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11:好きの証明
〜もしもドラコの守護霊がハリー達にバレたら〜



*死の秘宝『ポッターズ』、テントにて*

20.11.28
リクエスト



 吸魂鬼がヴォルデモート側についてからというもの、魔法界は常に暗雲が立ちこめることとなった。

 吸魂鬼に睡眠は必要ない。昼夜問わず辺りを彷徨き、手当たり次第に幸せな気持ちを吸い取っていくものだから、魔法界の住人達は堪らなかった。

 分霊箱を捜す旅に出ているハリー達もそれは同じで、むしろ追われる身である彼らの方が吸魂鬼の影響は強い。食料調達には透明マントを常に身に纏っているが、吸魂鬼はそれすらもないものとして不幸な気分に陥れてくるのだから余計にたちが悪い。

 基本的に食料調達は二人一組で行っているが、その際、必ずハリーかハリエットのどちらかを一人加えるのは暗黙の了解だった。一番強力な守護霊を出すことができるのはハリーで、そして意外にも次点はハリエットだったからだ。

 ハリーによる、ルーピン直伝の守護霊の呪文が強力なのは言わずもがなで、ハリエットの方も、ミニチュアのスナッフルを出し、守護霊のスナッフルが元気に飛び回っているのを見ると、本物のスナッフルのことを思い出し更に幸せな気持ちになり――という、単純とも言える思考で強力な守護霊を創り出すことができていたのだ。

 今日の食料調達組は、ハリエットとドラコだった。手持ち無沙汰なハリー達三人は、本来ならばテントの中で分霊箱探しの知恵を絞るはずが、ハリーとロン、二人だけでテントから少し離れた場所で膝を突き合わせていた。実を言うと、この二人、テントから追い出されてしまったのだ。合流してからというもの、分霊箱を探す以外暇なこの旅でのロンの趣味は、「ポッターズウオッチ」というラジオ番組のパスワード探しだった。様々なリズムでラジオのてっぺんを叩く音が、真剣に分霊箱探しに頭を悩ませるハーマイオニーの癇に障ったのだ。追い出されたのはロン一人だったが、ハリーも気晴らしでついてきた形だ。

「あーあ、見つからないなあ」
「そうそうに見つかったら困るからね。守護霊に伝言を乗せてパスワード聞いてみたら?」
「いいや、ここまで来たんだ。何としてでも自分の力で見つけてみせるよ。それに、あの二人がそうホイホイと教えてくれると思う?」

 ハリーはゆっくり首を振った。ロンはため息をついてまた杖を握ったが、どうしてもやる気が乗らず、そのままバタンと地面に転がった。

「今日の食料係はハリエットとマルフォイかあ。おいしいもの見つけてきてくれると良いけど」
「スーパーが近くにあったからたぶん大丈夫だよ」
「…………」

 しばらくロンは無言だったが、急に無言で起き上がった。ハリーは驚いて身体をビクつかせる。

「な、なに?」
「いや……ハリーさ、心配じゃないの? ハリエットとマルフォイ。あの二人、つい最近まで二人で暮らしてたんだよ」
「でも、もう一人いたって話じゃないか。部屋だって別々だし」
「それでも同居してたことには変わりないよ! ハリエット、お人好しなんだし、もしマルフォイに告白されてたら――」

 やけに不安を煽ってくるロンに、ハリーも次第にそわそわしてきた。今まで分霊箱探しに明け暮れ、考えないようにはしてきたが、そう言われてみると、確かに不安になってくる。

「いや、まあ……でもさ、いつも通りに見えるよ。恋人みたいな雰囲気は感じないし、二人だけでどこかに消えたりってこともないし」
「本当にないって言い切れる? 真夜中にテントを抜け出してるのかも。もしくは、僕達が寝静まった後に乳繰り合ってるのかも」

 嫌に想像力豊かなロン。ハリーは貧乏揺すりを始めた。

「いや……でもハリエットはそういう子じゃないし……」
「分からないよ? 女って、付き合ってる男に似てくるって言うじゃないか。ハリエットも、マルフォイに絆されていろいろ悪いことを覚えて――」
「縁起でもないこと言わないでよ!」

