■謎のプリンス

28:侵入作戦


 マルフォイ邸侵入作戦は、三組に分かれて行われることになった。まずはドラコ、ルーピン、キングズリーの一組が屋敷の人間の注意を引きつけ、その間にシリウス、ムーディ、アーサー、セドリックの四人がハリエットを捜索し、トンクスとモリーが屋敷の外で見張りをすることになった。

 ハリーは自分も行きたいと強く反発したが、ハリーが行けば、必ずヴォルデモートを呼ばれてしまうので、却下された。マルフォイ邸に易々と侵入者が現れ、ヴォルデモートに助けなどは求められないだろうと想定してのことだった。

 まず始めに、ドビーがドラコ達と共にマルフォイ邸の地下牢に姿現しをした。深夜だったので、ハリエットのいる可能性が一番高いのはここだと踏んだのだ。だが、予想に反してハリエットの姿はなかった。代わりに、部屋の隅で身動きもせずに身を丸めている老人を発見した。杖作りのオリバンダーである。

「オリバンダーさん?」

 ルーピンはその小さな肩に手を乗せた。彼はビクリと肩を揺らした。

「誰だ、誰だ……」
「リーマス・ルーピンです。不死鳥の騎士団の団員です。ハリエット・ポッターという少女を救出に来たのですが……あなたもマルフォイ邸に囚われていたんですね」
「ああ、ハリエット・ポッターさん……。スギに不死鳥の羽根の杖の娘。もうあの子は滅多にここには降りてこなくなった……」
「どこに連れて行かれたかは分かりますか?」
「分かりません……。あの子は優しい子だった……。わしを元気づけようとしてくれた……。でもそのうち会話ができなくなって……今はもう、どうしているかは……」
「ドビー、一旦オリバンダーさんを連れて、ホグワーツへ姿くらまししてくれるかい?」

 オリバンダーを連れての戦闘は厳しいと判断し、ルーピンはドビーに声をかけた。ドビーは深く頷いた。

「ハリエット・ポッターのためでございます! また戻ってきます!」
「ありがとう」

 ドビーはオリバンダーの手を握って姿くらまししたが、消える際のバシッという音が上に聞こえてしまったようだ。

「あの音はなんだ? 聞こえたか? 地下牢のあの物音はなんだ?」

 男の声だが、ルシウスのそれではない。見張りをしている死喰い人のものだろう。

「すぐ上が客間です。あそこの扉から上がれます」

 ドラコとルーピン、キングズリーの三人は、左右の壁に張り付いた。死喰い人の一人が謎の音を調べにやってきたが、キングズリーの無言の武装解除で彼は昏倒した。すかさずルーピンが彼を縛り上げて床に転がす。

 ルーピンは、ドラコの喉元に杖を突きつけながら、階段を駆け上がった。客間に続く薄暗い通路を抜け、ドアを蹴破る。

 二度目の期待も裏切られてしまった。客間にハリエットの姿はなかったのだ。ルーピンはすぐに作戦を切り替えた。

「ルシウス・マルフォイを呼べ! 息子の命は預かっている!」

 客間に死喰い人は三人いた。ルーピンとキングズリー、そして二人に杖を突きつけられているドラコを見て、血相を変える。

「皆を起こせ! 客間に集めろ!」

 死喰い人は杖を上げ、閃光を出した。鉄砲玉のように飛び出したそれは、ドアを抜け、それぞれが寝ている部屋へ向かう。

 やがてバタバタと複数の足音がし、客間に人がなだれ込んできた。一番前にはナルシッサとルシウスが立っていた。

「ドラコ――!」

 ナルシッサの顔は恐怖に引きつった。ルシウスは怒気を放つ。

「おのれ、狼人間風情が! 私の息子に触れるな!」

 ルシウスは反射的に杖を振り上げたが、一層息子の喉に杖が食い込むのを見て、それ以上は動けなかった。

 その後も、続々と屋敷中の死喰い人が客間に集まる。ベラトリックスまで姿を見せたのを確認すると、キングズリーは、服の裾に忍ばせた鏡に目を落とし、頷いた。鏡の向こうのシリウスも、同じく頷いた。


*****


 シリウス達はクリーチャーに掴まり、ドラコの部屋に付き添い姿現しをした。到着してすぐ耳をそばだてたが、辺りに人の気配はない。皆客間へ向かったようだ。ムーディを先頭に、皆は慎重に部屋の外へ出た。

 マルフォイ邸はあちこちに部屋のある、広々とした屋敷だった。四人は更に二手に分かれた。ものを透視できる魔法の目を持つムーディとセドリック、何度かマルフォイ邸を家宅捜査し、その勝手を知っているアーサーとシリウスに分かれた。

 捜索は難航を極めた。一室一室虱潰しに探しているというのに、ハリエットの姿はどこにもない。もしや、マルフォイ邸自体から連れ出されてしまったのかという最悪の予感がシリウスの頭をよぎる。

「何か……どこか他に隠し部屋はないのか!?」
「マルフォイ邸は何度も捜索した。隠し部屋はさすがにもうないはずだ――」
「ええい、『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』の局長に昇格したんだろう! その誇りはないのか!」
「だからといって――」
「待て、静かに!」

