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06:裏会議
〜もしもムーディの口が軽かったら〜



*謎のプリンス『ドラコの記憶』、マクゴナガルの部屋にて*


 変身術の教室にて、騎士団員とハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーを含めた面々で、今後ハリエットをどうするかについて話し合っていた。ダーズリーの家にいる間、ハリエットの薬をドラコにまかせてはどうかというムーディの意見に、後見人であるシリウスはかなり苦い顔をした。ドラコ・マルフォイに嫌な思い出しかない彼は、たとえハリエット救出のために力を貸してくれたという事実があったとしても、どうしても彼のしたことについて許すことができなかったし、また信用することもできなかったのだ。

 ドラコのことを信用してもらうために、ムーディは何でも質問をしろと宣言した。ムーディは、会議の始まる少し前、まずドラコに二心ないかどうかを、彼に開心術をかけることで探っていたのだ。ドラコ・マルフォイを幼少期から今の今まで全ての出来事を知り尽くしたムーディは、この場の唯一のドラコの味方と言えた。

 一番に口を開いたのはシリウスだ。ドラコがハリエットに好意を持っている、と聞いて、居てもたってもいられなかったのだ。

「あいつ……あいつ、ハリエットに何かいかがわしいことをしてたりは――」

 自分で言いながら、シリウスはふつふつと怒りが沸き起こるのを感じた。ハリエットは可愛い。後見人の贔屓目を無しにしても可愛い。あのドラコ・マルフォイが何か邪な感情を抱いたとしても、おかしくはないのだ――。

「ちょっと、シリウス、いくらなんでも」

 ルーピンは慌てて制した。いくらドラコでも、プライバシーというものがある。そしてそれは、ムーディも同じ気持ちだった。

「シリウス、それはさすがに踏み込みすぎだとわしは思うが」
「だが、この際何もかも洗いざらい話して貰わなくては、わたしはハリエットを預ける気にはなれない。薬を煎じるんだぞ!? 毒や、それこそ惚れ薬を入れたりなんかされたらどうする!」

 シリウスの言うことにも一理ある、とムーディは押し黙る。やがて、小さく頷いた。

「分かった。話そう。何からだ?」
「マルフォイは、ハリエットにひどいことをしてないだろうな? 無理矢理迫るなんてことは?」

 いきなりそれか、とムーディは顔を顰めた。還暦をとうに過ぎた自分に何を言わせる気だ、この後見人は。

 席に着く他の面々も、この質問には気まずそうだ。ゴホンゴホンと自重するよう促すためにシリウスに咳払いをする者もいる。シリウスはもちろん聞いちゃいないが。

「マルフォイが何か無体を強いることはなかった。あくまで健全な関係だった」
「付き合ってたのか?」
「マルフォイが自分の想いを自覚したのはヴォルデモートに開心術をかけられてからだ。約一年前だな。それ以降は、ミス・ポッターとも接触しないように心がけていたから、そんな関係ではない」
「ただの友人ということだな?」

 シリウスは嬉しそうな顔で念を押した。

「見た感じでは、そうだな。喧嘩もするし、文通もするしという、至って普通の――」
「文通!?」

 ロンが驚愕の声を上げた。まさかという顔で隣のハリーを見る。

「ハリエット、あいつと文通なんかしてたの!?」
「僕も今初めて知った」

 ハリーも動揺して首を振った。

「誕生日プレゼントのやりとりもあったようだな」
「…………」

 ムーディの口が余計なことを口走った。全員に動揺が走る。

「ハリー、ハリエットのこと何も知らないじゃないか」
「言わないで……」

 ハリーは小さく呟いた。自分でも思いのほかショックだったのだ。双子の妹のことは、誰よりも知っていると豪語していた分、余計に。

「私は、二年生の出来事が気になるわ」

 軌道修正しようと、ハーマイオニーが声を上げた。

「継承者騒ぎがあったとき、ハリエットが、マルフォイは自分を助けようとしてくれたって言ってましたが……マルフォイはどうしてハリエットを助けようとしたんですか?」
「マルフォイは――リドルの日記とやらか?――それが自分の父のものだと確信した。そのせいで、ミス・ポッターの様子がおかしいことも。だから、何度か日記を取り上げようとしたのだ。結局は、リドルに操られたミス・ポッターによって忘却呪文をかけられたが」

 ハーマイオニーは納得がいったように息を吐いた。そしてちらりと視線を上げ、ハリーとロンの方を見やる。二人は未だ不満そうな顔をしていた。ずっと憎たらしく思っていたドラコ・マルフォイにも、良いところがあったということを認めたくないようだ。

「そういえば、ダンスパーティーにマルフォイが誘ったって言ってた件も気になるんだけど……。本当にマルフォイが誘ったんですか? ハリエットを?」

 ロンがおずおずと尋ねた。ダンスパーティーは、パートナーを巡って、ロンが一番苦労した出来事だったので、非常に気になる案件だった。

「そうだな。その件にはお前も関わっている」
「えっ」
「そもそも、あー、いろんなことがあって、ミス・ポッターは、自分にパートナーがいないという話をした。ウィーズリーは――お前のことだ――ひどい誘い方をしたと兄が怒っているから駄目だと」
「どんな誘い方をしたの?」