 無責任に不安だけを煽ってくるロンに、次第にハリーも我慢の限界だ。ロンに対してではなく、主にハリエットへの心配に対しての。

 唐突に立ち上がったハリーにロンはニヤリと笑った。面白そうなことが起こりそうだとでも思ったのだろうか。

「見に行くの?」
「別に、ちょっとそこまで散歩するだけさ」
「ついて行くよ!」

 絶対に物見遊山のつもりだろう。だが、ハリーもとやかく言わず、むしろちょっと心強い気持ちでハリエット達の今日の食料調達先へ向かった。仮にも追われる身なのに、保護呪文の結界ギリギリまで出向き、ハリエット達が向かったであろう方向を見るが、もちろん姿はまだ見えない。

「ここで待ち伏せするの?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれ。ちょっと……景色を見てみようと思っただけさ」

 素直になれば良いのに、とロンも近くの木に身を隠し、しばらく待つこと数十分。先に気づいたのはハリーだった。

「二人は透明マント被ってるんだから、帰ってきても分からないじゃないか!」
「そういえばそうだね」
「僕達は馬鹿か!」
「君だけがね」

 僕はハリーについてきただけさ、とロンは言い訳がましく付け足す。

 ため息交じりに頭を抱え、もうハーマイオニーの小言覚悟で戻ろうかと思い始めた頃、近くをサクサクと小気味よく歩く足音が聞こえてきた。

「ドラコ? まだテントは先よ」
「でももう保護呪文の中には入った」
「そうだけど……」

 声がしたと思ったら、視界の隅にハリエットとドラコの姿が現れた。どうやら、一足先にドラコが透明マントを脱いでしまったらしい。

 マントを畳みながら、早足でハリエットがドラコの隣に並ぶ。

「何があるか分からないから、念のためマントを被ってた方が良いと思ったんだけど」
「それは……まあ」

 もごもごと言うドラコに、ハリーは照れてるんだと思った。十七歳ともなれば、いくら二人だけとはいえ、マントにすっぽり隠れるにはお互い密着しなければならない。

 この具合なら、二人はまだ付き合ってないはずだ――。

 ハリーは少しホッとした。ドラコは間違いなくハリエットのことを好きだろうが、ハリエットの方は分からない。お人好しの心配性からドラコのことを気にしているのか、好きだから気にしているのか、その差が兄から見てもよく分からないのだ。今までこういう話をしたことがなかったため、今更話題に上げるのも躊躇われて今日に至ったが――やはり、近いうちに聞いておかないといけない。

 こうして隠れて覗き見していることにいくらか罪悪感を抱き、ハリーは離れようとした。が、その寸前でロンに服を引っ張られてつんのめる。

「なっ、何?」
あれ!

 ロンが指差した先には、目を見張る光景があった――ハリエットが、ハリエットが、ドラコと顔を近づけて笑ってる――!?
 その光景は、まさしく恋人かと見紛うほどの雰囲気で。

 ハリーはしばし魂を吸い取られたような顔をした。どうしてだか寒気を感じる。腹の底から恐怖心がこみ上げてきて――。

「吸魂鬼だ!」

 誰かが叫んだ。その言葉にようやくハリーは我に返った。反射居に顔を上げれば、空から無数の吸魂鬼が降ってきているところで。

 ハリーが混乱していることなどいざ知らず、ハリエットは勇ましく真っ先に守護霊を出した。続いてロンも。ハリー達が固まっていたからこそ、通りがかった吸魂鬼の群れに運悪く見つかってしまったのだろう。

「エ、エクスペクト パトローナム!」

 動揺しながらもハリーは追随しようと叫んだが、その杖先からは上手く守護霊が出てこない。何とかそれらしいものを出しても、吸魂鬼に蹴散らされてすぐに霧散する。どうしたって自分の幸福が上手く描けられずにいたのだ。

 だって――全てが終わって、ハリエットやシリウス、ジニーと遊びに行くところを想像したって、なぜかその中にマルフォイが割り込んでくるのだから!

