■謎のプリンス
10:独りぼっちの
クリスマスパーティの当日、夕食の席で、ロンはハリーに食ってかかっていた。
「信じられない! 君は誰だって誘えたのに! なんでルーニー・ラブグッドを選んだんだ?」
パーティに行くのに、ハリーがルーナ・ラブグッドを誘ったという話は、その日中にホグワーツに広まっていた。
「どうしてそんな言い方をするの?」
ロンの言い方が聞いていられなくて、ついハリエットも刺々しく言い返した。ハーマイオニーのこともあって、所構わずラベンダーといちゃつくような今のロンはあまり好きになれなかった。
「君だってもったいないと思うだろ? ハリーなら選り取り見取りなのに」
「ルーナは良い子だよ」
ハリーも援護した。ロンは信じられないといった顔をして、口をつぐんだ。どうやら虫の居所が悪いハリエットとその兄を相手取って口論するつもりはなかったらしい。
ハリエットは、そのまま二人と別れてハーマイオニーの隣に座った。ロンはハリエットの後を視線で追っているように見えて、その実、ハーマイオニーのことを盗み見ていた。バレバレだった。
「謝ったらどうだ」
ハリーはぶっきらぼうにロンに意見した。
「何だよ。またカナリアの群れに襲われろって言うのか?」
自業自得だろう、と言い返したくなるのをハリーは堪えた。その時タイミング悪くラベンダーとパーバティがやってきた。ラベンダーはロンにべったりし、パーバティはハーマイオニー、ハリエットに話しかけた。
「こんばんは」
「こんばんは。夜はスラグホーンのパーティに行くの?」
「招待無しよ」
パーバティは残念そうに言った。
「でも、行きたいわ。とっても素晴らしいみたいだし。あなた達は行くんでしょう?」
「ええ。八時にコーマックと待ち合わせて、二人で――」
ロンは途端に変な顔をした。ハーマイオニーは見なかった振りを決め込んだ。
「一緒にパーティに行くの」
「コーマック? コーマック・マクラーゲン?」
「そうよ。もう少しでグリフィンドールのキーパーになるところだった人よ」
「それじゃ、あの人と付き合ってるの?」
「あら……そうよ。知らなかった?」
今度はハリエットが変な顔になる番だった。そんな話は初めて聞いた。ただ、状況を見るに、ロンに一泡吹かせるためについた嘘であることは明白だった。
「じゃ、またね。もうパーティに行く支度をしなくちゃ。ハリエット、行きましょ」
「ええ……」
ハリエットはハリーに挨拶をして、ハーマイオニーと共に寝室へ向かった。
*****
マダム・マルキンの店で仕立ててもらったパーティドレスに着替え、髪を整えると、夜八時、ハリエットはハリーと共に玄関ホールに行った。ハリーも丁度同じ時間、同じ場所でルーナと待ち合わせているので、何という偶然かと笑い合った。
ハーマイオニーは、一足先にパーティに向かっていた。マクラーゲンとは同じ寮生であるにもかかわらず、一人で行ったのだ。そこまで毛嫌いしているにもかかわらず、ロンを意識してわざわざ彼をパートナーにしたのだろうか。ロンとハーマイオニーを巡る恋愛事情は本当に複雑で、ハリエットにはよく分からなかった。
玄関ホールには、既にルーナの姿があった。スパンコールのついた銀色のローブを着ていて、なかなか素敵だった。
「やあ」
「こんばんは」
ルーナに挨拶すると、ハリーはチラリとハリエットを見た。
「ハリエットのパートナーはまだ来てないの?」
「ええ、そうみたい」
何人か生徒の姿はあるが、ドラコはいなかった。
「先に行ってて。私も後で行くわ」
「分かった。じゃあ行こうか」
「うん。パーティはどこなの?」
「スラグホーンの部屋だよ」
ハリーとルーナは、話ながら大理石の階段を上っていった。玄関ホールで一人ドレス姿というのが珍しいのか、ハリエットはチラチラ視線を投げかけられていた。仕方ないので、隅の方に身を寄せてドラコを待った。
ドラコは、なかなか現れなかった。三十分を過ぎたとき、もしかしたら待ち合わせを勘違いして、直接スラグホーンの部屋に向かったのかもしれないと思い、ハリエットもスラグホーンの部屋に行った。
クリスマスパーティということで気合いを入れているのか、スラグホーンの部屋は、いつも以上に凝った装飾がなされていた。天井と壁はエメラルド、紅、そして金色の垂れ幕の襞飾りで優美に覆われ、全員が大きなテントの中にいるような感じがした。中は本物の妖精がパタパタ飛び回っていて、誰かの歌う歌声も響き渡っていた。
「これはこれはハリエット!」
ハリエットが少し部屋に顔を覗かせただけで、スラグホーンは彼女の存在に気づいた。
「さあ、入ってくれ。よく来てくれた。随分と姿を見せなかったから、もしかしたら欠席するのかと……ん? パートナーはどうしたのかね?」
「あ……えっと」
軽く部屋を見渡しただけだったが、ドラコの姿はなかった。
「体調不良、みたいで」
ハリエットの声は、自分が思っていた以上に落胆していた。
本当に体調不良ならいい。でも、もしすっぽかされたのだとしたら?