 シリウスが急に声を潜めた。耳をそばだてると、どこからかメロディーが聞こえてきた。

「歌が聞こえる……」

 そしてその歌声はまさしく。

「ハリエットだ!」

 シリウスは顔を輝かせたが、しかしそれも一瞬のことだった。すぐにしかめっ面に変わり、どこから聞こえてくるのかと辺りを彷徨う。

「むむ、むむむ……ここが怪しいぞ!」

 局長は床を指さした。地面に埃が山ほど溜まっているのに、ある一カ所だけ埃が薄いのだ。

「アパレシウム 現れよ」

 アーサーの呪文で床に扉が現れた。続けて杖を振るう。

「アロホモーラ 開け」

 シリウスは、もどかしい思いで扉を押し開いた。埃がもわっと立ちこめる。咳き込みながら、シリウスは叫んだ。

「ルーモス! ハリエット、いるのか?」

 肖像画や装飾品や骨董品が堆く積まれている中、わずかに開いた小さな空間に、少女が押し込まれていた。少女は床に膝を立てて座っており、空中に向かって手を伸ばしていた。

「ハリエット、ハリエット! わたしが分かるか?」

 シリウスはハリエットの両肩をがっしり掴み、彼女と目を合わせようとした。しかし、ハリエットはどこか遠くを見ているような顔で、その視線が交わることはない。

 ハリエットは楽しそうに歌っていた。聞き覚えのある歌だった。クリスマスの時、シリウスが歌っていた歌――。

 シリウスは茫然とハリエットを見つめた。そしてすぐ、彼女の制服のボタンが全てはじけ飛んでいるのをに気づき、硬い表情で自分のローブをすっぽり被せた。

 シリウスがハリエットを抱え上げても、彼女は何の反応も示さなかった。

「シリウス……キングズリーに連絡を……」
「あ、ああ……」

 シリウスはぼうっとした様子でアーサーに鏡を押しつけた。アーサーは小声でキングズリーと連絡を取った。そして廊下の待ち合わせ場所に立ち、ムーディとセドリック、クリーチャーを待つ。

 しばらくして、三人は階段を降りてきた。ハリエットの姿を見て表情を緩ませたが、すぐに異変に気づいた。声をかけても、ハリエットはずっと歌ったままなのだ。

 ムーディとセドリックが唖然として言葉を失った。

「シリウス、これは一体――」
「クリーチャーは知っている。クリスマスの時、いつもご主人様が歌う曲だ……」
「クリーチャー!」

 シリウスは激しい目つきでクリーチャーを睨み付けた。クリーチャーは身体を縮こまらせて下を向く。

 アーサーはシリウスに声をかけようとして、止めた。一瞬思ってしまったのだ。クリーチャーは、クリーチャーなりに動揺していたのではないかと。

「シリウスとミス・ポッターを先に帰そう。シリウス、その後でまたクリーチャーをここに姿現しさせてくれ」
「私達はルーピンの加勢だな?」
「そうだ。向こうはかなりの人数に囲まれているらしい。こちらには人質がいるとはいえ、気を引き締めて行くぞ」

 シリウスの姿が消えた後、ムーディ達は客間へ向かって廊下を駆けていた。だが、しばらくして突然バタバタと複数の足音が聞こえてきた。耳をつんざく笑い声が近寄ってくる。

「ポッターちゃん! 愛しのポッターちゃんは見つかったかい?」
『すまない、玄関ホールに一人隠れていたのに気づかなかった! ベラトリックスと数人の死喰い人がそっちに向かっている』
 ルーピンの焦った声が鏡から漏れた。

「こっちは大丈夫だ。直にクリーチャーも来る。そっちは?」
『玄関ホールに逃げ込んだ。ドビーも一緒だ』
「じゃあ先に逃げろ。お前達の方が危険だ!」
『すまない――』
 鏡の前からルーピンの姿が消えた。鏡をポケットに押し込み、アーサーは走ることに集中した。数では圧倒的に利は向こうにあった。そのため、アーサーはできるだけ狭い廊下を目指して駆けた。

 ついに突き当たりに行き当たったとき、死喰い人達は獲物を追い詰めた顔になった。しかしすぐにその表情も崩れる。バシッと姿現しの音が響いたからだ。

 クリーチャーが現れたとき、アーサー、ムーディ、セドリックの三人は、すぐに彼の手を握った。だが、ベラトリックスの声に、クリーチャーの大きな耳は反応した。

「クリーチャー?」

 死喰い人をかき分け、ベラトリックスは先頭に進み出る。

「おお、やっぱり愛しのクリーチャーじゃないか! あのときはうまくやったねえ。シシーもお前のことを褒めていたよ。よくできたしもべ妖精だって」

 クリーチャーのテニスボールほどある大きな目が、動揺してぎょろぎょろ動いた。

「シリウスのところは居心地が悪いだろう? どうだ、またこっちに手を貸してくれないかい? そうしてくれれば、シリウスがお前に服を寄越すように私が脅してやる」

 ベラトリックスがクリーチャーの懐柔に身を入れ始め、アーサーは失敗したと思った。シリウスを先に帰すのではなかった。この場にいなければ、直接クリーチャーに命令することもできない。

 クリーチャーは、かつて主人であるシリウスを裏切った。命令のあらを探したのだ。今回もまた、シリウスが下した命令に綻びがないか真剣に思い出しているに違いない――。

「クリーチャーは……クリーチャーの……」

 アーサーは目の前が暗くなるのを感じた。

「クリーチャーのご主人様は、シリウス・ブラック様だ」

 ベラトリックスの顔が固まった。そしてその顔がぐにゃりと歪む。クリーチャーの付き添い姿くらましが始まったのだ。

「おのれ、クリーチャーめ!」

 閃光が視界をちらついたが、移動を始めた四人に呪文はもはや当たらなかった。

「お前達は一足遅かった! もうあの子は終わりだよ! 見事正気を失った! 可哀想な可哀想なポッターちゃん! せいぜい大切にお世話しな!」

 ベラトリックスの甲高い笑い声が、耳から離れなかった。