■謎のプリンス
05:スラグホーン
ハリーは、夏休みの終わる最後の一週間、ずっとドラコが死喰い人だと言い続けた。ボージンに左腕の何かを見せた後、彼は怖がって礼儀を尽くすようになったからである。
ハリエット含めて、ロンやハーマイオニーも取り合わなかった。ドラコがまだ未成年だったからだ。一方で、シリウスはこれを重く受け止め、ハリーとハリエットに、ドラコには近づくなと忠告した。
ホグワーツに戻る日、ハリー達はまたも闇祓いに護衛されながら、魔法省の車によってキングズ・クロス駅まで行くことになった。
シリウスとのお別れの際、彼は期待した目でハリエットを見つめていた。ハリエットは直前までその意味が分からなかったが、フラーがハリーにお別れのキスをしているのを見て突如その意味を理解した。
前回――昨年のクリスマス休暇の時は、随分シリウスが寂しそうだったので勇気を出してキスしたのだが、今回はさすがに――。
しかし、時が経つにつれシリウスの纏う空気がどんどん重たくなるので、彼を一旦人目のないところまで連れて行ってキスを送った。こういったスキンシップに慣れてない身としては、どうにも皆に見られている中でやるというのは緊張するのだ。
シリウスは満足そうに微笑んで、ハリーとハグをした後――どうして自分だけとハリエットは思った――一行を見送った。
ホグワーツ特急では、例によってロンとハーマイオニーが監督生の車両に向かったので、ハリーとハリエットは空いているコンパートメントを探し歩いた。その途中でネビルとルーナと遭遇し、無事四人はコンパートメントを見つけた。
ようやく腰を落ち着けていると、ハリーのファンだとみられる四年生の女の子達が入ってきた。大きな黒い目に長い黒髪の少女は、ロミルダ・ベインと名乗った。彼女はハリーを自分たちのコンパートメントに来ないかと誘ったが、ハリーは断った。ロミルダ達がハリエット達の事を馬鹿にしたような言い方をしたからだ。
しばらくして、ロンとハーマイオニーがやってきた。すっかり大所帯になり、六人で話していると――例によってルーナは時々自分の世界に入ったが――またコンパートメントのドアが開いて、三年生の女子が入ってきた。
「わたし、これを届けるように言われてきました。ネビル・ロングボトムとハリー・ポッター、ハリエット・ポッターに」
おどおどとした少女が差しだしたのは、紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻紙三本だった。
中身は、スラグホーンからのランチの招待状だった。なぜ急に招待状が届いたのか、ハリー達は訝ったが、断るわけにも行かず、席を立った。
スラグホーンの待つコンパートメントは、彼の招待を受けた客で一杯だった。スラグホーンの熱烈歓迎振りから見て、ハリーとハリエットが一番望まれていたらしい。
「ハリーと……おお、ミス・ポッター! よく来てくれた!」
三人を見て、スラグホーンはすぐに立ち上がった。頭はツルツルで、大柄な体型とヒゲの影響で、少しセイウチに似た印象を抱く男性だった。
「よく来た、よく来てくれた! それで君はミスター・ロングボトムだろうね!」
スラグホーンに促されて、三人はドアに一番近い、三つだけ空いている席に座った。ハリエットは招待客を見回した。知らない七年生と、ジニー、そして斜め向かいにザビニがいるのを見て、ハリエットは固まった。慌てて向かいのネビルのネクタイを見つめて、動揺を隠す。
「さーて、皆を知っているかな?」
スラグホーンが新しく来た三人に聞いた。
「ブレーズ・ザビニはもちろん君たちの学年だな」
「ええ、もちろん。ミス・ポッターは特に」
ザビニはちらりとハリエットに視線を向け、頷いた。ネビルとジニー、ハリーは驚いてハリエットを見た。
「知り合いかな?」
「ええ、まあ。スリザリンとグリフィンドールですが、以前話す機会があったもので」
「なるほど。この機会を受けて互いにもっと人脈を広げるといい。こちらのコーマック・マクラーゲンは、お互いに出会ったことぐらいはあるんじゃないかね? ん?」
大柄でバリバリとした髪の青年は、片手をあげて挨拶した。
「そしてこちらのチャーミングなお嬢さんは、君たちを知っているとおっしゃる!」
ジニーはスラグホーンの後ろでハリー達三人にしかめっ面をして見せた。
紹介が終わったところで、ランチ会が始まった。雉肉やロールパンを食べながら、主にスラグホーンが皆の家系について話した。彼の話を聞いているうちに、ジニーを除いた招待客は、誰か有名人か有力者と繋がりがある人物だと判明した。
ハリエットは、特に何かが有名というわけではなく――もちろん兄が『生き残った男の子』というのはあるが――ここに呼ばれたのは、単にスラグホーンのお気に入りの生徒リリーに生き写しだという噂を耳にし、一度見てみたかったから、というのが言動の端々から伝わってきた。
最後にスラグホーンは、ハリーの話に移り、魔法省での事件のことを詳しく聞きたそうな雰囲気を醸し出したが、ハリーが口を割ることはなかった。
夕方近くになると、スラグホーンはようやくランチ会を解散した。ザビニはハリーを押しのけて暗い通路に出ながら、ニヤニヤとハリエットを見た。ハリーが庇うように前に出れば、ザビニはわざとらしく肩をすくめて歩き出す。
彼の後について、ハリーとハリエットは一緒に通路を歩いた。
「あいつと何かあったの?」
