■不死鳥の騎士団

13:獅子と蛇と巨人


 それからの二週間、DAの活動は滞りなく進んだ。ネビルがハーマイオニーの武装解除を見事にやって見せたし、三回目の練習日にコリンが妨害の呪いを習得し、パーバティは強烈な粉々呪文を扱うことができた。

 とはいえ、DA集会を決まった曜日の夜に設定するのは難しかった。三つのクィディッチチームの練習日がそれぞれ違う上、最近の悪天候でしょっちゅう変更されるからだ。だが、ハーマイオニーはまもなく突然日にちを変更しなければならなくなっても、集会の日付と時間を全員に知らせる素晴らしく賢いやり方を考え出した。彼女のやり方は、DA団員一人一人に偽のガリオン金貨を渡し、その金貨の縁にある数字が、次の集会の日付と時間に応じて変化するというものだ。次の日時が決まり、ハリーの金貨の日付を変更すれば、全員の分の金貨も同じく数字が変更されるというのだ。その上金貨が熱くなるので、ポケットに入れておけば確認忘れということもない。

 ただ、シーズン最初のクィディッチ試合である、グリフィンドール対スリザリン戦が近づいてくると、集会は棚上げとなった。アンジェリーナがほとんど毎日練習すると言い出したからだ。

 チームの士気が高まるに連れ、それはホグワーツ全体まで伝播していった。特にスリザリン生は厄介で、ことあるごとにグリフィンドールの選手に廊下で呪いをかけた。新人のロンに対しては、侮辱やからかい、脅しが頻繁にあった。ハリーと違い、ロンにはこういった経験がないので、日を追うごとに彼の顔色は悪くなっていった。

 それは試合の当日に最高潮になった。朝食はほとんど食べないし、どこ見てるのか分からない視線でキョロキョロ意味もなく上を見たり横を見たりしていた。

 ハリエットとハーマイオニーはロンを鼓舞したが、肝心のロンはどこ吹く風だ。高ぶってハーマイオニーがロンの頬にキスを送っても彼はぼうっとしていた。

 競技場に行くまでに、スリザリン生には幾人も出会ったが、皆一様に胸に王冠型のバッジをしていた。中央には『ウィーズリーこそ我が王者』という文言が刻まれている。

「ほんっとスリザリンってバッジが大好きね」
「将来バッジ作りの職人になったらどうかしら」
「そうなったら特別に『S・P・E・W』のバッジも作らせてあげるわ」

 ハーマイオニーは冗談なのか真剣なのかよく分からない表情で言った。そんなことになったら、スリザリン生は屈辱以外の何物でもないだろうと思って、ハリエットは噴き出してしまった。

 観客席の上の方に陣取り、待っていると、やがて選手が競技場に入ってきた。

「ロン、大丈夫かしら」

 ハーマイオニーの呟きに、ハリエットも目を凝らして競技場を見る。いつもは同学年の誰よりも大きい背丈のロンが、今はハリーよりも小さく見えた。

 ホイッスルが吹き鳴らされ、選手が一斉に飛び立った。その際、ハリーはブラッジャーをうまくかわしたし、ロンはちゃんとゴールポストまでたどり着いたので、早々にハリエット達はホッとしてしまった。

 だが、その空気も束の間で、スリザリンの方から何やら歌が聞こえてきた。歌詞は主にロンを馬鹿にする内容で、ゴールを守れないので、スリザリンの味方だと貶しているものだった。こういうときに限って嫌味なくらい息が合っているのがスリザリンである。

 グリフィンドールや、他寮の生徒もこの歌にははっきり不快感を表し、ブーイングをしたが、息の合ったメロディーには叶わなかった。グリフィンドールの選手達もこの歌にはイライラしだし、ミスが目立った。ロンも初失点してしまった。余計に歌声が高まっていく。

