■過去の旅
52:本命は?
夜には本日のメインイベントである誕生パーティーが待機しているにもかかわらず、血気盛んな悪戯仕掛人の四人は赤ら顔でわいわい騒いでいた。誰が言いだしたことか、「限界突破だ!」という言葉により、一層盛り上がってしまったのだ。
とはいえ、さすがに一、二時間も経つと落ち着きが出てくる。ピーターは、ジェームズのベッドのすぐ足下に靴下が落ちているのに気づいた。大方シリウスともみ合ったときにでも落ちたのだろう。
「ほら、落ちてるよ」
ピーターは軽く手で埃を払い、ジェームズに手渡した。
「ありがとう」
「……本命って、やっぱりジェームズのことだったんだね」
小さく呟いた言葉に、ピタリと皆が動きを止めた。ジェームズ以外の視線が注がれるのは、真心が込められた手編みの靴下。ジェームズだけが、いまいちピンとこずきょとんとする。
「本命? 何のこと?」
「覚えてないの?」
ピーターは「まさか!」という顔をした。
「ハリエットが言ってたじゃないか! 編み物をプレゼントするのは本命にだって」
「ああ、あの時のこと?」
ジェームズは事の次第が分かって一人だけスッキリした顔をした。
「違うよ。その本命はそういう意味じゃなくて……。確かに僕も最初はそう思ってたけど、ハーマイオニーと話してるのを聞いたんだ。ハリエットの本命は父親だよ」
「でも、ハリエットのお父さんは亡くなったんじゃ……」
「詳しくは分からないけど、お墓に供えてるんじゃないかな。それで本命って言葉を使ったんだと思うよ」
これでどうだい、とジェームズは三人を見回すが、理解が得られたような空気にはならない。ジェームズはますます首を傾げる。
「そんなに納得できない? 本命の後にハリーにも編み物のプレゼントをするって言ってたし、僕もその中の一人だったってだけだよ」
「ハリー?」
「でも、ハリーが編み物の何かを身につけてたの見たことある?」
急にピンときた顔をし、シリウスは寝室を出た。何事やら、ジェームズ達もその後をゾロゾロと追う。
ハリーとロンは寝室にいた。急な来客に目を丸くしている。
「四人がこっちに来るの珍しいね。どうかした?」
「それに顔赤いよ?」
四人揃って赤ら顔なので、不思議を通り越していっそ嫌な予感すらする。シリウスは咳払いをした。
「あー、まあ、気にするな。それより、ちょっと聞きたいことが。ハリー、最近ハリエットから何か編み物のプレゼントもらったか?」
神妙な面持ちで何を言うかと思えば。
ハリーはしばしの沈黙のうち、やがて首を横に振った。
「ううん」
「他に誰かあげてる所見たことあるか?」
「リリーにはこの前プレゼントしたって聞いたよ。たぶんそれくらいかな。どうかした?」
「ああ、エバンズ……」
シリウスはますます難しい顔をする。ハリーはさっぱり何がなんだか分からない。
思考が停止したシリウスの代わりに、リーマスが上手く誤魔化した。
「ジェームズがハリエットからのプレゼントにすごく喜んでて。他にももらった人がいるなら見せてもらいたいって」
「ハリエットに直接言った方が喜ぶと思うよ。ジェームズのこと好きだし……」
ピシリと固まる空気。ハリーもさすがに自分の発言に気付き、ハッと顔を上げた。
「――あっ、いや、別にそういう意味じゃなくて! 普通に親愛の意味でだよ!? 慕ってるってこと!」
慌てたようにハリーがジェームズを見れば、彼は分かっているという風に頷く。ハリーはホッとした。自分の迂闊な発言のせいで変な勘違いを起こされたらハリエットに恨まれてしまう。
「大丈夫だよ、分かってる。じゃあ行くよ。僕達やることがあるから」
微笑むジェームズを先頭に、ぞろぞろ出て行く四人。特に何も言われなかったことでハリーはホッとしていたが、それとは対照的に、三人――シリウス、リーマス、ピーターの心中は穏やかではない。寝室に戻るなり興奮したようにジェームズを見た。
「これで分かっただろう?」
「何が?」
「兄貴公認でハリエットはお前のことが好きなんだってな」
「前々からそうかなって思ってたけど、ハリエット、やっぱりジェームズのことが好きなんだね……」
「これではっきりしたね」
「ええっ!」
友人達の思い思いの反応に、ジェームズは一瞬遅れて目を剥いた。
「い、いや、ちょっと待って。どうしてそうなるの? ハリエットは僕のこと友達として好きなんじゃないの? まあ、確かにちょっと憧れ……のような感情が強すぎるとは思うけど」