 嫌な笑顔でハリーの幸福を邪魔してくるドラコのせいで、ハリーの杖先からは守護霊がてんで出てこなかった。余計な不安がどんどん膨らんでいく。

 やっぱりハリエットとマルフォイは付き合ってるんだろうか? 僕達が側にいなかったから二人の距離が近づいて? シリウスがこのことを知ったら大激怒だ! もしかしたら縁を切るなんて――いや、さすがにそんなことは――でも、ハリエットが本気でマルフォイのことを好きなら、もしシリウスが交際を許さなかったとしたら、シリウスと――。

「ハリー!」

 気がついたときには、吸魂鬼がすぐ目の前にいた。呆然としたまま杖を振るうが、相変わらず守護霊は出てこない。ハリーの頭の中で悲鳴が上がる。母親の悲鳴と、ハリエットの悲鳴だ。リリーが懇願している。ハリエットが嘔吐している。リリーが、ハリエットが――。

「エクスペクト パトローナム!」

 銀色のイタチが宙を駆け、ハリーの目の前に回り込んできた。小さい体躯だが、自分の何倍も大きい吸魂鬼に向かっていき、追い立てる。

「ハリー、大丈夫?」

 気が付けば、辺りにいた無数の吸魂鬼は姿を消し、ハリーの顔を覗き込むようにしてハリエットが見つめていた。

「僕――今、守護霊が助けてくれた」
「ええ、ドラコの守護霊よ」

 ハリーは少し離れた場所に立っているドラコに目を向けた。

「マルフォイ……守護霊の呪文使えたんだ」
「いや、そこじゃない」

 ロンが鋭く突っ込んだ。

「君の守護霊……何だった?」

 ロンは既にちょっと半笑いだった。ドラコは顔を背ける。

「ねえ、僕の見間違いじゃなかったら、イタチだったよね? 君の守護霊、ケナガイタチだったよね?」
「それがどうした!」
「脅威の弾むケナガイタチ……っ!」

 堪えきれず噴き出したロンに、慌ててハリエットが止めに入った。

「ロン、茶化すのは止めて。可愛い守護霊じゃない」
「可愛い――確かに可愛いよ! でもマルフォイに似合わないし、よく跳ねるし――」
「ロン!」

 ハリエットは怒って叫んだが、もう既に遅かった。ドラコはすっかりへそを曲げて足音も荒々しくテントの方へ行ってしまった。ハリエットは腹を立ててロンを見た。

「ロン、なんてこと言うの! ドラコが怒っちゃったじゃない!」
「だって、これがからかわれずにいられるかい!? これじゃあ、あいつの顔を見る度にイタチを思い出して――」
「ロン!」

 ハリエットは再び叫んだが、ロンはどこ吹く風だった。

 急いでテントに戻ると、ドラコは既にハーマイオニーに事の報告を終えていたところだった。すぐさまテントを片付け、姿くらましをしてまた別の山に保護呪文を張り、ようやく少し落ち着いたかと思いきや――夕食の雰囲気は最悪だった。シンと静まりかえったテントの中、急にロンが思い出すように噴き出したかと思えば、わざとらしく咳払いをしてなんとか我慢しようとする――もちろん誤魔化しきれず、ドラコは嫌悪の目でロンを睨みつけるのでハリエット達は居心地が悪い。

 もう何度目かわからないロンの笑いの発作が始まったかと思ったとき、バンと音を立ててドラコが簡易テーブルに手を突いいて立ち上がった。

「ど、ドラコ……?」
「外を散歩してくる」

 ギロリとロンを睨み、ドラコはそのままテントを出ていった。ハリエットはまたキッとロンを睨んだ。

「ロン! いくらなんでも笑いすぎだわ!」
「だって、これが笑わずにいられるか!」
「別にあの時のイタチがどうとかじゃなくてさ……」

 ハリーは庇うように仲裁に入った。

「アニメーガスの姿が守護霊になるのかもしれないよ。父さんは鹿だし、マクゴナガルは猫だし」
「マルフォイのアニメーガスはイタチだって……?」

 今や何でも笑いに変える天才と化したロンはまたしても噴き出した。ほとほと手を焼いてハリエットはハリーをジト目で睨んだ。

「ハリー、もうフォローは大丈夫よ。ロンったら、何でもおかしく思えるみたい」
「放っておきましょ。そのうち飽きるわよ」

 ここにスリザリンのロケットがあったら躊躇いなくあなたの首にかけるわ、というハーマイオニーの言葉に、ロンはすぐさま大人しくなった。もうこの世に存在しないとはいえ、あの不快の固まりのような代物は二度と味わいたくないらしい。