 グリフィンドール側はなかなか得点に繋げることができなかった。その分、スリザリンにクアッフルが周り、ロンが加点を許してしまう。

 四十対十でスリザリンがリードしていたとき、スニッチを見つけたらしいハリーが急降下した。続いてドラコもハリーを追って左手にピッタリつくが、先に動いたハリーにはあと一歩届かない。

 ハリーがスニッチを掴み、地面と平行移動始めると、グリフィンドール側から歓声が上がった。気のせいか、ハッフルパフやレイブンクローからも拍手が聞こえる。ブーイングしているのはスリザリンだけだった。

 だが、ブラッジャーがハリーの腰にぶち当たったとき、観客席の声は全て悲鳴とざわめきに変わった。試合が終わったにもかかわらず、クラッブがハリーを狙ってブラッジャーを強打したのだ。

 幸い、スニッチを追って深く急降下していたおかげで、地上から二メートルと離れていなかった。それでもハリーは勢いよく地面に転がった。ハーマイオニーは怒声を、ハリエットは悲鳴を上げた。

 ハリーはアンジェリーナが助け起こし、マダム・フーチはクラッブの元に矢のように飛んでいった。

 ハリーの近くにスリザリンのキャプテン、モンタギューが降り立ち、何やら口論をしているようだった。ハリーと勝利を祝うため降りてきたフレッド、ジョージもそれに参入する。モンタギューは、どうやらグリフィンドールを挑発しているようだった。

 騒ぎは大きくなり、ようやくマダム・フーチもその場へ向かおうとしていたとき、それは起こった。

 ハリーとジョージが弾丸のように飛び出し、モンタギューを殴り始めたのだ。慌てて止めようとしたアンジェリーナ達だが、鼻息荒くするフレッドを押さえるだけで精一杯だった。

「何の真似です!」

 マダム・フーチが妨害の呪いをかけるまで、殴り合いは止まなかった。地面には所々血痕が落ちている。

 マダム・フーチは、すぐに問題を起こした生徒たちを城の中へ連れて行った。その場は騒然となった。

「……大変なことになったわ」
「モンタギューが挑発したのよ、きっと」

 ハリエットとハーマイオニーは、言葉少なく談話室に戻った。これを好機として、アンブリッジがどのような対処をするかは考えたくもなかった。


*****


 その日のグリフィンドール談話室は、お通夜のようだった。

 問題を起こしたハリー、ジョージ、そしてフレッドまでもが、クィディッチ終身禁止を言い渡され、箒を没収されてしまったのだ。

「禁止……。シーカーもビーターもいない……一体どうしろって?」

 試合に勝ったにもかかわらず、その雰囲気は欠片もなかった。

「絶対不公平よ」

 放心してアリシアが呟いた。

「クラッブはどうなの? ホイッスルが鳴ってからブラッジャーを打ったのはどうなの? アンブリッジはあいつを禁止にした?」
「ううん。書き取りの罰則だけ。モンタギューが夕食の時にそのことで笑ってたのを聞いたわ」
「それに、フレッドを禁止にするなんて。何もやってないのに!」

 なんとなく状況を理解したハリエットは、力なく椅子にもたれるハリーに近づいた。

「ハリー……」
「あいつ、本当に最低だ」

 ハリーは吐き捨てるようにして言った。

「モンタギューの奴、ロンの両親を侮辱したんだ。ジョージが我慢できなかったのも仕方ないよ。あいつ、本当に……最低なことを!」

 ハリーの怒りは激しかった。モンタギューへの怒りもそうだろうし、クィディッチができないというのもハリーにはかなり堪えるはずだ。なんて声をかけたら良いか分からず、ハリエットはただハリーを見つめた。