「自分でも分かってるんじゃないか」
シリウスがすげなく言い放った。それに更に慌てるのはジェームズだ。「ちょっと待って!」と大袈裟に両手で待ったをかける。
「僕は、始めむしろハリエットはエバンズのことが好きなんだと思ってた。恋愛的な意味で」
「はあ?」
今度はシリウスが目を剥いた。ジェームズを見るその目には、呆れを通り越して「頭大丈夫か?」という類いの心配の色が見受けられた。
「だって、よくちょこちょこエバンズの後ろをついて行ってたし、いつもエバンズのこと見つめてたし、エバンズに話しかけられるとすごく嬉しそうな顔になったし……。てっきり、ハリエットはライバルだと思ってたくらいなんだよ」
「お前……時々とんでもなく馬鹿になるな」
シリウスが、いっそ哀れな者を見る目でジェームズを見た。
「お前の今言ったハリエットの言動、そのままそっくりお前に対しても当てはまるんだよ」
「でも、ハリエットは僕とエバンズのことを応援してくれるって言ってたよ」
言い訳するようにジェームズは付け足した。
「僕の良い所を、エバンズに伝えてくれてるみたい」
「お前、そんなことハリエットにさせてたのか!?」
「僕が言ったんじゃないよ! ハリエットが好意でやってくれてるみたいなんだ。お似合いだからって」
激昂するシリウスと、なぜ怒られているのか分からないジェームズ。しどろもどろになるジェームズに対し、ピーターがしんみりと追撃した。
「でも、もし本当にハリエットがジェームズのこと好きなら、すごく酷な話だよ。好きな人の恋路がうまくいくように頑張って応援しなきゃいけないなんて……」
「当の本人は鈍感だし」
シリウスはため息をついて髪をかき上げた。
「正直、お前も思わせぶりな態度多かったと思うよ。箒に乗せて夜のホグワーツを散歩だって? 弱ってるときにあんなのされたら落ちるよ」
「なんで知ってるの?」
驚くジェームズを余所に、ピーターは驚愕の表情でジェームズを見た。
「ハリエットを迎えに行った後、突然箒が外へ飛んでいくわ、箒に乗って窓から帰ってくるわで大体のことは想像つくだろう」
「ジェームズ、それは思わせぶりだよ……」
思わず横から言うピーターに、項垂れたジェームズがおずおずと彼を見る。
「あの――本当に、そんなつもりはなかったんだ。ハリエットが悲しそうだったから、どうしても元気を出して欲しくて……あの、ごめん、ピーター」
「なんでピーターに謝るんだよ」
鋭くシリウスが突いた。ピーターはギクリと固まり、ジェームズはピーターをチラチラ見ながら言う。
「勘違いだったら悪いけど……もしかして、ピーターはハリエットのことが好きなんじゃないかって思って」
「えっ」
「……は?」
真っ青な顔でピーターは固まる。同じくシリウスもだ。リーマスは唯一通常運転だ。とはいえ、好奇心は隠しきれず、少しだけ前のめりだ。
「もしかしてとは思ってたけど……ジェームズもそう思ってた?」
「どういうことだよ。ピーターが?」
「だってさ、バレンタインの日、ハリエットに犬のチョコが送られてたけど、あれ――ピーターだろう?」
時が、止まった。
数瞬遅れて。
「う……うわあああっ!」
ピーターが叫び出した。顔を真っ赤にして頭を抱える。
「ち、違う! 僕じゃない!」
「そんな反応されても、肯定してるようにしか見えないよ……」
至極最もなリーマスの言葉に、ピーターはみるみる勢いを無くす。しばらく意味のないうめき声を漏らした後、がっくり項垂れ、耳を澄まさなければ聞こえないほどの声量で尋ねる。
「どうして分かったの……?」
「だって、あの時と同じ包装紙を、君のベッドの上で見かけたことあったし、最近よくハリエットのこと見てるなって思ったし……」
「はあ……」
頭を抱えたままピーターは動かなくなった。ジェームズはほんの少し罪悪感を抱いた。まさか、ピーターがここまで奥手だったとは……。こういった話を共有しておけば、仲間内で協力できるからこその暴露だったのだが、彼としてはとんだ大迷惑だったようだ。
「ごめん、からかうつもりとかは全くなくて……。もし本気なら、僕達手伝うこともできるかなって思ったんだよ」
「無理だよ……。だってハリエットは君のことが好きなんだ」
「まだ言うの? 親愛の意味だと思うけど――」
「ハリエットがどんな目で君のこと見てるのか知らないから言えるんだよ!」
ピーターは驚くほどの声で叫んだ。