 モリーの鋭い視線がロンに向いた。

「ま、ママ……今はそういう話じゃないから」
「大事なことよ」

 なぜか、この場の皆の興味は、若者の色恋沙汰の方向へとシフトしているようだった。その雰囲気に堪えられず、ロンは渋々白状した。

「あー……えっと……女の子がパートナーいないのは惨めだから……僕はどう? みたいな感じだったかな――」
「ロン!」

 モリーとジニーが同時に叫んだ。その瞳には失望が色濃く出ていた。

「信じられない……」

 ジニーの兄を見る目は、呆れを通り越してもはや軽蔑が混じっていた。ロンは一層身を縮こまらせた。

「とにかく、そのウィーズリーの誘い方をミス・ポッターが説明したら、マルフォイは『そんな誘い方があるか』と馬鹿にした。すると、ミス・ポッターが、だったらあなたはどんな誘い方をするのかと尋ねた」

 ごくりと女性陣は生唾を飲み込んだ。その先に待つロマンスが垣間見えたからだ。

「『僕とダンスパーティーに行かないか』と、マルフォイはただそれだけ言った」
「そ……それだけ?」

 ハリーが拍子抜けした声を出した。対するロンは、一気に自信を取り戻した。

「なんだ。マルフォイも大した誘い方じゃないじゃないか。つまんないな。それだけだったの?」

 ハーマイオニーはシラッとした視線をロンに向ける。

「女の子はね、飾り立てた言葉よりも、その場の雰囲気とか、表情とか、態度を気にするものなのよ。男のプライドを保ったまま誘ったあなたよりはよっぽど良いと思うわ」

 ロンはふんと鼻を鳴らした。じゃあクラムにはどう誘われたんだよ、とボソッと言ったが、ハーマイオニーは聞こえなかった振りをした。

「で、どうなったの?」

 トンクスが勢い込んで尋ねた。この頃には、ムーディも少し饒舌になっていた。

「マルフォイの誘いに、ミス・ポッターが思わず返事をしてしまった。『はい』と。間違って返事をしてしまったから忘れてくれとミス・ポッターは慌てたが、マルフォイは逆に、君だったら良いかもしれない、と言い出した」

 その時は、まだマルフォイにもパートナーはいなかった、とムーディは付け足した。

「いろいろマルフォイは言い訳を口にした。自分ほどになるとパートナーを選ぶのも大変だとか、聖28一族の一つとして勢力図も鑑みないといけないとか、自分のパートナーは注目されるだろうから、やっかみも来るだろうとか。そういうことを踏まえた上で、ミス・ポッターなら大丈夫そうだから、と改めて誘った」
「僕よりもよっぽどひどいじゃないか!」

 ロンは憤慨して言った。これには、この場の皆が一斉に首を縦に振った。

「じゃあ、ハリエットは怒って断ったんだ?」

 ロンは嬉しそうに聞いた。ムーディは首を振る。

「ミス・ポッターは了承した」

 皆が皆それぞれの飯能を示した。ロンはゲエッと蛙の鳴き声のような声を出し、ハリーはしかめっ面をし、ハーマイオニーはにっこり笑い、シリウスは怒りが爆発する三秒前の顔をした。

「マルフォイも、ミス・ポッターのことを意識してはいた」

 ムーディは慌てて言い訳を口にした。

「ちょうど継承者がミス・ポッターだったというのが明らかになったばかりの頃だったから、彼女をパートナーに誘う者はほとんどいない。いたとしても、兄のポッター目当てか、継承者について興味がある者しかいない。自分の父親が発端だったから、もし彼女にパートナーができなかったら、と心配してたんだ」
「でも、そのチャンスを逃さなかった訳だな? 本当なら、いろんな男子から引く手数多だったはずなのに。マルフォイなんかに手が届く訳がなかったのに。あんな最低な誘い文句でハリエットがなびく訳がなかったのに――。狡猾なスリザリンらしいな」

 後見人が一人ブツブツ言った。ムーディは慈愛の目でシリウスを見た。

「マルフォイを許してやってくれ。頭が真っ白になったんだろう。ミス・ポッターがパートナーを承諾してからは、わしからすれば、有頂天ともいえる態度の変わりようだった。他のスリザリン生からも、何かあったのかと聞かれるくらいには、浮かれてたんだ」

 まるで父親のような気分でムーディはドラコを庇った。

「でも、結局ハリエットとは行かなかったのよね?」

 トンクスが尋ねた。

「ああ。ミス・ポッターの方から断りが来たんだ」
「それみろ。冷静になってから、ハリエットもようやくマルフォイがどんな奴だったか思い出したんだ」
「違う」

 どうしてもドラコをこき下ろしたいロンに、ムーディは呆れた目を向けた。

「わしも詳しいことは分からないが……ジャスティン・フィンチーフレッチリーという生徒と何かあって、パートナーにならざるを得なかったようだ」
「私、少しだけ知ってるわ」