「ロンを見かけた?」

 ハーマイオニーは低い声で問いかけた。

「私たちを避けてるんだわ。どこにいると――」

 丁度その時、ギーッと肖像画が開く音がして、ロンが現れた。三人の顔を見ると、ギクッとした顔でその場に縫い止められる。

「……ごめん」
「何が?」

 ハリーが問いかけた。

「僕がクィディッチができるなんて考えたから。明日の朝一番でクィディッチを止めるよ」
「君が止めたらチームには三人しか選手がいなくなる」

 ハリーが事の次第を伝えれば、ロンはますます落ち込んだ。

「僕が試合であんなにひどくなければ」
「それとは何の関係もないよ」
「あの歌で上がっちゃって」
「あの歌じゃ、誰だって上がったさ」

 二人の口論のような問答は終わらない。堪らなくなってハリエットが立ち上がりかけたとき、窓際に立っていたハーマイオニーが振り返って言った。

「ねえ」

 彼女は笑っていた。

「ハグリッドが帰ってきたわ」


*****


 慌てて透明マントと忍びの地図を持ってきて、四人は談話室から抜けだした。もう随分身体が大きくなっていたので、マントに四人だとキツキツである。それでもハグリッドに会えるという喜びの方が窮屈さよりも勝った。

 小屋を叩くと、すぐにハグリッドが返事をした。

「よう、来たか。帰ってからまだ三秒と経ってねえのに……」

 ハグリッドは嬉しそうに四人を出迎えた。だが、彼の顔を見て四人は仰天した。ハグリッドの髪はべっとりと血で固まり、顔は紫色やどす黒い傷だらけだったからである。

 四人はすぐに医務室に行くよう進めたが、ハグリッドは頑なに断った。極秘の任務に関わることなので、誰かに情報が漏れることを恐れているのだ。

「ハグリッド、巨人に襲われたの?」

 ハーマイオニーの鎌かけに、ハグリッドは見事に引っかかった。好奇心の塊のような四人に隠し通すことは不可能だと、やがてハグリッドは白状し始めた。

 ハグリッドとマダム・マクシームは、学期が終わるとすぐに出発し、巨人がいると考えられる山へ向かったのだという。だが、簡単には行けない場所で、そこにたどり着くまでに一月かかったのだという。

 山の奥地には、七、八十人くらいの巨人の集団がいて、ダンブルドアの教えに従い、まず彼らの頭に貢ぎ物を渡した。

 ダンブルドアは焦らず、慎重にことを行うよう指示しており、貢ぎ物は翌日もまた持参した。頭はダンブルドアがイギリスで最後の生き残りの巨人を殺すことに反対したという話を聞いていたため、ハグリッドがそのダンブルドアの遣いということに興味を持ったのだ。

 だが、その翌日に何もかもかが駄目になってしまった。巨人は数週間ごとに争いをする習性があり、その日も仲間同士半殺しの目に遭わせ、寝床や食料を奪い合ったのだという。その時の犠牲は昨日までハグリッド達が話していた頭で、翌朝には新しい頭に変わっていた。新しい頭は、手下にハグリッドを羽交い締めにさせようとした。すんでの所でマダム・マクシームが魔法を使い、ハグリッドは逃げ出すことに成功したが、もちろん巨人達の心証は良くなかった。

 ただ、それだけでのこのこと帰るわけにも行かず、二人はしばらく様子を見たという。すると、ヴォルデモートも同じく死喰い人のマクネアを派遣し、貢ぎ物をさせていた。彼と頭は気が合うようで、これを危機と感じ取ったハグリッド達は、頭ではなく、他の巨人達を説き伏せるに回ったのだという。

 うまく反対派の巨人を見つけ、一度は説き伏せるのに成功したが、やがて頭の一味が彼らを急襲し、反対派は二度とハグリッド達に関わろうとはせず、結局巨人を説き伏せることには失敗してしまったのだ。

 そこまで話したとき、小屋にアンブリッジがやってきた。四人はすぐにマントに隠れ、動向を見守った。

 アンブリッジは、ハグリッドに対し、どこに行っていたのかとか、そこで何をしていたのかとか詰問した。最後に、ハグリッドの授業も当然査察対象だと言い放ち去って行った。

 ハリー達は、査察に合格できるようどうか安全でつまらない生物の授業をするようハグリッドに進言したが、彼にはちっともアンブリッジの危険性は伝わっていなかった。