えが伝わるのだろう、ルーピンは心配そうに声をかけた。
「は、はい」
風の音にかき消され、自分の小さな声がルーピンに届いたかは定かではなかった。
一行は、ムーディの指令に従って、時々コースを変えた。敵がいるかもしれないと急に右に方向転換されたときは心臓が縮む思いだった。
一時間ほど飛び続けただろうか。ようやくルーピンが声を上げた。
「下降開始の合図だ! トンクスに続け、ハリー!」
ハリーはトンクスに続いて急降下した。しっかり時間を空けて、ルーピンも急降下を続ける。
ようやく地上に戻れるのは嬉しいが、落ちる感覚が恐くて、ハリエットは再度ルーピンにしっかりしがみついた。
「さあ、着陸!」
数秒後トンクスが着陸した。その後にハリーが着地し、ルーピンが続いた。
ハリエットは、箒に乗ったまま地面にへたり込んでしまった。凍えるように寒かったし、まだ箒に乗っているような感覚があり、身体がゆらゆら揺らいでいた。
「気分は大丈夫かい?」
ハリエットには頷くことしかできなかった。トランクの中から分厚いローブを出したかったが、まだ油断できない状況なので、そんなことはできない。
「こんなのしかないけど」
震えているハリエットを見かねて、ルーピンは彼女の肩に自分のローブを掛けた。
「あ、ありがとうございます、でも……」
彼も寒いはずなのに、唯一の防寒具はもらえない。しかしルーピンは笑って大丈夫だと告げると、ムーディの元へと歩いて行った。
ムーディは、銀のライターを掲げ、カチッと鳴らした。
その瞬間、一番近くの街灯がポンと消えた。何度かライターを鳴らし、全ての街灯が消えるまでムーディは同じ行動を繰り返した。そして残る灯りはカーテンから漏れる灯りと月だけになった。
「火消しライターだ。さあ、行くぞ。急げ」
ムーディは先頭を歩き、ハリーとハリエットはその後に続いた。二人の荷物はルーピンとトンクスが持ち、他の護衛は全員杖を持って五人の脇を固めた。
ムーディは双子に一枚の羊皮紙を押しつけた。『不死鳥の騎士団の本部は、ロンドン、グリモールド・プレイス、十二番地に存在する』とそう書かれていた。
「何ですか、この騎士団って」
「ここでは駄目だ! 中に入るまで待て。早く覚えるんだ。そして頭の中に浮かべろ」
さっぱり訳が分からなかった。だが、頭の中でその住所を唱えると、目の前の、十一番地と十三番地の間にどこからともなく古びて傷んだ扉が現れ、たちまち薄汚れた壁とすすけた窓も現れた。まるで両側の家を押しのけて、もう一つの家が膨れ上がってきたようだ。
ルーピンはいつの間にかもう目くらましを解いていたようだった。彼は杖を取り出し、扉を一回叩いた。何度か金属音が続き、ギーッと扉が開く。
「早く入るんだ、二人とも。ただし、何も触らないように」
ハリーが一番前だった。中はほとんど真っ暗闇の玄関ホールだ。ハリエットは躓かないようハリーの裾を掴んで後に続いた。
「さあ」
ムーディがやってきて、ハリーとハリエットの頭を叩いた。みるみる目くらまし術が解けていく。
駆け足の音が聞こえて、ホールの一番奥の扉からモリーが現れた。
「まあ、ハリー、ハリエット、また会えて嬉しいわ!」
モリーは双子をまとめて抱き締めた。あまりにも強く抱き締めるので、うっと息が詰まった。
「さあ、寝室に案内するわね」
リビングでは騎士団のメンバーだけで会議が行われているようだったが、もちろん双子はその中に入れてもらえなかった。代わりに、それぞれの寝室を案内される。ハリーはロンと相部屋で、ハリエットはハーマイオニーと一緒だ。
ロンがいるらしい部屋の扉を開けると、ハーマイオニーが双子に飛びついてきた。
「心配してたわ、二人とも! 大丈夫なの? 私たちのこと、怒ってるわよね? 何にも教えてあげられなかったから! でもね、ダンブルドア先生に何も教えないことを誓わせられて……」
ハーマイオニーに言いたいことがたくさんある以上に、ハリーは聞きたいことが山ほどあった。
「僕たち、ずっとこの夏、やきもきしてたんだ」
精一杯ハリーは自分を落ち着かせようとしたが、無駄な努力だった。
「君たちは何も教えてくれないし、僕たちはダーズリーの所に閉じ込められたまま。どれだけ不安だったか分かるかい? 魔法からは一切断絶され、忘れ去られてるんじゃないかってときに、急に吸魂鬼に襲われて。仕方なく自分達の身を守っただけなのに、ホグワーツは退学なんて言われて」
「ああ、でも、退学かどうかは魔法省の裁判で――」
「退学が少し延期になっただけだろ! 裁判で負けたらどっちにしろ退学だ!」
二人に会ったせいでまた気持ちがぶり返してきたようだ。鼻息が荒くなってくるハリーを皆で宥め宥め、少しずつロン達から話を聞くに、グリモールド・プレイス十二番地にあるこの屋敷は、不死鳥の騎士団の本部だという。不死鳥の騎士団というのは、ダンブルドアが率いる『例のあの人』に対抗する秘密組織だという。その多くは、前回例のあの人と戦ったメンバーで構成されている。
ここで一緒に暮らしてはいるものの、ロン達はメンバーではなく、かつ未成年なので、詳しい情報はほとんど入って来ないようだ。フレッドとジョージが『伸び耳』という盗み聞きアイテムを使って何とか情報を得ようとしたが、なかなかうまくいかないのだとも。
その他、ハリー達はいろんなことを聞いた。パーシーがウィーズリー家と断絶し、魔法省側についたこと、スネイプも騎士団員として会議に参加していること、日刊予言者新聞がハリーのことを目立ちたがり屋の嘘吐きだと糾弾していること、例のあの人が復活したと話すダンブルドアが魔法省で忌避されていることも。
やがて全て話し終える頃には、会議は終わり、一行は夕食に呼ばれた。だが、ホールに降り立ったとき、ドアに鍵をかけているトンクスが傘立てに躓いた。その音は、大して大きい音でもなかったが、より一層大きな音を引き起こすこととなった。
「汚らわしい! くずども! 雑種、異形、出来損ないども! ここから立ち去れ! 我が祖先の館をよくも穢してくれたな!」
玄関にかけられている肖像画が叫んでいた。老女の肖像画で、白目を剥き、力の及ぶ限り金切り声を上げている。
「黙れ! この鬼婆! 黙るんだ!」
扉から男性が一人出てきた。ルーピンと共に力尽くで暴れる肖像画を押さえ、カーテンを閉める。肖像画の声はピタリと止んだ。
「やあ、ハリー、ハリエット。どうやらわたしの母親に会ったようだね」
疲れた顔を精一杯和らげて振り返ったのは、ハリー達双子の後見人、シリウス・ブラックだった。