嫌な考えを振り払うようにして、ハリエットは笑みを浮かべた。
「遅れてすみません」
「いやいや、とんでもない。来てくれただけでも充分だよ。さあ、君に引き合わせたい人がいるんだ。リリーの知り合いでね――」
スラグホーンは、魔法薬の本を出版したという女性とハリエットを引き合わせた。彼女はリリーと生き写しのハリエットを見て心底驚いたようだった。
二言三言交わした後、挨拶をしてハリエットは知り合いを探した。
寝室を出るときは完璧な装いだったのに、いつの間にか全身グシャグシャになっているハーマイオニーを見つけ、ハリエットは近寄った。
「何かあったの? その格好」
「どうもこうもないわ。逃げてきたところなの――つまり、コーマックを置いてきたばかりなの」
ああ、とハリエットは納得した顔になった。
「ロンのことがあったから、マクラーゲンと来たの?」
「そうよ。ロンが一番嫌がると思ったの。でも後悔してるわ。マクラーゲンて、グロウプでさえ紳士に見えてくるような人。――あっ、こっちに来るわ!」
急に声色を変えたかと思うと、ハーマイオニーは瞬きをする間にいなくなった。一分後に、マクラーゲンがやってきた。
「ハーマイオニーを見なかったか?」
「いいえ」
「おかしいな。あの子本当にすぐどっか行っちゃうな」
愛想笑いを浮かべて、マクラーゲンは去って行った。ハーマイオニーの無事を祈っていると、ハリエットの目の前で手を振り、注意を奪った者がいた。ザビニだ。
「やあ」
「こんばんは」
ハリエットはツンとして答えた。話したくないという気持ちも込めて、蜂蜜酒のゴブレットを傾けたが、ザビニは気にもとめなかった。
「パートナーは?」
「体調不良よ」
「本当に? 本当はいないんじゃないの?」
「いたわ」
「俺を断る方便じゃなく?」
ザビニは蔑むようにハリエットを見た。クリスマスパーティの招待状が来てからしばらくして、ハリエットはザビニに一緒行こうと誘われたことがあった。もちろんすぐに断った。そもそも誘う神経が分からなかったし、話しかけられるだけでも鳥肌が立つくらいだった。
ハリエットは毅然として睨み返した。
「ちゃんといます! でも、体調不良で――」
ハリエットの目が、ザビニの肩越しにあるものを捉えた。フィルチに腕を掴まれ、スラグホーンの下に引っ張ってこられる人物だ。
「スラグホーン先生。こいつが上の階の廊下をうろついているところを見つけました。先生のパーティに招かれているのに、出掛けるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになりましたですか?」
「ドラコ・マルフォイだね? 招待状は出してないが――」
「……私が誘ったんです」
ハリエットはドラコに近づいた。
「一緒に行かないかって」
グリフィンドールとスリザリン――。その意外な組み合わせに、パーティに来ていた生徒は唖然となった。スラグホーンも驚きつつドラコを見た。
「体調不良だったそうだが、大丈夫かね? まだ随分顔色が悪いようだが」
「……大丈夫です」
ドラコはフィルチの腕を振りほどき、素っ気なく答えた。スラグホーンはドラコの肩をポンと叩いた。
「まさか、二人の仲が良いなんて思いも寄らなかったよ」
「儀礼的に参加しただけです。どうしても客を一人連れてこないといけないそうでしたから」
「うむ……まあ、そうだね」
スラグホーンは咳払いをした。
「とにかく、今夜は楽しみなさい。この年一番の蜂蜜酒もある」
「先生、僕の祖父のアブラクサス・マルフォイをご存じですね?」
スラグホーンが離れかけたが、まるでそうはさせまいとばかり、ドラコは彼に話しかけた。
「ああ。お亡くなりになったと聞いて残念だった。もっとも、もちろん予期せぬことではなかった。あの歳での流燈だし……」
「祖父はいつも先生のことを高く評価していました。魔法薬に駆けては、自分が知っている中で一番だと……」
何となく、ドラコはハリエットと二人きりになりたくないのではないかと思った。それを裏付けるかのように、会話が終わると、ドラコはそそくさと別の所に移動しようとした。ハリエットは慌てて声をかける。
「ね、ねえ、もしかして、スラグホーン先生の部屋を間違えたの?」
「いや」
ドラコは短く答えた。
「じゃあ、医務室に行こうと? 顔色が悪いもの。体調が悪いんじゃない?」
「問題ない」
素っ気なく答えられ、ハリエットにはもう彼を引き止める言葉は思いつかなかった。
「我輩が医務室に連れて行こう」
二人の側に、突然スネイプが現れた。彼もまた、スラグホーンの招待客の一人だったらしい。
「結構です」
「ついて来い、ドラコ」
有無を言わせぬ口調でスネイプはドラコを連れていった。ハリエットはしばらくドラコのことを待っていたが、彼は結局戻ってこなかった。