「エバンズの話を聞くときですら、とっても嬉しそうな顔をするんだ。本当は辛いはずなのに……」
「違うと思うけど……」
なおも小さい声でジェームズが否定する。シリウスはだんだんイライラしてきた。誰が好きだの、違うだの、一向に話が進まない。イライラが最高潮に達したとき、ふっと頭に思い浮かんだのが。
「……酩酊薬だ」
シリウスがボソッと呟いた。いち早く反応したのはジェームズだ。
「それだ!」
「え」
「ナイスアイデアだ、シリウス! 酩酊薬でハリエットの好きな人を聞いてみるんだよ!」
「酔わせて聞くって?」
リーマスが信じられないといった表情を浮かべた。
「相手は女の子だよ! そんな、秘密を無理矢理暴くようなこと……」
「でも、このままじゃ複雑すぎて誰も幸せにならないよ。もしだよ、もしハリエットが僕のことを好きだって言うなら、僕ももう思わせぶりな態度を止める」
「好きじゃなくても止めなくちゃ」
ボソリとピーターが言ったが、ジェームズの耳には届いていなかった。
「だからって……」
「僕のこと好きじゃないって言うなら、皆でピーターの恋を応援できるじゃないか」
「い、良いよそれは……」
どもりながら首を振るピーターに、ジェームズはトンと自身の胸を叩いた。
「たとえハリエットが誰を好きだったとしても、僕達に任せてくれよ。さり気なくピーターのこと持ち上げるからさ」
「僕達?」
訝しげにピーターは聞き返し、すぐにハッとなった。
「君だけは駄目だよ! 好きな人の恋を応援しないといけないのに、その上更に好きな人から別の人を勧められるって? そんなの可哀想だ!」
「なんで僕のことが好きだっていう前提なんだよ!」
やいやい言い合う二人に、リーマスは疲れた顔で間に入った。
「ジェームズ、僕も君が間に入るのは止めた方が良いと思うな。ただでさえ恋愛に不器用なんだから」
「不器用? 僕が?」
ポカンとしてジェームズは聞き返す。リーマスは逆に驚いたように彼を見る。
「自覚ないの? だって――君のリリーへのアピールは、いつも見当外れじゃないか」
「どこがだよ――って、そう思ってたんなら、アドバイスしてくれたって良いじゃないか!」
「いつも僕は言ってるよ。エバンズに好きになって欲しいのなら、まずスネイプに絡むのを止めるんだって」
「なんでそこにスネイプが関わってくるんだい?」
心から不思議そうに聞き返すジェームズに、リーマスは頭を抱えた。一体どこから説明したものか……。
「まあとにかくだ」
脇道に逸れて仕方ない議題をシリウスがまとめにかかった。
「ハリエットから好きな人を聞き出す、まずはそれでいいだろう? ジェームズの介入はなしだ」
「分かったよ」
ちょっと不満げにジェームズは言った。ハリエットの好きな人は自分ではない説をどうしても推したいらしい。
「そうと決まったらもう下へ行こうぜ。お腹空いてきた」
「じゃあ僕ハリー達も呼んでくるよ」
パッと目についたパーティーに必要なものを両手に抱え、シリウスとピーターは談話室へ向かった。ジェームズもその後に続こうとしたところで、ぐっとリーマスに腕を引かれる。
「待って」
「まだ何かあるの?」
リーマスの表情から、何やらお説教が始まりそうだと感じたジェームズは先手を打った。
「今日はみんな口うるさくて堪らないよ。一体僕のどこが悪いって言うんだ」
「君が鈍いのか鋭いのかよく分からないからだよ! ……いや、だからそんなことが言いたいんじゃなくて」
ふうと息を吐き、リーマスは改めてジェームズを見た。
「酩酊薬を作ったのはハリー達に元気になって欲しいからって言ってたけど――それって本当?」
「どうしてそんなこと聞くのさ」
「いや……もしかして、酔っ払った勢いで心配事を聞き出そうとかしてないかな、と思ってね」
「…………」
しばしジェームズとリーマスは見つめ合った。ジェームズの目は、別段泳がない。だが、リーマスの疑いの目は誤魔化せない。
「来ないの?」
いつまで経ってもやってこない二人に痺れを切らし、ひょっこりピーターが顔を出した。一瞬注意が逸れたリーマスの隙を逃さず、ジェームズはピューッと逃げ出した。
「――こら、ジェームズ!」
一瞬遅れてリーマスは後を追うが、こういう時の逃げ足はさすが悪戯仕掛人である。
「戻ってこい!」
リーマスの叫びも無視して、ジェームズはハリーの隣を陣取った。ハリーの手前、ジェームズを連れ出そうにも連れ出すことができず、リーマスは至極不満そうな顔でジトリとジェームズを一睨みした。