■過去の旅

22:休暇の始まり


 クリスマス・パーティーは夜遅くまで開かれた。談話室に戻ってくる頃には、参加者以外、皆寝静まっていたようでしんとしていた。

 思う存分たくさん話したのだろうハリーとハーマイオニーは、もうすっかり眠たげな顔でおやすみの挨拶を交わした。

 ハリエットはどうしてもまだ眠くはなかったので、そのまま談話室に残ることにした。明日からクリスマス休暇ではあるが、もちろん課題だってたんまり出されている。早めに終わらせるに越したことはないのだ。

「ハーマイオニーよりもハーマイオニーだ……」

 そんな意味の分からない言葉を呟く眠そうなハリーにおやすみを告げ、ハリエットはテーブルに課題を広げた。魔法薬学や変身術、呪文学等は一度履修済みのため、後回しにしても支障はない。問題は数占い学である。ピーターに教えてもらったおかげで、基礎は理解することができた。最近はようやく授業にもついていけて、ちょっと楽しくなってきたくらいだ。

 夜の談話室は、思いのほかはかどった。暖かい暖炉に、熱い紅茶も入れれば、あっという間にそこはハリエットのためだけの勉強部屋に早変わりする。いつもは騒がしい談話室も静まりかえり、パチパチと火のはぜる音がむしろハリエットの集中を研ぎ澄ます。

 どれほど時間が経っただろうか。ふと人の気配感じて、ハリエットは何を思うでもなく顔を上げた。途端、視界に飛び込んでくる少年の姿。

 あまりに驚いたので、ハリエットは年頃の少女らしからぬ悲鳴を上げてしまった。

「ど、どうしたの?」
「いや……あの……」

 階段のすぐ近くにぼうっと立っていたのはピーターだった。ハリエットと目が合うと、我に返ったように照れ笑いを浮かべた。

「す、すごくびっくりして。誰かと思ったよ! ドレス、とってもよく似合ってる」
「ありがとう」

 ハリエットは曖昧に微笑んだ。褒め言葉に、というよりも、未だにドレスを着ていた事実に恥ずかしくなったからだ。暖炉がついているとはいえ、何だかちょっと寒いと思っていたのはドレスのせいだったのだ。

「勉強中? もしかして休暇の課題?」
「ええ。今のうちに終わらせようと思って。ピーターはどうしたの?」
「ちょっと眠れなくて……」

 ピーターはハリエットの近くまで来たものの、所在なげに立ち尽くしたままだ。

「紅茶入れる?」
「あ……いいの?」
「丁度私もおかわりしようと思ってたから」

 メリーからもらったティーバッグで、ハリエットは二つのカップに紅茶を注いだ。ピーターはそのうちの一つを受け取り、ハリエットの前のソファに腰を下ろした。

「このドレスすごく気に入ってるの。改めて、本当にありがとう。とっても嬉しかった」
「そう言ってもらえて良かったよ」

 猫舌なのか、ピーターは紅茶をふうふう冷ましながら飲む。

「でも残念だな……。ジェームズやリーマスも、君達の姿を見たらすごく喜んだだろうに。ドレスを選んだのはジェームズなんだよ。カタログを取り寄せたのはリーマスだし」
「そうなの? 改めて明日お礼を言わないと」
「パーティーはどうだった?」
「楽しかったわ。いろんな人がいて、ちょっと緊張したけど……少しダンスもしたの」

 スラグホーンの部屋は――おそらく魔法で拡張していたのだろう――通常の部屋よりも広く感じられたが、大勢が踊れるほど広い部屋ではなかったため、軽く身体を揺らす程度だ。それでも、ハリエットにとって素敵な一夜だったことに代わりはない。

「エバンズとスネイプはどうだった?」
「仲良さそうに話をしていたけど……それがどうかした?」
「アー……」

 ピーターは気まずそうに視線を逸らした。

「ハリエットは、エバンズとスネイプのことどう思ってる?」
「どうって?」
「あの二人、付き合う可能性あると思う?」
「…………」

 思いも寄らぬ問いかけに、ハリエットは面食らってしまった。そこはハリエットも危惧していた所だが、まさかピーターに聞かれるとは。

「私……私は、ジェームズの想いが通じてくれれば嬉しいけど……。でも、あの、もちろんリリーの気持ちも大切だと思――」
「僕もそうなれば良いと思う!」

 途端にパアッと満面の笑みを浮かべてピーターは叫んだ。ハリエットは呆気にとられる。

「君はエバンズの友達でもあるから、もしかしてエバンズの味方なのかと思ってたけど……。そう言ってくれて嬉しいよ。ジェームズはきっと誰よりもエバンズのこと大切にするよ!」
「…………」

 喜々として語るピーターとは対照的に、ハリエットは陰鬱に表情を曇らせた。

 あなたがそれを言うの、と。

 今は純粋に親友の幸せを願っているのかもしれない。なのに――彼は、幸せの絶頂にいる一つの家族を、もう一人の親友を裏切るのだ。いずれ、裏切ってしまうのだ。

 今の彼は悪くないと、ハリーに説いた自分が偽善的に思えて、ハリエットは自己嫌悪に陥った。

「ハリエットも、もし良かったら――」

 何か言いかけて、ピーターはサッと口を噤んだ。何かに耐えるように俯くハリエットを見て、ピーターは固まる。

「君、もしかしてジェームズのこと……」
「え?」

 顔を上げたハリエットとピーターの視線が交錯する。途端にパッとピーターは頬を赤く染め、慌てた様子で一息に紅茶を飲み干した。

「あ、い、いや、なんでもない! 僕、もう行くよ!」
「あっ、ええ。おやすみなさい」
「おやすみ!」

 来た時とは打って変わってバタバタ足音を立てながらピーターは寝室へ戻った。ハリエットの方も、もう勉強する気分ではなくなってしまい、ハリエットは暖炉の火を消し、課題のレポートを持って階段を上った。