 しばらくして皆ようやく夕食を終えたが、ドラコはまだ帰って来ない。ハリエットは心配になって探しに行った。何だかそわそわしたハリーに呼び止められたが、ニヤニヤしたロンを見て急に勢いをなくして「何でもない」ともごもご言い、ハリエットには何が何だかさっぱり分からなかった。

 透明マントを持って、薄く積もった雪の中をサクサク歩く。保護呪文を掛けた所から出てはいないだろうが、それでも目のつくところにいないというのは不安だ。

 ドラコは、木の幹にもたれるように座っていた。ハリエットと目が合うと、拗ねたようにそっぽを向く。

「ロンも悪気があるわけじゃないのよ。最近面白い話題もないし……」
「僕の守護霊がおかしいって?」
「おかしくないわ。私は好きよ、ドラコの守護霊」
「…………」

 真面目に返され、ドラコはそれ以上何も言えなかった。むっつりとまた黙りこみ、前を見据える。

 とそんな中、ふと思い出したことがあって、ドラコは反射的に深く考えることなく口にする。

「ブラック邸で言ってただろう。トンクスが、ルーピンのことを好きだから守護霊が狼に変わったって……」
「……それが?」
「だから、僕もそれと似たようなものじゃないかと……」

 言ったら言ったで急に気恥ずかしくなり、ドラコはますまず横を向いた。ただ、残念ながらハリエットには何のことだか分からない。

「ドラコはイタチが好きなの? あっ、違うわね。イタチが守護霊の人って……アーサーおじさん? 私、イタチが守護霊の人ってロンのお父さんくらいしか知らないけど――えっ、ドラコの好きな人がイタチの守護霊……ってこと?」

 言ってて自分でも混乱してきたというのもあるし、何よりドラコの好きな人は自分ではなかったのかという疑問に行き着き、ハリエットの声はだんだん小さくなる。キスを交わした日は好きだと言ってくれた。じゃあ、守護霊を創り出したあの日まで確かに好きだった人が、イタチの守護霊だったと――?

「違う」

 ドラコは即座に否定したが、ハリエットのモヤモヤは収まらない。今もなおイタチが守護霊ということは、ドラコの気持ちが変わっていないということではないのだろうか?

「じゃあどういう例えだったの? この前、ドラコは私のこと好きって言ってくれたけど……」

 あれって本当?

 不安そうに尋ねるハリエットに、ドラコは内心慌てふためいた。プライドやら恥ずかしさやらで力強く肯定することもできず、へなへなした声で「ああ」と答えた。

「だから、さっきのは君が――」
「…………」
「君が」

 イタチだったら良いと言ったから――。

「ハーマイオニーもう寝るって!」

 テントから顔だけ出し、馬鹿でかい声でロンが叫んだ。

「マルフォイ、いい加減帰ってこいよ、ハリーとハリエットも!」
「……帰る?」

 困ったようにハリエットは言った。ドラコは頷くだけで精一杯だった。冷や汗をかいていた。ロンの言葉と、そして、振り返った先に見えたメガネ越しのグリーンの瞳の鋭さに――。

「探したよ」

 わざとらしくハリーが近寄ってくる。積雪にできた足跡で自分達のことを見つけるのは簡単だったはずだ。今更そんな白々しい言葉とともに現れても不審しか抱かない。

「ごめんなさい」

 お尻を軽く叩き、ハリエットが立ち上がった。

「ドラコも行きましょう」
「……ああ」

 ハリー達よりも少し遅れてドラコはついていった。前二人の会話はよく聞こえた。

「ハリエット……イタチって好き?」
「突然なに?」

 ハリエットは笑って答えた。

「好きよ。だって可愛いもの」

 ふいとハリーが後ろを向き、ドラコと視線を交わらせた。その表情は無で、感情は読み取れない。先に視線を逸らしたのはドラコだ。気恥ずかしかったわけではない。もちろん、当人には伝わらなかったのに、他でもない彼女の兄に見透かされたことは恥ずかしかったが、この気持ちは恥じるようなものではない。

 単純な理由ではあるが、イタチの守護霊が、彼女を好きだというこの気持ちの目に見える証明になれたのなら、とても嬉しいことだと思った。