ハリーは小声でハリエットに尋ねた。ハリエットは二年前の出来事について打ち明ける気にはなれず、なかなか話し出そうとはしなかったが、ジトッとした目で見られ、やがて観念した。
「前――クリスマス・パーティーの時、各自パートナーを探さないといけなかったでしょう? その時、あの人と一瞬だけパートナーになったことがあったのよ」
ハリーはよく分かっていない顔をした。すぐにまた詳しく聞き出そうとしたが、どうしてか急に押し黙った。
「後で会おう」
ハリーは声を潜めてそう言うと、透明マントを取り出してサッと被った。
「何を――?」
「後で!」
ハリーはそう囁くなり、ザビニを追ってスリザリンの根城となっているコンパートメントに向かった。ハリエットが待ったをかける時間もなかった。
*****
ローブへ着替えて間もなく、汽車が到着した。ハリエットはロン達と共に汽車を降りたが、ハリーのことが気になかかった。トンクスを見かけたので、ロン達には先に行かせて、彼女の側に行った。
「よっ、ハリエット!」
「久しぶりね、トンクス。あの、ハリーを知らない?」
「ハリー? 私もハリーを探してるところだけど。護衛しないといけないのに」
ハリエットは汽車を振り返った。ポツポツと生徒たちの数は少なくなっていたが、それでもその中にハリーの姿は見つからなかった。
「私、ずっとここにいたけど、ハリーは来なかったよ。まだ中にいるのかも」
「私、探してくるわ」
「じゃあ、私は一応まだここを見張っておくよ。入れ違いになっても困るし」
「ありがとう」
手を振って、ハリエットは最後に別れた車両に向かった。スリザリン生が固まっていた車両だ。
汽車と並走するように歩くと、コンパートメントの中で、一つだけブラインドが降りている所があった。妙に思って、汽車の入り口に足をかけたとき、誰かと鉢合わせた。ドラコだった。
「あ……」
一瞬ハリエットは言葉を失ったが、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。
「えっと……ハリーを見なかった?」
ドラコは視線も合わせずに、まるでハリエットなど最初からそこにいないかのように、スッと横を通り過ぎた。ハリエットは茫然とその場に立ち尽くす。まさかここまで完全に無視されるとは思っていなかったのだ。
「あっ……」
しかし、振り返ったときにはもう既に遅く、ドラコは足早に去って行くところだった。
次にハリエットが我に返ったのは、汽車が今にも動き出しそうに音を立て始めたときだ。ハリエットは汽車の中に駆け込み、ブラインドの降りたコンパートメントの戸を勢いよく開く。
すると、唐突に床に転がっているハリーが視界に飛び込んできて、ハリエットは目を丸くした。すぐに助け起こそうとしたが、ハリーが身動きも話すこともできないのを見て、『フィニート』をかけた。
「ハリー、急いで!」
立ち上がるのを助け、ハリエットはハリーと共に、何とか汽車を脱出した。トンクスも他の車両から駆け寄ってくる。
「よかった、見つかって。何かあったの?」
「うん……」
トンクスの疑問に、ハリーは言葉を濁した。トンクスもそれ以上何も聞かなかった。彼女は杖を一振りし、守護霊を出した。四足歩行の生き物だ。すぐにその守護霊は暗闇を飛び立った。
「今の、狼?」
一瞬だったが、ハリエットは見分けていた。トンクスは驚いてどもった。
「えっ、あ、うん、そう」
「トンクスの守護霊は狼なのね。可愛い」
「ありがとう……」
「守護霊って、伝言も伝えることができるんでしょう? 今のも?」
「そうだよ。君たちを保護したって城に連絡した。そうしないと、皆が心配するから」
トンクスは双子に透明マントを被るよう指示し、ホグワーツまで二人を警護しながら連れて行ってくれた。
ホグワーツの校門には閂がかかっていたが、迎えとしてスネイプがやってきた。
「私はハグリッドに伝言を送ったつもりだったけど」
「ハグリッドは新学年の宴会に遅刻した。代わりに我輩が受け取った。ところで」
スネイプは閂を外し、ハリーとハリエットを中に引き入れた。
「君の新しい守護霊は興味深い。我輩は昔の方が良いように思うが。新しい奴は弱々しく見える」
トンクスの顔に、怒りと衝撃の色が浮かんでいた。ハリエットはその表情を受けて、黙っていられないと思った。
「トンクスの守護霊はかわい――格好良いと思います!」
ジロリとスネイプに見られたので、みるみるハリエットの声は小さくなる。
「……わ、私も、自分の守護霊のことは好きです」
「愛すべき名付け親そっくりらしいな?」
「スネイプ先生のも可愛い牝鹿でしたよ」
――でもそれを貶されたら嫌でしょう? という意味も込めてハリエットはスネイプを見た。スネイプは固まっていた。
何かまずいことでも言ってしまったか、とハリエットは慌てたが、スネイプは無言で踵を返した。
「あ……えっと」
「おやすみ、ハリー、ハリエット!」
校門の向こうで、トンクスはぶんぶん手を振った。
「守護霊のこと褒めてくれて嬉しかった!」
「うん!」
「ハリエットのスナッフルも可愛いよ!」
「ありがとう!」
ハリエットも手を振り返し、ハリーと共にスネイプの後を追った。ハリーは妹に顔を近づけた。
「スネイプの守護霊が牝鹿って本当?」
「ええ。この前先生が出してるの見たの」
「うわー、なんか複雑。僕のと対になるのか」
「……そんなこと言わないの」
軽口はそこで終了し、二人は足の速いスネイプを駆け足で追った。