 ハーマイオニーが真剣な顔をして言った。

「ハリエットが少し話してくれたの。ジャスティンは、ほら、秘密の部屋の事件の時、石にされたでしょう? その時丁度ハリエットについての噂がひどかったから、自分と一緒にパーティーに行ったらいいんじゃないかって打診があったそうよ。ハリエットが渋ると、自分と行かないと、スキーターに取材を受けるとか、ハッフルパフであの嫌なバッジを止めさせるとか、ハリーへの中傷を止めさせるとか、いろいろ言われて……それでジャスティンと行くことにしたみたい」
「なんて奴だ!」

 ハリーが憤慨した。

「でも、そんなこと、ハリエットは一度も――」
「心配かけたくなかったのよ」
「ジャスティンとは、その後どうなったんだ? まだハリエットにつきまとってるのか?」

 シリウスの言葉に、ハーマイオニーは首を振った。

「パーティーの夜、ジャスティンと……その、決闘をして、打ち負かしたみたい……」
「さすがハリエットだ!」

 シリウスはよく分からない褒め方をした。ハリーとロンは少し微妙な顔をしている。決闘で勝利をするという勇ましさと、大人しいハリエットがうまく結びつかなかったのだろう。

「その決闘にもマルフォイが関わっているぞ」

 ムーディの口は留まることを知らなかった。

「確かに、ミス・ポッターは決闘に勝利した。だが、彼女が背を向けたときに、男の方が杖を向けた。その時に助けに入ったのがマルフォイだ」
「なんでマルフォイがそんなところにいるんだよ!」

 ロンが皆の気持ちを代弁した。

「二人で外に行くのを見かけたからだ。その直前にマルフォイはフィンチ-フレッチリーに嫌味を言われていたから、何か嫌な予感がしたみたいだな」
「ストーカーじゃないか」

 ロンがボソリと呟いたが、これに大きく頷いたのはシリウスだけだった。

「とにかく」

 ムーディが咳払いをした。

「ミス・ポッターに断られた後のマルフォイはひどかった。授業でも放心するし、課題を忘れるし……。だから、あの時の言葉は忘れてやってくれ。本心じゃないんだ」

 ムーディはハリーに目配せをした。シリウスはもちろんこれを見逃さなかった。

「あの時の言葉って?」
「シリウス――なんでもない――」
「あの時の言葉って!?」

 今にも射殺さんばかりの視線でシリウスはムーディを射貫いた。ムーディは観念して口を開いた。

「――尻軽女と」
「――っそう、あいつがハリエットに言ったのか!?」

 今や、シリウスは口から炎でも吐き出しそうなくらい顔を真っ赤にしていた。隣にいたルーピンは、口ではなく杖先から炎が飛び出しているのを目撃し、慌てて消火した。そしてそろりとシリウスから杖を遠ざける。

「仕方ないだろう……。マルフォイも、よほどショックを受けてたんだ。断られることを知らない良家の坊ちゃんだし、もしかして、その男に好意があるのかとか、自分は利用されただけなのかとか、いろいろ深く悩んでたんだ」

 うんうん、と女性陣はしたり顔で頷いた。すっかりドラコのことを許す気になっていた。ハリエットへの侮辱は酷いものだが、しかし、それが無自覚の嫉妬が振り切れた結果だと思うと、むしろ可愛く思えてくるのだ。

「……マルフォイは、ハリエットが捕まってから、ずっと何してたの?」

 最後に、ハリーが口を開いた。今までの質問とは打って変わって、真剣な声色のものだ。ムーディも表情を切り替える。

「部屋に閉じ込められていた。最初に杖を取り上げられ、その後はずっと軟禁状態だ。外から鍵をかけられ、部屋にはしもべ妖精が姿現しをし、食事を届ける。客間から響くミス・ポッターの叫び声に、マルフォイはずっと苦しんでいた」

 遠い目をしてムーディは続けた。

「途中から悲鳴が聞こえなくなって、マルフォイはもっと焦った。もう……この世に彼女はいないんじゃないかと。だが、数日後アズカバンから戻ったルシウス・マルフォイが会いに来た。その時に父親の杖を奪って、失神させた。側にいた母親にも武装解除をかけ、単身ヴォルデモートの元へ向かった……」

 皆が黙りこくった。重々しい沈黙が流れる。

「マルフォイにとって、幼い頃から両親は絶対だった。心から敬愛していた。常に丁重な態度で接し、愛し、愛されていた。そんな奴が、両親に杖を向けたんだ。その覚悟の程が、考えなくても皆には分かってもらえると思う」

 誰も何も言わなかった。ムーディは静かに続ける。

「質問は以上か? マルフォイがそれなりに信用できるというのは分かってもらえたと思う。マルフォイにミス・ポッターの煎じ薬を頼むというので、異論はないな?」

 ムーディはぐるりと見回した。シリウスは未だに納得がいかないという顔をしていたが、それでも何も言わなかった。

 今回の会議によって、ほとんどの者が、それまでのドラコ・マルフォイ像を、まるごと変えることとなったのだ。