*****


 朝一にホグワーツ特急に乗り込むジェームズ達を見送ると、ハリー達のその日の予定はまっさらになる。何をやっても自由、と言えば聞こえは良いが、要は暇なのだ。何もすることがない。自分達が元いた場所であれば、ハグリッドとお喋りしたり、ペットと遊んだり、箒に乗ったり、自分で持ち込んだボードゲームをしたりと思うがままに遊べるが、ここにはそのどれもがないのだ。

 寄り道することなく談話室に戻ってきたハリエットとハーマイオニーは、暖炉前のソファを陣取っている男子達を見て目を丸くした。

「どうしたの? また新しい悪戯の計画?」
「いいや。二人もおいでよ。シリウスがクリスマスに家に帰らない理由を話してくれるって。今まで全然話してくれなくて」
「別にそんな大した話じゃないけど……。単に人がいるときには話しにくいってだけで」
「で、どうして家には帰らないの?」

 ハリーが期待を込める言い方をするので、逆に尻込みするシリウス。痺れを切らしたロンがずいっと身体を前に倒した。

「いや……だからさ、俺は家と折り合いがつかなくて」
「家? 家族と仲悪いの?」
「あいつらは全員純血主義なんだ。歴代のブラック家がほとんどそうで、本当にうんざりする。古い考えに固執して、それを俺にも押しつけてくることが。俺も成人したから、きっと更に自由がなくなるだろう。純血だけの繋がりを大切にして、聖28一族から選びに選んだ相手と結婚させられて……。そんな人生真っ平ごめんだね。家を出ることを検討してるくらいだ」
「住む所はあるの?」
「しばらくはジェームズの所に厄介になる。クリスマス――あー、夏季休暇の時にはいつもお世話になってるんだ。ジェームズのご両親も、気にするなって言ってくれている」

 気まずい沈黙を残し、五人は黙り込んだ。ジェームズ達と悪戯に身を入れるシリウスは、正直な所、何の悩みもなさそうに見えたが――本当に、自分達はただ表面的な所しか見えていなかったのだ。

「弟さんはこのこと知ってるの?」

 不意にハリエットが口を開いた。シリウスは目を丸くする。

「弟のこと知ってるのか?」
「私達、同じ学年だから……。それに、同じ家名だし」
「そうか、そう言えばお前達も二個下だったな……。あいつは知らないよ。言うわけがない」
「仲悪いの?」
「まあな。昔はそうでもなかったけど。俺がグリフィンドールに入ってからはさっぱりだ。あいつはますます親の言いなりだし、俺と考えも合わない。もう無理だろうな」

 何が、とは聞き返さなかった。ハリエットは心が痛むのを感じた。血の繋がった兄弟なのに……。

「暗い雰囲気にさせて悪かった」

 皆が黙り込んだのを見てシリウスは頭を掻いた。

「俺としては、ずっと窮屈に感じてたから、ようやく自由になれるって嬉しい気持ちではあるんだけど……。まあ気にするな。――ほら、今日は何する? まさか、休暇一日目からレポートやるだなんて言わないだろう? きっと俺たちが暇するだろうって、ジェームズの奴がいろんなボードゲーム置いてったんだ」

 シリウスがサッと杖を一振りすると、寝室から大小様々な箱が押し合いへし合い彼の元へ飛んできた。ハーマイオニーはしばし思案した後、立ち上がった。

「私、先に図書室に行ってくるわ。返さないといけない本があるの」
「分かった」

 何を見ているのか、シリウスはじっとハーマイオニーを見送った。そして顔を真正面に戻したとき、そこには悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

「まだスピュー・・・・の活動諦めてなかったのか?」
「ハーマイオニーに聞こえるわ」

 ハリエットはシッと口に指を当てた。

「スラグ・クラブの時に少し話をしてるの。あそこ、いろんな考えの人が集まるから……」
「スラグ・クラブか。確かにあそこならまだ少しはマシかもしれない。頭の凝り固まったスリザリン生も少ないだろうし。ああ、そういえばレギュラスもスラグ・クラブに出入りしてたな。あいつも純血主義にはしもべ妖精には優しかった」
「そうなの?」

 ここにハーマイオニーがいたならば、瞳をキラリと光らせて勢い込んだことだろう。ハリエットは控えめに驚くくらいだった。

「専属といっても良いくらいクリーチャーもレギュラスには仕えてるからな。ただ、クリーチャーもクリーチャーで、しもべ妖精にしては信じられないくらいブラック家の思想に染まってるから、それで互いに親近感が湧いたんだろうけど」
「スピューの話はもういいよ」

 ロンがテーブルの上にトランプを広げた。

「それよりも爆発スナップやろうよ。ハーマイオニーが戻ってくるまでに一戦できる」
「本返してくるだけって言ってなかったか?」
「ハーマイオニーがそれだけで終わると思う?」

 シリウスは肩をすくめ、大人しくトランプに向き直った。